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第四十話 黒瀬 静馬

悠太と四人のお付きは、少女を連れて歩き始めた。

悠太は少女を怖がらせないよう、少し離れた前方を歩いていた。

「……はぁ。なんで俺だけ怖がられんねん……」

そんなことをぼやきながら、前へ進んでいた。

そのとき――

悠太の足が止まった。

「……ん?」

そこには、一人の男が立っていた。

鋭い目つき。

眉間にはわずかに皺が寄り、どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせている。

男は悠太たちに視線を向けると、低い声で言い放った。

「おい、お前ら。その女を渡せ」

「……誰や、お前?」

悠太は怪訝そうに男を見つめた。

男は少し顔を歪ませた。

そして、悠太とその後ろにいる四人へと鋭い視線を向ける。

「……お前ら、安倍家か?」

男は悠太の顔をじっと見つめた。

「……しかもお前、当主の息子だな」

「……だから何や。お前は誰や聞いとんねん」

悠太は眉をひそめた。

すると男は、口元を歪ませ、馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「……若様がこんなところまで出てきて、何を企んでいるのですか?」

その言葉遣いは丁寧だった。

しかし、その声には明らかな皮肉と侮蔑が込められていた。

「誠人様、お下がりください」

背後から、お付きの一人が声を上げた。

四人は少女を庇うように立ち、男へと警戒の目を向けた。

悠太は男から視線を外さない。

「……お前は、この子のなんや? 知り合いか?」

「……さっさと渡せ」

「いや、人の話聞けよ」

その瞬間――

男の表情が険しくなった。

「……人の話を聞けだと?」

「……あ?」

「お前らが……そんなこと口にしてんじゃねぇーよ!!」

先ほどまでの皮肉めいた丁寧な口調は消え、荒々しい怒声へと変わっていた。

そして、その言葉と同時に――

男が動いた。

一瞬で間合いを詰め、悠太に攻撃を仕掛ける。

「……っ!」

速い。

だが――

決して、捉えられない速さではなかった。

悠太は相手の動きを冷静に見極め、迫り来る攻撃をかわした。

しかし、男の攻撃は止まらない。

一撃、また一撃。

息つく間もなく繰り出される攻撃。

悠太はそのすべてをかわしていた。

「誠人様!!」

背後から、お付きの声が響く。

「お前らはその子頼む!!」

悠太は男の攻撃を避けながら叫んだ。

その様子を見た男の表情が、さらに険しくなる。

「……よそ見とは、舐められたもんだな」

「……クソが」

再び攻撃が繰り出される。

悠太はその動きを見極め、身をかわした。

「……なんやねん、お前!」

「黙れ!!」

男の怒声が響き渡る。

「お前らのようなものは……ここで消す!!」

男の攻撃は、なおも続いていた。

悠太はそのすべてをかわしながら、反撃の機会をうかがっていた。

しかし――

(……隙がない)

反撃に転じる隙が、見当たらなかった。

そのとき、蒼の言葉が脳裏をよぎった。

『隙がないなら、崩せばいいんだよ〜』

(……隙がないなら、作ればええ)

次の瞬間――

悠太は回避をやめた。

男の拳が迫る。

ガッ!!

悠太はその一撃を受け止めた。

そして――

その勢いに逆らうことなく腕を動かし、攻撃を横へと受け流す。

「……っ!?」

男の身体が、わずかに前へ流れた。

ほんの一瞬。

それまで一切の無駄がなかった男の体勢が崩れた。

そこに、わずかな隙が生まれた。

悠太は、その一瞬を見逃さなかった。

無駄な動きはない。

ただ、目の前に生まれた隙へ、静かに一撃を放つ。

ドッ!!

