16.第二王子の婚約者
「アル様ぁぁーーーっ! 置いていかないでくださいませぇ!」
行き良いよく駆け込んできた人物に視線が一気に集中する。
「げっ、シャルロット⋯⋯!?」
アルトが息を呑み、ノアとルーカスが同時に表情を「苦手な天敵を見る目」に変える。
しかし、シャルロットはそんな兄たちの視線など、気にも留めることなく、ミラローズの姿を認めるなり、顔を輝かせ直進してきた。
「まあ! あなたがミラローズ様ですね!? お噂通り、とっても可憐で素敵です!」
突然のことに目を丸くするミラローズの手を、シャルロットは無邪気にぎゅっと握りしめる。ミラローズは、目の前で子犬のように目を輝かせている彼女を見て、ふわりと微笑み返した。ノアとルーカスも「害はなさそうだ」と少し警戒を緩める。
「お、おいシャルロット! 気安く触るな! 僕は今、彼女に王族としての心構えを厳しく――」
アルトが真っ赤な顔のまま慌てて引き離そうとするが、シャルロットの天然マシンガンが容赦なく炸裂した。
「まあ、アル様ったら。またそうやってミラローズ様に意地悪な顔をして。昨日もルーカス様に構ってもらえなくて『ルーカスが僕と遊んでくれない⋯⋯』って自室で枕に顔を埋めていらっしゃいましたのに、素直じゃありませんねぇ!」
「しゃ、シャルロットーーー!?!? 余計なことを言うな!!」
「移動の馬車の中でも『早く会いたいな』って、お顔をデレデレさせておいででしたよぉ?」
「デレデレなんかしてない! 僕はただ――!」
婚約者の容赦ない暴露に翻弄され、頭が良いはずのアルトの脳細胞は完全に許容量を超えていた。
シャルロットに惑わされ、恥ずかしさとパニックで完全に理性を失ったアルトは、あろうことかミラローズに向けて、再び理不尽な暴言を口にしてしまう。
「そもそも君だ! 君がそんな風に周囲をたらし込んで、兄上もお前も、ルーカスまで僕をないがしろにするんだ! 僕は認めない、君みたいな女――」
「アル、それ以上ミラのことを悪く言うと、見たくないお兄様のイチャイチャもう一度見せることになるけどいいのか?」
テラスに響いた、冷ややかで重みのある一喝。
ミラの隣に座ったままのルーカスが、鋭い瞳でアルトを真っ向から射抜いていた。
「⋯⋯っ!?!?(ガタガタ)」
大好きなルーカスからの、本日2回目となる「魔力供給強制見せつけ」の予告。
アルトの脳裏に、数分前のあの熱烈な口づけの光景が、恐怖のフラッシュバックとなって鮮烈に蘇る。
しかし、ルーカスのその発言に、誰よりも驚いて慌てたのはミラローズ本人だった。
「ちょっ、お兄ちゃん!? 何を言っているの、そんなの絶対にダメよ⋯⋯っ!」
ミラローズは顔を一気に真っ赤に染め、隣に座る兄の袖をぶんぶんと引っ張って抗議する。治療のための魔力供給とはいえ、人前で何度もそんな破廉恥な真似ができるはずがない。それにさっきのでかなり体調はいいのでもう今はいらない。
「いいやミラ、これはアルト殿下の無礼がこれ以上続くなら当然の結果そうなるよってことだ」
「同然の結果じゃないわよ! さっきみたいってことは仕掛けるのは私じゃない! 恥ずかしいから嫌よ! リュカが止めればいいのに!」
必死に兄を止めようと顔を真っ赤にするミラローズ。しかし、彼女のもう片方の隣に座るノアだけは、待ってましたと言わんばかりの笑顔。楽しげな2人の顔にみるみる顔が熱くなっていくのを感じていた。
「私はいつでも構わないよ? ミラが恥ずかしがる姿も可愛いし、今度は普通にしようか」
「の、ノア様まで悪ノリしないでください……っ!」
「うぐっ⋯⋯! な、なんて恐ろしいフォークナー兄妹⋯⋯いや、兄上も含めて理不尽トリオだ⋯⋯っ!!」
シャルロットの天然暴露で精神を削られ、ルーカスに脅され、当事者であるノアとミラローズの温度差にも挟まれ、アルトはもう一言も言い返せなくなって顔を真っ赤にしたままガタガタと震えるしかなかった。
恥ずかしさに耐えられなくなったアルトはまたも逃げ出してしまった。
「あ! あれ? アル様?! えっと、ミラローズ様! またお話しましょうね〜!」
天然お嬢様は、ミラへキラキラとした笑顔を向けて言うとアルトの後を追って「アル様ー!待ってくださーい!」と叫びながら去っていった。
嵐が過ぎ去ったお茶会の場所には真っ赤に染った顔のミラと楽しそうな笑みを浮かべる、理不尽な2人の姿。彼らは優雅にお茶を楽しんでいる。
「⋯⋯あー、行っちゃったよ。ほんとアルトは弄りがいがあって面白いなぁー」
「え、からかっただけなの?! それに私も巻き込んだの?! 」
「巻き込んだと言うか、あれでノアの逆鱗を阻止できるなら一石二鳥だろ? ノアもからかって遊んでたしなぁー」
「⋯⋯そういうのを巻き添えった言うんだよ。俺まで巻き添えにするな」
ニヤッと笑って話を振られたノアは、呆れたように返事を返した。
「そんなこと言って、楽しんでましたよね? ノア殿下?」
「⋯⋯突然敬いやめろ。楽しんでたのは認めるけど」
呆れた返事は確信のついたように突然敬いの言い方をするルーカスに負けて認めてしまった。
殿下の返事を聞いてルーカスが笑う。
「ミラはいつまでそんな真っ赤な顔してるの? 可愛いけど」
「⋯⋯お兄様とノア様のせいですので、居なくなればいいと思います」
「居なくなればいいとは酷いなぁー。でも、ミラの可愛い顔も見れたし、アルトの面白い姿も見れて満足したから仕事に戻るか」
満足気に立ち上がったノアはミラの額にキスを落としニコリと笑顔を向け頭をポンポンと優しく撫でた。
「⋯⋯リュカ、戻るよ。楽しいお茶会ができたしな。ミラもちゃんと中入って休むんだよ」
優しい笑みを浮かべて、ルーカスを連れ中へ入っていった。
ミラはその場に崩れるようにテーブルへ突っ伏す。羞恥心で顔から火が出そうなくらい熱い。
有意義ではあったが恥ずかしさを植え付けられいろいキャパオーバーになったお茶会は幕を閉じたのだった。
ミラはその後はいつものように図書館へ行くことはせず、部屋に帰って休むだけにした。




