第三十二話 6人の上級術師
安倍家、本邸。
その一室に、六人の上級術師が招集されていた。
重厚な扉が閉まり、室内が静まり返る。
円卓を囲む六人。
その奥には、安倍家当主が座っていた。
「……全員揃ったな」
口を開いたのは、厳格な実力主義者として知られる男。
榊原宗一郎。
男は机の上に資料を置いた。
「今回の任務について、報告する」
「……あー、あの人型のやつ?」
軽い調子で口を挟んだのは、六人の中で最も若い上級術師。
白峰蒼。
悠太たちを救い、人型妖怪を祓った張本人だった。
「……そうだ」
宗一郎が答える。
「今回、調査に向かった十名のうち、分家四名が死亡。残る六名は生還している」
「……ひでぇ話だな」
豪快な声が響く。
堂島豪介。
大柄な身体を椅子に預けながら、腕を組んでいた。
「……で、その妖怪は?」
「討伐済みだ」
「おう、そりゃよかった!」
豪介が笑う。
しかし、隣にいた男は眉をひそめた。
佐伯隆臣。
「……よかった、で済ませられる問題ではありません」
「……あ?」
「調査任務でありながら、四名もの死者が出ています。明らかに想定を超えた事態です」
「……それはそうだな」
宗一郎が資料をめくった。
「今回の妖怪は、これまで確認されていた個体とは明らかに異なっていた」
「……どのように?」
隆臣が尋ねる。
「人間の姿を模倣していた。それも、外見だけではない」
「…………」
「言葉を話し、術師たちを欺き、個別に襲撃している」
豪介が腕を組み直した。
「……つまり、知恵をつけたってことか?」
「それだけではない」
宗一郎は続けた。
「死亡した分家四名は、同じ班に所属していた。そのうちの一人に化けた妖怪が、本家術師のも
とへ戻っている」
「……ほう」
「さらに、交戦中には犠牲者の姿を次々と模倣していたとの報告もある」
室内が静まり返った。
「……なるほどねー」
蒼が頬杖をついた。
「僕も戦ったけどさー、あれ、結構変だったよ」
「……何がだ?」
「動きがね。人間みたいだった」
「……人間?」
「うん。殴り方とか、蹴り方とか」
蒼は軽く手を動かした。
「普通の妖怪とは、ちょっと違ったかなー」
「…………」
隆臣が険しい表情を浮かべる。
「……人間の戦い方まで覚えたと?」
「……さあ?」
蒼は首を傾げた。
「そこまでは分かんないけどねー」
「……それで、強さは?」
豪介が尋ねる。
「んー、結構強かったよ」
「お前がそう言うなら、相当なんだろうな」
「……そう?」
蒼は不思議そうに首を傾げた。
「でも、思ったより丈夫だったかなー」
「……それで済むのは、お前くらいだろ」
豪介が呆れたように笑った。
* * *
その時。
「……で、結局何が問題なんだ?」
それまで椅子にもたれていた男が口を開いた。
藤宮冬馬。
普段から何事にも関心を示さない、気だるげな男だった。
「……何?」
宗一郎が顔を向ける。
「もう祓ったんだろ。なら、終わりじゃないのか」
「……同じような妖怪が、ほかにも存在する可能性がある」
「…………」
「最近の妖怪の異常な行動。急激な討伐依頼の減少。そして、今回の人型妖怪」
宗一郎は資料を閉じた。
「これらが無関係とは思えん」
「……ふーん」
冬馬は興味なさそうに天井を見上げた。
その時。
「……今回の妖怪は、何を目的に動いていたんだろうな」
低い声がした。
最後の一人。
黒瀬静馬。
ほかの術師たちが議論を交わす中、ほとんど発言せず、静かに様子を見ていた男だった。
悠太の任務を密かに見守っていた上級術師でもある。
「……目的?」
豪介が首を傾げる。
「妖怪なんざ、人間を喰うために動くんじゃねぇのか?」
「……それだけなら、なぜ姿を隠す必要がある?」
「…………」
静馬は続けた。
「今までの妖怪は、見つかれば襲ってきた。だが最近は違う」
「……逃げ回っている個体のことか」
宗一郎が尋ねる。
「……ああ」
「…………」
