20.お茶会後の反省会
お茶会を終え、ノアとルーカスがいるであろう執務室へ飛び込んできたミラローズ。
二人は入ってきたまさかの人物に一瞬呆気を取られ驚いた顔をするも、すぐにミラに駆け寄った。
「ミラローズ、無事だったかい!? 誰かに意地悪なことを言われなかった?」
「魔力は消耗していないか、ミラ。顔色が少し赤いようだが⋯⋯」
心配そうに顔を覗き込んでくる二人に対し、ミラローズは顔を耳の裏まで真っ赤に染めたまま、ぷいっと二人から顔を背けた。そして、小さく足を踏み鳴らす。
「⋯⋯お兄ちゃんも、ノア様も、バカです⋯⋯!」
「「えっ!?⋯⋯ミ、ミラ⋯⋯!?」」
世界で一番愛する少女からの、まさかの「バカ」宣告。
完璧な天才二人であるはずの第一王子と筆頭秘書官は、同時にこの世の終わりみたいなショックを受けた顔で硬直した。
「み、ミラ、私が一体何をしたというんだ⋯⋯!?」
涙目で縋りつこうとするノアを小さな手でやんわりと押し返し、ミラローズはアタフタと両手をパタパタさせながら二人に詰め寄る。
「お兄ちゃん! アルト殿下にノア様ののろけ話を喋りすぎです! お兄ちゃんが話したせいで、アルト殿下が自室でブツブツ不満を漏らしていたのを、シャルロット様に全部盗み聞きされて、今日のお茶会で盛大に暴露(完全拡散)されましたわ⋯⋯!」
「なっ⋯⋯!?」
完全に想定外のルートからの情報漏洩に、ルーカスが冷や汗を流して絶句する。深夜の居残り公務の帰り道、アルトを励ます(&ちょっとからかう)ために話したあの軽い日常会話が、まさかそんな大爆発を起こしているとは夢にも思わなかった。
「⋯⋯ルーカス! お前、まさか私の話をアルトにペラペラと喋ったのか?! お前のせいでミラローズにバカと言われて嫌われてしまったらどうするんだ!」
「はぁ!? 俺はアルト殿下には当たり障りのない軽い日常の話しかしてない! そもそも、日頃から公務中も俺に耳にタコができるほど執拗にのろけ話を叩き込んできたのはどこの誰ですか!?」
「うるさい! 私はただミラローズへの溢れる愛を口にしていただけだ!」
「その元データを提供し続けたノア様にすべての原因があると思いますが!?」
主従の有能さを完全にドブに捨てて、目の前で醜い攻め合い(責任転嫁)を始めた二人。
そんな二人を、ミラローズはジト目で見つめながら、アタフタと両手をパタパタさせてピシャリと言い放った。
「お兄ちゃんが一番の戦犯ですけれど、ノア様も無関係ではありませんわ!」
「えっ、私、私はただミラローズを愛しているだけなのに⋯⋯っ!」
「その『愛しているだけ』の内容が多すぎるんです! ノア様が日頃からお兄ちゃんにたくさんのろけ話をされているから、お兄ちゃんの口からアルト殿下に伝わってしまったのでしょう!? 盛り盛りに盛られたノア様の溺愛話のせいで、私、恥ずかしすぎて令嬢たちの前で生きた心地がしませんでしたわ⋯⋯っ!!」
「あぁー⋯⋯」
完全に言い負かされ、ノアとルーカスが揃って気まずそうに目を逸らした、まさにその時だった。
バァン!! と部屋の扉が勢いよく開き、顔を真っ赤にした第二王子アルトが息を切らせて飛び込んできた。
「ルーカス!! どういうことだ説明しろーーーっ!!」
「げっ、アルト殿下⋯⋯!?」
あまりの勢いにルーカスが頬を引きつらせる。
アルトは今しがた、婚約者であるシャルロットから直々にお茶会の報告(という名の無邪気な全暴露)を聞かされたばかりだった。
『アル様が自室で枕に顔を埋めてボヤいていたお話や、ノア様が魔力供給の口づけでイチャイチャするお話、ミラお姉様や皆様にしっかり共有して大盛り上がりでしたわ!』と満面の笑みで告げられ、アルトの天才的な脳細胞は恥ずかしさで爆発寸前だったのだ。
