第一話 いつもの朝
「悠太! 起きて!」
扉の向こうからヒトミの声がした。
「……んん」
悠太は布団を頭までかぶった。
「朝ごはん、始まっちゃうよ!」
「……あと五分」
「さっきもそう言ってた!」
「ほな、あと三分……」
扉が開いた。
「悠太!」
勢いよく布団を引っ張られる。
「うわっ! 寒っ!」
「もうみんな起きてるよ!」
悠太は眠そうに目をこすった。
「……お前、朝から元気すぎ」
「悠太が起きないからでしょ!」
「はいはい、起きるから」
そう言いながら、もう一度枕に顔を埋める。
「寝ないで!」
「分かったって!」
廊下に笑い声が響いた。
その日の朝も、いつもと変わらなかった。
* * *
食堂には、すでに子どもたちが集まっていた。
焼きたてのパンの匂いが漂っている。
悠太が席につくと、向かいのタカが呆れた顔をした。
「また最後じゃん」
「最後ちゃうやろ。まだシスターおらんし」
「シスターはご飯作ってるでしょ」
「……へっ」
「もう!」
周囲から笑い声が上がる。
そのとき、奥の扉が開いた。
「おはよう、みんな」
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シスターが料理を運んできた。
「おはようございます!」
子どもたちが声を揃える。
悠太も片手を上げた。
「おはよー!」
「あら、悠太。今日は起きられたのね」
「毎日起きとるやん!」
「ふふっ。そうだったかしら?」
「絶対分かって言うてるやろ!」
また笑い声が起きた。
シスターはテーブルに料理を並べていく。
悠太も立ち上がり、皿を受け取った。
「これ、どこ置くん?」
「そっちのテーブルにお願いね」
「おっけー」
料理を運んでいると、小さなハルキが悠太の服を引っ張った。
「悠太、これ開けて」
手にはジャムの瓶があった。
「貸してみ」
悠太は瓶の蓋を握った。
ぐっ。
「…………」
もう一度。
ぐぐっ。
「…………っ」
「開かないの?」
「……いや、開くし」
さらに力を入れる。
ぱかっ。
「ほらな!」
「すごい!」
「ふふん」
悠太は得意げに瓶を渡した。
その様子を見ていたシスターが笑う。
「ありがとう、悠太」
「料金は100万な!」
シスターは笑いながら返した。
「なら私にはいくらはらってくれるのかしら悠太」
「銭ゲババア…」
悠太がそっと呟く。
「聞こえますよ」
「ヒューぅ〜」
悠太は下手な口笛で誤魔化す。
また食堂に笑いが響いた。
誰かがパンを落とし、誰かが飲み物をこぼし、シスターが布巾を取りに立つ。
そんな、何でもない朝だった。
* * *
昼過ぎ。
庭では、子どもたちがボール遊びをしていた。
「悠太! いくよ!」
ユウが声を上げた。
「おう!」
投げられたボールが、高く弧を描いた。
悠太は空を見上げる。
「……あ」
ボールが頭上を越えていく。
ぽすっ。
後ろの草むらに落ちた。
「全然違うじゃん!」
「いや、今のは風や!」
「風なんか吹いてないよ!」
「……そやな」
子どもたちが笑った。
悠太も笑いながらボールを拾いに向かう。
庭の向こうには、孤児院を囲む塀があった。
その外へは、自由に出られなかった。
シスターからも、勝手に出ないように言われている。
けれど、悠太にとっては、この庭だけでも十分だった。
一緒に遊ぶ仲間がいる。
お腹が空けば、ご飯がある。
帰れば、シスターがいる。
それが悠太の日常だった。
* * *
夕方。
食堂では、子どもたちが今日の出来事を話していた。
「悠太、またボール取れなかったんだよ」
「おい、言わんでええって!」
「三回も!」
「二回やろ!」
「三回!」
「……三回か」
隣の子が吹き出した。
シスターは食事を配りながら、そのやり取りを聞いていた。
「楽しそうでよかったわ」
「明日もやろうね!」
「おう!」
悠太は笑って答えた。




