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第二十九話 人型妖怪

悠太たちは、分家三人が調査していた場所へ向かった。

「……この辺りを調べてたんやな?」

「はい。そのはずです」

「……わかった。みんな、周り調べてみて」

「承知しました」

一行は周囲を捜索し始めた。

「おーい!! 誰かおらんかー!!」

悠太の声が辺りに響く。

しかし、返事はない。

建物の裏。

細い路地。

人気のない空き地。

周辺をくまなく調べたが、三人の姿はどこにもなかった。

「……誠人様、こちらも見つかりません」

「……そっか」

さらに捜索を続けた。

だが――

「……駄目です。どこにも……」

「…………」

悠太は周囲を見渡した。

「……なんでやねん……」

三人が争ったような形跡もない。

助けを求める声を聞いた者もいない。

まるで、最初からそこにいなかったかのように。

「……ちっ。いつまで探しているんだ」

もう一人の本家術師が、苛立たしげに吐き捨てた。

「…………」

悠太はゆっくりと振り返った。

「……お前、他人事かよ」

「……あ?」

次の瞬間。

ガシッ!!

悠太は本家術師の胸ぐらを掴んだ。

「なっ!? 何をする!!」

「…………」

悠太は何も答えなかった。

ただ、胸ぐらを掴んだまま、男を睨みつけていた。

「…………っ」

周囲の分家たちが息を呑む。

張り詰めた沈黙が、その場を包んだ。

違和感

* * *

「……っ! 離せ!」

「…………」

その時だった。

「……っ!」

突然、悠太の胃の奥から、あの不快感が込み上げた。

「…………!」

思わず手を離す。

「……なんだ、急に」

本家術師の声も耳に入らなかった。

悠太はゆっくりと辺りを見渡した。

『……悠太?』

『…………』

その視線が、一人の分家で止まった。

もう一方の班から戻ってきた、あの分家だった。

「…………」

分家は、何も言わずに立っていた。

「……なあ、欠片」

『……はい?』

『……さっきの、また来た』

『……さっきの?』

『……あの気持ち悪いやつ』

『…………』

悠太は分家を見つめた。

だが、その姿におかしなところはない。

妖気も感じられない。

悠太はその場から動かず、分家をじっと見つめた。

「…………」

分家もまた、悠太を見つめていた。

目が合っても、逸らそうとしない。

『……欠片』

『……はい』

『……なんか、変やねんなぁ』

『……何がですか?』

『……わからん』

「…………」

二人の視線が交わったまま、しばらく沈黙が続いた。

その時。

「……誠人様?」

自分の班の分家が声をかけてきた。

「……どうされました?」

「……いや、なんでもない」

悠太は一度、視線を外した。

しかし、再び目を向けると――

あの分家は、まだこちらを見つめていた。

「…………」

消えた三人

* * *

悠太は、あの分家をじっと見つめていた。

「…………」

「……誠人様?」

「……あ、いや。なんでもない」

悠太は視線を外した。

「……とりあえず、捜索続けよか」

「承知しました」

* * *

それからも、一行は周辺を捜索し続けた。

建物の中や路地裏、周囲の空き地。

三人の名前を呼びながら、何度も辺りを調べて回った。

しかし――

「……誠人様、こちらにはいません」

「……こっちもか」

「はい。妖気の反応もありません」

「…………」

時間だけが過ぎていった。

『……悠太』

『……ん?』

『……ここまで痕跡がないのは、妙ですね』

『……せやなぁ』

悠太は辺りを見渡した。

「……どこ行ってもうたんや……」

その後も捜索を続けたが、結局、三人の姿は見つからなかった。

争った形跡も、妖怪の気配もない。

まるで、忽然と姿を消してしまったかのようだった。

「…………」

悠太は拳を握りしめた。

そして、ふと視線を向ける。

そこには、もう一方の班から戻ってきた分家が立っていた。

「…………」

先ほどの嫌な感覚は、もうなかった。

それでも、何かが引っかかる。

『……欠片』

『……はい』

『……なんか、おかしいよな……』

『……ええ』

悠太は再び、周囲に目を向けた。

「……行くぞ」

本家術師が分家に命じた。

「……はい」

分家が先に歩き出し、本家術師がその後に続く。

「……おい!」

悠太が声を上げた。

「いい加減にしろお前! 単独で動くな!」

「……ふん。お前に指図される筋合いはない」

二人はそのまま歩き続けた。

「…………」

悠太は遠ざかる二人の背中を見つめていた。

『……悠太?』

『…………』

「……なあ、ちょっと待て」

本家術師が振り返った。

「……今度は何だ」

「……確かめたいことある」

「……は?」

悠太は答えず、前方を歩く分家へ目を向けた。

そして、懐から一枚の符を取り出す。

『……悠太、それは……』

『……おう』

術師には何の影響も及ぼさず、妖怪にのみ反応する術。

悠太は符に霊力を込めた。

「……浄閃!」

放たれた光が、分家の背中に触れた瞬間――

バチッ!!

