第二十八章 最後の航海
一六一〇年の夏、ナポリから船に乗った。
恩赦の知らせが、風の噂のように届いていたのだ。ボルゲーゼ枢機卿がカラヴァッジョの恩赦を教皇に取り次いだという話が、人づてに伝わってきた。正式な文書はまだ手許になかったが、希望の匂いがこの男の体に微かに戻っていた。マルタで嗅いだあの匂いよりもずっと薄く、ずっと儚い希望だった。カラヴァッジョは贈答用の絵画を三点、船に積み込んだ。ローマへの帰還を許してもらうための通行証として。才能を、赦しの対価として差し出すための絵を、丁寧に布で包んで積み込んだ。
コルナッキアも船に乗せてもらった。カラヴァッジョが犬を抱え上げて甲板に下ろした。老いた体が甲板の上でよろめいた。マルタへの船旅のときよりも、さらに体が弱くなっていた。
あの頃はまだ船酔いに抗う力があった。今は甲板の上に横たわることしかできなかった。四本の脚で立つことが辛かった。後脚の関節が膝から下で固まりかけていた。足の裏の肉球はひび割れて乾いていた。目のかすみが進んでいた。夜間視力はまだあったが、遠くのものがぼやけた。匂いの感度も落ちていた。世界が薄くなり続けていた。
それでもカラヴァッジョの足音だけは聞こえた。不規則で弱々しい足音。大腿部の古傷を庇う足取り。この足音は、十五年間聞き続けてきたあの足音の、最も弱い版だった。ローマのマダマ宮の階段を降りる軽快な足音から、ナポリの路地を引きずる足音を経て、この船の甲板を踏みしめる不安定な足音に変わっていた。
パロ港で船が停泊した。
何が起きたのか、犬にはすぐには理解できなかった。港の役人がカラヴァッジョを呼び止めた。身許を確認し、何かを伝えた。カラヴァッジョの匂いが変わった。怒りでもなく恐怖でもなく、何かが崩壊する匂いだった。体温が急激に下がり、心拍が速くなった。
船がカラヴァッジョを置いて出港した。絵画を積んだまま。恩赦のための贈答品が、船と共に去った。カラヴァッジョの手が届かない場所に。カンヴァスは持ち運べるもののはずだった。逃げるときに持っていけるものだった。しかし今回は逆になった。カンヴァスの方がこの人から逆に逃げていった。
カラヴァッジョは港の石段の上に立ち、遠ざかっていく船を見ていた。コルナッキアは彼の足許にいた。主人の体から発する匂いが変わっていった。怒りが最初に来た。金属的なアドレナリンの匂い。しかしそれは長く続かなかった。怒りの対象がなかった。相手は去った船であり、港の役人であり、目に見えない官僚機構だった。剣を向ける相手がいない怒りは、行き場を失ってすぐに消えた。残ったのは深い空白だった。
カラヴァッジョは船を取り戻すために動き始めた。船が寄港するはずのポルト・エルコレに向かって、海岸沿いの道を歩き始めた。真夏のトスカーナの海岸沿いの道だった。七月の太陽が石の道を焼いていた。七月の日差しが容赦なく強く、石の地面が足裏を通じて熱を伝えてきた。
コルナッキアは後ろを歩いた。老いた四本の脚で、灼けた石の道を踏んだ。肉球が焼けた石に触れるたびに痛みが走った。足が痛み、目がかすみ、匂いの感度も落ちていた。それでもカラヴァッジョの足音だけは聞こえた。不規則で、弱々しい足音。
夏の太陽が容赦なく照りつけた。日陰がなかった。海岸沿いの道には木が少なく、石の崖と海と空だけが広がっていた。犬の漆黒の巻き毛が日差しを貪欲に吸い込み、体温が危険なほど上がった。舌を出して喘いだ。水がほしかった。喉が干からびていた。カラヴァッジョも水を持っていなかった。港を出るとき、水筒を持つ余裕がなかったのだろう。
歩き続けた。カラヴァッジョの足取りが遅くなった。右脚を庇う歩き方が、さらに不規則になった。何度か足を止め、手を膝について息を整え、海を見つめ、また歩き出した。
