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25.ルーカスの怒り

 翌朝、ミラローズの部屋に、静かなノックと共にルーカスは顔をだした。

「⋯⋯ミラ? 起きてるか?」

 入ってきたのは兄だった。

 実は毎朝仕事に行く前にミラの様子を見に来るのが彼の隠れた日課だった。

「あっ、⋯⋯おはよう⋯⋯リュカ⋯⋯」

 ベッドの上で、目を擦りながらぽやぽやとする寝起きが可愛らしいミラ。

 これを見て和むのがルーカスの仕事へ行く前の最大の癒しだ。

「⋯⋯おはよう。体調はどう? 変わりない?⋯⋯って、ん??」

 ベッド縁に腰掛けて体調を確認しながら、はだけかけた寝間着を直しつつ問いかけてた、その目に、白い肌に赤い点⋯⋯直していた手が止まる。

 それは明らかに、昨日までは存在しなかった赤い跡。これは執着むき出しの独占欲の塊のキスマークがいくつも刻まれていた。

「⋯⋯ミラ。⋯⋯ノアのやつ昨日お前に何をした」

 ルーカスから優しい『お兄ちゃん』の声が消え、冷えきった冷たいと感じるトーンが部屋の中に響く。

「⋯⋯え? 何って⋯⋯いつもの魔力提供? を少し?」

「嘘を言うな。これは明らかに魔力提供とは違う。それだけなら首や鎖骨にこんな跡がある訳ない、これは明らかに法の無視の痕跡⋯⋯あの男⋯⋯禁じられてると知りながら⋯⋯」

 ルーカスの額に青筋が浮かびあがる。

 アルトへ譲り、自由になった途端のコレは許せるものではない。ルーカスはゆらりと静かに立ち上がる。

「⋯⋯え? お、お兄どこへ?」

「⋯⋯ちょっと、あいつを絞めてくる。ミラは大人しく部屋で休んでてね。クロエをそろそろ来るだろうし」

 怒りの色を滲まさた瞳で、妹へは優しく言い放ち静かに部屋を出ていった。


 一方、その頃。

 自室でのんびりとしていたノアは背筋がゾワッとするような寒気を感じていた。

「⋯⋯まさか、やらかしを気づかれた?」

 そんな予感をさせながらも昨日の婚約者を思い出し、フッと笑う。

 今日も早くミラに会いに行こうと意気込んでいたその時だった。

「――おい! ノア! お前何してんだ!」

 バァァンッッ!と勢いよく蹴り破られた、ノアの私室の扉から、普段の冷静沈黙なルーカスの面影のない怒りを滲ませた彼が現れた。

「⋯⋯うわっ、マジか、見つけるの早っ⋯⋯」

 のんびりベッドの上でくつろいでいたノアは飛び起きて肩を震わせる。

「早いも何も、毎朝ミラの顔を見に行ってると言っただろうが!! この国法わかってるよな? 誰よりこの国の法を理解しているはすのお前が! 何やってんだ!」

(⋯⋯うわっ、そうだった! 毎朝寝起きのミラ見てるって言ってたな⋯⋯っ! 絶対無防備な薄着なら丸見えじゃん)

 ノアは己の計算違いに頭を抱えた。

 昨日は職務から解放された解放感に加えてミラの可愛さに理性がぶっ飛んでしまった。毎朝ルーカスがミラの部屋に訪れていることを完全に失念していた。

「ごめんって、わかってたけどあまりに可愛すぎるからっ! あれだけだって! キスしか本当にしてないからね?! つけちゃったけど!」

「俺の大事な妹に何しやがった! さっそく手を出すんじゃねぇ! 正直に言いやがれ!」

 胸ぐらを掴む勢いで詰め寄る、ルーカス。

 今の彼は王太子に仕える秘書官ではない。

 大切な妹を、婚約中とは言え、婚姻前のグレーゾーンに汚されかけた、一人の『兄』として、ノアの『友人』として本気で怒っていた。

「ほんとに一線は超えてないから! 誓ってもいい! ただちょっと、図書館で『口付け』じゃない方法について見てアタフタしてんのがあまりにも可愛すぎて⋯⋯、俺の理性がログアウトしただけで⋯⋯っ」

