特注品『全自動産毛抜き植物』の納品と、銀の箱庭でのティータイム
ルナ帝国の誇る「大温室」
そこは世界中から集められた希少植物が、私の『最適保存』の加護を浴びて、狂ったように瑞々しい花を咲かせる常春の楽園だ。
私は今日、ハドリアヌス陛下が特別に用意してくれた「神話の蜘蛛の糸で織られた園芸用ドレス(※防弾・防刃・自動温度調節機能付き)」を身に纏い、ある一つの鉢植えと向き合っていた。
「……ふふ。ええ、いい子ですね。その調子で、もう少し顎の関節……いえ、ピンセットの精度を上げてくださいな」
私が優しく声をかけているのは、一見すると美しい翡翠色の食虫植物だ。
しかし、その花弁の内側には、極小かつ精巧な「毛抜き」のような牙がびっしりと生え揃っている。ルナ帝国の誇る魔導生体工学と、私の『最適化』を掛け合わせた、最高傑作である。
「アウレリア。君がその気味の悪い植物に向ける慈愛の十分の一でも、私に向けてくれれば、私は今すぐ天に昇れるのだが」
温室の隅に設置された、相変わらず人間をダメにする仕様の「浮遊ソファ」から、ハドリアヌス陛下が恨みがましい声を上げた。
彼は分厚い帝国の決裁書類に目を通しながらも、五秒に一回はこちらをチラチラと見てくる。皇帝の公務がそんな片手間でいいのかと心配になるが、この男は「アウレリアを視界に入れながら執務を行うと、脳の処理速度が通常の八倍になる」という訳の分からない持論を展開して譲らないのだ。
「陛下。この子は気味の悪い植物ではありませんわ。……ソリス王国のゴミ処理場にいる、元婚約者殿に贈る『ささやかなプレゼント』ですもの」
私が振り返って微笑むと、陛下はパタリと書類を閉じ、瞬きする間に私の背後に回ってきた。
そして、当然のように私の腰に腕を回し、私の肩に顎を乗せる。
「ああ、なるほど。昨日君が言っていた、『ハゲ頭専用・全自動産毛抜き植物』か。……完成したのだな?」
「ええ。名前は『カピルス・デピラートル』と名付けましたわ。私の魔力で、相手の頭皮の健康状態を最高に保ちつつ、生えてきた毛根だけを『不純物』と見なして、一本残らず、かつ極上の手際で引き抜くように調整してありますの」
「……頭皮の健康は保つのか。ただ引き抜くだけではダメなのかい?」
「陛下。ただ痛めつけるだけでは美しくありませんわ。頭皮は赤ん坊のようにツルツルで健康そのものなのに、毛だけが絶対に生えない。……その『無駄に質の良い絶望』こそが、殿下への最高の特効薬なのです」
私がクスクスと笑うと、陛下は「君のそういうサディスティックなところも、たまらなく愛おしいよ」と囁き、私の首筋に軽いキスを落とした。
相変わらず息をするように溺愛してくる。
「では、さっそく配送の手配をしよう。……おい、転送陣を開け」
陛下の命令一つで、温室の空間が歪み、ソリス王国の「魔導ゴミ処理場」へと直結する小さなワームホールが開いた。
私は『カピルス・デピラートル』の鉢植えを手に持ち、優しく撫でた。
「さあ、行ってきなさい。貴方の主人は、少しばかり頭頂部が寂しい方よ。……彼が絶望に泣き叫ぶその瞬間まで、しっかりと『お手入れ』して差し上げてね」
『ショウチ、シマシタ。モウコン、ゼツメツ、サセマス』
植物がカタコトで答え、私はそれをワームホールへと放り込んだ。
一方その頃。ソリス王国(旧)の魔導ゴミ処理場。
どんよりと濁った空の下、永遠に降り注ぐゴミの山の中で、カッシウスは泥にまみれながら空を仰いでいた。
「はぁ……はぁ……。もう、嫌だ……。なぜ私が、こんな……」
彼の頭頂部は、もはや風前の灯火だった。数本の弱々しい産毛が、荒野に生える枯れ草のように、奇跡的なバランスでしがみついているだけだ。
隣では、かつての偽聖女ルキッラが、悪臭にまみれながら虚ろな目でゴミを仕分けている。二人の間に、かつての愛や情熱は微塵もない。あるのは、互いへの責任転嫁と、終わりのない労働の疲労だけだ。
その時。
カッシウスの頭上に、小さな光の陣が浮かび上がり、そこからポイッと一つの鉢植えが落ちてきた。
「ん? なんだ、これは……花?」
カッシウスが不審に思い、顔を近づけた瞬間だった。
『フジュンブツ、ケンチ。サイテキカ(バッサイ)ヲ、カイシシマス』
「え?」
バクンッ!
