27.本当の婚約を
王宮内の奥にある国王の執務室。朝から穏やかな光が差し込む部屋で、国王は机の書類を目の前に、静かにこめかみを押さえた。
「⋯⋯朝から騒がしいな」
原因はわかる。何やら第一王子であるノアの部屋の方から、城内に響き渡るほどの怒鳴り声がしているのだ。ルーカスが扉を蹴り破ったことで開放されたままノアに詰め寄ったせいで筒抜け状態だった。
(⋯⋯なるほど、ノアのやつ、婚姻前の破廉恥な行為を禁じる法に触れる行為をしやがったな)と大体のことは把握済みだ。
いつもなら真面目な秘書官ルーカスであるはずが、あれほどまでに怒りをあらわにしていることに深刻さが伝わってくる。
高を括り、はぁ、とため息を吐いたその時だった。
バァァン!と今度は国王の執務室の扉が勢いよく開け放たれた。
「陛下!!! ミラローズとの婚姻の許可を、今すぐ認めてください!!」
「⋯⋯は?」
突如部屋に響き渡った、我が息子の堂々たる大真面目な直訴の声。
国王が呆気に取られて目を丸くした視線の先には、冷徹王子と恐れられた第一王子ノアが、パジャマの上に上着を羽織っただけの真っ赤なミラローズを、お姫様抱っこでしっかりと抱きかかえたまま、一切の迷いのない仁王立ちで立っていた。
「おいっ!待てコラッ! ノア!! 」
後を追って息を切らせて部屋に飛び込んできたルーカスは、ここが国王の御前であることなど完全に頭から消し飛んでいるらしく、剥き出しの怒りでノアに掴みかかろうとしていた。
「あ、⋯⋯っ」
国王の視線に気がつき「あっ」と一瞬だけ我に返り掴もうとしていた手をピタリと止めた。
国王は彼らが友人同士で、2人きりのタイミングなどでは敬称なしに普通に話していることは知っている。だが、ここは、公の執務室であり、自分の目の前だ。
そんな状況なのも忘れ、毛を逆立て怒り狂う有能な秘書官と理性をログアウトさせて直訴してくる息子。そしてその腕の中で消え入りそうに恥ずかしさに顔を埋める健気なミラローズを見つめ、ことの発端であるノアへ鋭い視線を向けた。
「⋯⋯ルーカスが敬称も敬語も忘れるほど怒りを露わにする程とはお前は何をやらかしたんだ」
国王にそう問われ、ノアはバツが悪そうに顔をして視線を逸らしている。
その横で睨みつけるルーカス。そんなバチバチな沈黙の流れる執務室の扉からひょこりと楽しげな顔が覗く。
「ダメじゃん、そのままの勢いでいっちゃー」
ノアの部屋で「あぁー行っちゃった」とのんびり見送った新王太子アルトはのんびり現れ笑いながら入ってきたのだ。
「⋯⋯お前まで⋯⋯アルト、状況を説明してくれ。大体のことはわかるが」
頭痛を深める国王だが、一番状況しっかり説明してくれそうなアルトへ説明を求めたのだった。兄の「やらかし」を詳細に語り始めた。
「いやね陛下、聞いてくださいよ。兄上、昨日、ミラローズ嬢の可愛さに理性を完全にログアウトさせちゃって、婚姻前の一線を越える行為を禁じる国法のグレーゾーンを攻めて、首元に派手なキスマークをこれでもかと残しちゃったんです。それを今朝、毎朝のシスコン日課でミラの部屋を訪れたルーカスにソッコーで見つかって、今ここでこうして修羅場になってるわけです。ね? 兄上が100%悪いでしょう?」
「⋯⋯っ! アルト、お前!」
アルトの的確な状況説明に肩を震わせノアは睨みつける。
「事実じゃないですかー。ね? ルーカス」
アルトに話を振られたルーカスは王の御前であるため、口を開かなかったが、ノアに突き刺さんばかりの視線を向けて睨んでいた。
そんなハチャメチャな若者たちの話を聞いていた国王は本日何度目かのわからないため息を吐き出し、机をバシッと叩き声を張り上げた。
「⋯⋯状況は全て理解した。おい、アルト、ルーカス」
「「はい」」
「お前たちは今すぐここから出ていって仕事をしてこい。アルトお前は新しく王太子になったんだろう。ルーカスもその右腕として引き受けたのならこんな所で油売ってないで執務室に行って引き継ぎでも何でもしてこい。これは王命だ」
「えぇー⋯⋯はーい、わかりました、行こうルーカス」
アルトは楽しげに応じて肩を竦め、未だ動こうとしないルーカスの肩を、ぽんと叩いた。
「⋯⋯っ、失礼します。ノア、後で覚えてろよっ!」
最後にルーカスは低い声でそれだけノアに言い残し、アルトと共に退出していった。
パタン、と重厚な扉が閉まり、あれほど騒がしかった部屋に静寂が戻る。