分家の身体が、ぐにゃりと歪んだ。

「……っ!?」

本家術師が目を見開く。

「お、おい……お前、何だそれは……!?」

目の前の分家の背中が、不自然に波打っていた。

本家術師は思わず後ずさった。

「…………」

その時――

分家がゆっくりと振り返った。

そして、満面の笑みを浮かべた。

「……バレましたね」

それは、確かに先ほどまでの分家の声だった。

しかし――

どこか、ほんの少しだけ違っていた。

「…………」

本家術師が後ずさる。

「……お、お前……何者だ……」

その時――

ぐにゃり。

分家の顔が歪み始めた。

頬が波打ち、目鼻の位置がゆっくりと変わっていく。

そして現れたのは――

「…………っ!?」

行方不明になった分家の一人の顔だった。

「……お前のせいで」

「……なっ……!」

再び、顔が歪む。

今度は別の分家の顔へと変わった。

「……お前のせいで」

「……や、やめろ……!」

さらに顔が変わる。

最後に現れたのは、もう一人の分家だった。

「……死ね」

「…………っ!」

「……死ね」

顔が、また変わった。

「死ね」

また変わる。

「死ね」

「死ね」

「死ね」

ぐにゃり、ぐにゃりと顔が入れ替わる。

そのどの顔にも、不自然なほど大きな笑みが浮かんでいた。

「死ね、死ね、死ね……」

「……ひっ……!」

本家術師は足をもつれさせ、その場に尻もちをついた。

目の前の妖怪は、三人の顔を次々と浮かべながら、笑い続けていた。

人型妖怪 ― 脱皮

* * *

「死ね……死ね……死ね……」

次々と入れ替わる分家たちの顔。

「……ひっ……!」

本家術師は尻もちをついたまま、地面に手をついて後ずさった。

「おっ、お、おい!!」

震える声で叫ぶ。

「分家ども!! 俺を守れ!!」

必死に後ずさりながら、悠太たちの方へ目を向ける。

「早くしろ!! 俺を守れぇ!!」

その間も、目の前の分家は動かなかった。

「…………」

やがて――

ぐにゃり。

分家の顔が再び歪んだ。

しかし、今度は別の顔に変わることはなかった。

――ぴしっ。

頬に、細い亀裂が走る。

「…………っ!?」

その亀裂が、首筋へと広がっていく。

そして――

頬の皮膚が、ゆっくりと剥がれ始めた。

剥がれた皮膚が顎から垂れ下がり、首元へと広がっていく。

まるで、人間の皮を脱ぎ捨てようとしているかのように。

「……ひ、ひぃっ……!!」

本家術師はさらに後ずさった。

目の前の分家が、不気味に笑い始めた。

その笑い声は次第に大きくなっていく。

剥がれ落ちる皮膚の下から、何かが姿を現し始めた。

その場にいた者たちは、あまりの光景に呆然としていた。

誰も言葉を発することができない。

その時――

「……っ!!」

突然、悠太の胃の奥から強烈な吐き気が込み上げた。

「……うっ……!」

思わず口元を押さえる。

しかし、耐えきれず、その場に膝をついた。

「……おえっ……!」

悠太はそのまま吐いてしまった。

「……っ! 誠人様!?」

その様子に、呆然としていた四人が我に返った。

「誠人様! 大丈夫ですか!?」

分家たちが慌てて駆け寄る。

「……っ、はぁ……はぁ……」

『……悠太!?』

『……っ、なんや……これ……』

