【安倍家】第十三話 6人での任務
六人の任務
それから悠太は、複数の術師による任務にも参加するようになった。
現場に集まったのは、本家の術師が一人、分家の術師が四人。
そこに悠太が加わる。
合わせて六人だった。
「……あれ? 俺も一緒に行くん?」
「ええ。今回からは、現場での連携も覚えていただきます」
分家の四人が一斉に頭を下げた。
「よろしくお願いいたします、誠人様」
「おう、よろしく!」
四人の少し後ろにいた一人が、そっと顔を上げた。命令するでも、見下すでもない。ただ同じ目
線で返された挨拶が、妙に耳に残った。
顔を上げた四人の表情は、どこか硬かった。
移動の準備をしていると、少し離れたところから小声が聞こえた。
「……跡取りの訓練に付き合わされるとはな」
「声が大きい」
たしなめた男の声は低く、表情も変わらない。ほかの者が感情を表に出しても、彼だけは周囲の
様子を冷静に見ていた。
「……どうせ聞こえないだろ」
そのやり取りにも加わらず、一歩離れている者もいた。ほかの三人とも必要以上に目を合わせよ
うとしない。
「聞こえてるけどなー」
「っ!?」
振り返った術師たちは、慌てて姿勢を正した。
悠太は気にした様子もなく、車へ歩いていった。
『……あまり気にしていないんですね』
『……まぁ、事実やし、俺はまだ弱いしな』
欠片はそれ以上、何も言わなかった。
* * *
山道に現れた下級妖怪を追う任務。
分家の一人が前へ出て、別の二人が左右から回り込む。
悠太は後ろから符を構えた。
「誠人様は後方で」(どうせなんもできないのだから)
「ん? 俺も戦うで?」
「……お気持ちだけで結構です」
「なんでやねん」
「実戦は訓練とは違いますので。足手まといになられては困ります」
吐き捨てるように言った男は、悠太の顔をまっすぐ見ようともしなかった。嫌いなのは目の前の
少年だけではない。分家を下に置く安倍家の仕組みも、その頂点に立つ本家も、彼は嫌ってい
た。
「おい、言い過ぎだ」
別の分家が小声で制した。
「……事実だろう」
悠太は少し考えてから、頷いた。
「……まあ、俺まだ弱いもんな」
「分かった!」
妖怪が脇の草むらへ逃げようとする。
「そっち行ったで!」
悠太は逃げ道へ拘束の符を放った。
一瞬、妖怪の動きが鈍る。
その隙に分家の術が届いた。
「……祓えました!」
「おお、やったやん!」
最初から口数の少なかった一人は、悠太の笑顔を黙って見つめた。分家が手柄を立てたことを、
本家の跡取りがこんなふうに喜ぶ。その違いに、彼はもう気づいていた。
悠太は嬉しそうに声を上げた。
四人は顔を見合わせた。
本家の跡取りが、分家の成功を自分のことのように喜んでいる。
そんなことは、あまり経験がなかった。
しかし、それだけで悠太を認めたわけではなかった。
討伐を終え、山道を下り始めたころ。
「……まさか、あの程度の拘束にあれほど時間がかかるとは」
「初めての実戦に近いのですから、仕方ありません」
「だからこそ、現場に出すべきではないんだ」
「……聞こえてるでー」
四人が振り返った。
悠太は気にした様子もなく笑った。
「次はもっと早うできるようにするわ」
分家の一人は、小さく息を吐いた。
「……偶然、うまくいっただけだろう」
「……声が大きい」
別の日には、坂道を歩いている分家の一人が、足を滑らせかけた。
悠太はとっさに腕を伸ばした。
「大丈夫か?」
「……はい。申し訳ございません」
「いや、謝らんでええって」
その後も任務は続いた。
妖怪を見つける者。動きを封じる者。祓う者。
悠太はすべてを自分でやろうとはせず、少しずつ四人の動きに合わせられるようになっていっ
た。
だが、本家と分家の距離まで簡単に縮まったわけではない。
彼らは悠太のことを、相変わらず「誠人様」と呼んでいた。
