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15.兄の本音

 毎日、図書館にこもりきりで病気のことを調べているミラローズ。

 そんな彼女へいつものように調べ物をしていた図書館から出して、「たまには外の空気も吸わないと良くない。外でお茶会だ」と王宮のテラスへ連れてきた。

 連れてこられてそこで待っていたのは、テラスでお茶会の準備をするミラの侍女クロエと王宮に使えるメイドたち。と優雅に先にお茶していたルーカス。

「おっ、来たな、待っていたよ。ミラはここね、ノアはそっち」

「なんでお前に指示さるんだ」

「わぉ、怖っ。でもさぁー、これがノアも安心の配置だろ?」

 ただの友人としての振る舞いをして話しかけるルーカスに言われたのは彼とノア自身の間にミラを挟む形で席に付けというのだ。

「⋯⋯まぁ、そうだな」

 ノアは満足そうに口元を緩めると、指定された席へとミラを優雅にエスコートした。

 もちろんテラスの特等席には、ミラがへの配慮は徹底されていた。

 日焼けしたり体調を崩したりしないよう、紫外線や強い風を完全に遮断する最高級の天幕が張られ、心地よい涼風を送る魔導具まで設置されている。テーブルに並ぶのも、ミラの枯渇した身体へ配慮されたメニューが並んでいる。ノアの配慮だけでなく、病気がわかってからずっと1番近くて仕えるクロエの配慮だろう。

「ミラ、どう? 久しぶりだろ外。気持ちいい? 体調悪くなったり、日差しが眩しいとかあったりしたらすぐに言ってね?」

「⋯⋯ふふ。ありがとうございます。大丈夫ですよ、見てください。この帽子リュカが実家から持ってきてくれました。お気に入りなんです」

「うん、とても良く似合っているよ、リュカが持ってきたってのは気に食わないけど」

 ノアがミラローズの帽子に優しく触れながら、少し拗ねたように口を尖らせる。

 その言葉を聞いて、ルーカスはドヤ顔で胸を張った。

「俺がミラにあげたやつなんで。ミラの好みはすべて俺が把握していますし? 兄として当然です」

 お互いに譲らない、兄とノアの静かなマウント合戦。

 そんな徹底的に過保護に管理された、優雅で温かい(そして少し騒がしい)癒やしの空間。

 そこへ、カツカツと場にそぐわない不機嫌そうな足音が近づいてきた。

「フ、フン⋯⋯相変わらず、過保護が極まっていますね、兄上」

 数日前の図書館での大敗北から、めげずにリベンジの機会を狙っていた第二王子アルトが、偶然を装ってテラスへ姿を現したのだった。

 アルトは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らしてミラローズを睨む。

「いくら婚約したからって、四六時中そこまでベタベタと甘やかすのはどうかと思いますよ。ミラローズ嬢、君も王族の伴侶になるなら、少しは自立というものを――」

 アルトがここぞとばかりに、自身の頭脳をフル回転させた説教を始めた。

 密かに次期国王の座を狙っているアルトにとって、完璧な兄ノアは最大のライバルだ。だからこそ、ノアの隣に立つ女性の資質にも人一倍厳しい。

 しかし、当のノアはミラローズの帽子を愛おしそうに見つめながら、ぽつりと呟やいた。

「自立ねぇー。そもそも国王の座には興味が無いからね。ミラローズにそこまで求めなくていいんだ」

「⋯⋯は? 」

 説教の途中だったアルトの言葉が、ピタッと止まった。

 天才的な脳細胞が、いま兄の口から出た信じられない暴言を処理しきれずにフリーズする。

 ミラを挟んで反対の席に着くルーカスが、天を仰いで小さく額を押さえた。

「(⋯⋯あぁーあ、言っちゃったよ。公務が忙しい時にいつもボヤいてる本音を、よりによって一番聞かせちゃいけない相手に漏らしてるよ、このお方は……)」

 ルーカスのその「やってしまった」という顔を見て、ノアもうっかり本音を口に出してしまったことに気づき、苦笑いを浮かべる。

「あ、いや、今のはただの独り言だよ」

 しかし、一度溢れた本音は止まらない。

「でも実際、私ほどの強大な魔力は、政治の椅子に座るよりも魔物討伐なんかに使う方が国のためになるだろう? だから王座は君が継げばいい。私はただ、ミラローズの隣にいたいだけだからね。……まあ、魔物討伐の遠征に行くとミラローズとしばらく離れ離れになってしまうから、本音を言えば一歩もここから動きたくないのだけれど……」

