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第三十九話 謎の少女

蒼が去ったあとも、悠太はその場に立ち尽くしていた。

「…………」

先ほどの一瞬を思い返す。

確かに拳は見えていた。

避けられると思った。

それなのに、気づけば頭に手を添えられていた。

「…………」

「……かっこええなー」

『……白峰様ですか?』

「……おう」

悠太は蒼が去っていった方を見つめた。

「……めっちゃ強いやん」

『……そうですね』

「……俺も、あんなふうになりたいわ」

『…………』

『……きっと、なれますよ』

「……ほんまか?」

『……はい』

悠太はしばらく黙っていた。

そして、小さく笑った。

「……ほな、もっと修行しなあかんなー!」

『……そうですね』

悠太は蒼が去っていった方を見つめ、笑った。

* * *

その頃――

四大家から遠く離れた、とある場所。

一室に、男女二人の姿があった。

机の上には、各地から集められた報告書が並べられている。

女は、ふと思い出したように口を開いた。

「……そういえば、確かあの方には娘さんがいたわよね?」

「ああ……いたはずだ」

「…………」

女は少し考え込んだ。

「……もし、あの襲撃が、あの方を狙ったものだったとしたら……」

「…………」

「……娘さんも、狙われるかもしれないわ」

男の表情が険しくなった。

「……その可能性はあるな」

「……探しましょう」

「……ああ」

男は静かに頷き、椅子から立ち上がった。

「すぐに動くぞ」

「……ええ」

女も立ち上がったが、ふと足を止めた。

「……でも、探すと言ったって、どう探すのよ?」

「娘さんが今どこにいるのかも分からないのよ?」

「…………」

男は静かに答えた。

「……あてならある」

「……え?」

「……どこなの?」

男は女に視線を向けた。

* * *

悠太は、四人のお付きとともに新たな任務についていた。

目的地へ向かう道中。

「……ほんでさー、今日の任務って何なん? パトロールて」

「はい。担当区域を巡回し、異常がないか確認する任務です」

「……異常?」

「妖怪の気配や、霊力の乱れなどですね。何かが起こる前に異変を見つけることも、我々の役目

です」

「……なるほどなぁ」

悠太は辺りを見渡した。

「妖怪が出てから動くんやなくて、出る前から警戒するってことか」

「はい」

「……そら大事やな」

「今回は、少し巡回範囲を広げるようにと指示がありました」

「そかそか」

悠太は周囲を見渡しながら頷いた。

「見回るのも俺らの仕事やなー」

「はい」

五人は歩きながら、何気ない会話を続けていた。

「……そういやさ」

「はい?」

「お前ら、修行どうやったん?」

四人は顔を見合わせた。

「……非常に勉強になりました」

「へぇ〜! 厳しかった?」

「……はい。自分たちの未熟さを痛感しました」

「そっかぁ」

「ですが、今まで気づかなかった弱点にも気づくことができました」

「おお! ええやん!」

悠太は嬉しそうに笑った。

「ほな、みんな強なったんやな!」

「……まだまだです」

「なんや、謙虚やなぁ!」

その言葉に、四人の表情が少し緩んだ。

「……誠人様は、いかがでしたか?」

「俺?」

悠太は少し考えたあと、笑った。

「……いやぁ、ボッコボコやったわ!」

「……え?」

「ほんまに一発も当たらへんねん!」

「……一発も、ですか?」

「そう! 最後なんか、反撃見えた思ったのに、気づいたら頭ポンッてされてん!」

悠太は自分の頭に手を当てた。

「……ほんま、どないなってんねん」

四人は思わず顔を見合わせた。

「ですが……誠人様も随分と動きが変わられたように思います」

「……おっ、分かる?」

「はい。以前とは明らかに違います」

「へへっ、そやろ!」

悠太は嬉しそうに笑った。

「でも、まだまだやわ。蒼さん、ほんまに強かったしなぁ」

「……白峰様は、上級術師の中でも特に優れたお方ですから」

「ですが……何を考えておられるのか分からなくて、少し不気味なところもありますが……」

「……そう?」

悠太は不思議そうに首をかしげた。

「蒼くん、めっちゃええ人やったで?」

「……そうなのですか?」

「おう! でもなぁ……」

悠太は少し考え込んだ。

「……あの人、ずっと笑っとるやろ?」