「……っ!」

男が息を詰まらせた。

それまで途切れることのなかった攻撃が、初めて止まった。

それと同時に――

悠太は素早く地面を蹴った。

一気に後方へ跳び、男との距離を取る。

「…………」

悠太は静かに男を見据えた。

男はゆっくりと体勢を立て直した。

そして、悠太を見据えると、再び口元を歪ませた。

「……随分と強くなられたんですねぇ」

「…………」

「落ちこぼれだった若様が……」

男は嘲るように笑った。

「……お前、何者やねん」

悠太は男を睨みつけた。

男は以前の誠人を知っているらしい。

だが、どこまで知っているのかは分からなかった。

そのとき――

男の背後から、二人の人影が現れた。

一人は男。

そして、もう一人は女だった。

二人はゆっくりと歩みを進め、足を止めた。

女は悠太たちの後方へ視線を向けた。

そこには、四人のお付きに守られている少女の姿があった。

「…………!」

女は少女を見つけると、わずかに目を見開いた。

* * *

少し離れた場所。

誰にも気づかれぬよう、その様子を見つめる男がいた。

黒瀬静馬。

安倍家の上級術師だった。

(……まだ、様子を見るか)

しかし――

現れた男女のうち、男がふと視線を動かした。

悠太たちではない。

誰もいないはずの場所へ。

「……そこのあなたも、出てきていただけませんか?」

「…………」

しばらくの沈黙。

すると――

一人の男が静かに姿を現した。

黒瀬静馬だった。

「……っ!?」

悠太は思わず目を見開いた。

(……なんや!? いつからそこにおったんや!?)

しかし、静馬は悠太ではなく、目の前に立つ男を見つめていた。

そして、その顔を確認した瞬間――

「…………っ!」

静馬の表情が変わった。

「……なぜ、あなたがここに……?」

その問いに、男はわずかに笑みを浮かべた。

そして、懐かしむように口を開いた。

「……久しぶりだな、静馬」

「…………」

静馬は何も答えなかった。

ただ、男から視線を外さずにいた。

* * *

「……次から次へと、何やねん。何もんや、あんたら」

その言葉を聞いた瞬間――

39

女がわずかに反応した。

「…………」

(……関西弁?)

女は思わず悠太の顔を見つめた。

隣に立つ男も、何かに気づいたように悠太へ視線を向ける。

しかし、すぐに表情を戻した。

「……突然、申し訳ありません」

男は落ち着いた口調で話し始めた。

「そちらの少女は、私たちの連れなのです」

「……は?」

「引き渡していただけないでしょうか?」

「…………」

悠太は男を見つめた。

そして、先ほどまで自分に攻撃を仕掛けてきた男へ視線を移す。

「……いやいや、そんなん信用できるか!」

「…………」

「そこの男、いきなり攻撃してきたんやぞ!?」

「それで今度は、その子を渡せって……」

「……あんたら、何考えとんねん!」

男は静かに口を開いた。

「……どう頼んでも、無理でしょうか?」

「……お前らが何者か分からん以上、この子は渡さへん」

悠太はきっぱりと言い切った。

「警察に保護してもらう。それが一番ええやろ」

「…………」

男はしばらく悠太を見つめていた。

そして、小さく息を吐いた。

「……そうですか」

「……なら、仕方ありませんね」

「少々、手荒な手段になりますが……」

その言葉が終わるより早く――

静馬の手が、腰に差した刀の柄へ伸びた。

「…………」

男はその動きを見て、わずかに目を細める。

男もまた、刀を抜いた。

次の瞬間。

――キィンッ!!

二人は、ほぼ同時に地面を蹴っていた。

ぶつかり合う刃。

鋭い金属音が響き、足元の土が弾ける。

「……っ!」

静馬は刀を押し込みながら、目の前の男を睨みつけた。

男はその一撃を受け止め、わずかに口元を緩める。

「……相変わらず、いい剣だ」

「…………!」

静馬は返事をせず、続けて斬り込んだ。

――キンッ! キィンッ!!

目にも留まらぬ速さで、攻防が繰り返される。

悠太はその光景を見て、思わず息を呑んだ。

(……なんや、あれ……)

静馬の剣が見えない。

それなのに、相手の男はすべての攻撃に対応していた。

(……あかん……)

(……あの二人、強すぎる……!)

