↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/19

第十六話 想い出の

ある日の朝。

「誠人様」

訓練を終えた悠太に、指導役が声をかけた。

「新しい任務が入りました」

「……おっ! 任務?」

「はい。今回は六名での出動となります」

「……六人?」

「本家の術師が二名。分家が四名です」

悠太は少し考えた。

「……前とおんなじ人数やな」

「ええ。ただし、今回は別の本家術師が同行します」

「……そうなんや」

「出発前に顔合わせがあります。準備を済ませてください」

「おっけー!」

『……悠太』

『ん?』

『……今回も、十分に気をつけてくださいね』

『分かってるって!』

悠太は笑った。

* * *

安倍家の門前。

すでに五人の術師が集まっていた。

そのうち四人は、悠太にも見覚えのある顔だった。

「……あ!」

資材置き場で、ともに戦った分家の四人。

「あのときの!」

四人が振り向いた。

「……誠人様」

悠太は笑顔で近づいた。

「みんな、もう身体大丈夫なん?」

「はい。おかげさまで」

「……そうか! よかったわ!」

四人は、少し照れくさそうに頭を下げた。

ただ、一人はすぐに周囲へ目を戻した。命を預けて戦った相手でも、気を許せるかどうかは別の

話だった。

そのとき。

「誠人様ですね」

落ち着いた声がした。

振り向くと、一人の本家術師が立っていた。

年齢は悠太よりも上。

整った身なりで、表情にもどこか余裕がある。

「今回の任務で同行させていただきます。よろしくお願いいたします」

「おう! よろしく!」

悠太が笑って答える。

男は軽く頷き、ほかの四人へ向き直った。

「今回の現場について説明する」

四人が姿勢を正す。

「場所は町外れにある、現在使われていない施設の廃墟だ」

「……廃墟?」

悠太が聞き返す。

「はい。付近で妖怪の気配が確認されています」

男は資料を開いた。

「建物の内部については、まだ十分な調査ができていません」

「……ほな、中に何がおるか分からんってこと?」

「そのとおりです」

男は全員を見渡した。

「今回の目的は、現場の調査と、確認された妖怪の討伐です。ただし、強力な妖怪が潜んでいる

可能性も考慮します」

「…………」

「異常があれば、無理に戦闘を続けず、すぐに報告してください」

四人が頷いた。

「承知しました」

悠太も頷く。

「……おっけー!」

男は最後に言った。

「それでは、出発しましょう」

* * *

しばらくして。

六人は町外れへと向かっていた。

街並みは少しずつ途切れ、周囲には古い建物や雑草の生い茂る空き地が増えていく。

「……結構遠いなぁ」

悠太が呟いた。

『……そうですね』

『……なんかこの辺、見覚えある気ぃするんやけど』

『……以前、来たことがあるんですか?』

『……うーん』

悠太は窓の外を眺めた。

『……なんやろ。よう分からん』

見覚えのある道。

遠くに見える建物。

どこか懐かしい景色。

けれど、すぐには思い出せなかった。

やがて、車が止まった。

「到着しました」

本家術師の声が響く。

六人が車を降りた。

「……ここですか?」

分家の一人が尋ねる。

「そうだ。まずは建物の外周から確認する」

本家術師が前方を指さした。

悠太も、そちらへ目を向けた。

「……ん?」

古びた門。

荒れ果てた敷地。

割れた窓ガラス。

その奥に、ひっそりと建っている建物。

「…………」

悠太の足が止まった。

『……悠太?』

欠片が声をかける。

しかし、悠太は答えなかった。

ただ、目の前の建物を見つめていた。

「…………え?」

胸の奥が、ざわついた。

見覚えがある。

いや。

見覚えがあるなんてもんじゃない。

あの門も。

あの建物も。

何度も見てきた。

毎日のように通った場所。

笑って。

遊んで。

怒られて。

そして――

「…………」

悠太の表情から、笑みが消えた。

『……悠太?』

「……あぁ…」

小さく声が漏れた。

本家術師が振り向く。

「……誠人様?」

悠太は答えなかった。

ただ、目の前の廃墟を見つめていた。

『……どうしたんですか?』

悠太は、震える声で呟いた。

「……ここ……」

「…………」

「…………」

その先の言葉が、なかなか出てこなかった。

目の前にあるのは――

かつて悠太が暮らしていた、孤児院だった。

* * *

帰ってきた場所

* * *

目の前にあるのは――

かつて悠太が暮らしていた、孤児院だった。

「…………」

悠太は、その場に立ち尽くしていた。

錆びついた門。

伸び放題になった雑草。

割れた窓ガラス。

壁には大きな亀裂が走り、建物の一部が崩れ落ちている。

庭に置かれていた遊具も、無残に壊れていた。

「…………」

ここは、こんな場所だっただろうか。

朝になれば、子どもたちの声が聞こえた。

庭を走り回って、転んで、泣いて。

くだらないことで喧嘩して。

シスターに叱られて。

それでも、夜になればみんなで笑っていた。

そんな場所だった。

「…………」

悠太は、ゆっくりと門へ近づいた。

足元で、枯れ草が音を立てる。

――カサッ。

その音に、ふと記憶が重なった。

『悠太!』

シスターの声。

『またそんなことして!』

怒っているはずなのに、どこか優しい声。

『ごめんって!』

笑いながら謝る自分。

その周りでは、子どもたちが楽しそうにはしゃいでいた。

「…………」

悠太は門の前で立ち止まった。

今は、誰の声もしない。

窓から顔を出す子どももいない。

自分を叱ってくれるシスターもいない。

ただ、風が吹いているだけだった。

「……なんやねん」

小さく声が漏れた。

「……これ」

拳が、ゆっくりと握られる。

「……なんで、こんな……」

『……悠太』

欠片の声が聞こえた。

『……どうしたんですか?』

しかし、悠太は答えられなかった。

目の前の建物から、目を離せない。

あの日の光景が、少しずつ蘇ってくる。

突然響いた悲鳴。

逃げ惑う子どもたち。

シスターの必死な声。

そして――

自分が、最後に見たもの。

「……っ」

悠太は唇を噛んだ。

「誠人様?」

後ろから声がした。

今回同行している本家の術師だった。

「……どうされました?」

「…………」

「この施設に、何か?」

悠太は振り向かなかった。

「……ちょっと、な」

それだけ答えた。

本家の術師は、悠太の様子を見つめた。

普段とは明らかに違う。

任務の説明を受けていたときまで、あれほど明るかった少年が、今はまるで別人のようだった。

分家の四人も、異変に気づいていた。

口数の少ない一人は、悠太の足取りがいつもより重いことに先に気づいていた。声をかけようと

しても、何を言えばいいのか分からなかった。

「……誠人様?」

一人が声をかける。

しかし、悠太は何も答えなかった。

『……悠太』

もう一度、欠片が呼びかける。

『……知っている場所なんですね』

しばらくして。

悠太が、ようやく口を開いた。

『……欠片』

『……はい』

『……ここな』

「…………」

『……俺が育った、孤児院やねん』

『…………』

『……俺の、家やった場所や』

欠片は何も言わなかった。

悠太は、崩れた建物を見つめていた。

『……あの日も、ここにおってん』

風が吹いた。

割れた窓の奥から、かすかに軋む音が聞こえる。

『……俺が死んだ、場所や』

長い沈黙が流れた。

やがて欠片が、静かに答えた。

『……そうだったんですね』

悠太は門を見つめたまま、動かなかった。

目の前にあるのは、確かに自分が育った孤児院だった。

けれど、どこを見渡しても。

自分が知っている、あの温かい場所の面影はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。