窓枠に錠前 -03-
王妃が嫁いで七回目となる夏至祭を控えたある日、白雪は自分でドレスを選ぶことを許された。
「ようやくこのドレスが着ることができるわ!」
光沢のある淡水色の生地に、銀糸金糸で編んだレースで飾られたドレスを胸に当てる。
今の王妃が、自身のドレスを仕立てる際に、ついでに、と白雪のドレスも仕立てさせた時のものだ。
白雪の肌と黒髪が映えると王妃が用意した生地は、子供じみた明るい色や、可愛らしい柄行を選ぶ王や家庭教師とは異なり、生地が有する光沢により花を模したような柄行の地紋を浮かび上がらせた上品かつ華やかなものだった。さらには、仕立てる時も、王妃はつけるレースの位置から、ドレープを寄せる幅まで細かく口出しをした。
仕上がってみれば、程よく流行を取り入れた、華やかながらも大人びたドレスで、白雪は大変気に入った。しかし、いざパーティが催されれば、侍女や家庭教師が選ぶのは、基本的には王が用意した垢ぬけないドレスで、白雪は早くこのドレスを着る機会がないかと伺っていたのだ。
氷結した水色のドレスを抱えて鏡の中を覗き込み、浮かれたように問いかける。
「鏡よ、鏡。この国で一番美しいのはだあれ」
もちろん、子供じみた問いかけに応じるものはいない。
しかし、白雪はドレスを抱える自分の腕が、ドレスの淡青色を反射して、初雪のように輝いて見えることに満足する。そして、同時に、やはり、一番欲しいものを与えてくれるのは彼女なのだ、と白雪は確信した。
記憶のない実の母親や、偉大なる大国の王である父親。否、彼は私人ではなく、公人であるがゆえに、白雪の父親ではなかった。
王に至っては、贈り物をするときに、白雪や王妃のことなど考えて品物を選ぶということをしない。彼の価値基準は、いかに国が繁栄するかなのである。
流通を維持するために、一定量の購入を約束した舶来の絹。国内で保護している染色産業、さらに発展させるための技術革新を促すために、最新技術の産物をお召し抱えなければならない。同様に、冶金の技術を守るため、鉱山の維持のための宝飾産業。
そうやって彼は、この国の発展と治安を維持し続けているのだ。彼にとって贈り物は自国産業の維持のためであり、外国に輸出するときに王が認めた品という付加価値をつけるためのものだった。
彼は良き王なのだ。良い父親、良い夫にはなりえないけれども。
王は稀代の賢君と誉れ高く、国を豊かにしたが、一方で、家庭を顧みることはなかった。生まれた時からそうであったし、また、周りも王を誉めそやすので、それが正しい形なのだと白雪も思っていた。
また、王の機嫌のみ窺い、白雪に王が気に入るような振る舞いを促す家庭教師も、自身を甘やかすことで王に取り入ろうとする侍女たちも、欲深いところはあるものの、基本的には善良な者たちなのだ。
誇らしい父王の行いを疑うことなどなかったし、尊敬もしていた。自身の世話をする従者たちにも、親しみを持っていた。
白雪が、そのように王と、周りに侍る女たちのことを理解し、納得できるようになったのは最近のことだったが、それでも、否、だからこそ、自身を見てくれる王妃の存在は、いつの頃からか特別になった。
「合わせる宝石はどうしますか?」
侍女の言葉に、白雪は宝石箱を覗き込んだ。そもそも、父である王の見立てで選んだものが多く、気に入りの宝石は少ない。気に入っていたものでも、新しい母が選んでくれたドレスに合わせるにはどこか子供っぽい。
「……亡くなったお母様の宝石箱に真珠のネックレスがあったわ」
「先のお妃さまの宝石箱を勝手に使っては……」
窘める侍女に、白雪は「お父様の許しをいただいてくる」と言って衣裳部屋を後にした。