悠太は四人のお付きと少女のもとへ、一気に後退した。

「……誠人様!?」

「ここ離れるで! あの二人には近づいたらあかん!」

「……承知しました!」

四人は少女を守るように陣形を整えた。

悠太を含めた六人が、その場を離れようと動き出す。

しかし――

女が、静かに一歩踏み出した。

「…………」

悠太はとっさに印を結んだ。

六人を包むように、防御結界が展開される。

だが――

――パキンッ。

「……え?」

結界は、女が手をかざしただけで砕け散った。

(……嘘やろ……!?)

続けて、見えない力が悠太の手足を縛りつける。

「……っ!?」

腕が動かない。

足も、指先さえも。

「……なんや、これ……!」

「……誠人様!!」

四人のお付きも、同じように動きを封じられていた。

「……くそっ!」

悠太は霊力を込めて拘束を破ろうとする。

しかし、びくともしない。

女は五人に目もくれず、少女の前まで歩み寄った。

「……待てや!!」

声だけが虚しく響く。

女は少女を連れ、その場を離れ始めた。

「……おい! 待て!!」

(……動け……!)

(……動けや……!!)

何度力を込めても、身体は動かなかった。

目の前で少女が連れていかれる。

それなのに、何もできない。

* * *

その頃、少し離れた場所

――キィンッ!!

静馬の刀が、再び男の一撃を受け止めた。

激しく火花が散る。

その一瞬、静馬は少女を連れていく女の姿を目にした。

「……っ!」

視線が、わずかにそちらへ向く。

「……戦いながら、周りにも目を配れるようになったんだな」

男の声がした。

「……成長したな、静馬」

「…………!」

静馬は刀を握り直す。

「……だが、俺はそこまで弱くないぞ――静馬」

――ガキィンッ!!

次の一撃は、先ほどまでとは比べものにならなかった。

「……ぐっ!」

静馬の身体が押し戻される。

足元の地面が大きく削れた。

それでも静馬は踏みとどまり、再び前へ出た。

「……どこにいたんですか」

男の表情が、ほんの少しだけ変わる。

「…………」

「……なぜ、あなたは……」

――キンッ!

静馬の刀が弾かれる。

それでも、問いかけることをやめなかった。

「……なぜ、今更……!」

「…………」

男は静馬の剣を受け流しながら、静かに答えた。

「……悪いな、静馬」

「今はまだ、お前にも話せない」

「…………」

静馬は剣を握り直した。

「……そうですか」

地面を蹴る。

鋭い一閃。

男はそれをかわし、返す手で静馬へ攻撃を繰り出す。

――キィンッ!!

刃と刃が、再びぶつかった。

「…強くなったな、静馬」

「…………!」

「今じゃ上級術師か」

男はどこか懐かしむように笑った。

「……立派になったもんだ」

静馬は答えない。

ただ、目の前の男へ剣を向け続けていた。

「……だが、俺もここでやられるわけにはいかないんでな」

その瞬間――

男の姿が、静馬の視界から消えた。

「……っ!?」

反応するよりも早く、強烈な一撃が静馬を捉えた。

――ドゴォッ!!

「……がっ……!」

握っていた刀が、地面へ落ちる。

静馬の身体が崩れ落ちた。

(……ここで……やられるわけには……)

意識を保とうとする。

だが、視界は次第にぼやけていった。

(……まだ……)