妖怪の異変
一方、各地で妖怪の出現が増えていた。
警察から安倍家へ届けられる報告の中には、不審な負傷事件や失踪、死亡事件がいくつも含まれ
ていた。
現場に向かえば、見つかるのは下級妖怪ばかり。
それなのに、被害だけが大きい。
しかも最近の下級妖怪は、以前より妙な動きをするようになっていた。
むやみに飛びかかってくるのではなく、術師の隙を窺う。
符を投げようとすれば、その手の動きを見て避ける。
逃げ道へ回り込み、物陰で待つ。
「……前より、頭使うようになってへん?」
悠太が呟くと、隣の分家が頷いた。
「……そのように見えます」
『強さは、それほど変わっていません』
『……けど、動きが違うんやな』
『ええ』
誰も、理由までは分からなかった。
* * *
ある日、六人は町外れの廃工場へ向かった。
事前の報告では、二人が死亡している。
だが、確認された妖怪は下級のみだった。
「……またか」
悠太は報告書を見つめた。
「何がですか?」
「こんなに人死んでるのに、弱いやつしかおらんって……おかしない?」
本家の術師は短く答えた。
「現場を見れば分かる」
廃工場の窓は割れ、床には金属の破片が散らばっていた。
内部を捜索すると、四体の下級妖怪が見つかった。
「右に一体!」
「奥にもいます!」
分家が前方を押さえ、悠太は符で一体の進路を塞いだ。
次々と祓いの術が届き、四体は消えていく。
最後の妖怪の気配が途切れたあとも、悠太は工場の奥を見ていた。
「……ほかには?」
「反応はありません」
「……そっか」
本家の術師が建物の周囲に結界を張った。
しばらくの間、下級妖怪なら近づけないはずだった。
「これでよし。撤収する」
六人は工場をあとにした。
* * *
その後の任務でも、妖怪の妙な動きは続いた。
ある現場では、悠太が前へ出て妖怪の注意を引こうとした。
「俺が囮になるわ」
しかし、分家の一人がすぐに首を振った。
「誠人様を危険にさらすわけにはいきません」
「……でも、俺も戦えるで?」
「それでもです。我々が前に出ます」
「……誠人様に何かあれば、責任を問われるのは我々ですので」
言葉は丁寧だったが、その声には苛立ちが混じっていた。
悠太は少し不満そうだったが、強引には進まなかった。
「……ほな、俺が逃げ道塞ぐわ」
「お願いいたします」
分家が妖怪を引きつけ、その後方から悠太が拘束の符を放つ。
逃げ道を奪われた妖怪は、ほどなく祓われた。
少しずつ、連携が形になり始めていた。
廃工場への再依頼
そんな折、あの廃工場から再び討伐依頼が届いた。
「……ここ、この前行ったとこやん」
悠太は報告書を見た。
本家の術師も眉をひそめた。
「結界を張ったはずだが……」
現地へ向かうと、分家の一人が周囲を調べ始めた。
しばらくして、小さく声を上げる。
「……結界の一部に、不備があります」
「不備?」
そこは、霊力の流れがほんのわずかに乱れている箇所だった。
ただ、その程度の不備から妖怪が入り込めたのかどうかは分からない。
本家の術師は、その箇所を一瞥した。
「……この結界を張ったのは、お前だったな?」
「え……私は……」
「お前だよな?」
「……はい。申し訳ございません」
「結界もまともに張れないのか、まったく」
分家の男は深く頭を下げた。
「……申し訳ございません」
悠太が口を開く。
「おい、結界張ったんお前やん。何言うてんの?」
「私が張りました!」
分家の男が、悠太の声を遮るように答えた。
「以後、このようなことがないよう、十分注意いたします!」
「…………」
悠太は男を見た。
本家の術師は、それ以上話を続けなかった。
結局、内部で発見された下級妖怪二体を祓い、任務は終了した。
結界の不備が侵入の原因だったかどうかは、最後まで分からなかった。