「……はい」

「なんかさ、最初ちょっと変な感じしてん」

「……変な感じ、ですか?」

「うん。笑っとるのに、ほんまに笑ってる感じがせえへんっていうか……」

「…………」

「なんて言うんやろ……笑いたくて笑っとるんやなくて、ずっとそうしてきたから笑っとる、み

たいな」

四人は思わず顔を見合わせた。

「……ですが、誠人様は楽しそうだったと……」

「おう!」

悠太は笑った。

「修行してるときは違ったで!」

「……違った?」

「俺が変なこと思いついたり、失敗したりするたびに、めっちゃ笑うねん!」

悠太はそのときの蒼を思い出した。

「……あのときは、ほんまに楽しそうやった」

「…………」

「なんかなぁ……」

悠太は少しだけ空を見上げた。

「……ああ、これがほんまの蒼くんなんやろなぁって思ったわ」

「…………」

四人は言葉を失った。

いつも笑っているのに、何を考えているのか分からない男。

そんな白峰蒼の笑顔の違いを、悠太は感じ取っていた。

「……あの方は……」

一人が小さく呟いた。

「……私たちのときも、そうでしたね」

「……ええ」

彼らは思い出していた。

本家と分家という立場ではなく、自分たちの気持ちを受け止めてくれた、あの日のことを。

この人は、相手が何者なのかではなく、その人自身を見ている。

「ん? どないしたん?」

「……いえ、なんでもありません」

「なんやねん、気になるやん!」

悠太はいつも通り笑った。

* * *

そんな何気ない会話を交わしながら、五人は巡回を続けていた。

巡回を始めてから、悠太は微かな妖気を感じ取っていた。

だが、それ自体は珍しいことではなかった。

妖気には、強弱がある。

人々が暮らす街にも、ごく微かな妖気は常に漂っている。

それらは人に害をなすほどの力を持たず、通常であれば術師が警戒する必要もない。

しかし、妖気が濃くなれば話は別だった。

その力が大きくなるほど、人に影響を及ぼす危険性も高まっていく。

そして今――

悠太が感じ取っていた微かな妖気が、少しずつ動き始めていた。

(……なんや?)

今まで周囲に薄く漂っていた妖気。

それが、まるで何かに引き寄せられるかのように――

すべて、一点に向かって集まり始めていた。

「……おかしいな」

「……どうされました?」

悠太は、その方向をじっと見つめた。

「……さっきから微かに妖気を感じとったんやけど……」

「……妖気、ですか?」

「おう。けど、なんか変やねん」

「……変、とは?」

「……一か所に集まりだしとる」

「……!」

四人の表情が引き締まった。

「……妖怪が集まっているのでしょうか?」

「……分からん」

悠太はその方向から目を離さなかった。

「でも、確かめなあかんな」

悠太は四人を振り返った。

「……行くで!」

「「「「はい!」」」」

五人は妖気の集まる方向へ、一斉に駆け出した。

* * *

妖気の集まる場所へたどり着いた五人。

その中心には、一人の少女がいた。

少女を取り囲む、無数の妖怪たち。

「……なんや、あれ……」

悠太は思わず足を止めた。

妖怪たちは、次々と少女に襲いかかろうとしていた。

しかし――

少女の口から、何かの言葉がこぼれる。

その瞬間。

バンッ!!

近づいた妖怪が、見えない力によって弾き飛ばされた。

「……!?」

別の妖怪が飛びかかる。

だが、それもまた弾き飛ばされる。

少女は恐怖に震えていた。

それでも、その口からは絶えず言葉がこぼれていた。

まるで、本人の意思とは関係なく発せられているかのように。

「……結界、でしょうか?」

「……いや、ちゃうやろ……」

悠太は少女を見つめた。

「……何が起きとるんや?」

そのとき――

少女が、こちらに気づいた。

そして、悠太の顔を見た瞬間。

「…………っ!!」

少女の目が大きく見開かれた。

その表情に、明らかな恐怖が浮かぶ。

「…………」

先ほどまで絶えずこぼれていた言葉が――

ぴたりと止まった。

同時に。

それまで弾き飛ばされていた妖怪たちが、一斉に少女へと向きを変えた。

「……っ! あかん!!」

悠太が叫ぶ。

妖怪たちが、四方八方から少女へ飛びかかった。

「結界を!!」

「はい!!」

お付きの一人が素早く印を結ぶ。

次の瞬間――

少女を包み込むように結界が展開された。

ドンッ!!

