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帝国に轟く『国宝誘拐予告』と、斜め上を行く皇帝の防衛対策

ルナ帝国の皇宮は静かなる、しかし確実に常軌を逸した熱気に包まれていた。


 ことの発端は、今朝一番にハドリアヌス陛下の執務室へ届けられた一通の手紙だった。

 送り主は、大陸のさらに西方に位置する大国『ウェスペル聖王国』の第一神王。ソリス王国の崩壊と、ルナ帝国に突如として現れた「万物を最適化する生きた神殿」の噂を聞きつけ、あろうことか私を奪取せんとする「宣戦布告」に近い誘拐予告状を送ってきたのだ。


『我が神の教えに従い、世界を浄化する聖なる乙女アウレリアは、我が聖王国が保護・管理する。近いうちに、聖騎士団を以て彼女を「救出」に伺う――』


 手紙の文面を、透ける壁の向こう側から魔導望遠鏡でのぞき見した私は、優雅に紅茶をすすりながら「まあ、また物好きなゴミが」と呟いた。

 かつて私を『洗濯板』と呼んでゴミ箱に捨てたソリス王国の連中が自滅したと思えば、今度は私を『聖なる乙女』と呼んで神殿の奥深くに監禁しようという不届き者が現れたわけだ。


 しかし、当のハドリアヌス陛下の反応は、私の想像の斜め上をマッハの速度で駆け抜けていった。


「セプティムス。今すぐウェスペル聖王国の全土を覆う『超巨大・魔導防空ガラスドーム』の設計に取りかかれ。あの国から飛んでくる羽虫一匹、アウレリアの視界に入れてはならん」


「陛下!! 落ち着いてください! さすがに他国を丸ごとガラス瓶に閉じ込める予算は、我が国の国家予算を三百年分前借りしても足りません!」


 執務室では、帝国宰相セプティムス卿が涙目で叫んでいた。

 ハドリアヌス陛下は、机に両手をつき、夜の闇を凝縮したような瞳をかつてないほど獰猛に輝かせている。


「ならば、聖王国の全土を『時間凍結』させる。あの国の時間を一万年ほど停止させれば、誘拐予告などという不愉快な概念そのものがこの世から消失する」


「だから極端すぎます! アウレリア様からも何か言ってください!」


 セプティムス卿が、透過壁に向かって必死に拝んできた。

 私はため息をつき、手元のスイッチを押して壁の透過を解除し、直接執務室へと足を踏み入れた。私が歩くたびに、床の魔法銀が翡翠色の光を放ち、磨き立ての鏡のように周囲の景色を最適化していく。


「陛下。他国を凍結させるのは、歴史書のページが無駄に増えるのでおやめください。……それに、向こうからわざわざ『極上の肥料』が歩いてきてくださるのです。そんなに怯える必要はなくてよ?」


「怯えてなどいない、アウレリア。私はただ、君という至宝に、有象無象の視線が触れることすら我慢ならないのだ。……そうだ、君を保護するための『全自動・超重力球体可動式ドレス』を開発させた。これを着れば、半径十メートル以内の不浄な生命体は、近づいた瞬間に自重で潰れて塵になる」


「……陛下、それはドレスではなく、ただの『歩く兵器』ですわ」


 私は呆れ半分、愛おしさ半分で、陛下の頬にそっと手を添えた。彼をなだめるには、これが一番効く。私の魔力が陛下の肌に触れた瞬間、彼の荒れ狂っていた魔力の奔流が、一瞬にして凪のように「最適化」されていく。


「……ふむ。君の体温は今日も完璧だ。……分かった、他国を滅ぼすのは、彼らが我が帝国の国境線を踏み越えてからにしよう」


「ええ、それがよろしいわ。……ところで、その『聖騎士団』とやらを迎え撃つために、少しばかり面白いおもちゃの鮮度を上げておきましたの」


 私は不敵に微笑んだ。


 数日後、ルナ帝国の西方国境。

 ウェスペル聖王国が誇る、純白の甲冑に身を包んだ『聖騎士団』五千騎が、厳かな賛美歌を歌いながら進軍してきた。彼らの掲げる旗には、世界の平定と浄化を意味する聖痕が描かれている。