伸ばそうとした手も、力なく地面へ落ちる。

そして――

静馬の意識は、暗闇へと沈んでいった。

* * *

黒瀬静馬。

分家という身分に生まれた男。

幼い頃から、彼は繰り返し同じ言葉を聞かされて育った。

「分家の者は、本家に尽くすものだ」

「本家の命令には絶対に従え」

「それが、お前たちの役目だ」

それが、静馬の育った世界だった。

しかし――

成長するにつれ、静馬は数多くの死を目にすることになる。

共に修行に励んだ仲間。

幼い頃から知っていた者。

つい昨日まで笑い合っていた者。

彼らは任務へ向かい、そして二度と帰ってこなかった。

「……また、死んだのか」

「……ああ」

「…………」

最初は悲しんでいた。

だが、あまりにも多くの仲間が命を落としていくうちに、静馬はあることに気づいた。

本家の者たちは、誰が死のうとほとんど気にも留めない。

それどころか――

「……代わりを出せ」

ただ、それだけだった。

そして、命を失うのは任務の中だけではなかった。

理不尽な扱いを受け、命を落とす者もいた。

誰かが抗議しても、その声が届くことはない。

本家の者たちは、決まって同じようなことを口にした。

「分家の命なんぞ、代わりの利くものだ」

静馬は、その言葉を何度も聞いて育った。

昨日まで隣にいた仲間の命が、まるで使い捨ての道具のように扱われる。

死んだ者の名前すら、すぐに忘れられていく。

それでも、誰も逆らえなかった。

逆らうことが、何を意味するのか。

分家に生まれた者なら、誰もが知っていたからだ。

静馬もまた、何も言えずにいた。

ただ、拳を握りしめることしかできなかった。

* * *

ある日のこと。

任務から戻った静馬は、一人の仲間が帰還していないことを知った。

「……あいつは?」

「…………」

「……まだ戻っていないのか?」

隣にいた分家の術師が、静かに首を横に振った。

「……死んだ」

「…………」

「本家の方を逃がすために、最後まで残ったそうだ」

静馬は何も言わなかった。

その仲間とは、幼い頃から共に修行をしてきた。

何度も同じ任務に就いた。

いつか二人で強くなろうと、そんな話もした。

しかし、もう二度と、その声を聞くことはできない。

そのときだった。

「……まったく、使えん奴だった」

近くにいた本家の術師が吐き捨てた。

「…………」

「最後まで役目を果たしたのなら、それで十分だろう」

静馬は顔を上げた。

「……あの方は、亡くなったんですよ」

「だから何だ?」

「…………」

「分家が本家を守るのは当然のことだ」

「…………っ」

「一人死んだところで、代わりはいくらでもいる」

静馬は拳を握りしめた。

だが――

何も言い返すことができなかった。

目の前にいるのは本家の人間。

どれほど理不尽な言葉であっても、分家の自分が逆らうことは許されない。

(……なぜだ)

(……なぜ、同じ人間なのに……)

仲間が命を落とした。

その事実さえ、本家の者たちにとっては取るに足らないことなのか。

(……こんなことが……)

(……許されていいはずがない……)

