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19.令嬢達のお茶会

 ミラローズは王宮の奥にある秘密の庭園へと足を運んだ。

 色とりどりのバラが咲き誇る美しい庭園のテラスには、すでに最高級の刺繍が施されたクロスが敷かれ、可愛らしいお茶会の準備が整えられている。

「ミラローズ様ーーーっ! お待ちしておりましたわ!」

 まだ他のお客さまである令嬢たちの姿がない静かな庭園に、華やかな声が響く。

 そこには、約束の時間よりもずいぶん早めにミラローズを呼び出していた主催者、シャルロット・ソレントが満面の笑みで立っていた。

 アルトの婚約者であるシャルロットも、彼が魔法学校から帰国してからは共に王城内で過ごしている。けれど、アルトがいつもミラローズに突っかかってはノアに威圧される騒動ばかりで、なかなか2人だけでゆっくり話す機会がなかったのだ。

「改めましてミラローズ様、シャルロット・ソレントでございます。お会いできてとっても嬉しいです!」

「ふふ、初めましてシャルロット様。お招きいただきありがとうございます。ミラローズ・フォークナーです。他の方々はまだいらっしゃっていないのですね?」

 ミラローズが小首をかしげると、シャルロットは自分の胸の前にぎゅっと両手を握りしめ、一歩詰め寄ってきた。その瞳は、まるで憧れの聖女を見つめる子犬のようにキラキラと輝いている。

「はい! 皆様がいらっしゃる前に、どうしてもミラローズ様と2人きりでお話ししたかったのです。⋯⋯あのっ、ミラローズ様! ずっと、ずっとお伝えしたかったことがありますの」

「私に、ですか?」

「はい。あの大事件の時⋯⋯実は私一時帰国していて、近くの劇場にいて劇を見た帰りだったのでみていたんです!」

「⋯⋯まぁ! そうだったんですか?」

「ミラローズ様が、ご自身の魔力の限界も顧みずに、必死になって人々を救おうと尽力していらっしゃったお姿を、私、ずっと見ておりました。ご自身を犠牲にしてまで誰かを救おうとしたあなたの優しさと強さに、私、激しく心を打たれましたの!」

 シャルロットの熱い告白に、ミラローズは驚いて目を丸くする。あの事件は、ノアやルーカスを死ぬほど心配させ、今でも過保護に縛られるきっかけになった苦い猛省の記憶だ。しかし、シャルロットにとっては、ミラローズは誰よりも気高く尊い、憧れのヒーローそのものだったのだ。

「ずっとお慕いしておりました。⋯⋯そこで、大変不躾なお願いなのですが、私、ミラローズ様のことを『お姉様』ってお呼びしてもよろしいでしょうか⋯⋯っ!?」

「ええっ、お姉様、ですか?」

「はい! 私はあの日からずっと、ミラローズ様のような素敵なお姉様が欲しかったのです。皆様がいらっしゃる前に、どうしてもお許しをいただきたくて⋯⋯本当の姉妹のように仲良くさせていただきたいのです⋯⋯!」

 一途に、そして純粋に目を輝かせておねだりしてくるシャルロット。

 自分の「無鉄砲さ」の裏にある本質(優しさと強さ)をちゃんと見て、こんなにも真っ直ぐに好意をぶつけてくれるシャルロットの愛らしさに、ミラローズの心は温かい光で満たされていく。

「ふふ、もちろんですよ、シャルロット様。私の方こそ、そんな風に言っていただいて凄く嬉しいわ。可愛い妹ができたみたいね」

「まあ! ありがとうございます、ミラお姉様!」

 嬉しさのあまりピョンピョンと跳ねるように喜ぶシャルロット。他の令嬢たちが到着する前の秘密の時間に、2人はしっかりと「義姉妹」の約束を交わし、一気に距離を縮めるのだった。

 しばらくすると、続々と秘密の庭園に集まってきた、高位貴族の令嬢たち。

 彼女たちは一様にお淑やかな笑顔を浮かべつつも、その瞳はミラローズへの期待と好奇心で満ちあふれていた。

「皆様、ご紹介しますわ! 私のミラお姉様です!」

 シャルロットが、先ほど許可をもらったばかりの『お姉様』呼びをこれみよがしにドヤ顔で披露すると、周囲の令嬢たちから「まあ⋯⋯!」と一斉に華やかな歓声が上がる。

 実は令嬢たちは、ミラローズが完璧な第一王子ノアに溺愛されている婚約者だということを、噂でずっと知っていた。

 けれど、今日まで一度も直接話したことがなかったのだ。なにしろ、過保護すぎるノアとルーカスせいで、ミラローズは社交界にほとんど顔を出さない。たまに夜会などで姿を見かけても、ノアが常にベッタリと寄り添って周囲を牽制しているため、恐れ多くて話しかけることすらできなかったのだ。

