表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/47

35.お披露目夜会

 婚姻後、初めてとなる公式の夜会。それは二人の正式な『お披露目夜会』だった。控え室で、ミラローズはいつも以上に豪華で気品あふれるドレスに身を包み、緊張で胸がいっぱいになっていた。

「本当にお美しゅうございます、()()()()()()殿()()

「ひ、妃殿下……っ!?」

 お仕上げの髪飾りを留めながら、侍女のクロエが恭しく頭を下げてそう微笑む。

 突然の響きにミラローズが大きく肩を跳ね上がらせると、クロエはクスリと楽しそうに悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「だってもう、ミラ様は正式に婚姻されて、妃殿下になられたのですよ?(笑)」

「も、もう、クロエ⋯⋯っ! からかわないでよ⋯⋯! それに、いつも『()()()』でしょ?!」

「ふふ、お披露目の夜会ですので、ついからかいたくなってしまいました。⋯⋯本当に綺麗ですよ。自信を持って行ってらっしゃいませ、ミラ様」

 幼い頃からずっと一緒に過ごし、病の苦しみも一緒に戦ってきたクロエだからこその、愛のあるからかい。そのいつもの笑顔のおかげもあり緊張が少しだけ解れた。

 そんなクロエに見送られ、会場へと向かった。

 入口の扉の前でルーカスとノアが喋っていた。

「――ノア殿下。もう一度申し上げますが、本日はお二人の『お披露目』の夜会です。いいですか、絶対に公衆の面前でのイチャイチャとしたりすることと、のろけを撒き散らしたりしないでくださいね?」

「ルーカス⋯⋯。お前はなぜ、私の隣にそんな張り付いているんだ。邪魔だ、少し離れろ」

「離れられるわけがないでしょう。陛下から直々に『あいつは絶対に夜会でイチャイチャして騒ぎを起こしそうだから、お前が唯一のブレーキ役としてそばで見張っていてくれ』と直々のご命令なのですから」

 ルーカスは完璧な騎士の礼を執りながらも、からかうように口元を緩めた。

 国王陛下は、ノアの『重度な妻溺愛』は重々把握済みで、夜会の格式を守るためにはノアの暴走(のろけ、イチャイチャの暴走の方も含め)を唯一止められるルーカスへ直々に呼ばれてお願いをされていた。

「私は妻を愛しているだけであって――」

「あー、はいはい、それ以上は結構です。その冷徹な顔のまま今からのろけようとするのはおやめください。⋯⋯あ。ミラローズ⋯⋯妃殿下、お美しいですね」

 振り返ったノアの瞳が、ドレス姿のミラローズを捉えた瞬間、とろけるような甘い熱を帯びる。

「可愛いよ、ミラ。世界で一番美しい⋯⋯」

「ノア様⋯⋯っ。あ、あの、リュカも?」

 ノアが早くもミラローズの手を取って指先に口付けを落とそうとするのを、ルーカスが「ほら言った傍からこれだ。手を握るまでにしてください、殿下」と、にこやかに笑みを浮かべ握る手をスルッと離させた。

「はぁ⋯⋯。ミラも、こいつのこと止めてくれよ? 」

「ふふ、わかりましたわ、お兄様」

 公の場としての礼儀は保ちつつも、どこか楽しそうな兄とノアの掛け合いに、ミラローズの心からはすっかり緊張が消え去っていた。

「さあ、行こうか、ミラローズ」

「はい、ノア様⋯⋯!」

 ノアが優しく差し出した腕にそっと手を絡め、ミラローズは新しい立場、新鮮な日々へと、力強く一歩を踏み出すのだった。

「ノア・エヴァンズ殿下、ならびにミラローズ妃殿下、ご入場です!」という大声が響き渡り、会場の扉が開く――。

 貴族たちの歓声と拍手に包まれながら、ノアにエスコートされて一緒に入場したミラローズは、王家専用に用意された一段高い壇上の席へと着席した。隣には、愛おしそうな視線を隠そうとしない夫のノア。そして二人の真後ろには、微動だにせず冷徹な騎士の顔のルーカスが控えている。

