第二話 見えないもの
夜。
孤児院の廊下は静まり返っていた。
寝室の明かりは消え、子どもたちは眠っている。
悠太も布団に入っていた。
そのとき。
「……いや……」
小さな声が聞こえた。
悠太は目を開けた。
「……ん?」
「……やめて……」
隣の寝台で、年下のトキがうなされていた。
額には汗が浮かんでいる。
「……来ないで……!」
「おい……?」
悠太は身体を起こした。
「おい、大丈夫か?」
そっと肩に触れる。
その瞬間。
「いやああっ!!」
子どもが飛び起きた。
「うわっ!」
悠太も思わず後ろへ下がる。
その子は荒い息を繰り返しながら、周囲を見回した。
「……あ……」
「……大丈夫か?」
「…………」
目に涙が浮かんでいた。
悠太は少し困った顔をした。
「……ちょっと待っとけ」
そう言うと、部屋を飛び出した。
* * *
「シスター!」
悠太は廊下を走った。
「シスター、起きてる!?」
奥の部屋から足音がする。
扉が開いた。
「悠太? どうしたの?」
「なんかめっちゃ怖がってんねん!」
シスターの表情が変わった。
「いきましょ」
二人は寝室へ戻った。
子どもは布団を握りしめ、小さく震えていた。
シスターが寝台のそばに腰を下ろす。
「怖い夢を見たのね」
子どもは頷いた。
「……また、いたの……」
「そう……」
「お父さんと、お母さんが……」
それ以上、言葉が続かなかった。
シスターは黙って、その子を抱き寄せた。
「……怖かったね」
子どもはシスターの服を掴み、声を上げて泣き始めた。
悠太は少し離れた場所に立っていた。
何も言えなかった。
しばらくして、子どもの泣き声が小さくなった。
シスターは背中をゆっくり撫で続けた。
やがて、その子は眠りについた。
悠太は、寝顔を見つめた。
「…………」
シスターはそっと布団を掛け直した。
「ありがとう、悠太。呼びに来てくれて」
「……うん」
「あなたも、もう寝なさい」
「……なあ、シスター」
「なあに?」
悠太は少し迷ってから、口を開いた。
「……ちょっと聞いてもええ?」
シスターは静かに頷いた。
「もちろんよ」
* * *
二人は廊下へ出た。
窓の外には、静かな夜が広がっている。
悠太はしばらく黙っていた。
「……妖怪ってさ」
「……ええ」
「俺には見えへんから、よう分からんねんけど……」
悠太は窓の方を見つめた。
「……俺の親も、妖怪に殺されたんよな……」
シスターは答えなかった。
「……あいつらもやけど」
悠太は、さっき泣いていた子どものことを思い出していた。
「なんで殺されたんや」
「…………」
「悪いことしたから?」
シスターの表情がわずかに曇った。
「……悠太」
「妖怪って、なんなんや……」
悠太は俯いた。
シスターは何も言わなかった。
ただ、そっと悠太を抱きしめた。
「……あなたたちは絶対に守るから……」
その腕に、少しずつ力がこもる。
「……私たちが」
最後の言葉は、悠太にも聞き取れないほど小さかった。
シスターはさらに強く抱きしめた。
「ちょっ、つぶれるて!」
シスターが小さく笑った。
「ふふっ」
悠太は笑いながら顔を上げた。
「なら、シスターのことは俺が守ったるわな!」
「あら、嬉しい。なら安心ね」
二人は笑い合った。
それから悠太は寝室へ戻った。
シスターは廊下に残り、しばらくその背中を見送っていた。




