↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/30

第十八話 崩れゆく心

* * *

――ギィィ……。

壊れた扉の向こうから、低い鳴き声が響いた。

「……来ます!」

分家の一人が叫ぶ。

暗い廊下の奥。

何かが、ゆっくりと姿を現した。

天井に届きそうなほど背の高い妖怪だった。

異様に長い腕。

曲がった背骨。

身体のあちこちから突き出した、鋭い骨のようなもの。

その後ろには、小さな妖怪が何体も蠢いている。

「……一体ではないのか」

本家の術師が低く呟いた。

妖怪たちは、食堂の中へ顔を向けていた。

その視線の先には――。

「……あっ……あっ……」

床に膝をついた悠太がいた。

涙を流しながら、浅い呼吸を繰り返している。

「……誠人様!」

分家の一人が声をかける。

しかし、悠太は反応しなかった。

本家の術師が素早く状況を確認する。

「……一人は私のサポートにつけ!」

「はい!」

「残りの三人は誠人様を守れ! 何があっても近づけるな!」

「承知しました!」

四人の分家が一斉に動いた。

一人は本家の術師の隣へ。

残る三人は悠太を囲むように位置についた。

「結界、展開!」

三枚の符が光る。

地面から立ち上がった霊力が、悠太の周囲に防御結界を形成した。

「……維持するぞ!」

「ああ!」

三人が互いに声を掛け合う。

かつて資材置き場では、結界を維持するだけで精いっぱいだった。

だが、今は違う。

三人の霊力が均等に行き渡り、光の壁は安定していた。

「……よし!」

一方、本家の術師は前方へ踏み出した。

「まずは大きい方を抑える。小型の妖怪は近づけさせるな!」

「はい!」

二人が符を構える。

その瞬間。

「ギィィィッ!!」

大きな妖怪が地面を蹴った。

――ドンッ!!

「……っ!」

本家の術師は横へ跳び、振り下ろされた腕をかわす。

床が大きく砕けた。

「拘束!」

後方の分家が符を放つ。

光の帯が妖怪の右腕へ絡みついた。

「……今です!」

「分かっている!」

本家の術師が素早く符を構える。

しかし――。

ブチッ!!

「……なっ!?」

妖怪は拘束を力任せに引きちぎった。

「……通常の下級妖怪より、明らかに強いな」

本家の術師は眉をひそめた。

それでも、慌てる様子はなかった。

「もう一度だ。今度は脚を狙え!」

「はい!」

二人は連携し、妖怪の動きを封じにかかった。

* * *

そのころ。

結界の内側では、悠太がまだ床に膝をついていた。

「……はっ……はっ……」

床に残された血の痕。

壊れた机。

倒れた椅子。

そのすべてが、あの日の光景と重なっていた。

「……あっ……あぁ……」

涙が止まらない。

『……悠太』

欠片が呼びかける。

『……今は危険です。聞こえていますか?』

返事はなかった。

『……悠太!』

「……あっ……あっ……」

悠太はただ、血の痕を見つめ続けていた。

そのとき。

――ガンッ!!

結界の外側から、何かがぶつかった。

「……っ!」

小型の妖怪だった。

一体。

二体。

三体。

次々と結界へ群がってくる。

「……くそっ! 数が多い!」

「慌てるな! 結界を維持しろ!」

三人は霊力を流し続ける。

「……このままじゃ!」

「大丈夫だ! 訓練どおりにやれば持つ!」

一人が符を構えた。

「……祓いの符!」

光が走る。

結界へ群がっていた妖怪の一体が、悲鳴を上げて消えた。

しかし、別の妖怪がすぐに飛びかかってくる。

――ガンッ!!

結界が揺れた。

「……っ!」

「誠人様! 少しだけ下がってください!」

分家の一人が振り向く。

だが。

「…………」

悠太は、何も答えなかった。

* * *

――ギィィッ!!

本家の術師が、大きな妖怪の腕をかわした。

「……今だ!」

「はい!」

分家が拘束符を放つ。

妖怪の両脚が光の帯に縛られた。

「……そこだ!」

本家の術師が祓いの符を構える。

そのとき。

「……っ!?」

結界の方から、突然強い霊力が流れ込んできた。

「……何だ!?」

術師が振り向く。

結界の内側。

悠太が、ゆっくりと立ち上がっていた。

「……誠人様?」

分家の一人が声をかける。

悠太は何も言わなかった。

頬には、まだ涙が伝っている。

目は、床の血の痕を見つめたままだった。

「……誠人様……?」

悠太の右手が、ゆっくりと持ち上がる。

『……悠太?』

欠片が声をかけた。

『……待ってください。今のあなたは――』

返事はない。

悠太の手に、霊力が集まり始めた。

「……っ!?」

分家の一人が息を呑む。

「……霊力が……!」

その量は、明らかに異常だった。

普段の悠太なら、必要な分だけを慎重に流す。

修行を重ね、ようやく身につけ始めた制御。

だが、今は。

まるで堰を切ったように、霊力が溢れ出していた。

「……誠人様!」

一人が近づこうとした。

その瞬間。

――バンッ!!

悠太の手から、凄まじい霊力が放たれた。

「……っ!?」

放たれた霊力は、結界のすぐ外にいた小型の妖怪へ直撃した。

「ギィッ――」

悲鳴が途切れる。

妖怪の身体が、一瞬で消し飛んだ。

「…………」

三人が言葉を失う。

「……い、今の……?」

しかし、悠太は止まらなかった。

ゆっくりと顔を上げる。

その目から、また涙がこぼれた。

「…………」

目の前で蠢く妖怪たち。

あの日。

自分たちの日常を壊したものと、同じ存在。

悠太の手が、再び動く。

――バンッ!!