兄たちが追い出されたことで、ようやくパニックから少しだけ我に返ったミラだったが、自分が今、とんでもなく無防備な格好でいることに気がついた。しかも首元には恥ずかしい痕がついたままだ。
「こ、こんな姿ですいませんっ⋯⋯!! 陛下、王妃様、本当に、その……っ」
ミラは顔を真っ真っ赤にして、消え入りそうな声で慌てておろおろと謝罪の言葉を口にする。
そんな世界一可愛くて健気な未来の娘を、国王陛下はフッと目元を和らげて見つめ、深く、深いため息を吐き出しながら首を振った。
「⋯⋯いや、大丈夫だ。ミラローズ、気にするな。すべて、そこのバカのせいだって分かっているから、お前は何も気にしなくていい」
「そうよ、気にしないで、ミラローズさん。反省すべきはノアよ」
国王のノアへの追及の手が緩んだわけではなく、厳しい視線がノアに向けられる。
「⋯⋯さて。ノア。お前が国法を無視してまで、やらかした上に、婚姻を迫る『本当の理由』を、今ここで隠さずすべて、話してもらおうか。お前のただののろけでルーカスをあれほど怒らせたわけではないことは、分かっている」
言い逃れができないと悟ったノアは、観念したように小さく息を吐き出すと、これ以上ないほど大真面目な顔で、正直に口を開いた。
「⋯⋯実は、昨日、ミラが図書館である本見てまして」
「本……? 減少病の治療法に関することか?」
ミラの病気の事情や、命を繋ぐための魔力提供のことは、婚約を結んだ当初から国王夫妻もすべて知っている。だからこそ、国王は真面目な顔で問い返したのだが――ノアの口から飛び出したのは、予想の斜め上をいく、ただの凄まじいやらかしの白状だった。
「いえ、病そのものを治すものでなく、今の口付けによる魔力提供よりも遥かに効率が良く、かなり長い期間、魔力を落ち着いた状態でいられるという⋯⋯その、キス以上の方法が書かれた本です」
「⋯⋯ほう?」
国王が片眉を上げ、隣の王妃様が「あらあら」と楽しそうに目を輝かせる。
「そこに書かれていた具体的な行為を目にして、ミラが恥ずかしさに真っ赤になって、一人でアタフタと悶絶していたんです。それが⋯⋯あまりにも、可愛すぎて⋯⋯」
ノアは大真面目な、けれど少しだけ耳を赤くした顔で、自身の理性の崩壊を堂々と報告した。
「あまりの可愛さに、俺の理性が完全にログアウトしたんです。可愛すぎるミラが悪い。王座すらいらないくらいただミラを愛したいと思って。それでちょっとやらかしたと言うか⋯⋯。⋯⋯国法違反だの何だのと外野に言われるくらいなら国法を気にせずミラを堂々と愛せるように夫婦になりたいんです。そうしたらそのキス以上の方法だって行えてミラを生かせるでしょう? なので、婚姻を認めてください」
「ノ、ノア様……っ!!」
国王夫妻の前で「可愛すぎるミラが悪い!」「王座すら要らない」と惚気けるた上に本の詳細まで語ってしまう、ノアにミラ真っ赤な顔がさらに赤くなり近くにあったクッションを抱きしめて恥ずかしさのあまり縮こまった。
「ハァ⋯⋯。まったく、最初はあんなに事務的で『三日に一度の提供が最適解だね』などと冷徹に計算していた男が、まさかここまで一人の女性に全てを投げ出して捧げる、重症の男になるとはな⋯⋯」
国王陛下は、我が息子のあまりの変わりっぷりとクソデカイ愛に、本気で呆れ果てた。
けれど、その目はどこか優しく、最愛の女性のために全てを投げ出す覚悟を決めた息子の男前な成長を、嬉々として見つめている。
「あらあら、本当にノアは、陛下の若い頃にそっくりですこと」
くすくすと上品に笑う王妃様に手を握られ、国王からも「⋯⋯仕方がない。そこまで言うのであれば、お前たちの婚姻の許可を――」と、ついに本当の夫婦になれる確約を得ることに成功した。
「ありがとうございます」
ノアは安堵と深い決意を込めて深々と頭を下げた。だが、その直後、すぐさまソファの上のミラを愛おしげな視線を向け、その端正な唇の端を不敵に釣り上げた。
「⋯⋯ミラ。これで国法を気にせず、あの方法思う存分試せるな」
「な、ノア様……っ!?!?(な、何を言っているのですか、陛下の前で――!?)」
確約を捥ぎ取った瞬間、早くも『夫婦の特権』を堂々と行使しようとするノアの言葉に、ミラの真っ赤な顔は限界超えてさらに赤くなった。ミラは持っていた、クッションで距離を縮めてくる彼の顔へ押し付けて距離をとろうとするのだった。
息子のブレない独占欲に、国王陛下が「ハァ⋯⋯、」と本日何度目か分からないため息を吐き出す中、ノアは愛しい婚約者――いや、本当の『妻』となる少女の可愛い抵抗に愛おしげに優しく微笑むのだった。




