第二十一章 斬首
聖ヨハネ大聖堂の空気は、他のどの教会とも違った。
石の匂いが深かった。何百年もの祈りと蝋燭の蝋と、血と鉄の匂いが染み込んだ石だった。騎士団の大聖堂は修道院であると同時に要塞であり、祈りの場所であると同時に戦争の記憶が積み重なった場所だった。
壁の石の表面には、剣で刻まれた十字の跡が無数にあった。戦に出る前の騎士たちが刻んだのだろう。祈りを石に預けて出征した男たちの、帰らなかった者たちの十字架が、壁一面に重なり合っていた。
床の石に膝をつけば、十字軍の騎士たちが何世紀もかけて擦り減らした凹みが脛に当たった。聖水盤の水からは金属の匂いがした。古い銅の匂い。何千もの指先が触れた金属の匂い。
コルナッキアは大聖堂の床に座り、天井を見上げた。犬の目の高さからは、天井は遥か遠くにあった。蝋燭の光が石の柱を上がり、天井の闇に消えていた。闇の中に天井があるのかどうか、犬の夜の目をもってしても確かめられなかった。
カラヴァッジョはこの大聖堂のために、これまでの全作品を超える大きさの絵を描くことになった。
『洗礼者ヨハネの斬首』
聖堂の壁面を覆う巨大なカンヴァス。コンタレッリ礼拝堂の制作を超える規模だった。
しかし今回、三日間の沈黙はなかった。白いカンヴァスの前で震えることもなかった。カラヴァッジョは巨大なカンヴァスが壁に張られた日、その前に立ち、数分間じっと眺め、すぐに絵具を擂り始めた。
確かに何かが変わっていた。この人の中で、壁は超えるべきものではなくなっていた。壁の大きさは問題ではなかった。問題は光だった。この大聖堂の光をどう使うか。それだけが問題だった。
ある夜、カラヴァッジョは制作を中断して、大聖堂の中に入った。蝋燭を一本だけ手に持って。コルナッキアは後を追った。騎士たちが寝静まった夜の大聖堂は、暗く、冷たく、広大だった。
カラヴァッジョは大聖堂の中央に歩いていき、床の上に横たわった。
仰向けではなかった。うつ伏せでもなかった。体を横にして、頬を石の床に押し当てた。右腕を伸ばし、首を曲げた。首を差し出す姿勢だった。斬首される側の姿勢を、体で確かめていた。
コルナッキアは彼の顔の前に座った。犬の目の高さと、床に横たわった男の目の高さが、同じになった。二つの目が同じ高さで向き合った。
カラヴァッジョの目は開いていた。石の床を見ていた。床の凹凸を、石の目地を、蝋燭の光が石の表面に作る微かな陰影を見ていた。斬首される人間が最後に見るもの。地面だ。空ではない。天国ではない。冷たい石の床だ。
長い間そうしていた。コルナッキアは動かなかった。犬と男が、石の床の上で、同じ高さの目で見つめ合っていた。
「床は冷たい」
カラヴァッジョが言った。頬が石に押し当てられているので、声が歪んでいた。
「死ぬときは、きっともっと冷たいんだろう」
コルナッキアは鼻を鳴らした。否定のつもりだったのか、肯定のつもりだったのか、自分でもわからなかった。ただ喉の奥から音が漏れた。
カラヴァッジョは体を起こさなかった。石の床に横たわったまま、天井を見上げた。蝋燭の光が彼の顔の下半分を照らし、上半分は影の中にあった。死んだ人間の顔に似ていた。目だけが生きていた。
しばらくしてカラヴァッジョは目を閉じた。呼吸が変わった。深くなった。眠ったのではなかった。何かを体の中で組み立てていた。犬の鼻にはわかった。集中の匂いとも違う。もっと深い場所で何かが動いている匂い。記憶を体で再生している匂い。床の冷たさを、首の角度を、光の当たり方を、体の中に刻み込んでいる匂い。
カラヴァッジョは体を起こした。膝をつき、それから立ち上がった。蝋燭を手に持ち、カンヴァスの前に戻った。足取りが確かだった。何かが決まった足取りだった。
翌日から、斬首の場面の制作が本格的に始まった。
モデルが呼ばれた。マルタでは居酒屋の男たちではなく、騎士団の下級修道士たちがモデルを務めた。カラヴァッジョは四人の男を画面の中に配置した。斬首する男。倒れた裸体のヨハネ。それを見つめる老婆。盆を差し出す若い女。そして鉄格子の向こうから覗く二人の囚人。