「ちょっと待ってください兄上ーーーっ!?!? あとルーカス、お前もなんでそんな『いつものこと』みたいな顔をしてるんだーーーっ!?」

 アルトはテラスに響き渡る声で絶叫した。

 自分があれほど血の滲むような努力をして留学先で帝王学を修め、密かに狙っていた最高峰の王座。それを兄は「興味がない」と切り捨て、あろうことか「女と離れたくないから遠征に行きたくない」などとのたまっている。

 あまりの衝撃に、頭が良いはずのアルトの脳細胞は完全に機能停止フリーズしていた。

 パニックを起こした頭では、もうこれ以上、理路整然とした国家論など組み立てられるはずもない。完全に余裕をなくしたアルトは、ついにミラローズへと矛先を向け、理不尽な八つ当たりのように声を荒らげた。

「そもそも君だ! 君がそんな風に、か弱く、頼りなく、兄上に守られるばかりの存在だから、兄上までおかしなことを言い出すんだ! 兄上の輝かしい未来を奪って、隣でぬくぬくと甘やかされているだけの君なんて、やっぱり僕は絶対に認めな――」

 ドクン、と不穏な重低音がテラスに響く。

 次の瞬間、ノアの全身から肌を刺すような、禍々しい黒いオーラが吹き荒れた。暴走の一歩手前――ただ「私のミラローズを害する者は、実の弟であっても容赦しない」という絶対的な威圧感だけで、テラスの空気がミシミシと歪んでいく。

「――おい、アルト。それ以上ミラに、不躾な言葉を重ねるなら、実の弟であっても容赦はしない」

「ひっ⋯⋯!?」

 絶対零度の瞳に睨まれ、アルトは一瞬で言葉を失い、恐怖で体が硬直して萎縮する。

 ミラの隣に座っていたルーカスは、またかと思いつつ、優雅にお茶をしながら様子を伺った。

(まだ黒いオーラを放っている段階⋯⋯本当に暴走した時なら私の沈静化魔法を使ってからでないとだけど、この程度なら――)

 ルーカスは座ったまま、ミラローズのドレスの袖をスッと静かに引いた。そして、ミラローズが気づいてこちらを見た瞬間、声は出さず、ただ視線だけで隣(反対側)のノアのほうを指し示した。

『ミラ、ノアを止めて(魔力を吸い取って)くれ』

 言葉はなかった。けれど、双子であるがゆえに、ミラローズにはそれだけで兄の意図が完全に伝わった。

 ミラローズは声を出さず、ただ静かにコクりと一度だけ頷く。

 そして、自分のもう片方の隣に座るノアへと向き直ると、臆することなくその頬にそっと両手を添えた。黒いオーラを放つ彼の唇に、迷わず自身の唇を重ねる。

「⋯⋯っ」

 静かな口づけ。

 ミラローズの唇を通じて、ノアの溢れかえっていた莫大な魔力が、彼女の枯渇した身体へと、心地よい熱となって一気に流れ込んでいく――。

 ミラローズが魔力を吸い上げるにつれ、テラスを支配していた悍ましい威圧感はみるみる霧散し、代わりに甘く穏やかな空気が満ちていった。

 唇が離れると、ノアは一瞬でとろけるような溺愛の表情へと戻り、「ミラ⋯⋯」と彼女の手を愛おしそうに握りしめる。

(ま、またこれか⋯⋯っ!? 突っかかるたびになぜ強制的にイチャイチャを見せつけられているんだ⋯⋯っ!!)

 アルトが怒りと気恥ずかしさでキャパオーバーを起こし、顔を真っ赤にしているところへ、カツカツとおっとりした足音が近づいてくる。

「アル様ぁぁー! 置いていかないでくださいませぇ!」

 ふわふわとしたドレスを纏った愛らしい令嬢――シャルロット・ソレントが、テラスに無邪気に駆け込んできた。

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