第三十八話 白峯 蒼
悠太との十日間の修行を終え、訓練場を後にした蒼。
その少し先で、蒼のお付きが待っていた。
「……蒼様」
「ん〜?」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「いいよ〜」
「……なぜですか?」
「ん〜? なにが?」
「蒼様が他の方に興味を持たれるなんて、珍しいですね」
「ましてや、ご自身で修行を見られるなんて……」
「…………」
蒼は少しだけ考えるように間を置いた。
「……ははっ、そうだね〜」
その口元には、いつもの笑みが浮かんでいた。
* * *
白峰蒼。
本家に生まれたその少年は、幼い頃から類まれなる才能を持っていた。
それは、単に霊力が強いというだけではなかった。
戦いにおける、圧倒的な才能。
相手の動きを瞬時に読み取り、どこを攻めればいいのか、どう動けば攻撃を避けられるのか。
それらを、まるで最初から知っていたかのように理解していた。
どんなに難しい術でも、すぐに覚えられた。
どんなに厳しい修行でも、難なくこなせた。
そして、誰と戦っても――
勝つ。
結果は、いつも同じだった。
相手がどこから攻撃してくるのか。
次に何をしようとしているのか。
すべてが見えてしまう。
そして、あっけなく戦いは終わる。
周囲の者たちは口を揃えた。
「……天才だ」
「白峰家に、とんでもない逸材が生まれた」
幼い蒼は、その言葉を素直に喜んでいた。
難しい術を覚えれば、褒められた。
修行で成果を出せば、喜んでもらえた。
それが嬉しかった。
しかし――
蒼が成長するにつれ、周囲の期待も大きくなっていった。
「蒼、お前はもっと上を目指せ」
「白峰家の名に恥じぬ術師になれ」
「他の家に、我々の力を知らしめるのだ」
蒼は、その期待に応え続けた。
次々と術を習得し、任務でも成果を上げた。
だが――
昨日まで褒められていたことが、今日は当たり前になる。
どれだけ努力しても。
どれだけ結果を残しても。
返ってくる言葉は、いつも同じだった。
「もっと上を目指せ」
「お前ならできて当然だ」
一つの期待に応えれば、また次の期待が待っている。
そこに終わりはなかった。
やがて――
褒められることもなくなった。
勝つことが当たり前。
強いことが当たり前。
期待に応えることが、当たり前。
それでも、白峰家の要求が終わることはなかった。
そして――
白峰蒼は、歴代最年少で上級術師へと昇りつめた。
その異例の昇進に、安倍家は大きく沸いた。
誰もが蒼の才能を称えた。
白峰家にとっても、それは大きな誇りだった。
しかし、両親から告げられたのは――
「これからも白峰家の名を高めるのだ」
「…………」
蒼は、ただ静かに頷いた。
誰よりも早く、上級術師へと昇りつめた。
だが、それさえも白峰家にとっては、さらなる期待の始まりでしかなかった。
(……僕は、何のために戦ってるんだろう)
(……人を守るため?)
(……そんなことは、分かってる)
妖怪から人々を守る。
それが陰陽師の役目だ。
しかし、幼い頃から求められてきたものは、いつも別にあった。
白峰家のため。
他の家より上に立つため。
その力を、世に知らしめるため。
(……僕が強くなるのは……)
(……白峰家のためなのかな……)
「…………」
やがて蒼にとって、修行も任務も、ただ与えられた役目をこなすだけのものになっていった。
嬉しいとも、楽しいとも思わない。
ただ戦い、勝ち、また次の任務へ向かう。
そして、いつしか――
蒼の表情から、感情が消えていった。
どれほど厳しい言葉を向けられても。
どれほどの成果を求められても。
蒼は、ただ笑っていた。
「……ははっ」
その笑みには、喜びも楽しさもなかった。
いつからか、何を感じているのかさえ、誰にも分からなくなっていた。
* * *
「……蒼様?」
お付きの声に、蒼はふと顔を上げた。
「ん〜?」
「……どうかなさいましたか?」
「ううん、なんでもないよ〜」
蒼はいつものように笑った。
「……それで、どうして誠人様の修行を?」
「ん〜、そうだねぇ」
蒼は少し考え込んだ。
「……あの子、面白いんだよね〜」
「……面白い、ですか?」
「うん!」
「何度失敗しても、また挑んでくるしさ〜」
「……はい」
「それに、こっちが思ってもみないことを突然やり始めるんだよね〜」
蒼は、十日間の修行を思い返していた。
何度攻撃しても当たらず、悔しがる悠太。
自分の張った結界に突っ込み、頭を抱える悠太。
そして、最後まで諦めずに向かってきた悠太。
「……ははっ」
「…………」
「……なんかさ」
「……はい?」
蒼は少しだけ空を見上げた。
「……久しぶりに、楽しかったんだよね〜」
「…………!」
お付きは思わず蒼の顔を見つめた。
いつもの笑顔。
いつもの軽い口調。
しかし――
その言葉を聞くのは、初めてだった。
「……蒼様……」
「ん〜?」
「……いえ、なんでもございません」
「そっか〜」
蒼は再び歩き始めた。
その横顔には、いつもと変わらない笑みが浮かんでいた。
けれど、お付きには――
その笑顔が、ほんの少しだけ違って見えた。
* * *