胃の奥をかき回されるような、強烈な不快感。

それは――

先ほど、あの場所へ足を踏み入れた瞬間に感じたものよりも、遥かに激しいものだった。

* * *

人型妖怪 ― 対峙

* * *

「……おう、大丈夫や……」

悠太は口元を拭い、ゆっくりと立ち上がった。

「……っ」

まだ吐き気が残っている。

それでも、目の前から視線を逸らさなかった。

分家の姿を失いつつある妖怪は、けたけたと笑い続けていた。

「…………」

悠太は一度、大きく息を吐いた。

そして、足を開き、腰を落とす。

両手を構え、妖怪を正面から見据えた。

『……悠太』

『……おう』

『……無理はしないでください』

『……わかってる』

四人も悠太の後ろで身構えた。

目の前の妖怪は、なおも笑い続けていた。

* * *

初撃

* * *

「……くそっ……!」

尻もちをついていた本家術師が、震える手を前に突き出した。

「クソが!! クソが!!」

次々と術を放つ。

「消えろ!! 消えろ!! 消えろぉ!!」

――ドンッ!!

――バンッ!!

放たれた術が、周囲の地面や壁に炸裂する。

しかし、妖怪には一発も当たらなかった。

妖怪は避けてすらいない。

ただ、その場に立っていた。

本家術師は恐怖と動揺で、まともに狙いを定められなくなっていた。

「……な、なんで当たらない……!」

「…………」

妖怪は笑みを浮かべたまま、本家術師を見下ろしていた。

そして――

すっ、と一歩踏み出した。

「……ひっ!」

本家術師が身を引く。

次の瞬間。

妖怪は地面を蹴り、一気に距離を詰めた。

その動きは、これまでの妖怪とはまるで違っていた。

腕を振り回すでもなく、霊力を放つでもない。

人間のように踏み込み、腰をひねり、拳を突き出した。

――ドゴッ!!

「がはっ!!」

拳が本家術師の腹部を捉えた。

男の身体が地面を転がる。

「……ぐっ……!」

「…………」

妖怪はゆっくりと拳を下ろした。

そして、再び笑みを浮かべた。

『……悠太』

『……おう』

悠太は妖怪の動きを見つめていた。

今の攻撃。

それは、これまで戦ってきた妖怪のものとは明らかに違っていた。

まるで、戦い慣れた人間のような動きだった。

* * *

共鳴

* * *

「……ぐっ……!」

地面に転がった本家術師。

妖怪はゆっくりと、その男へ歩み寄った。

「……ひっ……!」

男は必死に身体を引きずり、逃げようとする。

しかし、妖怪はすでに目の前まで迫っていた。

その顔には、相変わらず笑みが浮かんでいた。

そして――

妖怪が拳を振り上げる。

「……っ!!」

その瞬間。

悠太は両足に霊力を集中させた。

「みんな行くで」

「はい誠人様!」

『……欠片、行くぞ』

『はい!』

その瞬間、片方の瞳が一瞬だけ光った。

――ダンッ!!

悠太が地面を蹴った。

凄まじい勢いで、一気に妖怪との距離を詰める。

妖怪が本家術師へ拳を振り下ろそうとした、その瞬間――

「……っ!!」

悠太が二人の間に飛び込んだ。

振り下ろされる拳に両手を添え、その勢いを横へと流す。

そして――

バキィッ!!

「……ぐっ!!」

凄まじい衝撃が両手を襲った。

妖怪の拳は大きく弾かれ、その身体が後方へ吹き飛ぶ。

――ザザッ!!