「今回の人型妖怪も、わざわざ人の姿を利用して、術師たちを欺いていた」
「……つまり?」
「……何か、意図があるのかもしれない」
室内が静まり返った。
「……考えすぎではありませんか?」
隆臣が口を開く。
「妖怪が人間のような目的意識を持つなど……」
「……だが、実際に人の姿を真似る個体が現れた」
宗一郎が遮った。
「……それは、そうですが」
「今回の件で、従来の常識だけでは判断できないことが明らかになった」
宗一郎は六人を見回した。
「今後は、人型の妖怪が存在する可能性を各術師へ通達する」
「……了解」
「また、調査任務における単独行動を禁止する。異常を確認した場合、原則として交戦を避け、
速やかに報告すること」
豪介が頷いた。
「……そりゃそうだな」
* * *
その時だった。
「……器の状態は?」
それまで黙っていた当主が、静かに口を開いた。
一同の視線が集まる。
宗一郎が資料を確認した。
「一時は危険な状態でしたが、現在は回復に向かっております」
「……損傷は?」
「全身に重度の負傷が見られました。ですが、現時点では回復不能な損傷は確認されておりませ
ん」
「…………」
当主は少しの間、考え込んだ。
「……魂の状態は?」
「現在、経過を観察しております。異常を示す報告は上がっておりません」
「……そうか」
当主は静かに頷いた。
その様子を、蒼が頬杖をつきながら見ていた。
「……それにしてもさー」
「……何だ?」
「誠人くん、結構頑張ってたよ」
「…………」
当主が蒼を見る。
「僕が着いた時には、もう立つのもやっとだったのにさー」
蒼は、あの戦いを思い出すように続けた。
「それでも、最後まで四人を守ろうとしてたんだよねー」
「…………」
「まあ、無茶しすぎだけど」
宗一郎が静かに口を開いた。
「……四人を守ろうとしたことは認める」
「……ん?」
「だが、調査任務であった以上、異常を確認した時点で撤退すべきだった」
「でもさー」
蒼が首を傾げる。
「逃げたら、あの四人は死んでたかもしれないよ?」
「……それとこれとは別の問題だ」
「……そうかなー」
「命を守ろうとする判断と、自分たちの実力を見誤ることは違う」
「…………」
宗一郎は続けた。
「守りたいのであれば、それだけの力が必要だ」
蒼はしばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「……まあ、それはそうだねー」
そのやり取りを聞いていた当主が、口を開いた。
「……もう一方の班を率いていた本家術師は?」
宗一郎が答える。
「現在、今回の任務について詳細を確認しております」
「……何があった」
「分家四名を単独で調査に向かわせていたことが判明しています」
「…………」
「その結果、妖怪に各個撃破された可能性が高いと考えられます」
当主は表情を変えなかった。
「……それで、器は危険に晒されたのか」
「……はい」
宗一郎が答える。
「その後、残された術師たちは妖怪と交戦しております」
「…………」
当主は静かに目を細めた。
「……その男を呼べ」
「承知しました」
「詳細を聞く必要がある」
それ以上、当主が分家四名の死について尋ねることはなかった。
* * *
「……何にせよ」
宗一郎が資料を閉じた。
「今回の件は、通常の妖怪討伐とは明らかに異なる」
「…………」
「各地の調査を継続する。人型妖怪の目撃情報があれば、速やかに報告すること」
「……了解」
「以上だ」
会議は終了した。
* * *
六人が席を立つ。
「……あー、疲れた」
冬馬が大きく伸びをする。
「お前、ほとんど喋ってねぇだろ!」
豪介が笑った。
「……座ってるだけでも疲れるんだよ」
「ハハハ! そりゃそうか!」
「……では、失礼します」
隆臣が先に部屋を出ていく。
「じゃ、僕も帰るねー」
蒼も軽く手を振った。
宗一郎は資料をまとめ、無言で部屋を後にした。
そして――