翡翠色の植物が鉢から飛び出し、カッシウスの頭頂部に「帽子」のようにガッチリと張り付いたのだ。
「ぎゃああああ!? なんだこれ! 取れ、取れない! ルキッラ、取ってくれ!」
「ひっ!? 嫌よ、噛みつかれそうじゃない!」
ルキッラが後ずさる中、カッシウスの頭上で『カピルス・デピラートル』が稼働を開始した。
植物の内側に生えた無数のピンセットが、カッシウスの頭に奇跡的に残っていた「最後の産毛たち」に狙いを定める。
――プチッ。
「痛っ!」
――プチンッ。
「あああああ! 私の! 私の最後の防衛線が!」
『トウヒノ、ケツリュウ、リョウコウ。オイケ、モトメマス』
「抜くな! お願いだから抜かないでくれ! アウレリア、悪かった! 私が悪かったからぁぁぁ!!」
カッシウスの悲痛な叫び声が、ゴミ処理場に響き渡る。
植物は彼の頭皮を優しくマッサージして血行を促進させながら、生えてきた毛を狂いもなく正確に抜き続けるという、高度なマッチポンプを永遠に繰り返すのだった。
「……という映像が、今朝から監視用魔導具に送られてきているよ。彼、とても良い悲鳴を上げるね。我が帝国のオペラ歌手にスカウトしたいくらいだ」
ハドリアヌス陛下は、空中に映し出されたカッシウスの無様な姿を見ながら、最高級のワインを傾けていた。
場所は変わり、ここは例の「アウレリア様専用・巨大観賞用ジオラマ」の内部。
かつてのソリス王国の王都は、完全にガラスのドームに覆われ、外気から完全に遮断された無菌室のような空間になっていた。
私たちは今、かつての王城のバルコニーにティーテーブルを出し、優雅に午後の紅茶を楽しんでいる。
「素晴らしい手際ですわ。あの子、優秀な美容師になれますわね」
私が微笑むと、陛下は嬉しそうに頷いた。
眼下に広がる王都の街並みは、私の記憶にあるものとは全く違っていた。
泥臭く、どこか陰気だった石造りの建物は、すべて陛下の魔導騎士たちによって磨き上げられ、一部は銀や水晶でコーティングされている。
街路樹には、枯れることのない魔力花が咲き乱れ、通りを歩くのは「帝国の審査」を通過した、少数の善良な市民たちだけだ。彼らは皆、清潔な服を着て、争うこともなく、静かに、絵画の一部のように暮らしている。
――それは、完璧すぎるが故に、どこか狂気を感じさせる「究極の箱庭」だった。
「陛下。本当に、王都を丸ごと一つ、私のために改装してしまわれたのですね」
「当然だ。君が『少し懐かしい』と言ったのだから、その思い出を最高の状態で保存するのが、君を所有する者の義務だろう? ……見てごらん、アウレリア。あそこに見えるのが、君の実家であるフェリキタス公爵邸だ。君の望み通り、図書室の蔵書は一冊残らず復元し、さらには世界中の貴重な魔導書を百万冊ほど『追加』しておいた」
「百万冊……。一生かかっても読みきれませんわ」
「構わない。私たちには永遠の時間が用意されているのだから」
陛下はティーカップを置き、私の手を取って、そっと自分の唇に押し当てた。
