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29.新婚初夜の朝

 柔らかな朝の光が寝室のカーテンの隙間から差し込む中、ミラはゆっくりと瞼を開けた。

「⋯⋯ん、⋯⋯」

 起き抜けに小さく息を吐き出し、ミラはハッと目を見開く。

 いつもなら、朝起きると身体の芯が冷えるような感覚と倦怠感があったはずだった。それが、今朝は嘘のように消え去っている。それどころか、身体の芯までぽかぽかしていて、かつてないほど濃密な魔力で隅々まで満ち満ちているのがはっきりと分かった。

(朝の、いつも感じていた倦怠感がない?! あの本の方法は凄かったんだ⋯⋯!)

 自分の命の器が満たされ、身体が羽のように軽くなっていることに、ミラは心からの喜びと嬉さを噛み締めていた。

 ――だが、その嬉しさに浸れたのは、ほんの一瞬のことだった。

(⋯⋯うわぁ、わっ、わぁぁぁー!!そうだ、ノア様とあんな恥ずかしいこと⋯⋯っ! )

 病気の気配が消え去った理由――すなわち、昨夜、正式な婚姻を結んだ直後にノアにベッドの上で朝まで何度も容赦なくその『キス以上の方法』を試された、恥ずかしい記憶が、怒涛の勢いで脳裏によみがえってきた。

 顔から火が出そうなほどの気恥ずかしさとパニックになりながらミラはベッドの上で枕に顔を埋めながら激しく焦る。

 ガチャ、と静かに寝室の扉が開いたのは、まさにミラがベッドの上で焦り狂っていたその時だった。

「⋯⋯っ。あっ⋯⋯ノア様っ! おはようございます! 」

 着替えを終えて部屋に戻ってきたノアの姿を目にした瞬間、ミラは心臓を跳ね上がらせ、慌ててベッドから出ようとした。ベッドの上から抜け出そうと、足に力を入れた、その時だった。

「へ⋯⋯? ――ひゃっ!?」

 ベッドから床へ足を下ろした瞬間、カクン、と膝の力が完全に抜けて、そのまま床へと崩れ落ちてしまった。昨夜、ノアに激しく愛されすぎたせいで、ミラの腰は完全に抜けてしまっていたのだ。

 床に激突する寸前、ノアの大きくて逞しい腕が、滑り込むようにしてミラの華奢な身体をしっかりと受け止めた。

 ノアは崩れ落ちたミラを軽々と抱き上げると、もう一度、ベッドの縁へと優しく座らせる。そして、また赤くなって小さく息を弾ませているミラの顔を覗き込み、端正な唇の端を甘く、少し意地悪そうに釣り上げてのけた。

「おはようミラ。⋯⋯ごめんね? 俺のせいだね」

 ミラはさらに顔を真っ真っ赤にして「わぁーーー!」とまた昨日の出来事が脳裏によみがえりパニックになった。

 ノアはミラのその様子をただ愛おしげにふっと目を細めると、ひょいっと軽々とミラを再び持ち上げた。そのまま寝室を出て私室のソファまで歩いてくると、自分がドサリと腰掛け、その膝の上へとミラを閉じ込めるようにして乗せる。

「……っ、ノ、ノア様……っ!? 動けないのは本当ですけれど、膝の上でなくても⋯⋯っ!」

「動けなくなったのは、朝までやりすぎた俺の責任だからね。だから今日は移動する時も、何するのも俺が連れてくよ。それで俺の膝の上にずっといればいい」

 ノアはそう言って、腕の中のミラをさらにギューっと力強く抱きしめた。

 それから、愛おしさが我慢できないといった様子で、ミラの白い頬へとチュっど甘い口付けを落とす。

(本当にかわいいなぁー。結婚してこんな幸せで、最高すぎる⋯⋯っ!)