二体目が消えた。

――ドンッ!!

三体目。

「……っ!」

分家の一人が思わず後ずさった。

「……誠人様!?」

悠太は何も答えない。

ただ、妖怪へ向けて霊力を放ち続けていた。

「……待ってください! 霊力を使いすぎです!」

『……悠太!!』

欠片が叫ぶ。

『……そんな使い方をしてはいけません!』

それでも、悠太には届かなかった。

「…………」

涙を流したまま。

表情を失ったまま。

悠太は、目の前の妖怪たちを次々と祓っていった。

* * *

――ズガァンッ!!

大きな妖怪が、床へ倒れ込んだ。

「……祓え!」

本家の術師が符を放つ。

眩い光が妖怪を包み込む。

「ギィィィッ!!」

断末魔の叫びとともに、その身体が消えていった。

「……ふぅ」

本家の術師が息を吐く。

「……終わったか」

しかし、すぐに異変へ気づいた。

「……何だ、この霊力は……?」

振り返る。

食堂の中央。

そこに悠太が立っていた。

周囲には、妖怪の姿が一体も残っていない。

分家の三人は、ただ呆然と悠太を見つめていた。

「……誠人様?」

本家の術師が近づく。

「……もう妖怪はいません。術を止めてください」

悠太は反応しなかった。

「……誠人様」

「…………」

その両手からは、今も霊力が溢れていた。

『……悠太!』

欠片の声が響く。

『……もう敵はいません! 聞こえていますか!?』

「…………」

悠太の唇が、わずかに震えた。

しかし、言葉にはならなかった。

そのときだった。

――……ドクン。

「…………?」

本家の術師が顔を上げた。

何かがおかしい。

今まで感じていた妖怪の気配とは、明らかに違う。

――ドクン。

重苦しい気配が、食堂の奥から漂ってきた。

「……っ!?」

本家の術師の表情が変わる。

「……全員、警戒しろ!」

分家の四人が一斉に顔を上げた。

「……ま、まだいるんですか!?」

「……いや」

本家の術師は、奥の暗がりを睨んだ。

「……今までのものとは違う」

床が、わずかに震え始めた。

ミシッ……。

ミシミシッ……。

食堂の奥。

暗い廊下の向こうから、何かが近づいてくる。

――ズン。

重い足音。

――ズン。

壁が軋む。

天井から、細かな埃が落ちた。

「…………」

分家の一人が、ごくりと唾を呑んだ。

「……何だ、これは……」

本家の術師が符を構える。

しかし、その額には汗が滲んでいた。

「……全員、私の指示を待て」

暗闇の奥。

そこに、何かがいた。

今までの妖怪とは比べものにならないほど、濃密な邪気。

姿はまだ見えない。

それなのに、圧倒的な存在感だけが伝わってくる。

「…………っ」

分家の一人が、無意識に一歩下がった。

その瞬間。

――バキィッ!!

廊下の奥の壁が、内側から砕けた。

瓦礫が床へ落ちる。

舞い上がる埃。

そして。

その向こうに――。

巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。

「…………」

本家の術師が息を呑む。

『……悠太』

欠片の声が、低くなった。

『……これは……』

だが、悠太は答えなかった。

ただ、その影へ顔を向けた。

涙の跡を残したまま。

その目には、もう周囲の術師たちの姿すら映っていなかった。

* * *

* * *

――ズン。

巨大な影が、瓦礫を踏みしめた。

食堂の奥から現れた妖怪。

その全身から、異様なほど濃い邪気が漂っていた。

「…………っ」

本家の術師が息を呑む。

「……全員、警戒!」

分家の四人が身構える。

「三人はそのまま誠人様を守れ! 一人は私についてこい!」

「はい!」

本家の術師は符を構えた。

目の前の妖怪が、ゆっくりとこちらへ顔を向ける。

本家の術師が符を構えた。

「拘束――!」

しかし。

――ドゴォッ!!

「……がはっ!?」

術が発動するより早く、凄まじい衝撃が本家の術師を襲った。

身体が宙を舞う。

――ガシャァン!!

「……ぐっ……!」

床に叩きつけられた本家の術師が、苦しげに顔を上げる。

「……何だ、今のは……!」

そのとき。

妖怪が、再び動いた。

「……っ!!」

「結界、展開!!」

本家のサポートについていた分家の術師が、咄嗟に符を構えた。

二人を包み込むように、防御結界が形成される。

「……っ!」

倒れていた本家の術師が顔を上げた。

「一人の結界では……!」

その瞬間。

――ドォォンッ!!

妖怪の一撃が結界に直撃した。

「……ぐっ!!」

分家の術師が必死に霊力を流し込む。

しかし――。

ピシッ。

結界に亀裂が走る。

「……っ!?」

――バギィィンッ!!

次の瞬間、結界が粉々に砕け散った。

――ドガァァン!!

「ぐああっ!!」

「……がはっ!!」

凄まじい衝撃が二人を襲った。

本家の術師と分家の術師は、結界ごと食堂の反対側へ弾き飛ばされた。

――ガシャァァン!!

古い壁が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。

二人はそのまま床へ倒れ込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。