37.足りない魔力
現王太子アルトの執務室。
アルトとその右腕となったルーカスが仕事をこなす中、大きく音を立て扉が開いた。
「⋯⋯また、ですか。ノア殿下。毎日毎日⋯⋯」
ルーカスは入ってきた人物を認めると、いつもの呆れ顔で、流そうとするが、入ってきたノアの顔に見たことの無いほど蒼白で、焦りの色を孕んだ瞳を浮かべていた。
「⋯⋯下がれ。全員、今すぐこの部屋から出ていってくれ」
ノアは部屋の中にいた、文官や補佐官たちに低く地を這うような声で静かに命じる。その声に文官たちはピクリと反応示し脱兎のごとく慌てて部屋から退出して行った。
パタンとドアが閉まり、室内に残る3人にの間に静寂が訪れる。
沈黙を破ったのはアルトの声だった。
「⋯⋯兄上? どうしたわけ? そんな怖い顔して⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯医者に、ご懐妊だと言われた」
ノアの放った、言葉に再び沈黙が訪れる。2人の思考が停止する。
「え、おめでとう。兄上――」
「は?」
アルトの反射的な喜びの声と、ほぼ同時にルーカスの冷たく怒りを含む低い声が響く。
ルーカスが持っていたペンを落とし、鋭い眼光でノアを睨みつける。
「⋯⋯お前、だから程々にしろって言っただろ⋯⋯! ミラの状況わかってんるよな?! 自分の身体の魔力も維持できないミラに⋯⋯何してんだよ、バカ王子め⋯⋯」
「⋯⋯わかってる、だから焦ってる。ごめん」
ノアがいつになく弱気な表情で、義理の兄となったルーカスに向かって素直に頭を下げた。いつもなら言い返すはずのノアのそんな姿に、ルーカスは握りしめていた拳を解とその手で顔を覆うと、ハァ⋯⋯と深く大きなため息を吐き出した。
「兄上、ルーカス、二人とも一回落ち着いて⋯⋯っ」
アルトが慌てて二人の間に割って入るが、ノアは真っ直ぐにルーカスを見つめたまま、声を絞り出すように続けた。
「⋯⋯謝って済む話ではないのは分かっている。だが、私はミラも、お腹の子も、どっちも絶対に諦めたくないんだ。先ほど、医師に宣告された。このままお腹の子が育って大きくなっていけば、かなりの魔力を消費すると⋯⋯。ミラの体の方が保てなくなるって」
ノアは強く拳を握り締め、その拳を震わせながら言葉を絞り出す。
「提供するには、『魔力提供』だけで魔力を繋いでいくしかないんだ。もうひとつの方法はするわけにいかないだろ。だから、俺にはどうすれば口付けだけで、あの深い方法の時以上の、普段以上の膨大な魔力を注ぎ込めるのか見当もつかない。⋯⋯お前なら、濃密な魔力についてわかるんじゃないかと思って。頼む、知恵を貸してくれ」
ノアの必死な訴えを聞き、ルーカスは腕を組んで険しい表情で考え込んだ。
二人が深い行為をしていたことは把握していたし、だからこそ「程々にしろ」と注意していた。
妊娠によってその一番効率のいい手段が封印され、通常のキスしか手段がないという現状。なのに減少の病の魔力消費スピードは想定を超えて凄まじい。
(なるほどな⋯⋯。深い方法がダメで、キスだけじゃ足りない、か。ミラ自身も魔力を必要としているからこそ、余計に取られる妊娠には今のままでは追いつかないってことか⋯⋯)
「⋯⋯ノア、俺だってミラも、姪だか甥だかの両方死なせるつもりはないからな」
ルーカスは瞳の奥に鋭い光を宿し、すぐにその『優秀な頭脳』をフル回転させ始めた。どうすれば口付けだけで、あの深い方法の時を遥かに凌駕するほどの濃密な魔力をミラに注ぎ込めるのか。
(キスだけで、普段よりも濃密な魔力、ね……。ノアの魔力の濃密度あげる方法なんてひとつしか⋯⋯。――あ)
その時、ルーカスの脳裏にかつて討伐の際に暴走した魔力を自分の魔法で鎮静化させ、ミラに提供させた時の光景を思い出した。
「⋯⋯ノア。お前、以前に魔力暴走を起こした時の、あの限界まで高まった濃密な魔力を、俺が鎮静化させて流した時、あの時のミラは長い時間、安定してただろ」