妖怪は地面を滑るように着地すると、さらに数歩下がって距離を取った。

「…………」

悠太は両手に目を落とした。

妖怪の攻撃を受け流した腕には、いくつもの切り傷が走っていた。

指の付け根から手の甲にかけて血が滲み、じんじんと痛む。

「…………っ」

悠太は軽く両手を握り、再び妖怪へ目を向けた。

妖怪もまた、距離を取ったまま悠太を見つめていた。

「……は、ははっ……」

悠太の口元から、笑いが漏れた。

「……これ、やばいな……」

笑ってはいたが、その手は小刻みに震えていた。

悠太はゆっくりと顔を上げた。

少し離れた場所では、妖怪が不気味な笑みを浮かべていた。

二人の視線が交わる。

「…………」

悠太の口元には、まだ笑みが残っていた。

悠太は妖怪を見据えたまま、構えを崩さなかった。

その隙に――

「……っ、くそ……!」

本家術師は慌てて立ち上がり、悠太の班の分家四人の後ろへと回り込んだ。

「お、おい! お前たち!」

本家術師は四人の後ろへ回り込んだ。

「俺を守れ!!」

「…………!」

四人は戸惑った。

「……しかし、誠人様の……」

「ふざけんな!!」

「…………っ!」

確かに、誠人の方が家格は上だった。

だが、相手も本家の術師。

分家である彼らにとって、その命令を無視することは容易ではない。

「……早くしろ!!」

四人は悠太へ目を向けた。

傷ついた片手を震わせながら、それでも妖怪と向き合う悠太。

そして背後には、自分を守れと命じる本家術師。

「……申し訳ございません」

「……は?」

分家の一人が、ほかの三人に目を向けた。

合図はほんの一瞬だった。普段から四人の動きをまとめているその男は、今度も取り乱さなかっ

た。

「……お前ら」

四人が一斉に動き出す。

本家への反発を隠さない一人も、普段は仲間さえ信用しない一人も、同じ方向へ踏み出した。命

じられたからではない。それぞれが、自分の判断で悠太の側に立った。

「おい!! 何をしている!!」

本家術師が怒鳴った。

しかし、四人はすでに妖怪へ向き直っていた。

* * *

妖怪が踏み込んだ。

鋭い拳が悠太の顔面へ迫る。

「……っ!」

悠太は上体を傾け、拳をかわした。

しかし、妖怪はそのまま身体をひねり、ありえない角度から蹴りを放った。

その瞬間――

悠太の身体が反応した。

――シュッ!!

蹴りをかわすと同時に、地面を蹴って妖怪の懐へ飛び込む。

――ドゴッ!!

拳が妖怪の腹部を捉えた。

妖怪が後方へ下がる。

「…………!」

悠太は自分の身体に目を落とした。

「……え?」

今までなら、反応が間に合わなかったはずの攻撃。

それをかわしたうえで、反撃までできていた。

「……なんや、今の……」

悠太自身、その動きに驚いていた。

しかし、それには理由があった。

これまで、欠片が察知した情報は、言葉として悠太に伝えられていた。

悠太がその情報を認識し、脳から神経へ指令を送り、身体が反応する。

だが、今は違う。

廻生によって二人の魂が一つになったことで、欠片が察知した情報が、直接悠太へと伝わるよう

になっていた。

それまで必要だった情報伝達の過程が、一つ省かれたのだ。

ほんのわずかな時間。

しかし、一瞬の判断が生死を分ける戦闘において、その差はあまりにも大きかった。

さらに、分家の術――天武闘衣。

身体能力を引き上げるその術が、悠太の動きを支えていた。

欠片との一体化によって生まれた反応速度。

天武闘衣によって強化された身体。

そして、悠太自身が鍛え上げてきた霊力の制御。

それらが重なり、悠太はこれまでにない瞬発力を発揮していた。

いつの間にか、恐怖で引きつっていた笑みは消え、自然な笑みに変わっていた。

悠太はゆっくりと顔を上げた。

その視線の先では、妖怪が再び構えを取っていた。

「…………」

悠太も腰を落とす。

「……へへっ」

次の瞬間――

妖怪が地面を蹴り、鋭い拳と蹴りを立て続けに放った。

悠太は欠片の助言を受けながら攻撃をかわし、反撃の機会を探る。

だが、妖怪の動きは予想以上に速かった。

しかし、続けざまに放たれた攻撃を避けようと、地面を蹴ってしまった。

「……っ!」

身体が宙へ浮く。

その瞬間、妖怪が悠太を追って跳び上がった。

『……悠太! 正面です!』

「……っ!?」

妖怪の拳が迫る。

空中で方向を変えようと、悠太は足裏に霊力を集中させた。

しかし、うまく制御できない。

「……くそっ!」

逃げ場がない。

その時――

「誠人様!!」

悠太の足元に、霊力の足場が現れた。

「……!!」

悠太はその足場を思い切り蹴った。

――ダンッ!!

身体が一気に横へ飛ぶ。

――ブォンッ!!

妖怪の拳が空を切った。

悠太はそのまま地面へ着地する。

「……あっぶな!!」

妖怪も地面へ降り立ち、再び悠太へ向き直った。

悠太が再び妖怪へ向き直る。

妖怪は着地した場所から、一歩も動いていなかった。

「…………」

にたり。

口元が吊り上がる。

次の瞬間――

――ダンッ!!