* * *
帰り道。
悠太は、先ほどのやり取りを思い返していた。
『……なあ、欠片』
『はい』
『……なんや、あれ』
欠片はすぐには答えなかった。
『本家と分家では、立場が違うんです』
『……立場?』
『分家は本家を支えるために動きます。責任を引き受けることも、命令に従うことも、当然だと
されているんです』
悠太は黙っていた。
『戦いになれば、分家の命を使って本家を守ることもあります』
『…………』
『逆らえば、自分だけでなく、家にも影響が及ぶかもしれません』
悠太は窓の外を見た。
『本家やから、分家やからって……なんやそら……』
その声は、いつもより低かった。
密かな報告
安倍家の一室。
一人の上級術師が、当主の前に立っていた。
「……最近の様子はどうだ」
「術の精度は上がっています。分家の動きにも合わせられるようになりました」
「実戦では?」
「これまでのところ、相手は下級妖怪ばかりです。実力の限界は、まだ判断できません」
当主はしばらく考えた。
「……引き続き見ておけ」
「承知しました」
「万が一のことがあれば、器だけは必ず守れ」
「……はい」
上級術師は頭を下げた。
悠太は、自分が監視されていることを知らない。
欠片も、その存在には気づいていなかった。
資材置き場
次の任務は、町外れの資材置き場だった。
報告にあった妖怪は一体。危険度は低い。
それなのに、すでに三人の死者が出ていた。
「……また、これか」
悠太は報告書を見た。
本家の術師が歩き出す。
「準備しろ。向かうぞ」
* * *
資材置き場には鉄材や木箱が積み上げられていた。
六人は周囲を警戒しながら進んだ。
ほどなく、物陰から下級妖怪が現れる。
「……あそこ!」
分家の一人が声を上げた。
妖怪は逃げようとしたが、悠太の符がその進路を塞いだ。
ほかの術師の攻撃が重なり、妖怪は祓われた。
「……終わり、か」
本家の術師が息を吐く。
だが悠太は、妖怪が消えた場所を見つめていた。
『……欠片』
『はい』
『あいつ、さっきから奥ばっかり見てへんかった?』
『……ええ。何かを警戒していたようにも見えました』
「……なあ、奥、もうちょっと見てみいひん?」
悠太がそう言いかけた、そのときだった。
――ガランッ。
奥の暗がりから、金属が転がる音がした。
全員が足を止めた。
「……何だ?」
影の中で、何かが動く。
長い腕が一本、鉄材の隙間から伸びてきた。
続いて、二本目。
三本目、四本目。
暗がりから這い出してきた妖怪の顔には、いくつもの目が並んでいた。
「…………」
誰も、すぐには動けなかった。
『……悠太』
『……おう』
『……下がってください』
次の瞬間、妖怪の腕が振り抜かれた。
――ドンッ!!
分家の一人が吹き飛んだ。
「っ!!」
男は積まれた木箱にぶつかり、そのまま動かなくなった。
「結界を!」
残る分家の三人が同時に符を構える。
光が重なり、防御結界が立ち上がった。
妖怪の腕がその表面を叩いた。
――ガンッ!!
結界が大きく揺れる。
「……っ、三人で維持しろ!」
二人ではもたない。
一人でも抜ければ、すぐに破られる。
倒れた分家の男を見た瞬間、悠太は駆け出しかけた。
『……欠片、俺ずっとやってみたいことあってんけど』
『……何ですか?』
『腕に霊力流せるやろ? ほな、足にも流して筋力強化したら、めっちゃ速う動けるんちゃ
う?』
『……可能です。霊力で脚の筋肉を強化すれば、瞬間的な加速はできます。ただし、霊力の消費
が激しいうえに、急激な加速は身体への負担も大きくなります。まだ制御にも慣れていませんし
――』
『……できるんやな!』
『悠太、待ってください!』
悠太は答えるより先に、両足へ霊力を集中させた。
太ももから足先へ、霊力が一気に流れ込む。
――ダンッ!!