「聞け! ルナ帝国の悪魔どもよ! 我らは聖なる乙女アウレリア様を、邪悪な皇帝の呪縛から救い出し、神の御許へと連れ戻しに来た! 今すぐ彼女を引き渡せ!」


 団長らしき男が、金色の剣を掲げて叫ぶ。

 対するルナ帝国側は、戦況を特等席で見物するための「超豪華・移動式展望ベランダ」が設置されていた。

 私は、陛下に膝の上に抱っこされた状態(※当然の権利のように固定されている)で、双眼鏡を覗いていた。


「『救出』だなんて、耳触りの良い言葉ですわね。要するに、ただで手に入る便利な奇跡の源(私)が欲しいだけでしょうに」


「あんな薄汚い白カビどもに君の指一本触れさせるものか。アウレリア、君が用意した『おもちゃ』とは何だい?」


 陛下が私の髪を愛おしそうに梳きながら尋ねる。


「ふふ、あちらをご覧くださいな。……ソリス王国のゴミ処理場から、本日特別に『出張』していただいたゲストですわ」


 私が指を鳴らすと、国境の結界の隙間から、ドロドロの沼地のような空間が出現した。

 そこから這い出してきたのは――かつての第一王子カッシウスと、偽聖女ルキッラだった。


 現在のカッシウスは、例の『全自動産毛抜き植物』が頭頂部に完全に寄生しており、一ミリの毛も生えないピカピカの健康頭皮を晒しながら、両手に巨大な「魔導ゴミバサミ」を握りしめていた。

 ルキッラは、ボロ布を纏いながら、自分のドブ臭さに咽せて「ゲホッ、オエッ」と呻きつつも、私の最適化魔法によって「ゴミを仕分ける狂気の歌」を強制的に歌わされている。


「な、なんだあの不浄な生き物は……!? ソリス王国のカッシウス王子か!? なぜそんな姿に!」


 聖騎士団が動揺する。

 カッシウスは、迫り来る純白の聖騎士たちを見るなり、その血走った目で叫んだ。


「お、おい! お前たち、新しいゴミか!? ちょうどいい、そこに並べ! アウレリアが言ったんだ、一日に一万個のゴミを処理しないと、夜の食事が『さらにカビ臭いパン』になると! 邪魔をするなぁぁぁ!!」


 狂った元王子が、五千の聖騎士団に向かって、魔導ゴミバサミを激しくカチカチと鳴らしながら突撃していく。

 さらに、彼らの背後からは、私が最適化(品種改良)した『喋る食肉植物』の大群が、ヨダレを垂らしながら地響きを立てて進軍してきた。


『ウマイ、ヨロイ、ウマイ!』

『ハゲ、ハゲ、ツルツル!』


「ぎゃああああ!? 化け物だ! 聖なる光よ、彼らを滅ぼせ!」


 聖騎士団が一斉に神聖魔法を放つ。まばゆい光の壁が、植物たちを包み込んだ。

 普通の魔物なら一瞬で消滅する一撃。……しかし。


「無駄ですわよ。私の『最適保存』がかかっている植物たちですもの。彼らの細胞は、その『最も元気で、最も飢えている状態』で完璧に固定されていますの。神聖魔法くらい、ただのビタミン剤(栄養)に過ぎませんわ」


 私がクスクスと笑うと、案の定、聖なる光を浴びた食肉植物たちは、さらに一回り巨大化し、大喜びで聖騎士たちの「純白の甲冑」をバリバリと噛み砕き始めた。


「ひ、ひいいいっ! 鎧が、盾が食べられる!」


「助けてくれ! このハゲ頭の男が、私のマントを『粗大ゴミ』に分類して引きちぎっていくんだ!」


 国境線は一瞬にして、聖騎士団の悲鳴と、カッシウスの「ゴミは分別しろ!」という怒号、そしてルキッラの「ゲホッ、オエッ……主よ、憐れみたまえぇ……(ドブ臭)」という地獄の三重奏に包まれた。


「……傑作だ。ウェスペル聖王国自慢の鉄壁の騎士団が、ただの『不法投棄物の山』と化していく」


 ハドリアヌス陛下は、私の腰を抱きしめたまま、心底愉快そうに笑った。

 聖騎士団は、一人もルナ帝国の領土に足を踏み入れることなく、カッシウスのゴミバサミと食肉植物によって身ぐるみを剥がされ、下着同然の姿で自国へと敗走していった。


「これで、しばらくは静かになりますわね。……さて、陛下。おもちゃの片付けも終わりましたし、そろそろ私を降ろしていただけないかしら? 流石に体が火照ってきましたわ」


「ダメだ。君が私の膝から降りるということは、私の世界から太陽が消えるのと同義だ。……それに、君の体温が上がっているのなら、私が冷気の魔術で君を包み、常に『最高の状態』で保存してあげなくてはならないからね」


 陛下は私の首筋に深く顔を埋め、まるで自分のものだと世界に誇示するように、強く、強く抱きしめてくる。

 この男の独占欲は、今日も、明日も、そして一万年先も、私の魔法の力を借りるまでもなく「最高鮮度」のまま永遠に保たれるのだろう。


「ふふ……本当に、仕方のない皇帝陛下ですこと」


 私は降伏の意を込めて、彼の黒髪に指を絡めた。

 海の向こうでどれほどの国が私を求めて蠢こうとも、私の居場所は、この世界で最も狂っていて、最も私を愛してくれる男の胸の中だけなのだから。

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