第二十話 報告
安倍家、当主の私室。
「失礼します」
一人の上級術師が部屋へ入った。
「……報告か」
「はい。先日の任務についてです」
「聞こう」
「誠人様が暴走しました」
「……暴走?」
「妖怪を祓うことなく、原形を留めなくなるまで破壊し続けていました」
「…………」
「霊力が尽きる前に、私が止めています」
「……器は?」
「無事です。現在、医療棟で眠っています」
「……そうか」
当主は少し間を置いた。
「原因は?」
「任務先にあるかと」
「どういうことだ」
「現場を調べたところ、以前、妖怪による襲撃事件が起きていました」
「……襲撃事件?」
「はい。孤児院だった施設です」
男は続けた。
「警察から陰陽師側への連絡記録が残っていました。現場に到着した時点で、妖怪はすでに祓わ
れていたようです」
「……被害は?」
「死者が二名。女性と少年です」
「ただ、妙な点があります」
「……何だ」
「二名の遺体は、礼拝堂に並べられていたそうです」
「……並べられていた?」
「はい。発見時には、すでにその状態だったと」
当主は目を細めた。
「……誰かが動かしたのか」
「その可能性があります。ただ、現場にいた人物は確認されていません」
「…………」
「通報も匿名でした」
しばらく沈黙が流れた。
「……誠人は、その場所で暴走したのか」
「はい。建物を見たときから様子が変わり、内部で我を失いました」
「……あの魂の記憶か」
「断定はできません」
男は懐から一枚の写真を取り出した。
「……あと、これを」
当主が写真を受け取る。
孤児院に飾られていた集合写真。
大勢の子どもたちに囲まれ、一人の女性が微笑んでいた。
「…………」
当主の視線が止まる。
「……この方は……!」
男が顔を上げた。
「ご存じですか?」
「…………」
当主は写真を見つめたまま答えた。
「……かつて、四家の治癒を担っていた方だ」
その時。
ふと、ある言葉が脳裏をよぎった。
『……ほな、孤児院は?』
『シスターたちはどうなったんや!?』
あの肉体に宿った魂が、目覚めたばかりの頃に口にした言葉。
「…………」
当主は、もう一度写真の女性を見つめた。
(……あの魂が言っていたシスターとは、この方のことなのか……?)
「…………」
「……当主様?」
「……いや、何でもない」
「……遺体の状態は?」
「損傷が激しく、特に女性の遺体は原形をほとんど留めていなかったそうです」
「…………」
「……そこまで……」
当主の表情が険しくなった。
(……まさか)
もう一度、写真の女性へ目を向ける。
(……あの方の力を……?)
「…………」
当主は写真を静かに机へ置いた。
「……この事件、詳しく調べろ」
「承知しました」
* * *
「…………」
「……ん……」
悠太はゆっくりと目を開けた。
白い天井。
見覚えのある部屋だった。
「……また、ここか……」
身体が重い。
起き上がろうとしたが、思うように力が入らなかった。
そこには一人の男がいた。
「あ、あの……」
「……ん、目覚めたか」
男は静かに口を開いた。
「……今回の任務、覚えているか?」
「……いや、途中からあんま覚えてへんねんけど……」
「……そうか」
男は少し間を置いた。
「お前はあの場所で我を失った」
「……え?」
「妖怪を祓うこともせず、霊力を使い続けていた」
「…………」
「そのせいで隊の連携が崩れた。お前の保護に三人が回り、負傷者も出た」
悠太の表情が変わった。
「……怪我人?」
「ああ。二人だ」
「……っ! 二人は?」
「命に別状はない」
「…………」
悠太は小さく息を吐いた。
「……よかった……」
「だが」
男は悠太を見つめた。
「誰か一人でも我を失い暴走すれば、周囲の者まで危険に晒すことになる」
「…………」
悠太は俯いた。
「……俺の……」
男はそれ以上、何も言わなかった。
静かに立ち上がり、扉へ向かう。
ガチャ。
パタン。
「…………」
悠太は閉まった扉を見つめた。
しかし、すぐに視線を落とした。
「…………」
『……悠太』
* * *
上級術師が部屋を出ていった。
悠太は俯いたまま、動かなかった。
『……悠太』
『……怪我した二人って、今どこにおるん?』
『この医療棟で治療を受けているはずです』
「…………」
悠太はゆっくりと身体を起こした。
『……どこへ行くんですか?』
『……謝りに行く』
『まだ身体が――』
『……大丈夫や』
悠太はベッドから足を下ろした。
身体はまだ重かった。
それでも、立ち上がった。
* * *
医療棟の一室。
コンコン。
「……失礼しまーす」
「……どうぞ」
扉を開けると、ベッドに腰掛けた本家の術師がいた。
片脚には包帯が巻かれている。
「……誠人様?」
男は驚いたように顔を上げた。
