23.新しいコンビ
それから数日後、アルトは王太子執務室にいた。
今現在、執務机に座るノアとその横に控えるルーカスと対面するように立っている。
話す気無さそうな2人に直接聞こうと思い立ちここまで来た。故に、ほかのものは人払いしてもらった。
「⋯⋯兄上、僕考えてたんですけどね、どうも腑に落ちないことがありまして」
「⋯⋯何がだ、アルト」
書類に目を向けたまま低く冷たい声で返すノア。しかしその冷淡な態度を楽しむように続けた。
「冷徹と有名だったじゃないですか兄上。それにルーカスもそれに付く冷静沈着で冷たい王子と秘書官で。それなのに⋯⋯それが最近感じなくて」
「「⋯⋯⋯⋯⋯」」
「いやね、いくら婚約者が可愛いからって、兄上が王座がどうでもいいという程の過保護をみせるなんておかしいんですよ。⋯⋯数日前、ルーカスは僕に言いましたよね、『ノアには片時も離さないのには絶対に譲れない理由がある』と」
そこで初めて秘書官ルーカスの眉がピクりと反応を示した。
「⋯⋯シャルロットから事件の詳細聞いたんですけど、魔力を使い切って顔色の悪かったミラローズ嬢が兄上と、数分姿を消して戻ってきた時には顔色が回復していた⋯⋯。おかしいと思いません? そんな数分で効くような特効薬は存在しない。なら何故回復したのか」
秘書官ルーカスの視線を感じながらまだ顔をあげようとしない兄の方を見つめさらに続けた。
「⋯⋯それこそ兄上の底知れぬ魔力を彼女の『空っぽの器』に直接そそぎこんだのではないですか? ⋯⋯そんなことができるのは、彼女の身体が常に魔力を必要としているから。⋯⋯兄上、ルーカス、ミラローズ嬢の病名は『減少の病』⋯⋯違いますか?」
ピタりと、ノアの書類を見ていた手が完全にとまり、顔を上げた、冷たい目線が合わさる。
静まり返る執務室に、一瞬の静寂が訪れる。
世間でも、ごく一部の専門書にしか載ってない極めて珍しい病名を、アルトがまさか自力で、しかもここまで短い期間で突き止めてくるとは思っていなかった。ノアとルーカスは顔を見合せてフッと気の抜けた笑みを浮かべた。
「⋯⋯やはり、気がついたか」
ノアはペンを置き、誇らしげな笑みを浮かべた。
「いつか、お前なら気がつくだろうと思っていたが、思ったより早かったな」
「そうですね。それとなくは伝えてはいましたけど。まぁ、こうして伝えに来ることも予想はしていましたよ」
ノアは椅子の背もたれに深く身を預け、どこか誇らしげな笑みをしていた。
「⋯⋯そこまでわかってて、話す気ない態度を続けていたんですか。というかルーカス、僕たちしかいないので普通に話してください。つられる⋯⋯」
「⋯⋯一応2人とも王子ですから? 友人関係とはいえね? でも、どうしてもと言うなら」
2人のやり取りを見ていたノアは、(この2人、意外と仲良いよなー。俺とルーカスが友人なはずだけど、こいつらも結構気が合うみたいなんだよな。)とちょっと複雑かつ、楽しむような目を向けていた。
「⋯⋯⋯⋯それで、話戻すけど。ミラはその病とわかった時余命1年にも満たなかった」
ノアが話を戻すように真面目な顔で椅子の背もたれに身を預け、静かに切り出した。
「⋯⋯魔力が、一定量に満たなくなると最悪死に至るという絶望の中で、自分で満たすことも癒すこともできない、ただ衰弱するだけだった。俺の大事なミラを死なせたくなかった。調べ尽くしてたどり着いたのが、ノアの魔力だった」
ノアの切り出した話にルーカスがつづける。
「ノアの魔力量ならミラを救えるかもしれない。それと同時にノアの魔力過多も落ち着くかもしれないと思って、会わせたんだ。そのWinWinな関係で、、直接魔力を渡す方法は、1つだけ。⋯⋯『口付け』です」
ルーカスの言葉に一瞬、驚く。だがアルトの天才的な脳はすぐにこの生々しいシステムの真実を弾き出す。
「⋯⋯なるほどね。だから兄上は、片時も離そうとせず、あんな独占欲むきだしで溺愛してたんですね。ただ惚気けてたのではなく、文字通り命を繋いでいたわけですか」
「⋯⋯そういうことだ。まぁ、惚気けてたのは否定しないよ。⋯⋯改めてアルト。俺はミラを絶対死なせない、死なせたくない。だから俺の魔力であいつを生かして守り通す。国を統べる王座よりミラの命の方が重いんだ。⋯⋯お前にこの国の未来は託させてくれ」
兄の揺るぎない思いに、静かにアルトは改めて2人を見つめ返した。
(僕のことを信頼して託してくれる、兄上達の思いはしっかり受け止めて、信頼を裏切らないようにやり切ってみせる。兄上達の望み通りに。兄上は自由にさせてあげよう)
「⋯⋯わかりました。では、兄上は自由になってもらう代わりにルーカスをちょうだい」
「「⋯⋯は??」」
「え? だって兄上は王座降りるでしょ。そして僕が継ぐ。僕に秘書官を一から探せって言うの? ここにいるのに。それにルーカスだって兄上が自由になれば妹のこと任せられて安心でしょ? 」
あまりにも合理的で、かつ図々しい提案に、ノアとルーカスはしばらく呆然と言葉を失った。
「⋯⋯⋯おい、アルト。俺の右腕を当然のように掻っ攫うつもりか」
「えー僕も、有能な右腕欲しいー。それにルーカスなら今まで兄上と一緒にやってきたわけだし。詳しいでしょ? ルーカスが僕につけば兄上はすぐ自由になれるじゃん」
「なるほど、有能な駒としてね、たしかにな俺がつけばすぐにでもノアは公務から離れられる。そしてミラに専念できると。⋯⋯はぁ〜⋯⋯受けて立ちますよ、その提案」
ルーカスは呆れと、楽しくなりそうな予感を感じながら右腕になる提案を承諾したのだった。
「じゃあ、決まりね! ルーカスは貰うね! あぁーでも、僕は魔力に関しては兄上より強くないから、討伐とかそういうのは無理だからーそんときは貸してあげる〜。僕よりルーカスの方がそう言うの使えるでしょ?」
「⋯⋯おーい、それは俺にいけと? まぁでも、そのくらいは関わってやるか。ミラを1人にしたくないけど」
ここにきて、またしてもミラローズのことしか頭にない兄上に呆れつつも、最高に頼もしい笑みを浮かべた。
(必ず信頼を裏切らないように、やってのけるから。兄上の望み通りに。自由にしてあげよう)
「⋯⋯では、話は決まりです。兄上は出ていってくださーい。僕はさっそく、僕の右腕と今後の引き継ぎと作戦会議しますから。兄上はミラローズ嬢のところ行って思う存分惚気けて来てくださーい」
グイグイ押しながら外に出しながら、楽しそうに言うアルト。
「⋯⋯おい、待て、ここ俺の執務室⋯⋯」
言いかける兄は無視して、返事の代わりに笑顔を向けると扉を閉め鍵をかけたのだった。
廊下に追い出されたノアは閉め出された扉を見つめ、フッと気の抜けた笑みを漏らす。
大事な右腕は取られたが、その胸にあるのは頼もしい弟への信頼と期待、これまでにない解放感だった。
ノアは新しい最強コンビの誕生に期待を膨らませながら、ミラローズのいるであろう場所へとあるき出すのだった。