地面を蹴った瞬間、身体が想像以上の勢いで前へ飛び出した。
「……うおっ!」
悠太は勢いを抑えながら、倒れた男のそばへ滑り込んだ。
「誠人様! 危険です!」
「結界張り続けろ! 三人ともや!」
男の身体を抱え上げる。
「この人は俺が運ぶ!」
悠太は結界の内側へ男を運び込んだ。
「……頼む、見といてくれ!」
「は、はい!」
その間にも、結界の向こうでは腕が何度も叩きつけられていた。
* * *
「……あんなもの、どうしろというんだ……!」
本家の術師は、妖怪の姿を見て後退した。
分家の三人は結界を保つだけで精いっぱいだった。
「私は撤退する! お前たちはここに残れ!」
「私が撤退するまでの時間を稼げ!」
悠太が振り返る。
「……は?」
しかし、本家の術師はもう出口へ向かって走り出していた。
「救援は呼んでやる!」
結界を支えていた一人が、奥歯を噛みしめた。また本家が逃げる。それでも今は怒鳴り返すよ
り、隣の仲間を守るために術を保つしかなかった。
その声だけが遠ざかっていく。
「誠人様! あなた様も撤退してください!」
分家が叫んだ。
「この妖怪は、我々で祓えるレベルを超えています!」
「我々が足止めします! どうか、お早く!」
悠太は結界を支える三人を見た。
彼らは動けない。
三人のうち一人が手を離せば、全員が危険にさらされる。
『……悠太』
『……欠片』
『はい』
『あいつ、祓うで』
欠片は一拍置いて答えた。
『……分かりました』
二つの魂、一つの戦い
妖怪の腕が伸びた。
悠太はさっきと同じように足へ霊力を流し込み、地面を蹴った。
――ダンッ!
身体が横へ弾けるように動く。
ほんの少し前まで立っていた場所を、腕が叩き潰した。
「……うわっ!」
『右から、もう一本!』
『……っ!』
悠太は身体をひねり、積まれた資材の陰へ滑り込んだ。
そこに、落ちていた鉄パイプが見えた。
悠太はそれを拾い上げる。
『……欠片、これいけるか?』
『霊力を流せば、普通の鉄よりは持ちます。ただし、無理に受け止めないでください』
『……おう!』
パイプに霊力を流す。
金属の表面が、かすかに白く光った。
一撃目をかわし、二撃目をパイプではじく。
衝撃で腕が痺れた。
「……っ、重っ!」
『まともに受けては駄目です!』
『分かっとる!』
悠太は再び足へ霊力を集めた。
腕の下を潜り抜ける。
鉄パイプが振り抜かれた。
――ザンッ!
妖怪の腕が一本、地面へ落ちた。
「……やった!」
だが、切り口がうごめいた。
肉が盛り上がり、失った腕が伸びていく。
「……は?」
『……再生します!』
次の腕が襲いかかる。
悠太は慌てて横へ跳んだ。
その後も、かわしては切り、符で隙をつく。
二度、三度。
腕が落ちるたびに再生する。
悠太の息は次第に荒くなった。
足へ霊力を流すたび、筋肉が悲鳴を上げる。
「……はぁっ……はぁっ……!」
『悠太、もう少し距離を……!』
『……まだや!』
悠太は再び腕を切り落とした。
今度は、切り口が動き出すまでにわずかな間があった。
『……待ってください』
『……なんや?』
『さっきより、再生が遅いです』
悠太は再生しかけた腕を見た。
確かに、少し前とは違う。
何度も切り落としたことで、妖怪の回復が追いつかなくなっている。
疲れ切った悠太の口元に、思わず笑みが浮かんだ。
「……再生、遅なってんで」
妖怪が四本の腕を激しく振り回した。
「……っ!」
かろうじてかわしたはずの一撃が、悠太の肩をかすめる。
続く腕は、避けた先を狙うように伸びてきた。
『……悠太、動きを読まれています』
『……なんでや、はぁ…はぁ…はぁ』
悠太は息を切らしながら、妖怪の顔を見た。
並んだ目のうち一つが、悠太の足元を追っている。
別の目は、次に跳ぼうとした方向へ向いていた。
『……あの目、それぞれ違うところ見てるんか』
『ええ。だから、避けた先まで捉えられる』
『……ほな』
悠太は鉄パイプを握り直した。
『見えへんようにしたらええんやな』
『……ただし、近づくのは危険です』
『もう、ずっと危険やわ!』
悠太は地面を蹴った。
腕をかわし、鉄材を踏み台にして妖怪の顔へ近づく。
鉄パイプの先端に霊力を集めた。
――ドッ!
