第十五話 力の使い方
それからも、悠太の修行は続いた。
早朝の訓練場。
「……ふぅ」
悠太は大きく息を吐いた。
目の前には、指導役が用意した五枚の符が並べられている。
「では、始めましょう」
「おっけー!」
「今日は速さではなく、霊力の消費を抑える訓練です」
「……消費?」
「ええ。誠人様は、まだ必要以上の霊力を術へ流す傾向があります」
「……そうなん?」
『……かなりありますね』
『……お前まで言うんかい』
指導役は一枚の符を手に取った。
「例えば、こちらをご覧ください」
符に指を添える。
すると、淡い光が灯った。
「この符を維持するのに、大量の霊力は必要ありません」
「……ふむふむ」
「ですが、必要以上に流してしまえば、その分だけ霊力を無駄に消費します」
指導役は符を悠太へ差し出した。
「同じ強さの光を、できるだけ少ない霊力で維持してみてください」
「……なるほどな!」
悠太は符を受け取った。
右手から霊力を流す。
パァッ!
符が強く輝いた。
「……おお!」
「……強すぎます」
「え?」
「今の半分以下で十分です」
「……マジ?」
『……悠太、また一気に流しましたね』
『……癖やねんなぁ』
悠太は苦笑した。
「……ほな、ちょっと弱めるで」
霊力の流れを抑える。
光が少しずつ小さくなった。
「……こんなもん?」
「まだ多いですね」
「……まだ!?」
さらに霊力を抑える。
しかし――
フッ。
符の光が消えた。
「……あ」
「今度は減らしすぎです」
「……むずっ!」
指導役は頷いた。
「強い霊力を持っていても、それを正確に扱えなければ無駄が生まれます」
「……なるほどなぁ」
「誠人様の場合は、特にそれが顕著です」
悠太は自分の手を見つめた。
『……なあ、欠片』
『はい』
『……これ、どうやったらええん?』
『霊力を弱くするというより、流す量を一定に保つことを意識してください』
『……一定?』
『はい。一度に流し込むのではなく、必要な分だけを途切れずに』
『……なるほど』
悠太は再び符を構えた。
ゆっくりと霊力を流す。
ポウッ。
淡い光が灯った。
「……おっ!」
『……そのままです』
『……おう』
光が小さく揺れる。
消えそうになるたびに、ほんの少しだけ霊力を足した。
「……おお、できてる!」
「そのまま維持してください」
「……おっけー!」
十秒。
二十秒。
三十秒。
光は消えなかった。
「……よし!」
しかし、悠太が嬉しそうに声を上げた瞬間。
パッ!
光が強くなった。
「……あ」
「……集中が途切れましたね」
「……へへっ」
『……嬉しくなると、すぐ霊力が増えますね』
『……しゃあないやん』
欠片の声に、わずかな笑いが混じっていた。
* * *
その日の午後。
訓練場の別の区画では、分家の術師たちが合同訓練を行っていた。
「拘束、展開!」
複数の符が放たれ、木製の標的を取り囲む。
「次、祓い!」
後方に控えていた術師が符を構える。
しかし、祓いの術が発動する直前。
拘束が解けた。
「……っ!」
「遅い! 拘束役の霊力が尽きる前に攻撃へ移れ!」
「はい!」
上級術師の厳しい声が響く。
一方、少し離れた場所では、三人の分家術師が結界の訓練を続けていた。
「……右に動くぞ!」
「分かった!」
「霊力を合わせろ!」
三人が同時に足を動かす。
光の壁が、形を保ったまま横へ移動した。
「……よし!」
以前なら崩れていた結界が、今は安定している。
「そのまま維持しろ!」
上級術師が声をかけた。
「今度は一人が負傷した場合を想定する!」
一人が結界の内側で膝をついた。
残った二人が、結界へ注ぐ霊力を増やす。
光の壁が揺れた。
「……っ!」
「無理に広げるな! 守る範囲を狭めろ!」
「はい!」
二人は互いに目を合わせた。
結界を小さくする。
その分、光の壁が厚くなった。
「……よし!」
かつて資材置き場で、彼らは仲間を助けに動くことさえできなかった。
だからこそ、同じ状況に陥らないための訓練を繰り返していた。
* * *
翌日。
「……さて」
指導役は訓練場の中央に立っていた。
その足元には、五つの印が配置されている。
「今日は五芒陣の訓練を行います」
「……おお!」
悠太の表情が明るくなった。
「久しぶりやな!」
「ええ。実戦ではすでに使用されたそうですね」
「せやねん! なんとか祓えたわ!」