「ミラローズ様、今日はお話しできるのを本当に楽しみにしておりましたの!」

「社交界では、ノア様が片時もあなたを離さないと大評判ですわ。どのようなお話をされるのか、ずっと気になっていて⋯⋯」

 目を輝かせる令嬢たちに、ミラローズは少し気恥ずかしそうにはにかんだ。

「ふふ、皆様ありがとうございます。普段は部屋にこもってばかりでしたので⋯⋯。夜会などでも、ノア様がずっと近くにいらっしゃって、なかなか皆様とゆっくりお話しできる機会がなかったので、私も今日を本当に楽しみにしていたんですわ」

 上品で、けれどどこか親しみやすいミラローズの案内に、令嬢たちの緊張が一気に解けてお茶会が盛り上がり始める。

 そんな中、シャルロットが「ふふん」と自慢げに胸を張って、テラスの周囲を見渡した。

「皆様、ご覧になって? このお茶会を開催するにあたっての、ノア様たちのミラお姉様への配慮の凄さを! 紫外線や強い風を完全に遮断する最高級天幕に、心地よい涼風を送る魔導具……王城の使用人たちの間では、すでに『至れり尽くせりすぎて凄まじい』って、誰でも知っている有名な話なんですのよ?」

「まぁ、すごいわ! ミラローズ様の為とはいえこれはとても心地よいですわ」

 令嬢たちが目の前の完璧な設備に感嘆の声を上げる。

 するとシャルロットは、待ってましたとばかりに極上の爆弾を投下した。

「ええ、ノア様の過保護っぷりはそんなものではありませんわ! アルト様が自室で『兄上のあのデレデレした顔、僕の天才的な脳細胞の記憶から今すぐ消去したい……!』ってブツブツ不満を漏らしていらっしゃるのを、私、しっかり聞いちゃいましたの!」

「まあ、シャルロット様、それは一体どのような……?」

 令嬢たちが一斉に身を乗り出す。

「ノア様ったら、公務中もずっとミラお姉様のことばかり考えていらして、『ミラローズが待っているから』と、普通なら数日かかる膨大な書類をその規格外の有能さで爆速で完璧に片付けて、毎日飛ぶようにミラお姉様の元へ帰っていらっしゃるそうですわ! アルト様は『あの女のために仕事を瞬殺して帰るなんて、あり得ない!』って、お部屋でそれはもう激しく悔しがっていらっしゃいましたのよぉ!」

 実際は、ルーカスがアルトに話したのは「ノア様は仕事のキレが良い」という当たり障りのない軽い日常の話だった。しかし、それを聞いたブラコンのアルトが自室でブツブツと愚痴をこぼし、それを盗み聞きしたシャルロットの天然フィルターを通した結果、もの凄く盛られた「超人級の溺愛エピソード」へと巨大化してしまっていたのだ。

「ミラローズ様、実際のところはどうなのですか!?」

「ノア殿下は、本当にお仕事の後に飛んで帰っていらっしゃるの!?」

 きらきらと目を輝かせた高位令嬢たちが、一斉にミラローズへと身を乗り出す。

 まさかの直接の追及に、ミラローズは顔を耳の裏まで真っ赤に染め、両手をパタパタと振ってアタフタと慌てだした。

「え、えええっ!? ち、違います、そんなことありませんわ! ノア様はとても真面目なお方ですし、一瞬で終わらせるなんてそんな魔法のような⋯⋯っ! それに、あの、天幕や魔導具はノア様とクロエが、その⋯⋯いつも『早く会いたかった』とは言ってくださいますけど、それはその、ただの挨拶のようなもので⋯⋯っ!」

 恥ずかしさの限界を迎えたミラローズは、完全にキャパオーバーを起こして視線をあちこちに泳がせ、小さな両手をパタパタと振って大慌てで弁明している。

 その、嘘をつけずに顔を耳の裏まで真っ赤に染めてアタフタと慌てるミラローズの姿を見た瞬間――テラスにいた高位令嬢たちの胸に、凄まじい衝撃が走った。

(((……何この子、めちゃくちゃ可愛すぎる……!!!)))