「ミラ、ドレスは苦しくない? 喉は渇いていないか? もし何かあれば、すぐ私に言ってくれよ?」

「ふふ、大丈夫です、ノア様。ありがとうございます」

 席に着くや否や、周囲の目を気にすることなく、優しい低音美声でミラローズを気遣うノア。

 すると、真後ろから、表情一つ変えない『完璧な臣下』の姿勢のまま、ルーカスが小さな声で囁いた。

「――ノア殿下。まだ夜会が始まったばかりです。それ以上ミラローズに近づくのはやめてください」

「見せつけておけばいいじゃないか」

「その甘すぎる視線は目に毒です。私の目を潰す気ですか? 」

「⋯⋯義兄さんは、相変わらず冷たいね」

「今、その呼び方はやめてください。現在はあなたの護衛です、ノア殿下?」

 ルーカスはサラりと小言を言いい、ミラローズがクスッと小さく笑みを漏らす。

 そんな彼らから少し離れた王家側の並びには、現王太子のアルトと、その婚約者であるシャルロット・ソレントが並んで座っていた。

 アルトとシャルロットがこちらに気づき、上品に微笑みを浮かべそっとこちらの席へと近寄ってきた。

「ミラお姉様、改めてご婚姻おめでとうございます! 今日のドレス、本当に綺麗で見惚れてしまいました!」

「ありがとうございます、シャルロット様。シャルロット様のその鮮やかなドレスも、とてもよくお似合いで素敵です」

「ふふ、嬉しいです。アルト殿下と一緒に、ミラお姉様の……あ、これからはミラローズ妃殿下ですね。お美しいお姿を一番近くで見られて、私も幸せですわ」

 シャルロットが嬉しそうに目を輝かせると、アルトも楽しそうに、けれど少しだけ隣の兄の様子を窺うようにして相槌を打つ。

「本当に、兄上がミラローズ義姉さんを独り占めしたくなる気持ちがよく分かるよ。ねえシャルロット、僕たちも兄上たちに負けないくらい、仲良くお披露目されたいね」

「まぁ、アルト殿下ったら……っ(ポッと頬を染める)」

 ノアが一瞬だけ、冷徹王子の目で「ミラ」という響きに反応してピキッと魔力を放ちそうになり、後ろのルーカスが「おい」という、ノアにしか聞こえてないだろう程の小さめな声音でそれを制する。

