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第三十一話 4人の決意


* * *

数日後。

治療室のベッドに腰掛けた悠太は、包帯の巻かれた自分の手を見つめていた。

「…………」

あの妖怪との戦い。

何度殴っても倒れず、何度結界を張っても破られた。

最後には、立つことすらできなくなった。

もし、あの上級術師が来なかったら。

「…………」

悠太は拳を握ろうとした。

しかし、まだ傷が痛む。

「……弱いなぁ、俺……」

小さく呟いた。

あれだけ修行した。

欠片とも、これまで以上に力を合わせられるようになった。

それでも、まったく敵わなかった。

「…………」

その時。

――コンコン。

扉が叩かれた。

「……はい?」

「誠人様。少し、お時間よろしいでしょうか」

聞き覚えのある声だった。

「……おお、入ってええで!」

扉が開く。

そこには、四人の分家が立っていた。

全員、まだ身体のあちこちに包帯を巻いている。

「……なんや、みんなもまだボロボロやん」

悠太が少し笑った。

しかし、四人の表情は真剣だった。

「……誠人様」

「ん?」

「本日は、お話があって参りました」

「……話?」

四人が互いに顔を見合わせる。

やがて、代表の一人が口を開いた。

「我々は……貴方様の……」

一度、言葉が詰まる。

「……お付きにしていただきたいのです」

「…………」

悠太の笑みが消えた。

「……え?」

四人は真剣な表情のまま、悠太を見つめていた。

「…………」

悠太は視線を落とした。

「……でもな」

少し間を置く。

「……俺、弱いねん」

「…………」

「あの時だって……みんなのこと、守りきれへんかった」

悠太は包帯の巻かれた手を見つめた。

「……結局、上級の人が来てくれへんかったら、全滅やった」

悠太は小さく首を横に振った。

「……ごめん」

「……お付きの話は……ごめん」

「……誠人様」

「……俺には、みんなを守れる力がない」

その時、一人の分家が口を開いた。

「……いえ」

悠太が顔を上げる。

「私たちが、誠人様を守りたいのです」

「…………」

悠太は驚いたように四人を見つめた。

「……こんな俺でも……?」

「……はい」

その返事を聞いた瞬間。

悠太の片方の目から、一筋の涙がこぼれた。

「…………え?」

自分でも驚いた。

慌てて涙を拭う。

しかし、止まらなかった。

孤児院にいた頃から。

命を落とし、廻生によって再び目を覚ましてからも。

悠太はずっと、気を張りつめていた。

大切な人を、もう失いたくない。

今度こそ、守れるようになりたい。

そう思い続けてきた。

けれど、四人の言葉を聞いた瞬間。

張りつめていた糸が、ふっと切れた。

あの孤児院の任務で流した涙とは違う。

あの時は、大切な人を失った悲しみと、守れなかった悔しさから溢れた涙だった。

でも、今は違う。

自分を守りたいと言ってくれる人たちがいる。

自分の意思で、隣に立とうとしてくれる仲間がいる。

それが、たまらなく嬉しかった。

「……っ……」

悠太は涙を拭いながら、四人を見つめた。

そして、ニコッと笑った。

「……ありがとう」

その時だった。

少し遅れて。

色の違う、もう片方の目からも――

一筋の涙が、静かに頬を伝った。

廻生-巡る想い

悠太は袖で涙を拭った。

「……あかんあかん! なんかめっちゃ泣いてもうた!」

照れ隠しのように笑う。

四人は、何も言わずにその姿を見つめていた。

「……あ、そうや!」

悠太が突然、顔を上げた。

「俺、まだみんなの名前聞いてへんかったな!」

「…………」

四人は顔を見合わせた。

「……我らに、名前などは……」

「なんで?」

あまりにも自然な問いだった。

「……そういうものなのです」

本家の人間にとって、分家の名前など必要ない。

命じられたことをこなし、役目を果たす。

それだけの存在だった。

しかし、悠太は首を傾げた。

「いや、名前教えてや!」

「…………」

「これから一緒に戦うチームやねんから!」

四人は驚いたように顔を上げた。

チーム。

お付きでも、従者でもなく。

悠太は、当然のようにそう呼んだ。

少しの沈黙のあと、一人が口を開いた。

「……凪、と申します」

少し後ろにいた、物静かな青年だった。

「凪か! よろしくな!」

続いて、鋭い目つきの青年が口を開く。

「……迅です」

「迅な!」

「……律と申します」

落ち着いた声で答えたのは、いつも四人をまとめていた青年だった。

最後の一人は、黙ったまま悠太を見ていた。

「…………朔」

「朔か!」

悠太は四人を順番に見た。


「凪、迅、律、朔……よし! 覚えた!」

嬉しそうに笑う悠太。

その顔を見て、凪がほんの少しだけ目を伏せた。

悠太は、何も変わらなかった。

初めて会った時から。

分家だからと見下すことも、偉そうに命令することもない。

(……やっぱり、この人は……)

