39.出産の兆候
あれから数ヶ月たちミラは臨月を迎えていた。
誰が見てもわかるほど大きくなったお腹は、我が子が元気に育った確かな証拠だった。
お腹が大きくなるに連れて周囲の過保護ぶりもさらにヒートアップしていた。
ノアによって部屋の中でことが足りてしまうように、衣食住が整えられていた。そして常に隣にはノアが居る。
「⋯⋯大丈夫? 寒くない? 温かいお茶入れ直してもらおうか?」
「ふふ、大丈夫ですよ」
常に気を使い声をかけてくるし、ちょっと動こうとしても付いてくる。といった具合に普段の倍以上の過保護っぷりを見せていた
だが過保護っぷりはノアだけでもなかった。
待ったなしで現れる魔物のせいで、「なぜ今なんだ!」と怒りながらも討伐に駆り出されることになっても、王城の包囲網は完璧だった。
ミラが「少し動きたいな」と部屋から一歩踏み出し廊下を歩けば誰かとすれ違う。
「あ、ミラローズ妃殿下。どうされました? 少しお話しながら散歩しましょうか」
と騎士とすれ違っても、
「あれ、ミラお姉様。ちょうどお話したいと思っていたんです!」
とシャルロットに出会っても⋯⋯他にも⋯⋯必ずと言っていいほど誰かに会い、気が付けば部屋に戻されてしまうのだった。
部屋にいればクロエにお茶や本を持ってきてくれたり、快適に過ごせるように周りを整えられていたり。本当に部屋の中で完結してしまう日々を送っていた。
「⋯⋯過保護が過ぎますわ⋯⋯本当に、1歩も出られませんわ」
愛おしい我が子がのいる、ふっくらとしたお腹を優しく撫でながら、ソファに座り苦笑を漏らしながら、呟くのだった。
だが、そんな賑やかで幸せな日常は終わりを告げる。――突如、ミラは身体をビクッと小さく震わせた。
(⋯⋯え? ⋯⋯あれっ?)
痛い⋯⋯訳ではない。けれど、これまでに毎日もらってきた、満たされていたはずの魔力が信じられないスピードで、ゴソッと引っ張られ吸い上げられていく感覚がミラを襲う。
(魔力が⋯⋯足りない⋯⋯っ?!)
生まれる直前の魔力の核が完成しようとする赤ちゃんの急激な魔力の吸い上げに、ミラの母体を襲う。
「ミラ様?! どうかされましたか?!」
傍にいたクロエが、真っ白に青ざめガタガタと震え始めたミラに気がつき、声をあげる。
だがミラは答えることも出来ずに、魔力が一気に枯渇し、意識が遠のいていく感覚の中で、必死な呼吸を繰り返すことだけが精一杯だった。
その時、バンッと扉が開かれ、討伐を終えたノア入ってくる。
「ミラ――!!」
すぐさまぐったりとソファに倒れ込んでいるミラの元へ駆け寄った。
ミラは薄れつつある意識のなかで、かろうじてノアを捉えるが、声も出せずグッと耐えることしかできないでいる。
そんなミラの様子に、最大の絶望感が襲う。それでも先程の討伐で得た魔力を流し込むため口付けをする。
――ん⋯⋯っ。
触れ合った唇から、ノアの魔力が流れ込む。漆黒に染まりかけていたミラの視界が開く。ミラは薄らと目を開けた。
「⋯⋯ノ、ア⋯⋯様⋯⋯?」
「ミラっ! よかった、気がついて――」
ミラ自身の必要とする魔力と、生まれてくる赤ちゃんの必要とする魔力にはまだ及んでいないようで、ミラは取り戻した意識を保つことだけが精一杯だった。
(クソッ⋯⋯さっきのやつだけじゃ、足りないだとっ?! ミラを俺は絶対失うなんて嫌だっ!)
「⋯⋯ミラ! 」
かつてないほどの無力感と最愛の妻を失うかもしれない恐怖がノアの脳裏を埋め尽くす。
「――ノア! ミラ!」
「――ルーカス⋯⋯っ」
視界の端で慌ててやってきた、ルーカスを捉えたとほぼ同時にノアの脳裏にある『失いたくない』という想いに答えるかのように、今までとは比べ物にならないくらいの最大の魔力が爆発する。
激しく吹き荒れる魔力を反射的にルーカスはスっと鎮め、
「――っ⋯⋯ノア! 早くそれをミラにあげろ!」
と叫んだ。
ルーカスに言われ、ノアはそれをミラに流し込む。今までよりも濃密で、最大の魔力がミラを満たしていく。
ルーカスもその様子を見つつも、冷や汗をかきながら、その場にしゃがみこんだ。かつてない程のノアの魔力相手にはさすがにルーカスも力をほぼ使いきっている。
でも、これでミラの危機がだしてくれることを願い、自らの意識を保つ。
ミラの身体に最大の魔力が流れ込み、魔力が信じられないほどに満たされていく。
「――っん⋯⋯あ⋯⋯っ」
「「――ミラ!!」」
魔力が満ちて、完全に意識を取り戻して声を上げたミラの声に、ノアとルーカスはほぼ同時に声をあげた。
そんな2人の声にミラは反応しようとしたその瞬間、お腹に波打つ感覚と突き刺すような痛みが襲う。
「――っ!!」
魔力枯渇の危機を脱した、その瞬間、新しい命の誕生を告げる、激しい陣痛が始まったのだった。