廊下に出れば、かすかに響く王妃のチェンバロの音。いつもと違い、どこかたどたどしいのは、王の前で練習しているせいなのだろうか。ならば、王は音楽室にまだいるのだろうと、音楽室へ向かった。
音楽室の扉を叩けば、少し間を置いた後、「どうぞ、」と王妃の答え。少しだけ声が震えていたが、白雪は気が付かなかった。
「お母さま、お父さまはいらっしゃる?」
「……いいえ、お勤めに戻られましたよ」
部屋を覗き込めば、チェンバロに向かう王妃の姿。
白雪は、部屋の配置に違和感を覚えたが、王がいないことで気が緩み、その原因を探る前に、王妃にかまってもらおうとじゃれるようにチェンバロを弾く王妃へと近寄った。
「姫、ドレスは選んだの?」
しかし、王妃の問いはいつもと違い、どこか突き放すような口調だ。
「ええ、お母さまが仕立ててくれたフロストブルーのドレスを着るわ。色も涼しげでいいでしょう?」
王妃は少し間をおいて、「そう」と言った。白雪は予想と違う王妃のそっけない反応に、白雪は子供のように唇を尖らせた。
「時間、場所、機会にあっていると思ったのですけど」
不貞腐れた物言いに、王妃はようやく笑みを浮かべた。
「最新の織りで、職人も育ってきたところだから、良いタイミングのお披露目だと思うわ」
「そうじゃなくて、一緒に仕立てたのに、もっとなにか」
不服そうな白雪に、王妃はついに吹き出してしまう。
「せっかく大人びたデザインにしたのに、そんなことで不貞腐れているようでは、まだ早いかもしれないわね」
「お母さまったらひどい」
揶揄の言葉に、完全に拗ねた白雪をみて、王妃は、安堵のような表情を浮かべた。
「あなたは、いつまで子供でいてくれるのかしらっ」
「え?」
王妃の唇から、思わず、というように零れ落ちた言葉の最後が不自然に跳ねる。だからか、白雪がその言葉の把握することがかなわなかった。よく見れば、王妃の肩が小さく震え、それは指先に伝わり、奏でるリズムが乱れていたが、白雪がそれを指摘する前に、王妃が問う。
「姫、殿下にご用事では?」
「え?あ、ええ。お父さまに、宝石箱の真珠を借りていいってお許しが出たらそれを合わせようと思うの。どうかしら?」
「……あなたに真珠は落ち着きすぎるわ。私の青いサファイアをっ」
ふいに王妃の指先が跳ねた。白雪が訝し気に王妃を見上げれば、少し俯いた顔は赤く染まり、鍵盤からそらされない瞳は少し潤んでいる。
「お母さま?」
白雪の問いかけに、王妃は顔を上げることはなかった。しかし、王妃は途切れた曲を再開することなく、王妃の祖国の曲を奏ではじめた。そして、メロディに合わせて、即興で歌う。
「サファイアをかしてあげる。ドレスにピッタリよ、あなた少し背が伸びたでしょう?詰めてあるから大丈夫だと思うけど、丈を出すにしても早めにっ」
再び王妃の指先が跳ねる。明らかにおかしい様子に、白雪が何を言うよりも早く、王妃は歌をつづけた。
「試着してらっしゃい?」
有無を言わせない強い音で、王妃は歌う。
「……はい、」
腑に落ちないというよりも、不満が先に立った白雪は少し頬を膨らませたが、王妃の青いサファイアはかねてから白雪の憧れだったものだ。濃く深い青と重たい銀の細工ながらも、いくつもの小さなダイヤがちりばめられていて、サファイアはダイヤの輝きを反射して、青い光を夜空のように瞬かせていた。王妃はあまり気に入ってはいないのか、身に着けている場面こそ少なかったが、品物自体は一級品である。
「後で部屋に届けさせるわ。もう行きなさい」
甘える白雪と裏腹に、まるで追い出すような強い口調は、しかし震えていた。サファイアを身に着ける喜びに浮き立つ白雪が気付くことはなかったけれども。