構図が決まった。
カラヴァッジョは筆を取った。
この大聖堂の光は、ローマのアトリエの光とは違った。窓が高い位置にあり、光は上から降ってきた。斜めではなく、ほぼ垂直に。その光がモデルたちの頭頂を照らし、肩を照らし、床に短い影を落とした。マルタの光だった。天から真っ直ぐに降る光。
カラヴァッジョはその光をそのまま使った。制御しなかった。窓に黒い布を張らなかった。降ってくる光を、降ってくるままに受け入れた。ナポリでの変化が、ここでさらに進んでいた。光を支配するのではなく、光に自分を明け渡す描き方。
画面の大半は暗かった。コンタレッリ礼拝堂の『聖マタイの召命』では、光と闇が画面を二分していた。光の側と闇の側があった。この絵では、闇が画面の大半を占め、光はほんの一部にしか届いていなかった。斬首される男の体に、上から一筋の光が落ちている。その光は祝福ではなかった。処刑場の照明だった。暴かれる光。隠すことを許さない光。
瞳はその構図を犬の目で見上げながら、画面全体の暗さに圧倒されていた。ローマの絵には常に光と闇の劇的な対比があった。この絵には対比がなかった。闇が全てであり、光は闇の中のわずかな裂け目にすぎなかった。
筆致が変わっていた。
ローマの筆致は正確で、鋭く、速かった。マルタの筆致はもっと荒かった。以前なら何日もかけて仕上げた細部を、数時間で粗く処理した。しかしその粗さの中に、ローマ時代にはなかった力があった。完成を目指す筆ではなく、今この瞬間に見えているものを捕まえようとする筆だった。描き上げた部分の上に、別の色を重ね、また削り、また重ねた。画面の表面に絵具の層が積み上がり、凹凸が生まれた。指で直接絵具を擦りつける場面もあった。筆を手放し、指の腹で暗部を撫でた。犬の鼻には、パレットの絵具の匂いとカラヴァッジョの皮膚の匂いがカンヴァスの上で混じっていくのがわかった。
コルナッキアは大聖堂の冷たい隅から制作を見ていた。犬の老いた目でも、筆致の変化は見えた。しかし以前のように画家としての分析はもう浮かんでこなかった。代わりに、匂いと音で制作を追っていた。絵具の匂いの重なり。筆がカンヴァスを打つ音のリズム。カラヴァッジョの呼吸の深さ。それらが犬の体の中で一つの感覚になって流れていた。
何日目かの夜、カラヴァッジョは大聖堂に一人で残った。修道士たちが引き上げた後の大聖堂は、日中とは別の空間になった。天井から吊るされた巨大な燭台の蝋燭がいくつか残り、石の柱の間に長い影を投げていた。カラヴァッジョは自分の蝋燭をカンヴァスの横に立て、暗い画面に向かった。コルナッキアは彼の足許にいた。
画面の下部を描いていた。斬首された聖ヨハネの体から流れ出す血。暗い床の上に広がる血溜まり。蝋燭の光がカンヴァスの表面を照らし、犬の夜の目がその筆先を追った。
カラヴァッジョはこの部分を何度も描き直していた。血の広がり方。床の石目に沿って流れる血の筋。血の先端が薄くなって消えていく境界。その描写に、異常な集中力を注いでいた。血を知っている男が血を描いていた。自分の大腿部の傷から流れた血と、トマゾーニの体から噴き出した血を知っている手が、聖ヨハネの血を描いていた。
血の色が見えなかった。犬の色覚では、血の灰色と床の灰色の区別が薄かった。血が流れる画面の中で、瞳だけが知らない色があった。人間の目に見えるはずの鮮やかな色、命の色、犬の目には存在しない色が、この画面を支配しているはずだった。カラヴァッジョがこの血をどんな色で見ているのか、瞳には永遠にわからなかった。しかし筆の動きでわかった。カラヴァッジョの筆が血溜まりの中を這うように動いていた。何かを描いていた。血の中に、何かを。
筆が止まった。カラヴァッジョが二歩下がり、カンヴァスを見つめた。蝋燭を持ち上げ、描いたものを確認した。