「ログアウトさせんなっ! バカやろう!」

 王子だと言う事は一旦忘れ友人として、兄としてガチギレをする彼にノアは必死に弁解する。

「いや、まじだって! キスしかしてないから! ちょっとやっちゃいそうになったけど! やってない! それは誓う! アレだけだって!」

「――おい、やっちゃいそうになったって⋯⋯。本当にアレだけなんだろうな?」

「本当だ!」

 ルーカスがジト目で圧をかけると、ブチギレているルーカスに本気で勝てないとわかっている、ノアは大きく何度も頷いた。

 普段なら絶対にあり得ない、第一王子と元筆頭秘書官の、身分をかなぐり捨てた全力の押し問答。

 そんな、男2人の騒がしい声が響く廊下を、不思議そうに歩いてくる足音があった。

(⋯⋯おかしいなぁ〜。執務時間になってもルーカスが来ないなんて、アイツらしくないよなー。兄上の部屋の方から、何か、珍しく怒鳴り散らす声が聞こえるけれど⋯⋯?)

 アルトは首を傾げながらも、声のするノアの部屋の方へと足を進める。

 たどり着いた部屋の扉は、蹴破られ開放的になっていて、その隙間から部屋の中を覗き込む。

 目に飛び込んできたのは、身分のかなぐりを捨てて必死に言い張るノアと、ジト目で睨みつけるルーカス。

 そんなふたりの押し問答にアルトはひょこっと現れる。

「なんなの、この状況は? ルーカスが珍しく怒ってるのはわかるけど⋯⋯状況が全く読めない」

 アルトの登場に、バチバチだった2人がピタリと沈黙する。

 アルトは2人を交互に観察すると、その天才的な脳で一瞬にして答えを導き出した。

「⋯⋯もしかして兄上が、ミラローズ嬢になにかしたの?」

「⋯⋯⋯⋯こいつが法のギリギリなことをしやがった」

 ルーカスが苦々しく吐き出すと、アルトはすべてを察してクスッと笑った。

「⋯⋯本当に兄上の愛は重たいですね。ギリギリってことは破ってはないと?」

「一線は超えてないようだからな」

 いまだに怒りで表情の硬いルーカスの横で、ノアは完全にバツが悪そうな顔をして視線を逸らしている。

「それならとりあえずルーカス、怒りは沈めて? 今度そんなことするんだったらちょっと考えようか」

 アルトはそう言って、さらに意地悪くクスリと笑った。

 新たに王太子となったアルトに「次やったら(王権で)ちょっと考えようか」と言われては、ノアも大人しくなるしかない。

 ノアは、(こいつら、2人を一緒にさせると本気でやばいな⋯⋯)と思いつつも、昨日から溜まっていた本音を、またしてもポロッと口から漏らしてしまった。

「⋯⋯あの可愛さに手を出しちゃいけないって拷問すぎる⋯⋯いっそ結婚しちゃいたい」

「「「⋯⋯⋯⋯」」」

 一瞬の静寂の後、ルーカスの怒りの導火線に再び火がついた。

「⋯⋯俺たちに言うんじゃねぇ!」

(お前が言うべき相手は俺たちじゃなくて、国王陛下に婚姻の許可を貰いに行くか、ミラ本人に今すぐプロポーズすることだろうが!!)という盛大な意味を込めた、ルーカスの渾身の怒声が、静かな朝の私室に響き渡る。

 ビクりと肩を震わせ、「おっしゃる通りです」と声を漏らすノアだった。

 そんな2人のやり取りを、アルトは「やれやれ、これなら兄上を早く公務から解放して正解でしたね」と、楽しそうに眺めているのだった。

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