「……報告を聞いたときは驚きました」
指導役は静かに続けた。
「ですが、あの使い方には問題があります」
「……問題?」
「霊力の消費量です」
「……あー」
悠太は、腕の妖怪との戦いを思い返した。
拘束の符で妖怪の全身を縛りつけたあと、残された霊力を振り絞って発動した五芒陣。
妖怪を祓うことには成功した。
しかし、その直後に意識を失った。
「……確かに、あんときめっちゃしんどかったわ」
「誠人様は、持ち前の霊力量によって術を成立させたのでしょう」
「……うん?」
「ですが、本来は必要な場所へ正確に霊力を流し、術式を安定させることが重要です」
「……なるほど」
指導役は地面の五つの印を指さした。
「五芒陣は、五つの要点へ霊力を行き渡らせ、それらを結ぶことで術式を形成します」
「……ふむふむ」
「その際、一か所に大量の霊力を流しても、ほかの場所が不安定であれば術全体が乱れます」
「……ほな、全部ちゃんとせなあかんのやな」
「そのとおりです」
指導役は悠太へ向き直った。
「今日は祓いの力を発動させず、陣を安定して形成するところまで練習しましょう」
「おっけー!」
* * *
悠太は五つの印の中央に立った。
「……よし」
深く息を吸う。
霊力を集中させ、最初の印へ流した。
ポウッ。
一つ目の印が光る。
続いて二つ目。
三つ目。
「……おっ、ええ感じ!」
『……集中してください』
『……おう!』
四つ目へ霊力を流す。
しかし――
バチッ!
「……うわっ!」
光が乱れた。
一つ目の印が強く輝き、三つ目の光が薄くなる。
そして。
フッ。
すべての光が消えた。
「……あれ?」
指導役が口を開く。
「一つ目の印に流した霊力が多すぎます」
「……最初のやつ?」
「ええ。最初から大量に流す必要はありません」
「……ほな、少なめにするん?」
「まずは五つすべてに、均等に霊力を行き渡らせることを意識してください」
「……なるほど!」
悠太はもう一度構えた。
最初の印。
次に二つ目。
三つ目。
四つ目。
そして、五つ目。
「……おっ!」
五つの印が淡く輝いた。
しかし、そこから光の線を結ぼうとした瞬間。
パチッ!
一つ目の光が消えた。
「……ああっ!」
『……悠太、今度は五つ目に集中しすぎです』
『……せやけど、全部同時にって難しいな!』
『だからこそ、正確な制御が必要なんです』
「……くそー!」
悠太は頭をかいた。
指導役はそんな悠太を見て、小さく笑った。
「焦る必要はありません」
「……せやな」
「まずは五つの印を維持できるようになることです」
「……おっけー!」
* * *
それからも、訓練と討伐任務の日々は続いた。
各地へ向かった術師たちから、次々と報告が届く。
ある地域では、妖怪の討伐に成功。
別の地域では、到着したときにはすでに妖怪の気配が消えていた。
そして、下級妖怪の討伐依頼だったにもかかわらず、予想を超える強さの妖怪が現れた場所も
あった。
幸い、その現場には上級術師が同行しており、大きな被害には至らなかった。
しかし、警戒態勢が解除されることはなかった。
安倍家では、討伐任務から戻った術師たちも、翌日には訓練場へ立っていた。
6
符の発動速度。
結界の維持時間。
術師同士の連携。
霊力の消費量。
それぞれが、自分の弱点を克服しようとしていた。
悠太もまた、少しずつ変わっていた。
足の霊力強化では、必要以上に力を使わず、正確に加速と停止を行えるようになった。
空中での霊力放出も、まだわずかではあるが、落下中に軌道を変えることができるようになって
いた。
そして五芒陣。
「……よし」
悠太は五つの印へ、ゆっくりと霊力を流した。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
五つ目。
五つの光が、ほぼ同じ強さで輝く。
『……そのままです』
『……おう』
悠太は目を閉じた。
すべての印へ、一定の霊力を流し続ける。
そして――
スッ。
五つの印を結ぶように、淡い光の線が走った。
地面に、五芒星が浮かび上がる。
「…………」
悠太はゆっくりと目を開いた。
「……おお」
指導役が頷く。
「……できましたね」
「……できた?」
「はい。五つの印が安定しています」
「……おおお!!」
悠太は嬉しそうに声を上げた。
「やったぁ!!」
その瞬間。
パッ!