「もう目を覚まされたのですか」
「……うん」
悠太はベッドのそばへ歩み寄った。
「……怪我、大丈夫?」
「ええ。しばらく安静にはする必要がありますが」
「……そっか」
悠太は、包帯の巻かれた脚を見つめた。
そして。
「……ごめんな」
男が顔を上げた。
「……え?」
「……俺、途中から何も覚えてへんねん」
「…………」
「……みんなが戦ってるときに、俺、おかしなってもうて……」
悠太は頭を下げた。
「……ほんまに、ごめん」
「…………」
男はしばらく悠太を見つめていた。
「……顔を上げてください」
「…………」
「誠人様の責任ではありません」
「……でも」
「ただ、任務中に我を失えば、隊の連携が崩れます」
男は悠太をまっすぐ見た。
「最悪の場合、全滅だってありえます」
「…………」
「……次は…お気をつけてください」
悠太は小さく頷いた。
「……うん」
少し間を置いて、もう一度尋ねる。
「……ほんまに、身体大丈夫なん?」
男はかすかに笑った。
「ええ。ご心配なく」
「……そっか。よかった」
悠太はようやく、少しだけ表情を緩めた。
謝罪 — 分家の四人
* * *
本家の術師の部屋を出た悠太は、廊下をゆっくりと歩いていた。
『……悠太、まだ身体が回復しきっていませんよ』
『……分かってる』
『でしたら、無理は――』
『……あと一か所だけや』
欠片は、それ以上何も言わなかった。
* * *
コンコン。
「……はい」
「……入ってええ?」
扉の向こうから、慌てたような声が返ってきた。
「……誠人様!?」
悠太が扉を開けると、そこには四人の分家術師がいた。
一人はベッドに横たわり、残る三人がそのそばに座っている。
「誠人様! もうお目覚めになられたのですか!」
「……うん。さっきな」
「お身体は大丈夫なのですか?」
「……まあ、まだちょっとだるいけどな」
悠太は笑って答えた。
そして、ベッドに横たわる術師へ目を向けた。
「……怪我、どない?」
「はい。しばらく安静が必要ですが、問題ありません」
「……そっか」
悠太は、ほっと息を吐いた。
「……よかった」
「…………」
少しの沈黙。
悠太は四人を見渡した。
「……あのさ」
「はい」
「……ごめんなさい」
四人が顔を上げた。
「……え?」
「俺、あのとき途中から何も覚えてへんねん」
「…………」
「……みんなが守ってくれてたんも、あとから聞いた」
悠太は俯いた。
「いや、それが私たちの使命です。誠人様がお気になされることではありません」
「……いや、任務中やのに、周り見えんようになってもうて……」
「…………」
「……ほんま、ごめんなさい」
悠太は深く頭を下げた。
「……誠人様、頭をお上げください!」
一人が慌てて声をかけた。
「……いや、でも」
そのとき、ベッドの分家が口を開いた。
「……誠人様」
「……ん?」
「確かに、あのときは何が起きているのか分かりませんでした」
「…………」
「ですが、誠人様も無事で、こうして全員、生きて戻ってこられました」
悠太は顔を上げた。
「…………」
悠太は四人を見つめた。
そして、小さく笑った。
「……そっか」
少し間を置いて。
「……ありがとう」
四人は静かに頭を下げた。
ベッドの上の一人は、顔を上げてからも口を結んだままだった。助けられたことと、相手を信用
することは、彼の中ではまだ別だった。
静かな部屋
* * *
分家の部屋をあとにした悠太は、ゆっくりと廊下を歩いていた。
「……はぁ」
『……疲れましたか?』
『……ちょっとな』
『まだ身体も回復していませんからね』
『……うん』
部屋へ戻り、扉を閉める。
そのままベッドに腰を下ろした。
「……ふぅ……」
しばらく天井を見つめる。
『……欠片』
『はい』
『……俺、ほんまに何も覚えてへんねん』
『…………』
『孤児院に入ったんは覚えてる。バット拾ったんも……』
悠太は自分の手を見つめた。
『……でも、そっから先が全然出てけえへん』
『……そうですか』
『何度呼びかけても、返事がありませんでした』
「…………」
悠太は小さく息を吐いた。
『……ごめんな』
『……なぜ謝るんですか?』
『……お前も心配したやろ』
『…………』
欠片は少し間を置いた。
『……ええ。とても』
悠太は目を閉じた。
窓の外から、訓練場の掛け声が聞こえてくる。
悠太はしばらくその声に耳を傾けていた。
やがて、ぽつりと呟いた。
「……もっと、ちゃんとせなあかんな」
『……悠太』
『……ん?』
『今は休んでください』
「……うん」
悠太は小さく笑った。
『……分かってるって』
そう答えると、ベッドに横になった。
けれど、目を閉じても。
荒れ果てた孤児院の光景だけは、頭から離れなかった。




