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窓枠に錠前 -04-

 白雪が姿を現した瞬間、賑々しく盛り上がっていた社交場は、しん、と静まり返った。しかし、白雪は臆することなく胸を張って、歩を進める。


 義理の母が誂えてくれたドレスは、実の父や身近な家庭教師が用意するものよりも、ずっと、自身の魅力を引き立ててくれていると信じているからだ。


 何より、白雪の肌に合うだろうと、彼女は宝石まで貸してくれたのだ。


 白雪の宝石箱にはない、落ち着いたヤグルマギクのような碧玉。ちりばめられたダイヤモンドと精緻な銀細工もまた、子供だましが一切ない美しいものだった。


 もともと子供じみた趣味は持ち合わせていない。なんなら、背伸びしたい年ごろである。

 人々がほめそやす黒髪を淑女のように編み上げ、さらけ出した首元には、サファイアを。

 踵の高い靴によるつま先立ちのつらさですら、大人の証のようで誇らしかった。


 彼女が選んだドレスに相応しくあるように、王妃のように美しく振舞うのだ。


 遠い国からお嫁に来た王妃は、家庭教師や侍女と異なり、王に取り入るために、白雪を利用することはなかった。


 彼女は、気高く、細部まで磨き上げた自身の美貌のみをよりどころとし、事実、王は王妃が身に纏う麗しさに熱を上げた。王妃は、その華麗な容姿を保つために、偏屈なほどに規則正しい生活と、味よりも栄養を重視した野菜中心の食事。いつの頃からか、成長という変化を厭い、かえって不健康なほどに食事量を減らしていた。


 豊かさを身に纏うべき体は、いつまでも薄く、一方で、止められない成長は彼女の体に丸みを与える。不安定なその魅力は、まるで冬枯れに向かう頽廃を内包した秋の紅葉の絢爛さに似ていた。


 しかし、ついに無理がたたったのだろう。

 夜会が始まったばかりだというのに、いつになく青ざめた王妃に気が付いた白雪は彼女へと駆け寄った。しかし、伸ばした手は空を切った。


 顔色どころか、胸元まで血の気がない肌の白さは、まるで東洋の焼き物のようになまめかしく、生気が失せたかんばせは、いっそ、精巧な人形よりも人形らしく、ひどく単純なようでいて、そのくせ、光の加減ではどうとでも解釈が出来そうな表情を浮かべていた。


 王妃にとどまるように言われた白雪は、昨年ならば、その制止を聞かずに彼女にまとわりつくことができた。

 しかし、今、王妃が誂えてくれた大人びたドレスに身を包む今、白雪はドレスに相応しい行動をとることを選んだ。つまり、王妃に託されたように、彼女の代わりに国外の貴賓たちをもてなす役目を継いだのだ。


 白雪が痛ましい表情を浮かべたのは一瞬で、王妃の代理として、つま先立ちで王の隣に立つ。

 白雪の隣で、王の側近が下卑た笑みを浮かべた。


「お妃さまが下がられたのなら、王も新しい愛人を見繕われては?」

「確かに妃にもそろそろ飽いてきたが、王子が欲しい」


 王は側近の下品な提案に対し、白雪の前だからと咎めるわけでもなく、無頓着に答える。白雪は嫌悪感もあらわに眉を顰めたが、一歩下がった白雪の表情に気が付くことはなかった。


 一方で、白雪は気が付いてしまった。多少ふらつきながらも、騒ぎにならぬようにとタペストリーの陰に隠れるように扉へ向かっていた王妃が、王の言葉に、その華奢な肩を揺らしたことを。しかし、王妃は決してその歩みを止めず、また、振り返ることなく、広間から姿を消した。だから、白雪は彼女がどんな表情を浮かべたのかは知らない。


「ならば、王妃はもう少し肉をつけていただかなくては。あんな痩せぎすでは」

「お父さま、ご存じ?」


 側近の言葉を遮るように、白雪は一歩踏み出した。側近は、一瞬だけ不満そうな表情を浮かべたが、何も言わず身を引いた。王はいつにない白雪の様子に、物珍し気に視線を上げ、話の先を促してくる。


「わたくしも、先ほど隣国の侯爵様にお聞きしたのだけれども、海向こうの島国では女王が誕生したそうよ」


 白雪の言葉に、王は少しだけ目を見開いた。白雪が受け継いだ黒い瞳に、強い光が宿る。

「それがどうした、姫」

 その強い眼差しを、白雪の瞳もまた、硬質さをもって見つめ返した。


「我が国も王子に拘ることはないのではなくって? お父さまの後は私が立派に継いでみせますわ」


 血を透かした唇に浮かべた笑みは不遜なものだ。王は面白そうに眼を細めた。

「なるほど。そちの家庭教師も、姫は余に似て聡明だと言っておったな」

 王の揶揄するような物言いに、白雪は臆することなく応える。

「今の先生では物足りないわ。教師を増やしてください、お父さま」


 白雪の家庭教師が王の愛人であることは周知の事実である。愛人を囲うのは貴族の嗜みであり、取り立てて隠すような真似はしないが、そうあからさまにすることもない。

 挑発するような白雪の言葉に、王は少しだけ面食らったようだったが、すぐに不遜な笑みを浮かべた。


「いいだろう。ドレスを選ぶための家庭教師はもう不要なようだ。優秀な教師を探そう」

「ありがとうございます、お父さま」


 澄まして答える白雪に、王様は鷹揚に頷いた。


「他にも必要なものはあるかな、愛しい姫よ」

「……私が女王になるために必要なものをすべて用意してくださいませ」

「わかった、わかった。そなたが望むものすべて揃えよう」


 白雪の言葉に、王は半ば呆れ、しかし、残りの半分は感心したように目を細める。


「いいえ、お父さま。必要なものだけで十分。でも、お父さまが私を認めてくださった暁には、ご褒美として一つだけ、欲しいものをいただきたいわ」


 王は面白そうに口の端を歪めた。白雪はどこまでも真剣な眼差しを崩すことはなかった。若き王の肖像画に描かれる、冬の夜空にも似た硬質さを讃えた黒い瞳。


「そこまでして、何を手に入れようというのかな、」

 探るような王の言葉に、白雪の答えは驚くほど単純で、それゆえに欲深いものだった。


「殿下がお持ちのもので、一番美しいものを」

「約束しよう、白雪」


 しかし、王は快諾し、白雪はようやく満足そうに口の端を引いた。その笑みは王の浮かべる表情に酷似していた。


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