32.甘々な女子トークとノアの帰還
ノアとルーカスが並んで部屋を出て行って、すぐのこと。
二人が去ってすっかり静まり返った室内で、ノアに下ろされて座っていたミラは私室のソファに腰掛けたまま、ハァ⋯っと大きな、ため息を漏らしていた。
本当に、足腰に力が入らなくて立てない。おまけに、ほんの少しだけ腰が痛む。
昨夜、正式な夫婦となった途端、理性が大爆発したノアに朝方まで愛されすぎたせいで、ミラの体には新婚初日ならではの甘い疲れがしっかりと残ってしまっていたのだ。
「うぅ⋯⋯ノア様のバカ⋯⋯本当に立てないなんて⋯⋯」
ミラが真っ赤になってソファの上で一人、嘆いていると、ガチャ、と静かに扉が開いた。
「フフ、本当にノア様の、ミラ様の可愛がりすぎは困りましたわね」
「ひゃっ⋯⋯!? ク、クロエ⋯⋯っ!?」
二人が討伐へ向かったことをミラによく付いていた護衛に知らされて新しい着替えのドレスとお茶の準備を携えて、駆けつけてくれたのは、ミラの専属侍女であるクロエだった。
クロエはミラの伯爵令嬢時代の幼い頃からずっと仕えてくれている、世界で一番ミラのことをよく分かっている理解者である。そんなクロエは、ミラの可愛らしい呟きを全てバッチリと聞き届けており、楽しそうに「フフッ」と声を漏らしながら部屋へと入ってきたのだ。
「⋯⋯っ! 聞いてたの⋯⋯っ!?」
「えぇ、最初っから、バッチリ聞いていましたわ」
「⋯⋯うぅ〜⋯⋯」
ミラは恥さのあまり近くにあったクッションに顔を思いっきり埋めて悶絶する。クロエはそんな愛らしい主人の様子にさらに目を細めると、「ミラ様、大変でしたわね。さあ、身だしなみを整えましょうか」と、新しいドレスを広げた。
「う、うん、ありがとう、着替え自分で⋯⋯っ」
いつも手伝ってもらう着替えも何となく恥ずかしくて、「自分でやる」とパジャマのボタンを自分で外し、がんばって着替えを進めようとする。そんな健気な主人の可愛い抵抗を優しく笑いながら、当然のようにいつも通りにお手伝いを始めるのだった。
「――っ、いっ、た⋯⋯っ」
脱いでいく過程で立ち上がろうとしたが、下半身に力が入らず、ずきりと走った腰の痛みにミラは思わず顔をしかめてソファに引き戻されてしまった。
「もう、無理をなさらないでくださいね、ミラ様」
結局、クロエにいつも通りに手際よく、けれどいつも以上にミラの体をいたわるように脱ぐのをお手伝いをされ、ドレスを着せてもらうまさにその瞬間、クロエの視線がピタリと止まった。
ミラの白い素肌には、昨夜ノア様に朝方までこれでもかと激しく愛された証拠として、バッチリと刻まれた愛された跡がいっぱいに刻まれているのを目撃したのだ。
ピタりと止まっ視線を追いミラも自然と身体に向き、その跡に恥ずかしさに顔を覆う。
優しく「ふふっ」っと笑うクロエによってミラは服が着せられていった。
その後ミラは髪を優しく梳かされ、身だしなみを整えられる間も恥ずかしさで顔を真っ赤にしたまま俯いていた。
「⋯⋯ノア様はこれまで、ご自身が離れる際に私をミラ様の元へ行くように仰ていたのですもの。⋯⋯ミラ様の可愛さにやられて限界だからと、自分が離れている間にでさえも、ミラ様を一人きりにさせたくない、何かあったら困るというお気持ちが本当に強かったのでしょうね。ミラ様を守る過程で、ノア様がどれほど必死に『我慢』を重ねていらっしゃったか、私、なんとなく察しておりましたわ。ですから、正式に夫婦になられた途端にアクセル全開で大爆発することくらい、最初からお見通しでしたわよ?」
