第三十五話 最年少の上級術師
安倍家。
医療棟から戻った悠太は、廊下を歩いていた。
人型妖怪との戦いで負った傷も、少しずつ回復してきている。
「……んー!」
軽く腕を伸ばす。
「……いった!」
慌てて腕を下ろした。
『……まだ無理をしないでください』
『……わかってるって!』
「……はぁ」
悠太は包帯の巻かれた腕を見つめた。
あの人型妖怪との戦い。
四人と力を合わせても、まったく歯が立たなかった。
そして。
あの最年少の上級術師。
自分たちが命懸けで戦った相手を、まるで遊んでいるかのように圧倒していた。
「…………」
悠太は少し考え込んだ。
『……なあ、欠片』
『……はい?』
『……俺、もっと強なりたいねんけどもー』
『……強くですか?』
『……あの人、めちゃくちゃ強かったやん?』
『……ええ』
『……修行とか、教えてもらわれへんかな』
『……上級術師に、ですか?』
『……うん』
『……簡単にお願いできる相手ではありませんよ』
『……そらそうやけど』
悠太は頭を掻いた。
「……んー」
その時だった。
「……あれ?」
廊下の向こうに、見覚えのある人物がいた。
軽い足取りで歩く、一人の青年。
「あっ!!」
悠太が声を上げた。
「……ん?」
青年が振り返る。
「……あれー?」
そこにいたのは、あの人型妖怪を祓った上級術師。
白峰蒼だった。
「……誠人くんじゃん」
「あっ! この前はありがとうございました!」
悠太が勢いよく頭を下げた。
「んー? ああ、あの時の?」
「はい!」
「……傷、大丈夫?」
「おかげさまで!」
「……そっかそっかー」
蒼はにこにこしながら頷いた。
「じゃ、またねー」
そのまま歩き出そうとした。
「あっ、ちょっと待ってください!」
「……ん?」
蒼が足を止める。
「……なにー?」
悠太は少し緊張した様子で口を開いた。
「……あの!」
「うん?」
「俺に、修行つけてもらえませんか!」
「…………」
蒼が瞬きをした。
「……えー?」
「……あかんですか?」
「なんで僕ー?」
「いや、めっちゃ強かったんで!」
「…………」
「俺、もっと強なりたいんです!」
蒼は少し首を傾げた。
「……ふーん」
「…………」
「……なんで?」
悠太は少し考えた。
そして。
「……強なったら守れるもん増えるでしょ?」
「…………」
蒼が悠太を見た。
「……へぇ」
「…………」
「そっかー」
蒼は顎に手を当てた。
「んー……」
少し考え込む。
「……まあ、今は任務ないしなぁ」
悠太の表情が明るくなった。
「……ほ、ほんまですか!?」
「……んー、でも」
蒼が人差し指を立てた。
「条件があるんだよねー」
「……条件ですか?」
「うん」
蒼は、にこにこと笑っていた。
「……君の秘密、教えてよ」
「…………」
悠太の表情が止まった。
「……え?」
『……悠太』
欠片の声が響く。
蒼は変わらず笑っていた。
「ねえ」
「…………」
「……君は、誰なの?」
一瞬。
廊下の空気が、変わった気がした。
「…………」
悠太は、蒼の顔を見つめた。
「……どういう意味ですか?」
「んー?」
蒼は周囲を見渡した。
そして、軽く指を動かす。
――キィン。
二人の周囲に、薄い結界が展開された。
「…………!」
『……遮音結界ですね』
『……え?』
『外には会話が聞こえないようになっています』
蒼は、何事もなかったように口を開いた。
「……君さー」
「…………」
「本当の誠人くんじゃないでしょ?」
「…………!」
悠太は息を呑んだ。
『……悠太、落ち着いてください』
『……っ、なんでこの人……』
蒼は笑っていた。
「……そんな顔しなくても大丈夫だよー」
「…………」
「僕たちは知ってるから」
「……知ってるんですか?」
「うん」
蒼は軽く頷いた。
「廻生のこと」
「…………」
「本当の誠人くんが、もういないこともね」
悠太は何も答えられなかった。
蒼は続けた。
「でもさー」
「…………」
「……君は、誰なの?」
「…………」
悠太は少し戸惑った。
「……俺は、悠太です」
「……悠太くん?」
「……はい」
「ふーん」
蒼は興味深そうに悠太を見つめた。
「じゃあ、悠太くん」
「……はい?」
「この器の力、どれくらい使えるの?」
「……いや、まだ全然使いこなせてへんです」
「でも、術は使えるんだよね?」
「……はい」
「そっかそっか」
蒼は少し考え込んだ。
「……じゃあさ、霊力を使う時って、どんな感じ?」
「……どんな感じ、ですか?」
「うん。自分の身体じゃなかったわけでしょ?」
「…………」
悠太は自分の手を見つめた。
(……どんな感じって言われてもなぁ……)
初めて目を覚ました時。
確かに、この身体は自分のものではなかった。
術の使い方も分からず、霊力の扱い方も一から教わった。
だが、今はどうだろう。
(……そういや、あんまり意識したことなかったな)
悠太はゆっくりと手を握った。
「……正直、よう分からへんのです」
「……分かんない?」
「……はい。最初は術の使い方も全然分からへんかったんですけど……」
「うんうん」
「教えてもらって、練習して……ちょっとずつ使えるようになってきた感じなんで」
「……ふーん」
蒼は興味深そうに悠太を見つめた。
「じゃあ、自分の身体じゃないって感覚は?」
「…………」
悠太は少し考え込んだ。
「……最初は、なんか変な感じもしましたけど……」
「……うん?」
「今はもう、普通に俺の身体って感じです」
「…………」
「……まあ、元々俺の身体ちゃうんですけどね」
悠太は少し困ったように笑った。
蒼はしばらく黙っていた。
そして。
「……へぇー」
面白そうに笑った。
「……なるほどねー」
「…………?」
「……まぁ、いいや!」
「……え?」
「面白そうだし、修行みてあげるよー」
悠太の顔が一気に明るくなった。
「……ほんまですか!?」
「うん!」
「ありがとうございます!!」
悠太が勢いよく頭を下げる。
「……いったぁ!!」
傷に響き、その場で身体を丸めた。
「……あはは!」
蒼が笑った。
「……まずは、その怪我治さないとねー」
「……はい……」
「治ったら、またきてね〜」
「……はい!」
「じゃあねー、悠太くん」
蒼が指を軽く動かす。
――スッ。
二人を囲んでいた結界が消えた。
「……はい!」
蒼は軽く手を振り、廊下の向こうへ歩いていった。
「…………」
悠太は、その背中を見つめていた。
『……悠太』
『……ん?』
『……少し、驚きましたね』
『……せやな』
『……まさか、あの方が廻生のことをご存じとは』
『……うん』
悠太はしばらく考え込んだ。
そして――
「……でも!」
『……はい?』
「修行つけてもらえるんやろ!?」
『……ええ』
悠太は嬉しそうに拳を握った。
「……よっしゃ!!」
『……悠太』
『……なんや?』
『まずは怪我を治してくださいね』
「……わかってるわ!」
悠太は笑った。




