第十六章 ふたつの血の匂い
扉の向こうに、カラヴァッジョがいた。
ロンギともう一人の男に両脇を支えられていた。自分の足で立てていなかった。右脚を引きずり、長靴の革が血で黒く濡れていた。顔が歪んでいた。痛みか怒りか、犬の目には判別できなかったが、口が薄く開き、歯の隙間から荒い呼吸が漏れていた。
血の匂いが扉の隙間から溢れた。コルナッキアの鼻腔を満たした。一つの匂いではなかった。二つの血の匂いが混じっていた。
一つはカラヴァッジョの血だった。温かかった。鉄の匂いの中に、まだ生きている体の匂いが混じっていた。脈拍と共に溢れ出す血の匂い。酸素を含んだ、鮮やかな鉄の匂い。
もう一つの血は違った。カラヴァッジョの衣服に付着した血。袖に、胸に、剣を握っていた右手に。その血の中の鉄の匂いに、かすかな甘みが混じっていた。分解が始まっている匂い。生命活動が停止した後の、化学変化の匂い。死んだ人間の血だった。
瞳はこの瞬間、犬の嗅覚で「死」の匂いを知った。生きている血と死んだ血は違う匂いがする。教科書にも、美術史の論文にも書かれていない事実だった。死んだ血には甘みがある。腐敗の始まりの、かすかな甘み。
トマゾーニの血だった。あの甘ったるく腐敗した体臭の男の血が、カラヴァッジョの衣服に残っていた。生きていたときの匂いの中にあった腐敗の甘さが、死んだ血の甘さと重なって、区別がつかなくなっていた。この男は生きていたときから、死の匂いを纏っていたのかもしれない。
ロンギとその男がカラヴァッジョを部屋に運び込んだ。寝台に横たえた。カラヴァッジョの顔は蒼白だった。月の光の中で、肌の色がいつもの浅黒さを失っていた。犬の目には色の微妙な変化がわかりにくかったが、血の気が引いた人間の肌の匂いは嗅ぎ分けられた。体表の毛細血管から血が退き、内臓に集まっている匂い。体が生き延びるために末端を犠牲にしている匂い。指先が冷たくなり始めていた。
ロンギが右脚の長靴を脱がせた。カラヴァッジョが歯を食いしばった。革が血で肌に張りつき、剥がすたびに新しい血が滲んだ。脛から太腿にかけて血が流れていた。傷は大腿部にあった。深い裂傷だった。犬の目には傷口の色がわからなかったが、匂いでその深さがわかった。皮膚だけの傷ではなかった。筋肉まで達している。鉄の匂いに混じって、生の肉の匂いがした。
ロンギが布を裂いて傷口を縛った。きつく縛った。カラヴァッジョが呻いた。低い声だった。痛みの声ではなく、怒りの声に近かった。自分の体が自分の思い通りにならないことへの怒り。この男は痛みに怒る男だった。
もう一人の男が水を持ってきた。傷口を洗った。血と水が混じって寝台の端から床に滴った。コルナッキアは床の血水の匂いを嗅いだ。カラヴァッジョの血とトマゾーニの血と水が混ざった匂い。二人の男の血が一つの水溜まりの中で混ざっていた。殺した者と殺された者の血が、区別なく床に広がっていた。
コルナッキアは寝台の脇に座っていた。カラヴァッジョの手に鼻を寄せた。右手。剣を握っていた手。トマゾーニの血がこびりついた手。爪の間に乾いた血が残っていた。鉄と甘みの匂い。死の匂い。
人を殺した手。
この手を瞳は知っていた。この手が筆を持つところを見てきた。この手が犬の頭を撫でるところを見てきた。この手がパンをちぎって半分を差し出すところを見てきた。同じ手だった。
今日、この手は人を殺した。
カラヴァッジョの目が開いた。天井を見つめていた。暗い天井の染みを数えるように、焦点の合わない目で見ていた。それからコルナッキアを見た。犬の顔を見た。数秒間、何も言わなかった。口が動いたが、声にならなかった。
コルナッキアは彼の手を舐めた。血の味がした。鉄の味。塩の味。死んだ人間の血の味。犬の舌がそれを拭い取った。舐め続けた。一度では拭いきれなかった。乾きかけた血が爪の間にこびりつき、皮膚の皺に入り込んでいた。犬の舌が繰り返し手の甲を撫でた。
なぜ舐めたのか。
犬の本能だった。
傷ついた主人の手を舐める。それは犬の行動だった。しかし瞳もまた、この手を舐めたかった。この手を拒否できなかった。人を殺した手だった。しかしこの手が描いたものを瞳は知っていた。光を見つけたこの手を、恩寵をカンヴァスに置いたこの手を、拒否することはできなかった。