「う、うあぁぁ⋯⋯っ! そこまでクロエに気が付かれていたなんて⋯⋯っ!」
ノアが自分の理性の限界と戦いながらも、「自分が離れている間に、ミラに何かあったら困るから絶対に一人にさせない」という、どこまでも自分を大切にしてくれる深い本気の気遣いをしてくれていたこと。そして、それをクロエに全て察されていたことを、全て知ってミラは恥ずかしさのあまりさらに真っ赤なる。
「本当に、ノア様もルーカス様も、ミラ様のことになると途端に理性がどこかへ行ってしまいますものね。⋯⋯そういえば、ミラ様。国内トップクラスの癒し魔法お持ちなのですから、ご自身の腰の痛みをサッと癒やしてしまえばよろしいのに」
クロエが冗談めかしてそう告げると、ミラは不満げに両方の頬をぷくーっと膨らし、拗ねたような口調で言う。
「⋯⋯だって私、癒やし魔法⋯⋯自分に使うのは苦手なんだもの⋯⋯。使えなくはないけれど、完全には癒やせないの。それに、無理に魔法を使ったらすぐバレるわ。そしたら、ノア様にもリュカにも怒られちゃうもの⋯⋯」
「それはそれは。お二人の愛の檻からは、逃げられそうにありませんわね。でも、ミラ様がそれほどまでに愛され、お体も健やかになられたのですから、私はこれ以上嬉しいことはありませんわ」
ようやく綺麗なドレスを着せてもらい、身だしなみを整えてもらったミラは、クロエに楽しそうにクスクスと笑われながら、差し出された温かいお茶を飲んで、ようやくふぅ、と小さく一息を吐き出すのだった。
その時だった。
バンッとドアが開き2人の男が入ってきた。
「ミラー! ただいまっ」
入った瞬間からもうミラのことしか見てませんと言わんばかりに一直線にミラの元へやってきて、妻の横に腰掛けてぎゅ〜って抱きついた。
帰ってきすぐに来たかったが、戦闘服のままで最愛の妻に抱きつくのは嫌だったため、しっかり着替えだけは済ませてすっ飛んできたのだった。
しかも自分だけ着替えてルーカスには着替えの余裕もなく引っ張って連れてきたのだ。その理由もミラが兄の無事も確認したいだろうから。
「大丈夫? 何も無かった??」
「おかえりなさいませ、ノア様。大丈夫ですよ、何もありません」
ミラの「大丈夫」という言葉に安堵の息をため息をもらし、抱きしめていた手を離し、いつものように膝に乗せようとしていた。
――だが、
「ふぇ?!――ひゃっ!」
手を離されたと同時に、引き寄せられていて傾いた身体が、力の入らない腰のせいで倒れ込んでしまう。
ボスッとノアの膝の上に倒れ込み、膝枕状態となった。
想定外の至近距離にミラローズを見下ろす形となったノアは、胸の内で(あ、これはこれでおいしい展開⋯⋯いいや今日はこのままにしていよ〜)とそのままミラの髪を梳きながら満足げな顔をするのだった。
「ノ、ノア様?! リュカもクロエも見てますよ?! 起こしてください!」
「⋯⋯ダメ。今日はもうこのままでいて。これはこれで癒されるし、キスも、何もしやすくていい、これ」
自分では起き上がれなかった(腰が痛くて)ミラは起こして欲しいとお願いしてみるが、却下されてしまった。
ノアは翻弄され「もぉー⋯」とちょっと怒っているような照れた顔のミラの、ほんのり赤くなっている頬にキスをした。
そんな様子を着替えもままならない状態で連れてこられ、見せつけられていたルーカスは、静かにこめかみを押さえ、
「⋯⋯ノア、本当に程々にしといてやってくれよ」
と、呟きをもらし、軽く手を振り仕事へと戻っていくのだった。
クロエも「まぁ、新婚そうそうお熱いです事〜」といいながら新しいお茶を2人分入れニコニコと去っていった。