「お前が僕に変なのろけ話を吹き込むから、シャルロットに全部盗み聞きされて、あいつお茶会で全部暴露したじゃないか! 僕のプライドはズタズタだ!」
お茶会での悲劇を今まさに知ったばかりのアルトは、怒りのあまり地団駄を踏みそうな勢いだ。
しかし、そんな怒れる第二王子を、先ほどまでミラに怒られて縮こまっていたルーカスは、一瞬で秘書官の顔に戻って見下ろした。
「⋯⋯何を仰るかと思えば。殿下、そもそもあなたが自室でブツブツと独り言を仰るのが悪いのでは?」
「なっ、何だと!?」
「私は当たり障りのない軽い日常の話をしただけです。それを自室でそこまで大げさに愚痴り、婚約者に盗み聞きされる隙を与えたのは、完全に殿下ご自身の不徳の致すところかと」
「うぐっ⋯⋯!」
ルーカスの冷ややかな正論に、アルトの言葉が詰まる。さらに、隣のノアからも追い打ちをかけるように冷たい視線が突き刺さった。
「そうだぞ、アルト。ルーカスに八つ当たりをするのはお門違いだお前がそんな風にブツブツと喋っているから、私のミラローズを恥ずかしさでアタフタさせて困らせることになったんだ。実の弟とはいえ、これ以上ミラローズの平穏を脅かすなら容赦はしないよ?」
ノアの瞳が絶対零度の氷へと変わり、背後から不穏な黒いオーラ(威圧感)が再び立ち上り始める。
「ひっ⋯⋯!? な、何で僕が二人から責められるんだ⋯⋯っ!?」
一番の被害者であるはずの自分が、ノアとルーカスの完璧な連携によって、一瞬にして『全ての原因を作った一番の戦犯』に仕立て上げられていく。
理不尽さに涙目を浮かべ、アルトが悔しそうに震えていた、その時だった。
「――いい加減にしてください、皆様!」
部屋に響き渡った、ミラローズのピシャリとした一喝。
まだ顔を真っ赤に染めたままのミラローズが、腰に両手を当てて、3人の天才たちを鋭い瞳で睨みつけていた。
「ノア様も、お兄ちゃんも、アルト殿下も! 醜い罪のなすりつけ合いはやめてください! そもそもノア様が日頃からのろけ話を山ほどするのも、お兄ちゃんがそれをアルト殿下に喋ってしまうのも、アルト殿下が自室で不用意にブツブツ不満を漏らすのも、全員が悪いです!」
「み、ミラローズ⋯⋯」
「ミラ、それは⋯⋯」
「な、何で僕まで⋯⋯!」
言い訳をしようとする3人の言葉を、ミラローズは「いいえ!」とバッサリ切り捨てる。
「悪いのはそれぞれで、誰のせいでもありません! ちょっとは全員、反省してください! ⋯⋯もう、私、恥ずかしすぎて頭が痛くなってきましたわ。今日はもう失礼します!」
ミラローズはぷいっと顔を背けると、ヒールの音をフンフンと鳴らしながら、怒って部屋を足早に去っていってしまった。
静まり返る室内に、残されたのは3人の男たち。
「えぇー⋯⋯ミラローズ⋯⋯ミラが怒って行ってしまった⋯⋯」
「ミラ⋯⋯。完全に俺たちの自業自得ですが、実の妹に本気でバカ呼ばわりされて怒られるのは、さすがに胃に堪えますね⋯⋯」
さっきまで有能にアルトを論破していたノアとルーカスは、一瞬で魂が抜けたようにガックリと肩を落とし、「えぇー、ミラ⋯⋯」とこの世の終わりのような悲しそうな顔で深くため息をついた。
そんな中、一人だけ取り残されたアルトは、呆然とミラの去っていった扉を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「⋯⋯何故、僕もおこられたんだ⋯⋯?」
元はといえばルーカスののろけ話の被害者であり、シャルロットに秘密を全暴露された最大の被害者だったはずの第二王子は、最後まで自分がなぜ巻き添えで怒られたのか納得がいかない様子で、ポカンと立ち尽くしているのだった。