目が一つ、潰れた。
「ギィィッ!!」
妖怪の腕が乱れ、積まれた木箱を薙ぎ払った。
悠太は吹き飛ぶ破片を避けて後退する。
『一つ失っても、残りが追っています!』
『……次いくで!』
足に霊力を込めようとした時、激痛が走り悠太の体勢が崩れた
「んっ…ん」
それを狙ったかのように敵の腕が悠太の身体を捉えていた
ドンッ!!
「やば…」
悠太はパイプに霊力を込め威力を抑えようとしたが
弾き飛ばされ壁に叩きつけられた
「ウッ…ヤベェ」
悠太は強く打ち付けられて意識が遠のきそうになるが
踏ん張った
『悠太!!大丈夫ですか!!』
「たぶん大丈夫じゃない」
そう言った悠太の表情は笑っていた。
「ちょっと油断してもーた」
『動けますか?』
「はぁ…はぁ…まだまだ…はぁ…」
体勢を整えてその後も
一つ、また一つ。
動きを読み、かわし、足から霊力を爆発させて近づく。
目を潰すたびに妖怪の攻撃は荒くなった。
だが、腕の力そのものは衰えない。
悠太の頬に切り傷が走る。
鉄パイプを持つ手の皮が裂ける。
それでも、最後の目を潰した。
妖怪は視界を失い、闇雲に腕を振り回し始めた。
「……はぁ……はぁ……!」
『……もう見えていないはずです。ただ、近づきすぎないでください』
『……おう』
そのとき、結界の方から鈍い音が響いた。
――バキッ。
「……っ!」
――ガシャァン!!
三人が必死に維持していた防御結界が砕け散った。
妖怪の腕が伸びる。
「うわあっ!!」
分家の一人が掴み上げられた。
残った二人が拘束の符を放つ。
しかし、腕は一瞬動きを鈍らせただけだった。
「……効かない……!」
妖怪が、捕まえた男を締め上げる。
「……っ!」
悠太の身体が先に動いた。
「お前の相手は俺や!!」
拘束の符を取り出し、霊力を流し込む。
狙ったのは、男を掴んでいる腕一本だった。
26
――キィンッ。
光が腕に絡みつく。
そのまま、胸へ、ほかの腕へ、胴体へと広がった。
妖怪の全身が、ぴたりと止まる。
「……え?」
『……悠太、今です!』
一秒。
悠太が足に霊力を集中させ、駆け出す。
二秒。
鉄パイプで、分家を掴んでいる腕を切り落とす。
三秒。
落ちてくる男を、両腕で受け止める。
四秒。
残った二人のもとへ運び込んだ。
「こいつ、頼む!!」
二人が、負傷した仲間を受け取る。
五秒。
――バキンッ!!
拘束が、砕けた。
「……っ!」
次の瞬間、妖怪の腕が悠太を捉えた。
――ドォンッ!!
身体が吹き飛び、積まれた木箱へ激突する。
木材が折れ、資材が崩れた。
「……がっ……!」
呼吸が止まる。
「誠人様!!」
誰かの声が聞こえた。
悠太は立ち上がろうとする。
だが、膝が言うことを聞かなかった。
『悠太! 返事をしてください!』
『……っ……き、聞こえてる……』
胸が痛い。
口の中に血の味が広がる。
『……もう、無理をしてはいけません』
『……せやけど』
悠太は顔を上げた。
目を失った妖怪は、手探りのように腕を振り回している。
切断した腕の再生も、明らかに鈍くなっていた。
『……まだ、終わってへん』
悠太は鉄パイプを杖にして、ゆっくり立ち上がった。
妖怪の腕が風を切る。
足へ流せる霊力は、もう多くない。
それでも悠太は、一歩ずつ距離を詰めた。
『左、少し遅れて来ます』
『……おう』
腕が伸びる。
悠太は横へ滑り込み、切った。
一本。
切り口から再生しかけた部分にも、続けてパイプを打ち込む。
妖怪の動きが鈍る。
もう一本。
最後の腕が暴れる。
悠太は身体をひねり、霊力を込めた鉄パイプを振り抜いた。
――ザンッ!