「アウレリア。この箱庭は、いわば君の『過去』の最適化だ。君を虐げた者たちは排除され、君が愛したものだけが、永遠の輝きを与えられた。……どうだい? 少しは、この銀の帝国を、そして私を、君の『真の居場所』として認めてくれる気になったか?」
陛下の瞳は、熱病に浮かされたように暗く、そして甘く揺らいでいる。
彼は、私がいつか「やっぱり昔の生活の方が良かった」と、鳥のように逃げ出してしまうのを、心の底で恐れているのだ。
これほどの権力と魔力を持ちながら、一人の女の心一つに怯える不器用な皇帝。
私は、繋がれた手をそっと握り返し、彼の頬に空いた方の手を添えた。
「陛下。貴方は本当に、不器用で、大袈裟で、重たくて……最高に溺愛が過ぎる方ですわ」
「……褒め言葉として受け取っておこう」
「ええ、褒めておりますの。……確かに私は、この街で育ちました。でも、あの頃の私は、ただ国を腐らせないためだけの『都合の良い部品』でしたわ。……でも、今は違う」
私は立ち上がり、バルコニーから、完璧に整備された銀の王都を見下ろした。
そして、隣に立つ皇帝に向かって、これ以上ないほど不敵に、そして艷やかに微笑んだ。
「今の私は、この帝国で最も価値のある『国宝』。そして、世界で一番強欲な皇帝陛下を、たった一言で傅かせることのできる、唯一の女ですわ。……こんなに贅沢で、刺激的で、快適な場所を手放すほど、私は愚かではありませんのよ」
私の言葉を聞いた瞬間、ハドリアヌス陛下の表情から、僅かな不安の影が完全に消え去った。
代わりに現れたのは、獲物を完全に手中に収めた、猛禽類のような凄絶な歓喜の笑みだった。
「……ああ、アウレリア。君は本当に、私の理性を破壊する天才だ」
陛下は私の腰を強く引き寄せ、そのままバルコニーの壁に押し付けた。
銀の箱庭に降り注ぐ、人工的な、けれどどこまでも美しい陽光の下。
皇帝の熱い唇が、私の唇を塞ぐ。
それは、もはや「保護」などという生易しいものではなく、私という存在を骨の髄まで愛し尽くすという、強烈な「誓い」の口づけだった。
「ん……っ、陛下。市民が、下から見ておりますわよ……?」
「見させておけばいい。彼らに、この世界の真の支配者が誰であり、その支配者が誰に首輪を握られているか、骨の髄まで刻み込んでやる。……アウレリア、君は私のものだ。君の魔力も、君の毒舌も、君のその美しい冷笑も、すべて私のものだ」
「……ええ。その代わり、陛下の帝国も、財産も、その重たすぎる愛も、すべて私の『最適保存』の管理下に置かせていただきますわ。……もし少しでも愛の鮮度が落ちたら、容赦なく廃棄処分にしますからね?」
「はははっ! 望むところだ。私の愛は、宇宙が冷え切るまで腐ることはない!」
私たちは、互いの額を合わせ、悪巧みをする共犯者のように笑い合った。
ソリス王国というカビ臭い過去は、永遠にゴミ捨て場へと消えた。
カッシウスも、ルキッラも、かつての貴族たちも、自分たちの傲慢さの代償を、永遠に払い続けるだろう。
そして私は、この狂気に満ちた、けれど最高に居心地の良い銀の帝国で。
自分を『国宝』として崇める皇帝を、手のひらの上で優雅に転がしながら、永遠に色褪せない「最高のハッピー生活」を謳歌し続けるのだ。