凪は、静かにそう思った。

* * *

「ほんでな!」

悠太はベッドの上で姿勢を正した。

「これから一緒に戦うんやったら、配置も決めときたいねん!」

「……配置、ですか?」

「そうそう!」

悠太は四人を見回した。

「今まで一緒におって、なんとなくみんなの性格も分かってきたしな!」

まず、凪を見る。

「凪は周りよう見てるやろ?」

「……え?」

「みんなが気づかへんことにも、先に気づいてること多かったし」

凪は驚いた。

自分が目立たないようにしていたことも、悠太は見ていたのだ。

「せやから、凪には後ろから全体を見てもらいたい。索敵と、危険があった時の報告を頼みたい

ねん」

「……私が、ですか?」

「おう! 凪やったら安心して任せられる!」

凪は少し俯いた。

「……承知しました」

次に迅を見る。

「迅は前の方やな!」

「……なぜですか?」

「すぐ前出ようとするやろ、お前」

「…………」

「でも、自分だけやなくて仲間のこともちゃんと気にしてる」

迅は何も答えなかった。

「俺の近くで身体強化の援護を頼みたい。せやけど、勝手に突っ込むんは禁止な!」

「……それは、あなたもでしょう」

「えっ?」

悠太が固まる。

律が小さく息を吐いた。

「……否定はできませんね」

「おい! なんでやねん!」

ほんの少しだけ、部屋の空気が緩んだ。

「ほんで律!」

「はい」

「律は真ん中やな!」

「……中央ですか」

「お前が一番冷静やし、みんなの動きもよう見てる。戦ってる時も判断早かったやろ?」

悠太は続けた。

「せやから、全体を見ながら拘束とかの援護を頼みたい。俺が気づかんことあったら遠慮せんと

言うてな!」

「……承知しました」

最後に、朔を見る。

「ほんで朔!」

「……はい」

「朔には、みんなの防御を任せたいねん!」

「……防御、ですか」

「おう! お前って、結構慎重やろ?」

「…………」

「人の言うことも、そのまま信用せえへんし、自分の目で確かめようとするやん?」

朔の表情がわずかに変わった。

「……それが、何か?」

「いや、それがええねん!」

「…………?」

「俺なんかすぐ突っ込んでまうし、みんなが大丈夫やと思ってても、ほんまに大丈夫か分からん

やろ?」

悠太は笑った。

「でも朔やったら、最後まで油断せえへんと思うねん!」

「…………」

「せやから、みんなの近くで全体を見ながら、危ないと思ったところを守ってほしい!」

朔は黙って悠太を見つめた。

これまで、誰かを信用できない自分の性格を、長所として捉えたことなどなかった。

「……私の判断で、ですか?」

「おう! もちろん連携はするけど、朔が危ないと思ったら遠慮せんと動いてええで!」

「…………」

朔は少しだけ視線を落とした。

「……承知しました」

その時。

いつも固く結ばれていた朔の口元が、ほんのわずかに緩んだ。

本人すら気づかないほどの、小さな変化だった。

悠太は嬉しそうに頷いた。

「よっしゃ!」

そして、四人を見回した。

「前は俺と迅! 真ん中に律! 後ろは凪と朔!」

指を折りながら確認する。

「凪が危険を見つけて、律が動きを見ながら援護する。朔がみんなを守って、俺と迅が前で戦

う!」

悠太は少し考えた。

「……どう? こんな感じでいけそう?」

律が静かに頷いた。

「……理にかなった配置だと思います」

「ほんまか!」

「ただし、状況によっては変更が必要です」

「もちろん! そこはみんなで考えよ!」

凪も小さく頷く。

迅は腕を組んだまま、少しだけ口元を緩めた。

朔は、いつもの無表情に戻っていた。

悠太は満足そうに笑った。

「よっしゃ! ほな、これからよろしくな!」

その時だった。

――バンッ!!

突然、扉が勢いよく開かれた。

「……お前らッ!!」

四人の表情が、一瞬で強張った。

そこに立っていたのは、あの本家術師だった。

人型妖怪との死闘で、四人に自分を守るよう命じた男。

しかし四人は、その命令に従わず、悠太と共に妖怪に立ち向かった。

男は怒りに顔を歪めていた。

「……随分と楽しそうじゃないか」

「…………」

「俺の命令を無視しておいて、何をのんきに笑っている!!」

迅が一歩前に出ようとした。

しかし、律が小さく手で制した。

本家術師は四人を睨みつける。

「お前ら……どうなるか分かっているんだろうな?」

「…………」

「俺の命令に背いたんだぞ?」

男は、口元を歪めた。

「お前らだけで済むと思うなよ」

「…………!」

「家族にまで責任を取らせることもできるんだ」

四人の表情が変わった。

男は、それを見て満足そうに笑った。

「……ああ、そうだ」

わざとらしく声を上げる。

「俺のお付きにしてやってもいいぞ?」

「…………」

「気に入らなければ、破門にしてやるがな! はははは!」

男は笑った。

だが、その胸中では。

(……お付きにしたら、すぐにでも破門してやる)

(本家に逆らったことを後悔させてやる……!)

その時。

「……おい」

低い声がした。

「……あ?」

男が振り返る。

そこには、ベッドから立ち上がった悠太がいた。

「……なんだ、お前」

悠太は答えなかった。

ゆっくりと男に近づく。

そして、その耳元で静かに囁いた。

「……凪、迅、律、朔はな」

「…………?」

「俺のお付きや」

一瞬、間を置く。

「……いや、俺の仲間なんだよ」

男の眉が動いた。

「……何を言って――」

「たかが本家の一術師ごときが……」

悠太の声が、さらに低くなる。

「俺の部屋まで乗り込んできて……」

男は、思わず息を呑んだ。

「……何様やねん、お前」

「…………っ!」

本家術師の顔が引きつった。

いつも笑っている少年。

分家にすら頭を下げ、礼を言う少年。

その少年が、今は笑っていなかった。

「……な、何を……!」

悠太は男の目をまっすぐ見た。

そして、一言。

「身分わきまえろや、ポンコツ」

「…………!!」

男の顔が、怒りで真っ赤になった。

だが、何も言い返せない。

目の前にいるのは、安倍家の跡取り。

自分より、遥かに上の立場にいる人間だった。

普段なら、分家相手に好き放題振りかざしている身分。

その身分を、今度は自分が突きつけられていた。

「……くそッ!!」

男は拳を握り締めると、荒々しく踵を返した。

――バタンッ!!

扉が、大きな音を立てて閉まった。

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