「……っ!」

妖怪が地面を蹴った。

『……来ます!』

悠太は腰を落とす。

妖怪の右拳が迫る。

悠太はそれをかわし、左拳を腹部へ打ち込んだ。

――ドゴッ!!

「…………!」

だが、妖怪はひるまない。

そのまま悠太の腕を掴もうとする。

「……っと!」

悠太は素早く腕を引き、もう一歩踏み込んだ。

――バキッ!!

今度は拳が妖怪の顔面を捉えた。

妖怪の頭が横へ弾かれる。

「……おっ!」

しかし――

ぐるり。

頭だけが、不自然な角度で戻ってきた。

「……うえっ!?」

直後、妖怪の拳が悠太の腹部にめり込んだ。

――ドゴッ!!

「……ぐっ!!」

身体がくの字に折れる。

続けて、妖怪の膝が顔面へ迫った。

その瞬間――

――ギィンッ!!

「拘束!!」

分家の放った術が、妖怪の脚に絡みついた。

ほんの一瞬、動きが止まる。

「……っ!!」

悠太はとっさに両腕を上げ、顔を守る。

――バキンッ!!

拘束が砕け散った。

直後――

――ドゴォッ!!

「……ぐあっ!!」

強烈な膝蹴りが、悠太の両腕に叩き込まれた。

衝撃で身体が後方へ押し飛ばされる。

――ザザッ!!

地面に足を擦りつけながら、なんとか踏みとどまった。

「……っつぅ……!!」

腕が痺れていた。

傷ついた手にも鋭い痛みが走る。

まともに顔面へ受けていれば、ただでは済まなかった。

「……あぶな……」

悠太が顔を上げる。

妖怪はすでに次の攻撃へ移ろうとしていた。

「……っ!!」

悠太はすぐさま構え直した。

* * *

再び妖怪が襲いかかる。悠太は拳を受け流して反撃するが、歪む身体から繰り出される攻撃を避

けきれず、肩に強い衝撃を受けた。

「……はぁっ……はぁっ……!」

悠太も一歩下がった。

肩が痛む。

防御した腕も、先ほどから痺れたままだった。

天武闘衣によって身体能力は大きく引き上げられている。

欠片との魂の一体化によって、攻撃への反応も速くなっていた。

それでも。

妖怪の攻撃を、完全には防ぎきれない。

* * *

「…………」

妖怪がゆっくりと首を傾けた。

にたり。

笑みを浮かべたまま、地面を蹴る。

――ダンッ!!

「……っ!」

悠太も踏み込もうとした。

だが、妖怪は突然、進行方向を変えた。

「……え?」

その先には――

拘束術を構えていた分家がいた。

21

「……っ!?」

妖怪が一気に距離を詰める。

「拘束!!」

――ギィンッ!!

光の帯が妖怪の身体に絡みついた。

しかし。

――バキンッ!!

一瞬で砕け散る。

「……なっ……!」

妖怪の拳が振り上げられた。

「――結界!!」

――ガァンッ!!

拳が結界に激突する。

――ビシッ!!

一撃で亀裂が走った。

「……くっ!!」

もう一撃。

――バキィンッ!!

結界が砕け散る。

妖怪はそのまま分家の胸ぐらへ手を伸ばした。

『……悠太!!』

「わかってる!!」

――ドンッ!!

悠太が地面を蹴った。

足に集中させた霊力が、一気に身体を加速させる。

妖怪の拳が分家に届く寸前。

悠太が横から飛び込んだ。

「――おらぁっ!!」

――ドゴォッ!!

渾身の蹴りが、妖怪の腹部にめり込んだ。

「…………!」

妖怪の身体が真横へ弾き飛ばされる。

分家との距離が、一気に開いた。

しかし、その瞬間――

ぐんっ!!

妖怪の腕が、不自然に伸びた。

「……っ!?」

伸びた腕が、悠太の腕を掴む。

――ガシッ!!

「……なっ!?」

妖怪は吹き飛ばされながら、その腕を勢いよく引き戻した。

――グンッ!!

悠太の身体が引っ張られる。

「……伸びるんかい!?」

一瞬で距離が縮まった。

目の前には、妖怪の歪んだ笑み。

「……っ!!」

次の瞬間――

――ドゴォッ!!

