30.国随一の最高戦力
兄から「程々にしといてくれよ」と呆れ混じりに釘を刺さして、仕事へと向かうのを見送ったあとのこと。
ルーカスは自分の持ち場に戻り、王太子アルトの元で真面目に仕事をしていたのだが――。
その頃、私室にて義兄を追い出したのをいいこに、膝の上のミラをぎゅーと抱きしめこれでもかっと言うくらいイチャイチャ甘い時間を過ごしていた。
だが、またもトントンとノック音が響く。
「ノア殿下、失礼します」
返事をして通すとそこには国王陛下直属の侍従秘書官の姿だった。
「⋯⋯なんの用です?」
「国王陛下より、ノア殿下へ魔物討伐の要請にまいりました。王都近郊の森にて強い魔物が現れました。国内随一の魔力の持ち主である殿下にしかなし得られません。どうか出動お願いします」
国王陛下も百も承知のノアの底なしの魔力。圧倒的なその力こそ、国の危機迫る状況には最高戦力。国王陛下の勅命である。
国政書類は免れてもこれだけは、免れることはできなかった。
「はぁ〜⋯⋯」
ミラをぎゅーと抱きしめたまま、ため息を吐き大真面目にボソッと本音をもらした。
「⋯⋯今日は凄い邪魔される」
「ノ、ノア様?!」
朝は義兄さん、今度は国王陛下の侍従秘書官。せっかく本当に夫婦になれて、溺愛時間を満喫していたのに、邪魔が入ることにノアは不機嫌そうな顔をする。
仕事のお願いだということはわかっていが、どうしても本音がもれてしまうのだ。
ノアが要請を聞いている真っ最中のことだった。
静かに扉が開き、既に戦闘用の礼装を纏ったルーカスが入ってきた。
執務室で、別のものから討伐の要請を先に受けたルーカスはすぐに着替えを済ませ、ノアがゴネて動かないだろうと予測して、ノアの戦闘服をもって迎えに来たのだ。
その頼もしい相棒を捉えた瞬間、ノアの瞳は一人の王子としての冷徹な輝きを宿した。目の前の侍従秘書官へ静かに迷いない声で告げた。
「わかった、行く準備をお願い」
「はっ、」
侍従がノアの言葉に一礼し、準備のため部屋を離れていった。
侍従が離れていった瞬間、目の前でミラをホールドして動こうとしないノアに、呆れまじりの低めの声で戦闘服を投げよこした。
「⋯⋯ノア。国王陛下の直々のお願いだ。ほら着替えろ」
「わかってるよ⋯⋯」
ルーカスに服を受け取り、諦めたようにミラをソファに下ろして戦闘服に袖を通し始めるのだった。
ノアが自身のが着替えるまでの間、ルーカスはノアがまたミラとイチャイチャして逃げ出さないように、部屋の入り口のあたりで鋭い目を光らせながら、じっと見守って待っていた。
腰が抜けていて自力では一歩も動けないミラは、ソファに腰掛けたまま、ノアが目の前で迷いなく着替えていくその凛々しい背中をじっと静かに見つめていた。戦場へ向かう準備が整うに連れて、ミラの胸の奥には、不安と心配がじわじわと募っていく。
着替えを終え、目の前へ片膝をつきしゃがみ込んだノアに、ミラは不安を目に宿しながら、服の裾を小さな手でぎゅっと、縋るように心配そうに掴んだ。
「ノア様⋯⋯どうか、ご無事で、⋯⋯あまり、無茶はしないでくださいね」
かつて討伐で魔力暴走を起こした時は、その後1週間起きなかった過去があるからこそ、ミラの瞳には恐怖と不安の色が滲む。
そんなミラにノアの胸中は激しく揺れる。
(あぁー、本当に可愛すぎる⋯⋯。深く口付けて囲いこんでいたい⋯⋯)
しかし、ノアのログアウトを阻止するように入口で見守るルーカスのジト目で圧を感じる視線が刺さる。
準備が出来たと馬の手配に行った侍従からの連絡を受けとったルーカスが瞬時に真面目な顔に戻る。
「⋯⋯ノア殿下、準備が出来たそうです。行きますよ」
「あぁ、⋯⋯わかってるよ」
ノアは、ミラの肩を優しく抱き寄せる。兄による目があり、促されている状況に苦笑を漏らす。
「ミラ、大丈夫だよ。絶対に無事に戻ってくるから。ここが俺の居場所だしね? ⋯⋯行ってくる」
ノアは口付けを交わしたいところだが、そこはしっかり抑えて、ミラの頬に優しく誓の口付けをした。
「⋯⋯行ってらっしゃいませ、ノア様」
顔を赤くしつつも、笑顔で見送ってくれる。
そして、少し離れたところでノアを待つ兄、ルーカスへ視線を向ける。
「お兄ちゃんも行ってらっしゃい。⋯⋯気をつけて。無事に帰ってきてね」
「ミラ⋯⋯」
最愛の妹からの行ってらっしゃいの言葉に、ノアへ向けていたジト目を和らげ、兄としても頼もしく自信に満ちた顔で微笑んだ。
ミラの頭を優しく撫で、彼女の不安を消し去るように強く違う。
「あぁ、行ってくる。⋯⋯心配するな、今度はノアを暴走させないから。今度はちゃんとこいつを援助するから。約束だ」
「うん⋯⋯! お兄ちゃん、お願いします」
ルーカスの頼もしい誓いに、ミラは深く安堵してコクりと頷いた。
安堵の表情に、彼女に優しい兄の顔を向ける。
最愛の少女に誓いを立てノアとルーカスは並んで部屋を出た。互いの背中を預け合う唯一無二の相棒としての絶対的な信頼を瞳に宿し、最愛の少女が待つこの国を護るため、凄まじいスピードで戦場へと馬を駆り出していくのだった。