妖怪たちが結界に激突する。

「……残りを祓います!」

「頼む!」

残る三人が一斉に動いた。

一人が妖怪の動きを封じ、別の一人が術を放つ。

さらに、背後から回り込もうとした妖怪も、すぐさま祓われていく。

次々と妖怪が消滅していった。

そして――

最後の一体が祓われる。

辺りを覆っていた妖気が、ゆっくりと薄れていった。

「……終わりました」

「……おう」

悠太は周囲を見渡し、妖怪が残っていないことを確かめた。

「……結界、解いてええで」

「はい」

結界が静かに消える。

少女はその場に座り込んでいた。

「……大丈夫か?」

悠太は少女に声をかけながら、ゆっくりと近づいた。

しかし――

「……いや……来ないで……!」

「……え?」

少女は怯えた表情で後ずさった。

「いや……いやっ!!」

「……え、ちょ、待って!」

悠太は思わず足を止めた。

「……え、俺……?」

少女は何も答えない。

ただ、悠太を見つめながら震えていた。

「…………」

悠太は困惑したまま、後ろを振り返った。

すると――

四人のお付きが、何とも言えない表情で悠太を見ていた。

まるで、

『……何かしたんですか?』

とでも言いたげな顔だった。

「……えぇ!? 俺なんもしてないで!?」

「…………」

「いや、ほんまに! 今初めて会うたんやで!?」

四人は互いに顔を見合わせた。

「……では、なぜあそこまで怯えて……」

「知らんがな!!」

悠太はもう一度、少女を見る。

「……えぇ? どゆこと……?」

少女は相変わらず、悠太から目を離そうとしなかった。

「…………」

悠太は頭をかいた。

「……いや、俺、助けに来たんやけどなぁ……」

* * *

「あー、もう! ちょ、お前らで行ってきてー!」

「……我々が、ですか?」

「そう! 俺が近づいたら怖がるねんもん!」

「……承知しました」

四人は少女のもとへ向かった。

一方、悠太は――

少し離れた場所に腰を下ろし、不貞腐れていた。

「…………」

『……悠太?』

「……なぁ、欠片」

『はい?』

「……俺、なんもしてないのに……」

『……そうですね』

「助けに来ただけやで? なんであんな怖がられなあかんねん……」

『……まぁまぁ』

「……なんやねん、あれ……」

『きっと、何か事情があるのでしょう』

「……そら、そうかもしれんけどさぁ」

悠太は膝を抱え、頬を膨らませた。

「……ちょっと傷ついたわ」

『……ふふっ』

「……なんで笑うねん!」

『いえ……すみません』

「笑うなや!」

『……まぁまぁ、悠太。落ち着いてください』

「……むぅ」

そんなやり取りをしているうちに、少女のもとへ向かっていた四人が戻ってきた。

「……誠人様」

「……ん?」

悠太は顔を上げた。

「どうやった?」

「……それが……」

一人のお付きが困ったように答える。

「……あの少女、何も話してくれません」

「……え?」

「何を尋ねても、黙ったままで……」

「…………」

悠太は少女の方を見た。

少女は少し離れた場所で、静かにうつむいている。

「……なんだよー!」

悠太はがっくりと肩を落とした。

「俺が行ったら怖がるし、お前らが行っても喋らへんし……」

『……なかなか難しいですね』

「……ほんまやで」

悠太は大きくため息をついた。

「……どうするんー、これ」

悠太は困ったように頭をかいた。

「俺が近づいたら怖がるし、お前らにも何も喋らへんし……」

「…………」

悠太は四人を見渡した。

そして、その中の一人に目を向ける。

普段は口数が少なく、少し引っ込み思案。

だが、四人の中でも特に周囲をよく観察している者だった。

「……なぁ、お前はどう思う?」

「……えっ、私ですか?」

「おう」

「……なぜ、私に?」

「ん? お前、いっつも周りよう見とるやん」

「…………!」

「なんか気づいたことない?」

その言葉に、お付きは少し驚いたように悠太を見つめた。

「……そう、ですね」

少女の方へ目を向ける。

「……一つ、気になることがあります」

「おっ、なになに?」

「……あの少女、妖怪に囲まれていたとき、何かを呟いていましたよね」

「……おう」