 完璧な第一王子ノアを籠絡した、恐るべき次期王太子妃候補。どんな狐狸こりのような女かと密かに身構えていた令嬢たちだったが、目の前にいるのは、ただただ純粋で、愛らしくて守ってあげたくなるような少女だった。

 一方、当のミラローズの頭の中は、気恥ずかしさと身内への怒りで大爆発していた。

(お兄ちゃん何話してるのよーバカーーーっっ!!!)

 あの深夜、ルーカスがアルト殿下に話した「当たり障りのない軽い日常の話」が元凶だとは、ミラローズは知る由もない。

 ただ、一番信頼しているはずの有能な実の兄が、裏でノア様ののろけ話をアルト殿下にツラツラと喋り、それが巡り巡ってこんな盛り盛りのエピソードとして社交界の令嬢たちに大拡散されている(と思っている)事実に、心の中で全力でルーカスに八つ当たりして嘆くのだった。

「まぁ……! いつも夜会でノア様がべったり寄り添って、周囲を威嚇していた理由が今分かりましたわ」

「これはノア殿下もハマるに決まっていますわね……。私だって男なら、こんなに可愛い婚約者は誰の手にも触れさせたくありませんもの」

「ええっ!? み、皆様、何か大変な誤解をされていますわ……っ!」

 赤面して涙目になりながら必死に否定するミラローズだったが、その姿がさらに令嬢たちの「守ってあげたい欲」を刺激し、お茶会は一気に「ミラローズ様を愛でる女子会」へと変貌していくのだった。

「――と、いうわけなんですの! アルト様が自室で『兄上のあのデレデレした顔、僕の天才的な脳細胞の記憶から今すぐ消去したい……!』って、お部屋でブツブツとそれはもう激しく頭を抱えておいででしたのよ!」

 シャルロットが「そういえば、皆様!」と、さらに楽しそうに声を弾ませてとっておきの最終爆弾を投下した。

「皆様、私たちが初めてミラお姉様とお会いした、お姉様達だけのお茶会がありまして私が駆け込む前のことをアルト様から聞いたのですけれど」

「まあ、シャルロット様、一体何が起きていましたの……!?」

 高位令嬢たちが一斉に身を乗り出す。ミラローズは「えっ、あの時のこと……っ!?」と、嫌な予感に背筋を凍らせた。

「ノア様ったら、ミラお姉様に男の人が関わると、たとえ実の弟であるアルト様相手でも嫉妬で真っ黒なオーラを放って威嚇なさるそうなのです。それをミラお姉様がノア様の頬に手を添えて、口づけして優しく止めて差し上げたそうなんですの! そうしたらノア様、さっきまでの怖いオーラが一瞬で消えて、すっごく嬉しそうにミラお姉様とイチャイチャし始めたのだとか! アルト様は『突っかかるたびに強制的にあの激甘なイチャイチャを見せつけられる僕の身にもなってくれ……!』と泣きそうにボヤいていらっしゃいましたのよぉ!」

「「「まああああーーーーっっっ!!!(特大の黄色い悲鳴)」」」

 秘密の庭園に、今日一番の凄まじい歓声が沸き起こった。

 令嬢たちは顔を真っ赤にして口元を両手で抑え、想像以上のロマンチックで激甘な二人の定番行事に、テラスの空気は一気に沸点へと達した。

 一方、その当事者であるミラローズはというと――。

((ノ、ノア様を止めるための、ただの魔力供給の儀式なのに⋯⋯! アルト殿下、そこまで詳細に自室でブツブツ愚痴っていたのね⋯⋯! そしてシャルロット様、それを何一つ隠さず全部ここで話しちゃうの……っ!?))

 あまりの恥ずかしさにキャパオーバーで、ミラローズは顔を耳の裏から首筋まで真っ赤に染め上げ、今度こそ両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏した。

「ミラお姉様、本当にお熱いことですわねぇ」

「ノア殿下を口づけで手懐けていらっしゃるなんて、やっぱりミラローズ様は素敵なお方ですわ!」

「違、違います……っ! あれは、そういうことじゃなくて⋯⋯! うぅ、お兄ちゃん、ノア様⋯⋯もう助けてぇ⋯⋯っ!」

 心の中で完全に天を仰ぎ、声をなき悲鳴を上げて本気で嘆くミラローズ。

 しかし、そんな彼女の最高に可愛い限界赤面アタフタっぷりに、シャルロットも含めた令嬢たちはさらに大盛り上がり。

 初めての令嬢だけのお茶会は、最高に楽しく、そしてノアの激甘な実態(※伝言ゲームでさらに糖度が増した話)が社交界に完全拡散されるという、ミラローズの愛らしい嘆きとともに幕を閉じるのだった。

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