妖怪の蹴りが、悠太の腹部にめり込んだ。

「――ぐあっ!!」

身体がくの字に折れる。

衝撃で、悠太の身体が宙へ浮いた。

『……悠太!!』

「……っ、くそ!!」

空中で体勢を立て直そうとする。

だが、思うように動けない。

その時。

――ダンッ!!

妖怪が地面を蹴り、悠太を追って跳び上がった。

「……っ!?」

目の前に、拳が迫る。

避けようと身体をひねる。

しかし、空中では逃げ場がない。

――ドゴォッ!!

「――がっ!!」

妖怪の拳が、悠太の顔面を捉えた。

視界が一瞬、真っ白になる。

身体が勢いよく吹き飛ばされた。

――ドガァンッ!!

背中から地面へ叩きつけられる。

「……っ、かはっ!!」

肺の中の空気が、一気に押し出された。

そのまま地面を転がり、ようやく止まる。

「誠人様!!」

分家たちの声が響いた。

「……っ……!」

悠太は起き上がろうとした。

しかし、視界が揺れる。

口の中に血の味が広がった。

『……悠太!! 聞こえますか!?』

『……っ……おう……』

震える腕で地面を押す。

「……っつぅ……!」

ようやく片膝をついた。

その視線の先で、妖怪がゆっくりと着地する。

「…………」

にたり。

また、笑った。

その視線の先には、片膝をついた悠太がいた。

「……っ、はぁ……はぁ……!」

悠太は口元の血を拭い、立ち上がろうとする。

だが、足元がふらついた。

「……っつ……!」

その様子を見ていた分家の一人が、声を張り上げた。

「陣形を立て直せ!!」

「元の位置につけ!!」

「了解!!」

四人が素早く動き出す。

天武闘衣を維持する者。

足場を生成する者。

拘束の符を構える者。

そして、結界を張り直す者。

「……っ、はぁ……!」

悠太はゆっくりと立ち上がった。

顔面に受けた一撃のせいで、まだ視界が揺れている。

口の端から血が伝った。

24

『……悠太、大丈夫ですか?』

『……おう……』

悠太は血を拭った。

「……めっちゃ痛いけどな……」

前方では、妖怪が笑っていた。

「…………」

にたり。

「……ほんま、気持ち悪いやっちゃな……」

妖怪が踏み込んだ。悠太は拳をかわして反撃する。

だが、首を不自然に回した妖怪の腕が伸び、悠太の肩を掴んだ。

「……っ!!」

地面へ叩きつけられる寸前――

「拘束!!」

分家の術が腕に絡みつき、妖怪の動きが一瞬だけ鈍った。

悠太はその隙に掴まれた腕へ力を込めた。

――バキッ!!

指をへし折って掴まれた手から抜け出し、反撃の拳を叩き込む。

妖怪が後退する。

しかし、悠太は追撃しなかった。

「……はぁ……はぁ……!」

肩で息をする。

妖怪の折れ曲がった指が、ゆっくりと元の形に戻っていった。

「……まじでぇ……」

悠太が思わず顔をしかめる。

「……それ、どうやったら倒れんねん……」

* * *

「……っ、くそ……!」

天武闘衣を維持していた分家の一人が、額の汗を拭った。

霊力の消耗が激しい。

隣では、拘束術を担当する分家が息を整えていた。

「……何度やっても、一瞬しか……」

「それでも続けろ。あの一瞬がなければ、誠人様が……」

「……分かってる」

四人とも、すでに限界が近づいていた。

しかし、誰も術を解こうとはしなかった。

少し離れた場所では、あの本家術師が腰を抜かしたまま、震えていた。

「……ば、化け物め……」

誰も、その声に答えなかった。

* * *

再び両者が激突した。

悠太は欠片の助言に合わせて攻撃をかわし、拳を叩き込む。

さらに足へ霊力を集中させ、渾身の蹴りで妖怪を吹き飛ばした。

――ガラガラッ!!

