33.避難ののろけとノアの優秀な頭脳
アルトの執務室。
静かに書類を読みペンを走らせ仕事をする、アルト殿下とその秘書官ルーカス。
そこへノック音が響くと共にドアが開いた。
「ルーカスー! 聞いてくれ」
「⋯⋯ノア、また来たのか。毎度毎度、ノックしたそばから入るのやめてもらえます?」
「⋯⋯あぁ、でさ、聞いてくれよ。ミラがさーー」
ノックもそこそこに叫びながら入ってきたノア。と同時にルーカスの指摘を華麗に流して始まるのろけ。そんな彼をもわかっているようにしれっと声をかける
「はいはい、そんな暇なら、これをどうぞ。⋯⋯手伝え」
ノアはルーカスから受け取り、彼へ向けてブツブツとのろけをノンストップで喋り散らしながら、渡された書類へ目を落としはじめる。
「⋯⋯でね、ミラが本当可愛すぎて、ちょっと未だにさキスするのも照れてて可愛いし⋯⋯あ、お茶してた時も、お菓子食べながら『ノア様もどうぞ』って差し出してきたんだ。⋯⋯可愛くて」
ルーカスはペンを動かしながら、ノアの言葉を「半分聞き流す」体制に入った。
(よし、惚気モードに入ったな。⋯⋯でもその優秀な頭は使わせて貰う)
毎日一緒にやってきていた頃からもそうだし、婚姻後も毎日一度はこうして来るので、このノアの扱い方を、ルーカスは完全にもう熟知していた。ノアが喋るのは9割はただの惚気だ。だが、残りの1割に紛れ込む『元王太子の本質』を、ルーカスは絶対に聞き逃さないよう、全神経を集中させていた。
「─ ─で、可愛くて。あの上目づかいとか、本当可愛すぎて俺の理性がグラッと。あの目は本当に天使? でも、耐えて⋯――あ、アルトここ間違えてるぞ。――それであとはさ、膝上で本を熱心に読んでて――」
「え、?」
アルトのペンがピタリと止まった。
今、のろけの中でなんか、指摘されていなかっただろうか。
アルトには慣れない突然の指摘に驚いて聞き返すことはできなかったのだが、ルーカスはしっかり聞き漏らさずにすかさず拾った。
「⋯⋯ノア、今なんて?」
「え? だからミラがさ、膝の上で熱心に⋯⋯」
「おい、どこが間違えてるって?」
「あぁ、書類の話ね、ここ、おかしい。辻褄が合わないから。⋯⋯今年は東部の方は不作で―――だから特例条件見直しした方がいい。⋯⋯それでミラがさ⋯⋯俺の膝の上で本読んでるんだけどさ、」
(うん、膝の上なのはお前が勝手に毎日、膝の上乗せているからだよな。⋯⋯のろけてても指摘は相変わらず正確だな。さすが元王太子)
ちょっとたまにのろけに心の中では突っ込みを入れつつもルーカスは仕事の手は止めずペンを走らせ、指摘された条件を書き加え、アルトの方へと流す。
「うわっ、本当だ、ありがとう兄上。⋯⋯って、もうのろけ話に戻ってる?!」
「――読んでるんだけど、その集中する顔も可愛くて⋯⋯、それがさ?」
アルトは礼を言ったもののもう聞いていない(いや聞いてはいる)、ノアののろけがすぐに始まることに驚愕(いつ聞いてもまだアルトは慣れてない)していたその時だった。
トントン、と控えめなノック音が響く。
「どうぞ」っと声かけつつもルーカスはノアの話を聞いている有能さにも驚きをアルトでさえも隠せない。
「⋯⋯追加書類ををお持ちしました」
惚気話をしつつも、入ってくる文官に冷徹と恐れられていた視線を向け一瞥すると、またブツブツと喋っているノアにビクリと肩を震わせる。
「⋯⋯それでな、俺にも関わることだからなんかもう余計可愛くて?⋯⋯そんなのに手を出してみ? 怒られるの、それすらももう可愛い⋯⋯」
(あ、またノア殿下はルーカス殿にのろけに来ているのか⋯⋯っ)
ルーカスは、文官がビクリと震わせるのも、見ながら苦笑を漏らしつつも、こののろけ王子の話を聞いていることに関心されていて生暖かい目を向けられているような気がすると気が付きつつも気づかないフリをしていた。
「⋯⋯はいはい、左様でございますか。ミラはたしかに可愛いですよね。⋯⋯あ、その書類お預かりします。ご苦労さまです」
ルーカスのあまりのスマートさに文官は(ルーカス殿⋯⋯さすがだっ)と驚く。
「⋯⋯お願いします」
一礼して、足早に文官は去っていった。ノア殿下がいる時は邪魔してはならないと実は暗黙のルールが文官たちの中で敷かれていることは、文官たちしか知らない話⋯⋯だった。
静かにパタンとドアが閉まる。
と、同時に冷静沈着な鉄面皮な笑顔を剥がし、のろけを続けるノアに向け冷ややかな視線を向けて言った。
「⋯⋯お前、いつまでここで惚気ける気だ。そろそろミラのところに帰れ。ミラも寂しがってるんじゃないか?」
「⋯⋯なんだ、双子の感と言うやつか? 義兄さん。まぁ、そろそろ戻るか。お陰で冷えたし。じゃ、義兄さんまたね〜」
「⋯⋯義兄さん言うんじゃねぇ! 」
ルーカスの怒り?の声を背に聴きながら、楽しそうな笑みを浮かべて去っていった。
「⋯⋯ルーカスは、兄上のあの惚気の扱い方上手いね」
「⋯⋯ずっと、あれ毎日聞かされながらやってきたからな」
静かになった執務室で2人は苦笑を漏らしながらも仕事へと切り替えて行くのであった。




