§100 青い月の夜
立ち上がったついでにちょっと部屋の外へ出てみた。
食堂へ繋がる渡り廊下から宿の外へ。
満月を少し過ぎた月だけれど充分明るい。
そのままちょっと海の方へ歩いてみる。
桟橋に俺達の船を含む三艘ほどの船が係留してあるのが見えた。
そしてそこに人影がひとり。
ボラードに座って海を見ている。
誰かはすぐにわかった。
「先輩、何をしているんですか」
「月や海が綺麗なのだ」
確かに。
「そっち行ってもいいですか」
「どうぞなのだ」
そんな訳で俺も桟橋に。
先輩の近くに腰を下ろす。
「こんな月の夜は思い出す話があるのだ」
「何ですか」
「昔、初級上位学校の先生に聞いた話なのだ。私が始めて会った他の世界から落ちてきた人だったのだ」
アン先輩はそう話し出す。
「ジュール先生のいた世界には月に関する昔話や神話があったそうなのだ。大地を想像した神と太陽の神、そして月の女神と闇の神、それより力が劣る星々の神や地上の神の神話が色々あったそうなのだ。
ホクトがいた世界にもそんな話はあったのか?」
「ええ」
俺は頷く。
「国によって色々な話がありますけれど。俺のいた日本にもそんな神話があります」
アン先輩は頷く。
「ジュール先生に言わせるとそれは自然な事なのだ。天体の知識など知るよしもない中で、人は自分の想像できる範囲で世界の構造を組み立てるのだ。だから太陽とか月が神格化されるのは当然なのだと」
アン先輩は小さく息をついて、そして続ける。
「そういった想像や知識が生活上の知恵や道徳と結びついて宗教になる。原始社会や中世でそれはとても自然なことだ、そうジュール先生は言っていたのだ。授業では無く雑談としてなのだが。
その時ジュール先生が何を言いたかったのか、当時の私にはわからなかったのだ。ただ、なるほどなと思って聞いていただけなのだ」
そこまで聞いて、俺は気づいた。
アン先輩が何を言おうとしているかという事に。
「そういえばこの国には……」
アン先輩は頷く。
「そう。この国には神はいないのだ。神話も世界創造の昔話すらも存在しないのだ」
レマノの知識を漁ってもそんな話は出てこない。
月とか太陽の話は理科の、この世界では星学の教科書にあるような話だけ。
「社会不安が起きれば宗教が生まれるのは必然とも先生は言っていたのだ。自分の力でなし得ない希望を掴むために人は神と宗教を形造るとも。でもこの世界にはすがる神すらいないのだ。他世界から落ちてきた人の知識と概念の中にしか存在しないのだ。神という概念はあるのに神はいないのだ。これはきっと不思議で不可解で、でもきっと確たる理由があることなのだ」
確かに。
「月や太陽やこの星が星であるという事を知ったのは五百年前と歴史には出ていましたね。でもそれ以前はどうやってこれらを説明していたのだろう」
「地動説とかはあったようなのだ。でもそれと神々を結びつけた様な話は一切無いのだ。全てが合理的で知識の上に成り立っている感じなのだ。私は最初気づかなかったが、言われてみると確かに不自然なのだ」