土煙が舞い上がる。

「……っ、はぁ……はぁ……!」

悠太は片膝をついた。

拳が震えている。

呼吸も荒い。

身体のあちこちが悲鳴を上げていた。

『……悠太、立てますか?』

『……ちょっと……待って……』

片手を地面につく。

「……っつぅ……」

その時。

土煙の向こうで、何かが動いた。

「…………」

妖怪が立ち上がる。

胸はへこみ、顔は歪んでいた。

だが。

ぐちゅり。

ぐちゅ、ぐちゅ。

皮膚の下で何かが蠢き、へこんだ胸が元に戻っていく。

「…………」

そして、また笑った。

「……はぁ……?」

悠太が目を見開く。

「……いやいやいや……」

ゆっくりと立ち上がる。

「……どんだけ頑丈やねん……」

その声を聞きながら、欠片が告げた。

『……悠太』

『……ん?』

『……こちらの消耗が、あまりにも激しいです』

「…………」

悠太は妖怪を見据えた。

欠片の言う通りだった。

このまま殴り合いを続ければ、先に限界を迎えるのはこちらだ。

それでも、妖怪は悠太から視線を外さない。

「…………」

じりっ。

妖怪が一歩、踏み出す。

悠太も拳を構え直した。

「……っ、はぁ……!」

次の一撃を受け止める力が、あとどれほど残っているのか。

悠太自身にも、分からなかった。

限界

* * *

――ダンッ!!

妖怪が地面を蹴った。

「……っ!!」

悠太も踏み込む。

――ドゴッ!!

互いの拳が交差した。

悠太の拳が妖怪の頬を捉える。

しかし、同時に妖怪の拳が悠太の肩へめり込んだ。

「……ぐっ!!」

身体が傾く。

そこへ、妖怪の蹴りが迫った。

『……悠太、下です!』

「……っ!」

悠太は身を沈める。

頭上を蹴りが通過した。

そのまま懐へ潜り込み、拳を突き上げる。

――バキッ!!

妖怪の顎が跳ね上がった。

だが――

「……っ!?」

ぐにゃり。

妖怪の上半身が、不自然な角度に折れ曲がる。

そこから振り下ろされた肘が、悠太の背中を捉えた。

――ドゴォッ!!

「――がはっ!!」

悠太の身体が地面へ叩きつけられる。

――ドンッ!!

「……っ、ぐ……!」

すぐに起き上がろうとする。

しかし、腕に力が入らない。

『……悠太!!』

『……っ、わかってる……!』

歯を食いしばり、なんとか立ち上がる。

「……はぁっ……はぁっ……!」

その目の前に、すでに妖怪がいた。

「……っ!!」

――ドゴッ!!

腹部に拳がめり込んだ。

「――かはっ!!」

身体が浮く。

さらに、横から蹴りが飛んできた。

――バキィッ!!

「……ぐあっ!!」

悠太が吹き飛ぶ。

――ドガァンッ!!

地面に叩きつけられ、そのまま転がった。

「……っ……!」

動かない。

『……悠太!!』

返事がない。

『悠太!! 聞こえますか!?』

『…………おう……』

声は返ってきた。

しかし、悠太は起き上がれなかった。

「……くそ……」

震える手を地面につく。

腕が折れそうになる。

足にも力が入らない。

「……っ……動け……」

もう一度、立とうとする。

だが――

――ドサッ。

身体が崩れ落ちた。

* * *

「誠人様!!」

分家の一人が叫んだ。

「まずい……!!」

四人が妖怪へ向き直る。

しかし、妖怪はすでに悠太から視線を外していた。

「…………」

にたり。

その目が、四人を捉える。

「……っ!」

「結界!!」

――キィィン!!

四人の前に、防御結界が展開された。

次の瞬間――

――ドォンッ!!

妖怪の拳が結界に叩き込まれた。

――ビシッ!!

一撃で亀裂が走る。

「……っ、くそっ!!」

妖怪がもう一度、拳を振り上げる。

――バキィィンッ!!

結界が砕け散った。

「――くそっ!!」

砕けた結界の衝撃が、四人をまとめて襲う。

――ドガァンッ!!