 アルトは兄のその「怖〜い顔」と気配を敏感に察知して、内心で(危ない危ない、やっぱり絶対に『ミラ』なんて略して呼べない⋯⋯っ)と冷や汗を流していた。

 そんな弟たちのやり取りを横で見ながら、ノアがふっと誇らしげに胸を張った。

「アルト、仲良くするのは大賛成だが、私とミラの愛の深さには到底及ばないぞ。我が妻の愛らしさは、世界中のどんな宝石を集めても――」

「――ノア殿下。それ以上ののろけは、今は控えてくださいと何度も言ってますよね?」

 後ろのルーカスから、これ以上ないほど冷静で、少し怒りを含む笑みを浮かべ、その怖い笑顔を向けた。

 その笑顔には、ノアはビクッと震えつつも小さくチッと舌打ちをした。ミラローズは「ふふっ」と楽しそうに声を立てて笑ってしまう。

 夜会の歓談の時間が始まると、王家側の壇上の席へ、次々と貴族たちが挨拶へと訪れ始める。

 その中には――以前、恥ずかしさいっぱいのあのお茶会で、ミラローズと親しく言葉を交わした令嬢たちの姿もあった。

「ミラローズ妃殿下。この度はご婚姻、心よりお祝い申し上げます」

 令嬢たちはドレスの裾を美しく広げ、新しく王族となったミラローズへ、完璧な所作で最敬礼を捧げた。

 令嬢たちの瞳には、ミラローズへの心からの祝福と憧れが満ちている。

「ありがとうございます、皆様。⋯⋯今日は、皆様のお顔を見られて、とても安心いたしましたわ」

 ミラローズがふわりといつもの優しい微笑みを返すと、令嬢たちはパッと表情を明るくした。

 周囲に聞こえないほどの小さな声で、「ノア殿下と本当にお似合いです」と、悪戯っぽく、けれど温かい囁きがミラローズに届けられる。

 そんな中、会場では華やかな音楽が鳴り響き、ダンスの時間が始まった。

 お披露目夜会の主役である二人がファーストダンスを踊るのを、今か今かと周囲の貴族たちが期待の眼差しで壇上を見つめている。

「ミラ、ダンスの時間だが、本当に踊るのかい? 万が一、体調に障るようなことがあれば一大事だ。大人しくここに座って――」

「ノア様、大丈夫ですよ。せっかくのお披露目夜会ですし、皆様も楽しみにしてくださっていますから、1曲だけ⋯⋯ね?」

 ミラローズがそっとノアの手を握り、上目遣いで優しくおねだりする。その可愛らしさにノアの理性がグラリと揺らいだ。

 すかさず、その揺らぎを見逃さず、後ろに控えていたルーカスが表情一つ変えないまま囁く。

「――ノア殿下。1曲目は一番テンポの緩やかな曲を演奏するよう、楽団には手配済みですよ。1曲だけ、ミラの願いを叶えて差し上げてください」

「⋯⋯はぁ、1曲だけだからな」

 渋々といった様子で立ち上がったノアは、ミラローズの手を取り、フロアの中央へとエスコートした。

 二人が位置につくと、美しく穏やかな旋律が流れ始める。

 ノアの、無駄のない洗練されたステップ。そして王族の妃としての気品を纏ったミラローズ。二人の息の合った美しいダンスに、会場中の貴族たちから感嘆の息が漏れる。

「ミラ、本当に無理はしていないかい?」

「ふふ、はい。ノア様のリードがとてもお上手なので、全然苦しくない――」

(⋯⋯あれ?)

 一瞬、胸の奥がキュッと締め付けられるような、奇妙な違和感が走った。

 痛いわけではない。けれど、ノアの『薬(魔力供給)』のおかげで、ここ半年は一度も感じたことのなかった、体が奥底から急激に熱くなるような、不思議な火照り。

(⋯⋯この感覚⋯⋯最近、時々感じる違和感と同じ⋯⋯?)

 新婚初夜の朝の満たされた魔力の感覚とは違った、ここ最近の違和感は満たされているようで何か不思議な感覚⋯⋯でも、それはノア様の止まらぬ愛のせいだと思っていた。

 けれど、ステップを踏んで体が動いたことで、その違和感がハッキリと胸の奥で疼き出す。

 まるで、自分の体の中にある魔力が、何かに向かって「きゅっ」と強引に引っ張られているかのような――。

(まさか⋯⋯『減少の病(エンプティ・コア)』に、何か異変が⋯⋯!?)

 脳裏にそんな予感が過ぎった瞬間ビクッと震え、あの、余命一年と言われていた時の、恐怖で、ミラローズの背中に冷たい汗が伝う。

「ミラ? どうしたんだ、⋯⋯やはりどこか体調が悪いのか?」

 ノアがすぐにステップを緩め、本気で心配する声で顔を覗き込んでくる。

「い、いえ! なんでもありませんわ。ノア様が、格好良くて⋯⋯少し見惚れて、のぼせてしまったみたいです」

「そうか⋯⋯? ならいいのだが、終わったらすぐに席に戻って休もう」

 ミラローズは大切な夜会を台無しにしないよう、必死に誤魔化して愛らしく微笑んだ。だが、胸に手を当て、ドレスの奥の自分の心音を静かに確かめずにはいられない。

(気のせい、ならいいのだけれど⋯⋯。ここ最近感じていた違和感は、一体⋯⋯?)

 胸の奥に拭いきれない大きな不安を宿しながらも、ミラローズはノアに優しくエスコートされ、大きな拍手に包まれながら壇上の席へと戻っていった。

 その後も夜会はつつがなく進行する。

 美しい音楽が鳴り響く中、多くの貴族たちが新しく誕生した『ミラローズ妃殿下』の元へと挨拶に訪れる。ノアは少し心配そうな目で見つめ、一瞬たりともその手を離そうとはしなかった。後ろに控えるルーカスが、ノアの発言に対し、時折からかいを含んだ小言を囁きつつも、完璧な護衛として二人を影から支え続けた。

 やがて、会場の時計が深夜の訪れを告げる。

 家令の手によって、夜会の終わりを告げる厳かな鐘の音が会場中に響き渡った。

 光に満ちた華やかな宴は、惜しまれつつも静かに幕を閉じていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