コルナッキアは主人の半歩後ろを歩き続けた。脚が震えた。老いた筋肉が限界に近づいていた。何度かよろめいた。路肩の石に脚を取られて転んだ。前脚が折れ曲がり、顎が石の地面にぶつかった。数秒、動けなかった。後脚に力を入れた。入らなかった。もう一度力を入れた。立った。しかし止まらなかった。止まれなかった。この人が歩く限り、犬も歩く。この人が止まれば、犬も止まる。それが十五年間をかけて体に刻んだ約束だった。言葉で交わした約束ではなかった。体で交わした約束だった。
アンカーは並べなかった。
もう並べようとしなかった。
最後の一語「父さん」が、頭の中のどこかにまだあるのかどうかも、確かめなかった。確かめるのが怖かった。確かめて消えていたら、布袋瞳は完全に消える。確かめないことが、最後の防壁だった。
しかし「この人の傍にいる」という意志だけは消えていなかった。その意志が人間のものか犬のものかは、もう問題ではなかった。十五年かけて、二つは一つになっていた。
カラヴァッジョが倒れた。
前触れなく膝から崩れた。石の地面に膝がぶつかる音がした。両手を前についた。しばらくそのまま動かなくなった。呼吸が聞こえた。荒い呼吸だった。
コルナッキアは彼の傍に寄り添った。彼の腕に鼻を押し当てた。腕は熱かった。心拍が速かった。呼吸が浅かった。体温が異常に高かった。熱があった。日射ではなかった。体の内側から来る熱だった。マラリアの熱かもしれなかった。
カラヴァッジョの手がコルナッキアの頭に触れた。あの大きな手だった。しかし力がなかった。指先だけが巻き毛に触れ、一瞬だけ撫でるような動きをして、そのまま石の地面に落ちた。
しばらくして、通りかかった荷車がカラヴァッジョを乗せてくれた。コルナッキアは荷車の横を走った。走るのではなかった。老いた体の精一杯の速さで歩いた。荷車の車輪が石の道を転がる音に追いつけなかった。遅れた。距離が開いた。肉球が石に焼かれて痛んだ。
しかし匂いは追えた。カラヴァッジョの匂いが風に乗って届いた。リンシード油。鉄。汗。そして病の匂い。体の中で何かが燃えている匂い。犬の鼻はその匂いの糸を追い続けた。目がかすんでも脚が震えても、リンシード油と鉄の匂いの糸だけは辿ることができた。十五年間嗅ぎ続けた匂いは、犬の鼻の一番深い場所に刻まれていた。最後に残る感覚は、この匂いだろうと思った。世界のすべてが消えても、この匂いだけは残るだろう。
ポルト・エルコレの街が見えてきたとき、日が傾き始めていた。夕暮れの光が海面を染めていた。犬の目には夕暮れの色がくすんで見えた。以前ならもっと鮮やかに見えた光の変化が、今は薄くぼやけていた。世界が少しずつ消えていく。目から。鼻から。耳から。体のすべての窓が、少しずつ閉まっていく。
この世界で最後に残る感覚は何だろう。匂いだろうか。音だろうか。温もりだろうか。それとも何も残らないのだろうか。十五年間、この犬の体で世界を感じてきた。人間の体では知り得なかった世界を知った。匂いで見る世界。音で触れる世界。体温で語る世界。すべてが閉じかけている。しかしまだ、完全には閉じていなかった。主人の匂いが届く限り、まだ世界は終わっていなかった。
荷車が止まる音が聞こえた。
人の声。
カラヴァッジョの名を呼ぶ声。
建物の扉が開く音。
サンタ・マリア・アウジリアトリーチェ病院。
修道士たちの低い声。
寝台が運ばれる音。
カラヴァッジョが寝台に横たえられる音。
犬はその音と匂いを追って、石の廊下を歩き、薄暗い病室の扉をくぐった。主人の匂いが、その部屋の奥にあった。