長い腕が、地面へ落ちる。
妖怪は胴体をくねらせ、逃げようとした。
「……まだや!」
悠太は鉄パイプを構え直した。
胸元へ、横腹へ。
何度も打ち込む。
妖怪の身体から、黒いものが飛び散った。
ついに妖怪は反撃をやめ、身体を引きずるようにして資材置き場の奥へ進み始めた。
悠太はその姿を見つめた。
口元に笑みが浮かぶ。
「……逃がすか、ボケ」
痛む足を踏み出す。
『……悠太、まだ動けますか?』
『……なんとか』
悠太は息を整えた。
『祓うで、欠片』
『……はい』
下級妖怪なら、祓いの札で十分だった。
だが、これほど強力な妖怪を通常の札で祓うのは難しい。
『……五芒陣やな』
『ええ。今の相手には、その方が確実です』
悠太は両手に霊力を集中させた。
「生きとし生けるものに、安寧の地を。」
足元から淡い光が広がり、地面を走り始める。
「此の場に在る邪なるものに――」
一本。
二本。
「幾重の災厄を断ち切り、」
光の線が交差し、妖怪を囲むように五芒星が描かれていく。
「五つの星に集いて、禍を祓い清め給え。」
「五芒陣!!」
「……っ!」
悠太の顔が歪んだ。
度重なる戦闘で、霊力を大きく消耗していた。
光の線が弱まる。
『……悠太!』
『……分かってる』
一度呼吸を整え、霊力の流れを立て直す。
妖怪はなおも奥へ進もうとしていた。
(……あとちょっとや)
悠太は震える両手を前へ伸ばした。
「……っ、くそ……!」
途切れかけていた光が、再び伸び始める。
そして――。
――キィィンッ!!
五本の線がつながった。
五芒陣が完成する。
妖怪の足元から白い光が立ち上がった。
「ギィィィッ!!」
妖怪は逃れようと身体をよじった。
だが、すでに腕は切り落とされ、目も失っていた。
光が妖怪の全身を包み込んでいく。
悠太は残った霊力を注ぎ込んだ。
「……っ!!」
――パァァァンッ!!
眩い光が資材置き場を照らした。
妖怪の身体が崩れ始める。
黒い煙が立ち上り、やがて光とともに消えていった。
* * *
「……はぁ……はぁ……」
悠太はその場に膝をついた。
妖怪の気配は、もうなかった。
『……悠太』
『……ん?』
『祓えましたね』
悠太はしばらく、何も言わなかった。
『……おう』
ゆっくりと振り返る。
少し離れた場所では、分家の二人が負傷した仲間たちを支えていた。
四人とも、呆然と悠太を見つめている。
悠太は息を切らしながら尋ねた。
「……みんな、生きてるな?」
「……はい」
悠太はほっと息を吐いた。
「……よかったわ」
そのまま仰向けに倒れ込む。
「誠人様!?」
分家の二人が慌てて駆け寄った。
「誠人様! しっかりしてください!」
声が聞こえる。
けれど、身体が動かない。
『……悠太?』
欠片の声が響いた。
『……悠太!』
(……あかん……)
返事をしようとしても、言葉にならなかった。
視界がゆっくりと暗くなっていく。
そして――。
悠太の意識は、途切れた。
目覚め
「…………」
ゆっくりと目を開ける。
最初に見えたのは、見覚えのない天井だった。
「……ん?」
身体を起こそうとする。
「いっ……!」
全身に痛みが走った。
悠太は思わず顔をしかめ、そのまま枕へ頭を戻した。
「……なんや、ここ……」
どうやら、ベッドの上に寝かされているらしい。
最後に覚えているのは、妖怪を祓ったこと。
そして、分家の四人が生きているのを確認したことだった。
『……悠太』
聞き慣れた声が響いた。
『……欠片?』
『……目が覚めたんですね』
『……おう』
悠太はもう一度、天井を見上げた。
監視者
――時は少し遡る。
資材置き場の外。
「……はぁっ……はぁっ……!」
本家の術師が、息を切らしながら出口へ飛び出した。
背後では、激しい衝撃音が響いている。
――ドォンッ!!