コルナッキアは起き上がり、カンヴァスに近づいた。犬の目の高さから、画面の下部を見た。血溜まりの中に、文字があった。文字の形をした筆跡が、血の絵具の中に書き込まれていた。
「f Michelang...」
署名だった。血溜まりの中の署名。カラヴァッジョは自分の名前を、聖人の流した血の中に書き入れた。
瞳はその筆跡を見つめた。犬の目には文字の細部が読みにくかったが、その形は知っていた。美術史の教科書に何度も複写された署名。カラヴァッジョの唯一の署名入り作品。教科書はそう言っていた。彼は生涯でこの一枚にだけ署名した。なぜこの一枚にだけ署名したのか。研究者たちが何十年も議論してきた問いだった。
瞳は今、その答えを知った。
答えは言葉にできなかった。
しかし犬の体で感じていた。
この署名は署名ではなかった。告白だった。自分の名前を、斬首された男の血の中に書き入れること。それは「この絵は私が描いた」という表明ではなく、「この血は私の血でもある」という告白だった。殺人者が殺された者の血の中に自分の名前を沈めた。赦しを求める行為ではなかった。赦しに値しない自分を、赦されないまま、ここに記録する行為だった。
しかし教科書が伝えていなかったことがあった。署名したときの手が震えていなかったこと。心拍が異常に速かったこと。体温は下がっていたこと。集中の匂いの奥に、発見の匂いがあったこと。そしてその発見の匂いの奥に、自分自身を差し出す人間の匂いがあったこと。
「f」は「fra」の略だった。「修道士」。修道士ミケランジェロ。騎士団に迎え入れられた殺人者が、修道士として署名した。「自分は赦されるべき罪人である」という告白を、聖人の血の中に書いた。
署名したときの手を、瞳は見ていた。筆先が血溜まりの絵具の中を走るとき、カラヴァッジョの呼吸は止まっていた。無呼吸の中で、指だけが動いていた。一文字ずつ。慎重に。しかし迷いなく。この名前を書くことを、この人はずっと前から決めていた。この場所に、この血の中に、自分の名前を置くことを。
犬の頭の上に手が乗った。カラヴァッジョの手だった。撫でなかった。ただ手を置いた。あの祈りの仕草だった。コンタレッリ礼拝堂の夜と同じ仕草。犬の頭の上に手を置く祈り。
しかし今夜の手は、あの夜よりも重かった。疲労ではなかった。手が載せるものの重さが違っていた。自分の名前を血の中に書いた手の重さ。自分の首を差し出す覚悟をした手の重さ。
コルナッキアは動かなかった。手の重さを受け止めていた。この手を知っている。パンをちぎるこの手を。絵具を擂るこの手を。犬の腹を撫でるこの手を。人の背中を斬ったこの手を。今、自分の名前を血の中に書いたこの手を。すべて同じ手だった。
大聖堂の暗闇の中で、蝋燭の光がカンヴァスの上の血溜まりを照らしていた。血の中の署名が、蝋燭の焔の揺れに合わせて、微かに動いて見えた。呼吸しているように見えた。
大聖堂の石壁が、犬と男の呼吸を吸い込み、反響させ、遠い天井の闇に送った。反響音が消えるまでに長い時間がかかった。この建物の中では、すべての音が祈りになった。呼吸の音さえ。犬の鼻息さえ。蝋燭の芯が燃える小さな音さえ。
カラヴァッジョの手が犬の頭から離れた。立ち上がり、蝋燭を持って大聖堂の出口に向かった。コルナッキアは後を追った。老いた脚が石の床を踏む音が、大聖堂の反響の中で小さく鳴った。
外に出ると、マルタの夜空があった。星が多かった。ローマでは建物に遮られて見えなかった星が、この島では空を埋め尽くしていた。犬の目にも星は見えた。青白い光の点が、黒い空に無数に散らばっていた。
カラヴァッジョは空を見上げなかった。足元を見て歩いた。署名した手をまだ握り締めている。血の絵具がまだ乾いていない指先を、夜風に晒しながら。宿への道を、今夜は迷わなかった。
コルナッキアは半歩後ろを歩いた。老いた脚が石の道を踏んだ。関節が軋んだ。しかし足は止まらなかった。この人の後ろを歩くことが、この体にできる最後の仕事だった。星の光が白い石壁を照らし、犬の影が男の影の後ろに小さく伸びていた。