 最愛の妻の見せるその姿に、甘やかしたくなる。

 ノアは愛おしげに低く笑いながら、ミラの柔らかな唇へと何度も優しく口付けを重ねていく。

 ひとしきりミラを甘やかし尽くした後、ノアは一転して一人の夫としての優しい眼光になり、朝から良さそうな雰囲気は感じでいたが、一応心配して声をかける。

「体調は? どう? 」

「⋯⋯いつもよりいいんです! 」

 ミラの大きな瞳が、これまでにないほど元気いっぱいに輝く。その嘘偽りのない嬉しい報告に、ノアはふっと口角を上げると、大真面目な顔のまま少し意地悪に目を細めた。

「そう? それならあの方法は正解だったんだね?」

「も、もうっ……!!」

 また昨夜のあの恥ずかしい出来事を引き合いに出されてしまい、ミラは顔を真っ真っ赤にして「もうっ!」とノアの膝の上で彼の胸をポカポカと叩き抗議する。ノアはそんな愛らしい妻の抵抗をくすくすと笑いなが受け止め、(ああ⋯⋯本当に、幸せだ⋯⋯)と、制限なしでミラを独占できるこの瞬間の幸福感に静かに浸っていた。

 トントン、と部屋の入り口から、聞き覚えのある静かなノックの音が聞こえたのは、そんな時だった。

「入るよ、ミラ? ⋯⋯ノア?」

 ガチャ、と静かに扉を開けて入ってきたのは、いつも通りミラの様子を見に来た兄、ルーカスだった。

 本当は新婚の2人を邪魔するつもりはなく、来るつもりはなかったが、やっぱり「最愛のミラ」の様子が気になってやってきたのだった。

 最初に優しくミラの名前を呼び、一緒にいるであろう、親友の存在はついで、と言わんばかりのあからさまな温度差のある声のかけ方だった。

 だが、部屋に一歩踏み込んだ瞬間、ルーカスの足がピタリと止まった。

 そこには、椅子に深々と腰掛けたノアの膝の上にすっぽりと乗せられ、これ以上ないほど甘い顔をしたノアに抱きすくめられている、最愛の妹の姿があった。

 ルーカスは、目の前のあまりにも甘々な新婚の光景にジト目を向けつつも、まずは妹の体を気遣うように声をかけた。

「ミラ、体調は?」

「⋯⋯凄くいいんです!」

 ミラの瞳が、これまでにないほど元気いっぱいに輝いていることに、その嘘偽りのない嬉しい報告にルーカスが少しだけ目元を和らげたのも束の間、ミラがノアとのやり取りを思い出してパニックになりながらも、そのピュアさゆえにありのままを正直に口にしてしまった。

「⋯⋯でも、動けなくなっちゃってっ! ノア様がっ、離してくれないんです」

 腕の中で真っ赤になってアタフタと訴えるミラを、ノアは離すどころか、これ以上ないほど愛おしげにぎゅっと抱きしめて、満足気にふっと笑っていた。

 ミラの様子を見て、ルーカスは(あぁ、本当に体調はかなり良さそうだな。⋯⋯本当に、あの方法を試したんだな)と深く納得した。ずっと見守ってきたからこそ分かる、ミラの元気になった姿。そして、それと引き換えに腰が抜けて動けなくなっているという事実。

 ルーカスは全てを理解すると、ハァ、と深い、深いため息を漏らしてノアを睨みつけた。

(⋯⋯こいつ、朝方までやりやがったな)

 一ヶ月間、毎日毎日自分のところへやってきては「ミラが可愛すぎて理性がもたない!」と頭を冷やしにきて、本当に式が終わるまで死ぬ気で我慢しきった親友。そのノアの執念を最初から承知の上だったからこそ、式が終わった途端に案の定大爆発して朝方までやり尽くしたそのクソデカい独占欲に、ルーカスは本気で呆れ果ててこめかみを押さえた。

「⋯⋯ノア、程々にしてやってくれよ⋯⋯」

 呆れた感じにそう釘を刺すルーカスを、ノアはミラの腰をぎゅっとホールドしたまま、どこ吹く風で不敵に目を細める。

「早く、仕事しにいけよ、アルト待ってるぞ」

「⋯⋯行くよ」

 用が済んだら早く職場へ行けと言わんばかりのノアのマイペースな追い出しに、ルーカスはもう一度深くため息を吐き出すと、まだ心配そうに何度もミラを振り返りながら、アルトの待つ王太子執務室へとようやく向かっていった。

 パタン、と部屋の扉が閉まり、再び二人きりになった室内。

 お茶を運んできた侍女のクロエも、「あらあら、新婚早々、本当に仲がよろしいことですこと」と、終始微笑ましそうにクスクス笑いながら退室していった。

 これまで必死に自制心を保ってきた反動か、正式に夫婦となった途端、アクセル全開に「むき出しの愛」をこれでもかと注いでくる旦那様に、ミラは恥ずかしさで胸をいっぱいにしながらも、その心地よい体温に身を委ね、最高の幸せに包まれるのだった。


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