男は一瞬振り返ったが、すぐに前を向いた。
そのとき。
「……一人で逃げる気か?」
「っ!?」
突然、目の前から声がした。
そこには、一人の男が立っていた。
「……あ、あなたは……!」
本家の術師は、慌てて姿勢を正した。
相手は安倍家の上級術師だった。
「……答えろ」
「い、いや……救援を……!」
「…………」
上級術師は何も言わず、男を見つめた。
「そ、それより……なぜあなたのようなお方が、ここに……?」
「……たまたま通りかかっただけだ」
「……そ、そうでしたか」
男は額の汗を拭った。
「あ、あの……」
その瞬間。
目の前にいた上級術師の姿が、ふっと消えた。
「……え?」
男は周囲を見渡した。
しかし、どこにも姿はない。
気配すら感じられなかった。
「…………」
男はしばらく立ち尽くしていた。
* * *
資材置き場の内部。
――ガシャァンッ!!
妖怪の腕が鉄材を薙ぎ払い、大きな音を立てた。
悠太は足に霊力を集中させ、迫る腕をかわしていた。
『悠太! 右です!』
『おう!』
――ダンッ!!
悠太が地面を蹴る。
その戦いを、少し離れた場所から一人の男が見ていた。
先ほど、本家の術師の前に現れた上級術師だった。
姿を隠し、霊力の気配も抑えている。
悠太も、分家の四人も、その存在には気づいていなかった。
上級術師は何も言わず、ただ戦いを見つめていた。
* * *
やがて。
――パァァァンッ!!
五芒陣の光が、資材置き場を照らした。
妖怪の身体が崩れ、黒い煙となって消えていく。
悠太はその場に膝をついた。
上級術師は、妖怪が消えた場所へ視線を向けた。
次に、倒れ込む悠太を見た。
「…………」
しばらくして、男は静かに目を伏せた。
そして――。
その姿は、気配とともに消えた。
誰一人、最後までその存在に気づくことはなかった。
再び、目覚め
「……うぅ……」
悠太はベッドの上で、ゆっくりと身体を動かした。
「いったぁ……」
全身が痛む。
特に足と右腕は、少し動かすだけでも激痛が走った。
『……悠太、無理に動かないでください』
『……分かってるって』
悠太は天井を見つめた。
『……なあ、欠片』
『はい』
『あの四人、どうなったん?』
『妖怪を祓ったときには、皆さん生きていました。ですが、その後のことは……』
『……そっか』
悠太が再び身体を起こそうとした、そのとき。
――コンコン。
扉を叩く音がした。
「失礼いたします」
部屋へ入ってきたのは、治療を担当している術師だった。
「……誠人様! お目覚めになられたのですね」
「……おう」
「お身体の具合はいかがですか?」
「……めっちゃ痛い」
「かなりの負傷でしたから。しばらくは安静になさってください」
「……なあ、それより」
「はい?」
「一緒におった分家の四人は?」
「……四名とも、こちらで治療を受けております」
「……無事なんやな」
「はい。一人は重傷ですが、命に別状はございません」
「…………」
悠太は小さく息を吐いた。
「……そっか。よかった」
治療師は、そんな悠太を少し不思議そうに見つめた。
「……誠人様?」
「ん?」
「……いえ。何でもございません」
「……?」
「それでは、私は失礼いたします。どうか無理はなさらないように」
「ああ、ありがとな」
治療師は一礼し、部屋を出ていった。
* * *
『……よかったですね、悠太』
『……おう』
悠太は枕に頭を預けた。
『……欠片』
『はい?』
『俺ら、あいつ祓ったんやな』
『……ええ』
悠太は天井を見つめたまま、小さく笑った。
『……ようがんばったわ、俺』
『……本当に』
欠片の声にも、わずかな笑いが混じっていた。