* * *

しかし、分家の者が本家に逆らうことは許されなかった。

生まれた家が違う。

ただそれだけで、どれほど実力をつけようとも、本家の命令には従わなければならない。

だが――

たった一つだけ、その立場を覆す道があった。

上級術師。

陰陽師には、下級、中級、準上級、上級という四つの階級が存在する。

そして、上級術師に限っては、出自にかかわらず本家と同等の地位が認められていた。

分家に生まれた者であっても、上級術師となれば、一般の本家術師からの理不尽な命令に従う必

要はなくなる。

しかし、その道は決して容易ではない。

分家の者が上級術師へ昇格するには、本家の人間のお付きとなり、さらにその主人から推薦を受

ける必要があった。

どれほど優れた実力を持っていても、主人に認められなければ、その先へ進むことはできない。

結局、上級術師になるためには、本家の人間に人生を委ねなければならなかった。

それでも――

静馬にとって、その道は唯一の希望だった。

* * *

それから、静馬はひたすらに力を磨いた。

日々の修行。

数々の討伐任務。

何度も傷を負い、ときには命を落としかけたこともあった。

それでも、静馬は歩みを止めなかった。

任務を重ねるたびに、その剣は鋭さを増していく。

霊力の制御。

術の精度。

戦いの中での判断力。

そのどれもが、少しずつ、確実に成長していった。

やがて、周囲の分家たちからも一目置かれる存在となっていた。

しかし――

本家の者たちの態度が変わることはなかった。

「……腕は上がったようだな」

「……ありがとうございます」

「まあ、所詮は分家だが」

どれほど成果を上げても。

どれほど多くの人を守っても。

静馬は、分家であることから逃れられなかった。

* * *

そんなある日。

静馬に、一つの任務が与えられた。

それは、普段の任務とは少し違っていた。

安倍家当主が直接赴く任務への同行。

「……当主様の任務に、私が?」

「ああ。お前も同行するようにとのことだ」

静馬は驚いた。

安倍家当主。

四大家の一角、安倍家を率いる人物。

分家の自分にとっては、簡単に言葉を交わすことさえできない存在だった。

だが、命令である以上、従うしかない。

「……承知しました」

* * *

任務当日。

静馬は、初めてその人物と顔を合わせた。

「……お前が黒瀬静馬か」

「……はい」

静馬はすぐに頭を下げた。

「本日は、よろしくお願いいたします」

「ああ。よろしく頼む」

静馬は、わずかに顔を上げた。

どこか、不思議な感覚があった。

だが、その理由はまだ分からなかった。

* * *

任務が始まった。

静馬はいつものように、与えられた役目を忠実にこなしていた。

周囲の警戒。

妖気の探知。

そして、必要に応じた戦闘。

その中で、静馬は一つの違和感を覚えていた。

当主は、本家と分家で接し方を変えなかった。

分家の術師にも意見を求める。

危険があれば、誰であろうと守ろうとする。

そして、静馬の判断が正しければ、素直にそれを認めた。

「……いい判断だったな、静馬」

「…………!」

静馬は思わず顔を上げた。

「……ありがとうございます」

「どうした?」

「……いえ」

静馬は戸惑っていた。

これまで、本家の人間から名前を呼ばれることはあっても、その多くは命令や叱責のためだっ

た。

褒められることなど、ほとんどなかった。

ましてや、目の前にいるのは安倍家の当主である。

しかし、その人物にとっては――

本家か分家かなど、どうでもよかった。

目の前の人間が何を考え、どう行動するのか。

ただ、それを見ていた。

* * *

やがて、任務は無事に終了した。

帰還の準備が進む中、静馬は一人、装備を整えていた。

そのとき――

「……静馬」

「……っ!」

振り返る。

そこには、安倍家当主が立っていた。

「……当主様」

静馬は慌てて姿勢を正した。

「少し話がある」

「……はい」

当主は静馬を見つめ、静かに口を開いた。

「……お前、俺のお付きになる気はないか?」

「…………」

静馬は、一瞬その言葉の意味を理解できなかった。

「……え?」

「お付きだ。俺の直属として働いてもらいたい」

「…………!」

静馬の目が見開かれた。

お付き。

本家の人間に直属で仕える、分家の中でも特別な立場。

そして、上級術師を目指すためには、避けて通れない道でもあった。

だが、その代償は大きい。

お付きとなれば、生家の籍から外され、家族との面会や連絡も禁じられる。

仕える主人に見限られれば、術師としての資格さえ失う。

それほどまでに、自分の人生を左右する決断だった。

「……なぜ、私なのですか?」