五芒星が消えた。
「……あ」
『……また集中が途切れましたね』
『……しゃあないやろ! 嬉しいねんから!』
指導役も思わず笑った。
「……では、次はその状態を維持できるようにしましょう」
「……ん」
悠太は再び構えた。
「……よっしゃ! もう一回!」
* * *
その日の夕方。
訓練を終えた悠太は、縁側に座っていた。
「……はぁー、疲れたぁ」
『……今日は随分と頑張りましたね』
『……せやろ?』
『ですが、まだ五芒陣の発動までには時間がかかりますね』
『……まあなぁ』
悠太は空を見上げた。
夕日が屋敷の瓦を赤く染めている。
『……でもさ』
『はい』
『……あの腕の妖怪のとき、もっとちゃんと術使えてたら、あそこまでボロボロにならんかった
んちゃうかなって』
『…………』
『……俺がもっと上手かったら、みんなもあんな危ない目に遭わんで済んだかもしれへんし』
欠片は少しの間、黙っていた。
やがて、静かに答えた。
『……あの状況で、悠太はできることをしました』
『……うん』
『ですが、次も同じように生き残れるとは限りません』
『……せやな』
『だからこそ、今こうして修行しているのでしょう?』
悠太は少し考えた。
そして、ニッと笑った。
『……せやな!』
立ち上がる。
「……よっしゃ!」
『……どこへ行くんですか?』
『もうちょい練習!』
『……今日はもう十分でしょう!』
『ちょっとだけやって!』
『悠太!』
悠太は笑いながら訓練場へ向かった。
* * *
次なる任務
* * *
それからも、修行の日々は続いた。
早朝から響く術師たちの掛け声。
訓練場を走る霊力の光。
安倍家では、本家、分家を問わず、日々の鍛錬が続けられていた。
「……よっしゃ!」
悠太が地面を蹴る。
ダンッ!
瞬間的に加速し、指定された位置で停止する。
以前のように勢い余って飛び出すことも、少なくなっていた。
「いいですね。では、次は空中での制御です」
「おっけー!」
悠太は軽く跳び上がる。
足裏に霊力を集め、後方へ放出した。
シュッ!
身体が空中でわずかに前へ動く。
そのまま着地。
「……よし!」
『……以前より安定してきましたね』
『せやろ?』
『ただし、まだ連続での使用は控えた方がいいでしょう』
『……分かってるって!』
指導役も頷いた。
「地上での加速はかなり安定してきました。ですが、空中での移動はまだ基礎段階です」
「……まだまだやなぁ」
「焦る必要はありません。上級術師と同じ動きを、今すぐ求める必要はないのですから」
「……せやな!」
悠太は笑った。
* * *
別の日。
訓練場の中央に、淡い五芒星が浮かび上がっていた。
五つの印を結ぶ光の線。
その中央に立つ悠太は、額に汗を浮かべながら霊力を流し続けていた。
「……っ!」
『……一つ目の印に、少し霊力が偏っています』
『……おう』
悠太は慎重に霊力を調整する。
揺れていた光が、次第に落ち着いていく。
「……よし」
五芒星が、安定した輝きを保った。
「……いいですね」
指導役が頷く。
「以前よりも、ずっと少ない霊力で陣を形成できています」
「……ほんま?」
「ええ。あとは、発動までの時間を短縮することですね」
「……よっしゃ! 次それや!」
以前は力任せに流していた霊力も、少しずつ必要な量を見極められるようになっていた。
もちろん、まだ失敗することもある。
術の発動が遅れたり、余計な霊力を流してしまったり。
それでも悠太は、何度も繰り返した。
* * *
成長していたのは、悠太だけではなかった。
分家の術師たちも、訓練と任務を重ねていた。
「結界、展開!」
三人の術師が同時に符を構える。
光の壁が形成され、そのまま移動を始めた。
「……右へ!」
「了解!」
「次、後退!」
三人が動く。
結界は崩れなかった。
「……よし!」
以前は少し動くだけでも乱れていた霊力が、今では互いの動きに合わせて調整されている。
負傷していたもう一人の分家術師も、治療と回復訓練を経て任務へ復帰していた。
四人は時に組み、時に別の術師と組みながら、拘束、結界、負傷者の救出といった訓練を繰り返
していた。
屋敷の外でも、術師たちは各地の任務へ向かっていた。
山林に現れた妖怪の討伐。
廃屋の調査。
人里近くで確認された妖怪の追跡。
上級術師たちも自ら現地へ赴き、異常な妖怪の痕跡を調べていた。
しかし、各地の異変について、決定的な手がかりは得られていなかった。
そうして、修行と討伐を繰り返す日々が過ぎていった。