「妖怪が何度襲いかかっても、その言葉は途切れませんでした」

「……せやな」

「ですが……」

お付きは一度、悠太を見た。

「……誠人様の姿を見た瞬間、言葉が止まったんです」

「…………」

「そして、その直後に妖怪たちが一斉に襲いかかりました」

悠太は少し考え込んだ。

「……つまり?」

「……何かは分かりません。ただ、あの少女が発していた言葉と、妖怪が近づけなかったことに

は、関係があるのかもしれません」

「……なるほどなぁ」

悠太は頷いた。

そして、ふと気づく。

「……ん?」

「……はい?」

「……ちょっと待って」

「…………?」

「妖怪に襲われとるときは平気やったのに、俺を見た瞬間に止まったんやろ?」

「……はい」

「…………」

悠太はゆっくりと顔を上げた。

「……それ、妖怪より俺の方が怖いってことやん!?」

「……あっ」

「なんでやねーーん!!」

四人は思わず顔を見合わせた。

『……まぁまぁ、悠太』

「欠片ぁ! これ、さすがに傷つくで!?」

『……そうですね……』

「いや、だって考えてみ!?」

悠太は四人のお付きを見渡した。

そして、その中の一人を指さした。

「俺よりこいつの方が目つき悪いやん!?」

「…………は?」

突然指をさされたお付きが、眉をひそめた。

「……どういう意味ですか」

「ほら! その顔! めっちゃ怖いやん!」

「……これは生まれつきです」

「いや、分かっとるけど!」

「……失礼ではありませんか?」

「ちゃうねん! なんでお前は怖がられへんのに、俺だけ怖がられんねんって話や!」

「……私に言われましても」

「せやけど、絶対お前の方が怖いやろ!?」

「…………」

お付きは無言で悠太を睨んだ。

「ほら! 今の顔!!」

「……睨んでいません」

「睨んどるやん!!」

そのやり取りを見ていた三人が、思わず吹き出した。

「……ふふっ」

「……っ、失礼……」

「お前らまで笑うな!」

悠太はがっくりと肩を落とした。

「……なんで俺だけやねん……」

* * *

悠太は再び少し離れた場所に腰を下ろし、頬を膨らませていた。

「…………」

四人はそんな悠太の様子を見つめていた。

「……誠人様」

「……なんや」

「……あまりお気になさらない方が」

「……気にするわ」

「…………」

「俺、なんもしてへんのに……」

悠太は膝を抱えた。

「……なんで俺だけやねん」

すると、一人のお付きが小さく笑った。

「……ふふっ」

「……なんや、笑うとこちゃうで!」

「申し訳ありません。ですが……」

「……ん?」

「誠人様が怖い方ではないことくらい、我々は知っておりますよ」

「…………」

悠太は顔を上げた。

「……ほんま?」

「はい」

別のお付きも頷いた。

「少女にも、何か事情があるのでしょう」

「……せやけどなぁ」

すると、先ほど目つきが悪いと言われたお付きが口を開いた。

「……それより、私の目つきが悪いという話は、まだ終わっていませんが」

「……え?」

「……随分な言われようでしたね」

「いや、それは……」

「……生まれつきだと言ったはずですが」

「……ご、ごめんて!」

「…………」

「……ほら! その顔怖いねん!」

「……誠人様」

「ごめんごめん!!」

そのやり取りに、残る三人が笑い出した。

「……ふふっ」

「……まったく」

悠太も、つられるように笑った。

「……ははっ! なんやねん、お前ら!」

いつの間にか、四人は悠太の隣に腰を下ろしていた。

以前なら、主が座っている横に自分たちも腰を下ろすなど、考えられなかっただろう。

けれど今は――

そんなことを気にする者は、誰もいなかった。

* * *

「……とりあえず、何も喋らんのやったら、警察に保護してもらうしかないよなー」

「……そうですね」

悠太は少し離れた場所に座っている少女へ目を向けた。

「……とりあえず、俺は離れて前を歩くから」

そして、四人のお付きに向き直る。

「お前ら、あの子を守りながらついてきてくれるか?」

「承知しました」

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