静馬は、思わず尋ねていた。

当主は少し不思議そうな顔をした。

「……なぜ?」

「……俺の感だ、それだけじゃだめか?」

「…………!」

静馬は言葉を失った。

当主は、何でもないことのように続けた。

「今日のお前の働きを見ていた」

「…………」

「判断も悪くない。腕も立つ」

「…………」

「だから声をかけた。それだけだ」

静馬は、その顔を見つめた。

本家だから。

分家だから。

目の前の人物には、そんな考えがまるでないようだった。

静馬は、ゆっくりと頭を下げた。

「……私でよろしければ」

「……ああ」

「……ぜひ、お仕えさせてください」

当主は、小さく笑った。

「……よろしく頼むぞ、静馬」

「……はい」

* * *

そこからの静馬の成長は、目覚ましいものだった。

当主のお付きとなったことで、これまで経験できなかった任務にも同行するようになった。

強大な妖怪との戦闘。

複雑な術式を必要とする任務。

他の実力者たちとの合同訓練。

静馬は、そのすべてから学び続けた。

もともと、誰よりも努力を重ねてきた男だった。

だが、それまでは分家という立場が、彼の可能性を狭めていた。

その壁が、一つ取り払われたことで――

静馬の才能は、急速に開花していった。

そして、当主の推薦と、積み重ねてきた実績が認められた。

準上級術師への昇格。

知らせを受けた静馬は、しばらく何も言えなかった。

ようやく、ここまで来た。

だが――

まだ、終わりではない。

準上級術師では、分家という身分から完全に解放されたわけではない。

本家と同等の立場に立つためには、さらに上を目指さなければならない。

上級術師。

かつて、仲間たちが理不尽に命を落としていく姿を見ていた少年。

何も言い返せず、拳を握りしめることしかできなかった少年。

その少年は今、ようやく自分の望んだ場所へと近づき始めていた。

* * *

それからも、静馬は任務を重ねた。

数々の妖怪を討伐し、その実力を着実に高めていった。

そして、ついに――

上級術師への推薦が決まった。

推薦したのは、静馬が仕える安倍家当主だった。

長年目指し続けてきた場所。

ようやく、その目前までたどり着いたのだ。

しかし――

その直後、静馬の人生を大きく変える出来事が起こった。

安倍家当主が、突然姿を消した。

「…………」

何があったのか。

なぜ、何も告げずに去ってしまったのか。

静馬には、何も分からなかった。

それでも、すでに決まっていた推薦任務が取り消されることはなかった。

静馬は、その任務へと向かった。

そして――

見事に成し遂げた。

かつての静馬であれば、困難を極めたであろう任務。

しかし、数々の死線を越え、力を磨いてきた今の静馬にとって、それは決して難しいものではな

かった。

こうして黒瀬静馬は――

分家出身の上級術師となった。

だが、その姿を最も見てほしかった人物は、もう安倍家にはいなかった。

* * *

「――はっ!!」

静馬は目を見開いた。

「……っ!」

地面に倒れたまま、すぐに顔を上げる。

意識を失っていたのは、ほんの一瞬だった。

しかし――

「…………!」

先ほどまで剣を交えていた男の姿は、もうどこにもなかった。

(……どこへ……!?)

周囲を見渡す。

女の姿もない。

そして、少女の姿も消えていた。

「……っ!」

(……誠人!!)

静馬が視線を向けた、その瞬間。

――フッ。

悠太と四人を縛りつけていた拘束術が消えた。

「……うおっ!?」

突然身体の自由を取り戻した悠太が、よろめきながら体勢を立て直す。

そのときだった。

「――隙だらけですよ、若様ァ!!」

先ほどの鋭い目つきの男が、悠太へ襲いかかった。

「……っ!?」

振り上げられた拳。

悠太が反応するよりも早く、その拳が顔面へ迫る。

だが――

――ドゴォッ!!

「――がっ!?」

横から飛び込んできた蹴りが、男の身体を捉えた。

「…………!?」

男が真横へ吹き飛ぶ。

悠太は目を見開いた。

「……え?」

その目の前に、一人の男が着地する。

黒瀬静馬。

静馬は悠太を背にかばい、吹き飛ばした男へ視線を向けた。

「……誠人」

「……え?」

「怪我は?」

「……う、うん! 大丈夫やけど……」

悠太は静馬の姿を見つめた。

「……あんた、さっき倒されて……!」

「……問題ない」

静馬は短く答えた。

しかし、その額からは血が流れていた。

先ほどの一撃による傷。

決して無傷ではない。

それでも――

その構えには、一切の隙がなかった。

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