「……黒瀬」
当主の声が響いた。
静馬が足を止める。
「……はい」
「……お前は残れ」
「……承知しました」
静馬は再び椅子に腰を下ろした。
やがて、最後の一人が部屋を出ていく。
――カチャ。
扉が閉まった。
部屋には、当主と静馬の二人だけが残された。
* * *
『廻生』孤児院の事件
「…………」
当主はしばらく黙っていた。
静馬も、何も言わずに待っていた。
やがて――
「……孤児院の事件は?」
静馬が顔を上げる。
「……はい」
「……何か進展はあったか?」
静馬は手元の資料を開いた。
「……引き続き、当時の記録を調査しております」
「…………」
「襲撃当時、警察から陰陽師側へ連絡が入っていたことは確認できています」
「……ああ」
「しかし、現場に到着した時点で、妖怪はすでに祓われていました」
当主は黙って聞いていた。
「……誰が祓った?」
「……いまだ、判明しておりません」
「…………」
「当時の通報も匿名で、通報者の身元を特定できる情報は残されておりませんでした」
「……そうか」
静馬は資料を一枚めくった。
「それと、遺体についてですが……」
「……何だ」
「記録では、女性と少年の二名」
「…………」
「発見時には、二人とも礼拝堂に並べられていたそうです」
当主は目を細めた。
「……それは以前も聞いた」
「はい」
静馬は頷いた。
「ただ、あの状態で遺体が発見された理由が、いまだ分かっておりません」
「…………」
「女性の遺体は損傷が激しく、原形をほとんど留めていなかったと記録されています」
当主は何も言わなかった。
静馬は続けた。
「誰が遺体を礼拝堂へ運んだのか。なぜ、二人をそこに並べたのか」
「…………」
「そして、誰が現場の妖怪を祓ったのか」
静馬は資料を閉じた。
「……今のところ、いずれも不明です」
長い沈黙が流れた。
やがて、当主が静かに口を開いた。
「……あの女性の身元は?」
「以前の集合写真に写っていた女性で間違いないと考えられます」
「…………」
「かつて、四大家の治癒に携わっていた方です」
当主はゆっくりと目を閉じた。
あの写真。
大勢の子どもたちに囲まれ、穏やかに微笑んでいた女性。
かつて四大家の治癒を担い、その力を誰もが認めていた人物。
「…………」
当主は、机の上に置かれた資料を見つめた。
「……あの方が、なぜ……」
小さく呟いた。
静馬は黙っていた。
「……ほかに分かったことは?」
「……現段階では、確証のある情報は得られておりません」
「…………」
「ただ、当時の事件記録には不明な点が多く、引き続き関係者や現場の記録を調べる必要があり
ます」
当主はしばらく考え込んだ。
そして――
「……器が、あの場所で暴走したのだったな」
「……はい」
「建物に入った時から様子が変わり、内部では妖怪を祓うことも忘れて攻撃を続けていたと」
「……その通りです」
「…………」
「……あの魂の記憶か」
静馬は少し間を置いた。
「……可能性はあります」
「…………」
「ですが、断定はできません」
当主は目を閉じた。
廻生によって宿った、正体の分からない魂。
そして、その魂が異常な反応を示した場所。
かつて四大家に関わっていた女性が命を落とした孤児院。
「…………」
当主はゆっくりと目を開いた。
「……引き続き調べろ」
「……承知しました」
「特に、事件当時の状況だ」
「…………」
「誰が妖怪を祓い、誰が遺体を移動させたのか」
当主は静馬を見た。
「……必ず突き止めろ」
「……はい」
静馬は静かに頭を下げた。
しかし、当主はまだ何かを考え込んでいる様子だった。
「…………」
机の上には、あの孤児院の集合写真が置かれていた。
微笑む女性。
その周囲に集まる子どもたち。
当主の視線が、写真の中の一人ひとりをゆっくりと辿っていく。
「…………」
だが、何も言わなかった。
静馬もまた、当主の沈黙を遮ることはなかった。