パスクァローネの夜には、撫でようとする手から身を引いた。今夜は引かなかった。あのときはまだ「犬としての自分」と「人間としての自分」を分けられると思っていた。今夜、その区別は完全に消えた。人を殺した手を犬の舌で舐めている自分は、犬なのか人間なのか。その問いにもう意味はなかった。
恐怖は消えていなかった。
しかし恐怖の質が変わっていた。
パスクァローネの夜の恐怖は「この人の中の闇」への恐怖だった。今夜の恐怖は違う。この人への恐怖ではなく、この人を失う恐怖に変わっていた。血の匂いの中で、カラヴァッジョの体温が低下していくのを犬の体が感知した。傷からの出血が続いている。心拍が速い。体が代償しようとして速くなっている心拍。
この人が死ぬかもしれない。
この暗い部屋で、トマゾーニの血をまとったまま、死ぬかもしれない。その可能性が、他のすべての感情を押しのけた。殺人への恐怖も、犬化への恐怖も、東京を忘れていく恐怖も、すべてがこの一つの恐怖の前では小さかった。この人が死ぬこと。それだけが怖かった。
ロンギが慌ただしく動いていた。もう一人の男と低い声で話し合っていた。逃亡の準備だった。言葉の断片が耳に入った。教皇領を出なければならない。教皇庁の管轄外に逃げる。コロンナ家の領地。パリアーノ。コスタンツァ・コロンナの名前が出た。あの女が匿ってくれる。
ロンギが部屋の中を動き回り、金になりそうなものを集めていた。絵具、筆、数枚の銅貨。カラヴァッジョの剣を拾い、布で刃を拭いた。トマゾーニの血が布に移った。ロンギは布を窓から捨てた。
カラヴァッジョが寝台から体を起こそうとした。右脚に力が入らず、ロンギの肩にしがみついた。
「絵を持っていく」
アトリエの壁に立てかけてあったカンヴァスに目を向けた。制作途中のものが二枚あった。
ロンギが首を振った。
「馬鹿を言え。自分の体も運べないのに絵を持つのか」
「絵を置いていけば、差し押さえられる。殺人犯の財産は没収だ」
カラヴァッジョの声には、殺人を犯した直後とは思えない冷静さがあった。法的な処理を計算していた。血を流しながら、自分の財産を守ることを考えていた。絵は財産であり、犯罪者の財産は教皇庁に没収される。描きかけの絵であっても、この男にとっては持ち運ぶべきものだった。逃げるときに持っていける。テヴェレ川の石段で、子犬の頃に聞いた言葉を瞳は思い出した。フレスコ画ではなくカンヴァスを選ぶ理由。持ち運べるから。逃げるときに持っていけるから。
あの夜の言葉が、今夜、現実になった。
この人は最初からわかっていたのだ。いつか逃げなければならない日が来ることを。その日のために、カンヴァスに描いてきたのだ。
ロンギがカンヴァスを丸めた。布を巻きつけ、紐で縛った。カラヴァッジョは壁に手をつきながら立ち上がった。右脚を引きずりながら、扉に向かった。
コルナッキアの傍を通りかかったとき、カラヴァッジョは足を止めた。犬を見下ろした。
「お前も来い」
短い言葉だった。
命令ではなかった。
依頼でもなかった。
確認だった。
お前は来るだろう、と確認していた。
コルナッキアは立ち上がった。カラヴァッジョの横に並んだ。尻尾は振れなかった。体が震えていた。しかし足は動いた。四本の脚が、主人の隣で止まった。
アトリエの扉を出た。階段を降りた。カラヴァッジョは一段ごとに右脚を引きずり、壁に手をつきながら降りた。血の匂いが階段に滴った。中庭を横切った。噴水の水音が聞こえた。初めてこの中庭に来た日のことを、犬の体が覚えていた。子犬を片腕に抱えた男が、この中庭を横切ってアトリエの階段を上がった。あの日の匂いがまだ石の中に残っているように思えた。
門を出た。夜のローマの路地に出た。
振り返らなかった。アトリエの匂い、テレピン油と膠とリンシード油の匂い、あの部屋の匂いが背中で遠ざかっていった。二度と戻らないことを、犬の鼻は知っていた。マダマ宮の匂いが夜風に溶けて消えていった。路地の角を曲がるとき、噴水の水音がかすかに聞こえた。もう一度角を曲がったところで、それも消えた。
逃亡が、この夜から始まった。




