26.お姫様のお怒りと、有言実行
ルーカスに怒られ縮こまっていたノアは、自身の言った言葉を反芻する。(おっしゃる通り⋯⋯おっしゃる通り⋯⋯あ、そっか!直訴に行けばいいのか。よしそれなら⋯⋯!)
「よし! それなら、すぐに行動だ!」
ベッドの上からすぐに降り、立ち上がった。
「はぁ?! どこに? まだ話⋯⋯」
入口の方へ足を進めて歩き出したノアにルーカスの声がかかるがその声は突如入ってきた人物によってかき消された。
「ノア様の、バカーーっ!! 何をしてるんですかーっ!」
部屋に響き渡るミラの大きな声。
「え、⋯⋯ミ、ミラ?!」
怒りの突撃に直訴に飛び出そうとしていた足を止め、本気で驚いて目を丸くした。
「ノア様のバカっ! 反省するって言ったのに! 裏でこんな恥ずかしい痕を残していたなんて⋯⋯っ! バカっ⋯バカ⋯⋯バカーっ⋯⋯!」
入ってきてすぐにノアに訴える、ミラは怒りとキャパの限界が崩壊するミラは涙ながらに、目の前の彼の胸をポカポカ叩きながら訴えた。
そのミラの首元にはノアが反省の裏で刻みこんだ『消えない跡』がしっかりと赤くくっきりと残っていた。
「す、すまない、ミラ⋯⋯本当に悪気はなかったんだ、お前が可愛すぎでちょっと⋯⋯理性が⋯⋯っ」
涙ながらに訴えるミラに、普段の冷徹な仮面は脱ぎ捨て本気で狼狽えていた。
もはやミラの視界には、も目の前のノアしか映っていない。近くにはアルトもいて、その奥にベッドから降りてノアに歩み寄ろうとしていたルーカスもいるのに、だ。
そんな、激甘押し問答にルーカスは、ハァ、と深いため息を漏らした。
「⋯⋯ミラ、俺達もいるんだけど?」
「⋯⋯え?お兄ちゃん?! なんでここに?!」
「いや、なんでって⋯⋯。さっきお前の部屋出る時に『あいつ絞めてくる』っていったじゃん」
そこで初めてミラは、自分以外の人間がいることに気がつき、今度こそ完全停止してしまった。
兄の言葉にハッとしたミラは、目を見開いた。
(そうだった⋯⋯! ものすごい殺気を纏わせながら出ていったのは、コレだったんだ⋯⋯っ!)
突然出ていった兄の行動の理由を、ようやくこの場で理解したミラ。だが、時は既に遅く、一番見られたくない兄と第二王子アルトにまで見られてしまっている。
「わぁ、あぁぁ⋯⋯っ!」
あまりの恥ずかしさに真っ赤になり、その場にしゃがみ込み、頭を抱え悶える。
そんな様子を上機嫌に見届けていたアルトは、楽しげにノアへ意地悪く笑いかけて言ってのけた。
「兄上、もう言い逃れはできませんよ? どうします?」
「⋯⋯っ、」
アルトに直球の揺さぶりを投げかけられ、背後から未だ凄まじい殺気を滲ませながら睨見つけてくるルーカス。
そして足元には、可愛く顔を真っ赤にして悶えている最愛の婚約者。
さすがにここにきて、周囲の視線に恥ずかしさを覚えたノア。だが、言い逃れできないのも事実。国法違反だと、外野に突っ込まれるくらいなら、今ここで一人の男としての覚悟を決めてやる。
ノアは深く息を吸い込み、目の前でしゃがみこむミラの前で片膝をついた。
優しく肩に触れ、恥ずかしさに真っ赤な顔をしている彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ミラ⋯⋯、反省してるよ。そこまでしちゃったのは、本当にすまない」
「⋯⋯ノア様?」
「でも、それだけミラのことが好きで、他の誰にも渡したくないんだ。⋯⋯⋯⋯俺の傍にいて欲しい」
低くいつも通りのその声に、優しさを滲ませた、飾らないその本音。
王座を捨ててでも守りたいと誓った、ミラの命を俺の愛で一生かけて守り通すという、ノアの事実上にプロポーズだった。
だが当の本人はと言うと、
「⋯⋯え?」
あまりに突然の告白に脳が追いつけずにいた。「そばにいて欲しい」という言葉の意味がどういう意味を持つのかをパニックで理解できていない。
ポカンと固まったままのミラに、「やれやれ」とアルトが横から助け舟をだす。
「『結婚して欲しい』って言ってるんだよ、君に。ミラローズ嬢」
「け、けっこ⋯⋯⋯っ?! 」
ミラの顔から再びボッと火が噴き出た。
キスマークをつけられていた恥ずかしさに加え、それを最愛の兄たちにバッチリ見られてしまっているこの状況。あまりのパニックに、ミラの脳は停止し、まともに言葉すら返すことができない。
(ノ、ノア様と、けっ、結婚⋯⋯っ!? わたし、ノア様と結婚したい⋯⋯! したい、けれど⋯⋯っ!)
胸の奥にある、間違いなくノアと同じ「結婚したい」という切実な想い。けれど、恥ずかしさと混乱が限界突破してしまい、どうしても上手く言葉になってくれない。
だが、そんなミラの複雑な心境を、婚約者であるノアは理解していた。
「⋯⋯ミラ」
ポカンと口を開けて真っ赤になっているミラを見つめ、ノアは酷く優しく、愛おしげにふっと目を細めて笑った。言葉にならない彼女の沈黙は拒絶ではなく、純粋な恥ずかしさが故に言葉にならないのだとノアには分かっていたのだ。
ノアはミラの乱れた髪をそっと整えると、その愛らしい額に、誓いを立てるように優しく口付けを交わした。
「行こっか、ミラ」
「え⋯⋯? どこ、へ⋯⋯っ、ひゃあ!?」
次の瞬間、ミラは短い悲鳴を上げた。
片膝をついていたはずのノアが、流れるような動作でミラをひょいと、お姫様抱っこで軽々と抱き抱えたのだ。
そのまま、一切の迷いのない力強い足取りで、自室の出口へと歩き出すノア。
目の前で繰り広げられていた光景に呆然としていたルーカスがようやく我に返り、怒りの声が背後から突き刺さる。
「――おい!!! ノア、お前ミラを連れてどこへ行く気だ!!」
「国王陛下のところへ婚姻の許可をもらいに直訴に行く。お前が『俺たちに言うな』と言ったんだろうが、ルーカス」
「だからって、今すぐ行くやつがあるか!! おい、待て!! 」
「絶対に嫌だね。お前が俺にミラを会わせたのがいけないんだ」
後ろからルーカスが血相を変えて「おい!」と叫びながら追いかけてくるが、ノアは1ミリも気にする様子なく、フッと不敵に口角を上げて歩みを速める。横ではアルトが「あははは! 兄上、有言実行が早すぎますよ!」とお腹を抱えて大爆笑していた。
腕の中で、ミラは相変わらず真っ赤になったままノアの胸元にギュッと縋り付いている。
(もう絶対に離してやらない。お前がどんなにアタフタしていても関係ない。⋯⋯今すぐ本当の夫婦になって、お前を完璧に俺のものにしてやるからな⋯⋯ミラ)
氷の王子は最愛の、世界一危なっかしくて愛おしいお姫様をしっかりと腕に抱きかかえ、未来の約束を捥ぎ取るべく、迷いなく王宮の回廊を突き進むのだった。




