第二十八話 異変の兆し
適度な距離を保ちつつ
二班に分かれての調査が始まった。
妖怪の痕跡が確認された場所を中心に、周辺を調べて回る。
しかし――
「……異常ありません」
「こちらも、妖気の反応はありません」
どの場所でも、目立った異常は見つからなかった。
「……ほんまになんもおらんなぁ」
『……そうですね』
その後も、いくつかの地点を調査したが、結果は同じだった。
そして、一行は次の調査地点へと向かった。
* * *
「……ここも何もなさそうですね」
分家の一人が周囲を見渡す。
「……せやなぁ」
悠太も辺りを見回しながら歩いていた。
調査は順調に進んでいた。
しかし、どの場所でも妖怪の気配は確認できなかった。
「……ここも異常ありません」
「……んー、ほんまになんもおらんなぁ」
『……そうですね』
その後も、周辺のさまざまな場所を調べて回った。
そして、次の地点へ向かった時だった。
悠太がその場所に足を踏み入れた瞬間――
「……っ!!」
胃の奥から、強烈な吐き気が込み上げた。
「……うっ……!」
悠太は思わず口元を押さえた。
「……誠人様!?」
だが、その不快感は一瞬で消えた。
「…………」
「……大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫……」
『……悠太?』
『……なんや今の……』
悠太は周囲を見渡した。
しかし、妖怪の気配はない。
ほかの術師たちも、何も感じていない様子だった。
「…………」
悠太は、今しがた足を踏み入れた場所へ目を向けた。
* * *
「……誠人様、本当に大丈夫ですか?」
「……おう、もう大丈夫」
悠太はゆっくりと息を吐いた。
『……悠太、無理はしないでくださいね』
『……わかってる』
「……じゃあ、調査続けよか」
「承知しました」
一行は再び歩き始めた。
建物の陰、細い路地、人気のない空き地。
妖怪が潜んでいそうな場所を、一つずつ調べていく。
「……こちら、異常ありません」
「妖気の反応も確認できません」
「……そっか」
少し離れた場所では、もう一方の班も調査を続けていた。
一方、もう一つの班では――
「……お前たち、散らばって周辺を調査してこい」
本家術師が命じた。
「……承知しました」
「何かあれば報告しろ。さっさと行け」
「はい」
四人の分家は、それぞれ別の方向へと向かった。
本家術師は近くのベンチに腰を下ろした。
「……まったく、面倒な任務だ」
* * *
一人目。
建物の裏手を調べていた分家は、周囲の気配を探っていた。
「…………」
妖気は感じられない。
「……こちらも異常なし、か」
そう呟き、引き返そうとした時だった。
背後で、かすかに物音がした。
「……?」
振り返る。
そこには、誰もいない。
「…………」
もう一度、前を向いた。
その瞬間――
「――っ!?」
何かが、目の前にいた。
声を上げる間もなかった。
* * *
しばらくして。
先ほどまで分家が立っていた場所に、一つの人影があった。
その輪郭が、ゆっくりと変わっていく。
背丈。
顔。
衣服。
やがてそれは、消えた分家とまったく同じ姿になった。
* * *
二人目。
「……ここも異常はなさそうだな」
別の場所を調査していた分家が、資料を確認していた。
「……ん?」
向こうから、見覚えのある人物が歩いてくる。
「……おい、そっちはもう終わったのか?」
「……ああ」
「何か見つかったか?」
「……少し、気になるものがあった」
「……何?」
「こっちだ」
「…………」
分家は少し迷ったあと、その後を追った。
二人は建物の陰へと入っていく。
そして――
二人目の姿も、消えた。
* * *
三人目。
「…………」
一人で調査を続けていた分家が、足を止めた。
「……誰だ?」
物陰から、人影が現れた。
「……なんだ、お前か」
そこにいたのは、同じ班の分家だった。
「……そっちの調査は?」
「…………」
返事がない。
「……おい?」
人影が、一歩近づいた。
「…………?」
「……どうした?」
さらに一歩。
「……お前、何か変じゃ――」
その言葉は、最後まで続かなかった。
* * *
やがて、集合予定の時刻になった。
「……遅いな」
ベンチに座っていた本家術師が時計を確認する。
「……何をしている」
その時、遠くから一人の分家が歩いてきた。
「……戻りました」
「……遅い!」
「……申し訳ありません」
本家術師は立ち上がった。
「……それで、ほかの三人は?」
「…………」
「……おい、聞いているのか?」
「……はい」
「どこへ行ったと聞いている!」
「…………」
本家術師は苛立った様子で周囲を見渡した。
しかし――
戻ってきたのは、分家一人だけだった。
残る三人の姿は、どこにもなかった。
「……ちっ。何をしているんだ、まったく」
本家術師は苛立たしげに立ち上がった。
「……もういい。合流するぞ」
「……承知しました」
一方、悠太たちも調査を終え、集合場所へ向かっていた。
「……結局、なんも見つからんかったなぁ」
「……そうですね」
『……悠太』
『……ん?』
『……先ほどの体調は、もう大丈夫ですか?』
『……おう。なんともないで』
やがて、もう一方の班の姿が見えてきた。
「……おっ、お疲れ!」
「……ふん」
本家術師は不機嫌そうに顔を背けた。
悠太は、その後ろにいる分家に目を向けた。
「……あれ? ほかの三人は?」
「……まだ戻ってきていない」
「…………は?」
「まったく、使えん連中だ」
「……いや、戻ってないってなんやねん」
悠太の表情が険しくなった。
「……お前、分家を単独で動かしてたんか?」
「……それがどうした?」
「……は?」
「調査を命じただけだ。何か問題でもあるのか?」
「あるやろが!!」
突然の大声に、周囲の分家たちが驚いた。
「今回、何が起こるかわからんから二班で動いてるんやろ!?」
「…………」
「一人ずつ行かせて、三人戻ってけえへんって……!」
「……ふん。たかが分家三人だろう」
「…………」
悠太は本家術師を睨みつけた。
しかし、すぐに残された分家たちへ向き直った。
「……とにかく、三人探すで!」
「……はい!」
悠太たちは、行方の分からなくなった三人の捜索を始めた。
その後ろで、一人だけ戻ってきた分家が、黙って立っていた。
* * *
分家たちが頷く。
その後ろで、本家側の分家が一人、静かに立っていた。
俯いたまま、何も言わない。
その背中が、ほんの一瞬だけ――
ぐにゃりと歪んだ気がした。
布越しに浮かぶ肩の線が、不自然に盛り上がる。
首筋のあたりが、脈打つように微かに蠢く。
だが、それも一瞬だった。
次に見たときには、何事もなかったかのように、いつもの分家の姿に戻っていた。
誰も、その異変には気づかない。




