§92 海を目指して暴走中
この運河は田畑用の用水路も兼ねて作られている。
上流側はサカイより三十離以上先。
そして下流はサカイとチャーシの中間地点で航路のある川と合流している。
その間ほぼ直線で他の船が無いのをいいことにアン先輩が吹っ飛ばす。
「アン先輩、もうすこし速度を落としたらどうですか」
「全然問題無いのだ。この舟操縦性が凄くいいのだ」
「でもラインマインの自転車の後ろよりはましですわ」
ヘラがそんな事を言ってメルがこくこく頷く。
「そんなに怖かった?」
「速度感が未知の領域」
「そうそう。地上であれより速いものって多分無いのではないかしら。強靱種の早飛脚すらかなわない速さですしね」
強靱種の早飛脚は一刻にだいたい六十離以上を走る。
ラインマイン本人も走る速度はそれくらいだし、それが自転車に乗っているんだからもう最強だよな。
百離刻より速いかも。
一方、この川舟の速度はそこまでではない。
せいぜい六十離刻くらいだろう。
ただ視点が低い分、かなりの速度感がある。
用水路兼運河として直線で整備されているから何とかなっているだけだ。
自然河川のようなカーブがあれば事故必至。
そんな感じだ。
「それにしても舟って結構揺れるんだな」
これはアルの感想。
「普通の船はもっと揺れますわ。それも横方向にもっと不快な感じに。
シルダ行きの船は特別です。この舟も大きさを考えると揺れが少ない方ですわ」
「ヘラは色々な船に乗った事があるんだ」
「船の方が荷車より物を一杯運べますから。ですから商人は結構船を使うのですわ」
水路は少しずつ幅を広げていく。
それをいいことにアン先輩はどんどん飛ばす。
ただその割には確かに快適かもしれない。
水しぶきをあげることもないし。
不意に舟の速度が落ちた。
「合流点なのだ」
確かに広い水路が左右に見える。
取り敢えず近くには他の船は見えない。
右の上流側かなり遠くに大きめの船が見えるだけだ。
「カイドーやサカイを朝一に出る船より先に出ることが出来たようですね」
「これで遠慮無く飛ばせるのだ」
そんな訳でアン先輩は豪快な運転を開始する。
今度は川幅こそ広いものの元が自然河川だから左右に曲がっていたりする。
そこを舟を滑らすように強引に勢いで曲げていく。
「これは楽しいのだ」
「もっとゆっくりにして下さい!」
みんな舟の横なり椅子部分なりを掴んでいる。
運転が豪快すぎて左右に振られるのだ。
しかも水しぶきが飛びまくっている。
「服が濡れます。ショッピングに行くのが遅れますよ」
「うーん、仕方無いのだ」
ちょっと速度が落ちた。
「ついでだから運転を交代してみたらどう?いざという時にアン先輩以外でも運転できる方がいいよね」
「やってみる」
そんな訳で今度はメルが運転席に。
今まで以上の急加速が俺達を襲った。
後方へ吹っ飛ばされそうになるのをあちこち掴んで耐える。
ひっくり返ったヘラを支えつつ船縁を必死になって掴んでいる俺が見たもの。
それは喜々として操縦しているメルの姿だった。
「確かに楽しい!」
「なのだ!」
平気なのはアン先輩だけの模様だ。