悠太の倒れている場所に

四人の身体が吹き飛ばされた。

地面を転がり、それぞれが倒れ込む。

「……っ、ぐ……!」

一人が起き上がろうとした。

しかし、膝が震えていた。

「……結界を……!」

術を発動しようとする。

だが、霊力がまとまらない。

「……くそっ……!」

拘束術を使っていた分家も、符を握ったまま動けずにいた。

天武闘衣を維持していた者は、すでに術を保つことすら難しくなっていた。

四人とも、霊力を使い果たしかけていた。

* * *

少し離れた場所。

「……ひっ……!」

本家術師が、その光景を見ていた。

倒れた悠太。

動けなくなった四人の分家。

そして、こちらへ顔を向けた人型妖怪。

「……く、来るな……!」

後ずさる。

「来るな!! 来るなぁ!!」

しかし、妖怪は何もしていない。

ただ、笑っていた。

本家術師の顔から血の気が引いていく。

「……あ……あぁ……」

そのまま身体が傾いた。

――ドサッ。

本家術師は気を失った。

「…………」

妖怪はその姿を一瞥した。

そして、けたけたと笑いながら、本家術師の横を通り過ぎていく。

まるで、そこには誰もいないかのように。

その先には――

倒れた四人の分家がいた。

* * *

「……っ!」

分家の一人が顔を上げる。

妖怪が近づいてくる。

「……立て……!」

仲間に声をかける。

しかし、誰もまともに立ち上がれない。

「……くそっ……!」

妖怪が、ゆっくりと拳を握った。

「…………」

にたり。

「……っ!!」

四人が身を強張らせた。

その時―

「……おい……」

背後から、かすれた声が聞こえた。

「…………?」

悠太だった。

地面に手をつき、身体を引きずるようにして立ち上がっていた。

「……っ、はぁ……はぁ……!」

足元がふらつく。

それでも、妖怪へ向かって歩き出した。

『……悠太、もう……!』

『……わかってる……』

一歩。

また、一歩。

「……っ……」

倒れそうになる身体を、必死に支える。

『……無理です! その身体では……!』

『…………』

悠太は答えなかった。

ただ、四人の前へ出た。

「……誠人、様……?」

分家たちが目を見開く。

「…………」

悠太は妖怪を見据えた。

もう拳を握る力すら残っていなかった。

それでも。

「……結界……!」

――キィンッ!!

四人を守るように、光の壁が現れた。

さらに――

――キィンッ!!

その前に、もう一枚。

――キィンッ!!

三枚目。

四枚目。

次々と重なっていく光の壁。

多重結界。

「……っ、はぁ……はぁ……!」

悠太の鼻から、血が流れ落ちた。

それでも術を止めない。

「……っ……!」

――キィンッ!!

さらに結界を重ねる。

『……悠太!! もうやめてください!!』

『…………』

欠片の声が響く。

しかし、悠太は術を維持し続けた。

* * *

妖怪が、結界の前で立ち止まった。

「…………」

ゆっくりと腕を振り上げる。

――ドォンッ!!

一枚目が砕けた。

――バキンッ!!

二枚目。

「……っ!!」

悠太の身体が揺れる。

妖怪がさらに踏み込んだ。

――ドガァンッ!!

三枚目。

四枚目。

次々と結界が消えていく。

「……っ、ぐ……!!」

悠太が咳き込んだ。

「――ごほっ!!」

口元から血がこぼれた。

「誠人様!!」

背後で分家たちが叫ぶ。

「……もう、おやめください!!」

「…………」

悠太は答えなかった。

ただ、震える手を前へ伸ばしていた。

――バキィンッ!!

また一枚、結界が砕けた。

「……っ、くそ……!」

息が苦しい。

視界がぼやける。

それでも。

「……まだ……!」

残った霊力を振り絞る。

――キィンッ!!

新たな結界が現れた。

しかし、その光はひどく弱々しかった。

『……悠太!!』

『……っ……』

もう、ほとんど意識も保てていなかった。

* * *

――ドォンッ!!

妖怪の拳が結界に叩き込まれる。

――ビシッ!!

最後の一枚に、亀裂が走った。

「……っ!!」

悠太は歯を食いしばる。

もう一度、術を発動しようとした。

「……結、界……!」

しかし――

何も起きない。

「…………え……?」

もう一度。

「……っ、結界……!」

霊力が集まらない。

指先に、わずかな光が灯る。

だが、すぐに消えた。

「……っ……」

悠太の顔が歪む。

『……悠太……!』

――バキィィンッ!!

最後の結界が砕け散った。

「…………」

目の前には、妖怪。

背後には、動けない四人。

悠太はもう一度、手を伸ばした。

「……っ……」

何も出ない。

「……くそ……」

妖怪が、ゆっくりと拳を振り上げた。

「…………」

悠太は、その拳を見つめていた。

身体が動かない。

もう、結界も出せなかった。

「……っ……」

その瞬間――

――ドゴォォォッ!!!

「…………!?」

妖怪の身体が、真横へ吹き飛んだ。

――ズドォォンッ!!

地面に叩きつけられ、そのまま大きく転がっていく。

「…………」

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