「なっ⋯⋯あれは⋯⋯そんな簡単にあんな状態になれるか! 」
「あの状態を、作るんだよ」
ノアの真っ当なツッコミに対し、ルーカスはニヤリと、何かを思い出したように悪巧みをするかのように笑った。
(そういえば⋯⋯以前、アルトがミラにちょっかいを出した時、ノアのやつ嫉妬と怒りで暴走寸前までブチ切れてたな⋯⋯)
ルーカスは解決方法に気がついてしまうとどんどん楽しくなっていく。その楽しさを隠すこともせず、ニヤニヤと笑う。
「なるほどな。ノア、今すぐお前を本気でキレさせればいいんだ。⋯⋯アルトちょっと手伝え」
「ええっ!? 僕、兄上に殺されちゃうよ!?」
「大丈夫、俺がどうにかするって〜♪」
楽しくなってるルーカスは指先でペンをクルクル回し、アルトへ協力を仰ぐ。
「えぇー、ルーカス冗談じゃないよ⋯⋯、兄上を本気で怒らしたら⋯⋯」
「大丈夫、大丈夫〜。俺の魔力をお忘れかな? アルト殿下?」
完全に悪ノリ状態のルーカスは、ニヤけが止まらない。そしてノアにだけでなくアルトに対しても煽るような口調で話した。
「⋯⋯おい、ルーカス。俺をお前何するつもりだ」
「もちろん、あの濃密な魔力を引き出すに決まってんだろ〜。以外にも簡単に引き出せるから〜。⋯⋯よしアルト⋯⋯」
「えっ?! ⋯⋯ミラ義姉と呼べ?! 無理に⋯⋯わ、わぁぁーー!!」
ボソッと悪巧みをするルーカスに頼まれて、声にだして否定すると、ピキっとノアが反応する。鋭く睨まれ、空気がズンと重くなる。アルトはそのノアの魔力に怯える。
(おっ、この調子〜♪ もうちょっとかな〜)
「⋯⋯ノア、お前ではミラを守れないようだから、俺が家連れて帰って付きっきりで看病するから、お前はその魔力使ってしばらく討伐でも行ってこい。俺がミラの助けになるから〜。もしかしたら、似た魔力を持つ俺の方が、ミラは安定するかもだし〜⋯⋯」
ノアの最大の地雷――『ミラが誰かに奪われること』と『ミラと離されてしまうこと』
それを完璧に踏み抜いていく。
隣でアルトは「わぁぁー!ルーカス!」と怯えているが、普段からこの兄弟に振り回されているのでノアを煽りつつもアルトと焦る様子にすら楽しんでいた。
ルーカスの煽りに、ノアの瞳が完全に嫉妬の炎に燃える。
「⋯⋯ミラを連れて帰るだと? 自分が提供するだと? ふざけるなよ⋯⋯ルーカス! いくら兄だからと言ったって許さない!」
ドンッと、ノアの身体から、部屋中がミシミシと音を立てるほどの凄まじい溢れる魔力が吹き荒れる。
「ひぇぇぇ! 兄上が本気でキレたぁぁ⋯⋯っ!!」
アルトは悲鳴をあげ、即座にデスクの陰に隠れる。
しかしルーカスは暴走の嵐を前にして、フッと満足気に笑っただけだった。
「おー! これこれ。この魔力だよ」
そう楽しそうにいいながら自らの魔法を展開し、その嵐の魔力を綺麗にコントロールし、ミラへ提供出来る純度へと鎮静化させた。
「ほら、これで極上の魔力が完成〜! 早くミラの所へ行って提供してこい」
「⋯⋯⋯っ、ルーカス、覚えてろよ!」
ノアは怒りに髪を逆立て、ルーカスを睨みつけながらも、濃密になった魔力を孕んだまま、ミラの元へと弾かれたように猛ダッシュで部屋を飛び出していった。
嵐が去り、静まり返った執務室で、パタン、と大きな音がしてドアが閉まる。
「⋯⋯はぁ〜⋯⋯ルーカス、僕本当に死ぬかと⋯⋯」
「いやぁー、いい魔力だったなぁ。これでミラは等分安心だろう。⋯⋯それにしてもなんかスッキリしたなぁー。これはあいつの毎日の惚気聞くのと引き換えに発散出来るな。これからしばらくはアイツがキレる度にミラの命繋げられるならいいものだな〜」
ルーカスにとっていつも聞かされる惚気のいい発散方法として見出してしまったのだった。最高に楽しい気分にさせて貰えた。
今後しばらくの間が楽しみになっていったルーカスであった。




