第十三章 アーティチョーク
季節が何度か変わった。コルナッキアの体は子犬ではなくなっていた。
脚が伸び、胸が厚くなり、巻き毛が全身を覆い尽くした。走ればローマの路地の野良犬たちに負けない速さが出た。階段は音もなく上り下りできるようになり、カラヴァッジョの足音を数十歩先で聞き分けた。成犬の体になっていた。
時間の感覚が曖昧だった。犬の体には暦がない。季節は匂いで判断した。乾いた石の匂いが支配する夏。栗と葡萄の匂いが立ち上る秋。濡れた石畳と暖炉の煙の匂いの冬。花粉と泥の匂いの春。何度その周期が回ったのか、正確には数えていなかった。
瞳の中で、東京の記憶が少しずつ遠くなっていた。アトリエの蛍光灯の白い光。画材店のテレピン油の匂い。父の台所の味噌汁の匂い。それらは記憶の棚の上に並んでいたが、手に取る頻度が減っていた。代わりに、ローマの路地の匂いの方が自分の「日常」になっていた。
このことに気づいたとき、瞳の胸の奥で何かが冷たくなった。
馴染んでいる。この世界に馴染んでいる。犬の体に馴染んでいる。それは生存のために必要なことだった。しかし同時に、自分が何者だったかを少しずつ忘れていくことでもあった。
ある朝、目を覚ましたとき、一瞬だけ自分の名前が出てこなかった。コルナッキアという名前は即座に浮かんだ。しかし「布袋瞳」という名前が、数秒の間、霧の向こうにあった。数秒で戻ったが、その数秒の空白が瞳を震え上がらせた。
匂いで考える瞬間が増えていた。
ロンギが近づいてくるとき、「ロンギだ」と言葉で認識する前に、あの葡萄酒と石灰の匂いが先に来て、体が先に反応していた。尻尾が先に振れ、名前が後から来る。
トマゾーニの匂い、あの甘く腐敗した匂いを嗅いだときも同じだった。匂いが先に来て、唸り声が先に出て、「危険だ」という言語的判断が後から追いかけた。
本能が先で、理性が後。犬の順序が、瞳の順序になりつつあった。
ある日の昼、カラヴァッジョは食堂にいた。
マダマ宮の食堂ではなかった。通りの食堂だった。安い食事を出す、労働者や荷運びの男たちが集まる店。カラヴァッジョは時おりこういう店で食事をした。枢機卿の館の食事が口に合わないときか、あるいは一人で食べたいときに。
コルナッキアはテーブルの下にいた。成犬の体はテーブルの下でもう窮屈だった。子犬のときは広く感じた空間が、今は背中が板の裏に触れていた。カラヴァッジョの長靴の横で丸くなっていた。テーブルの上から焼いた肉と葡萄酒の匂いが降りてきた。
給仕がアーティチョークの皿を持ってきた。緑の葉が開いた野菜の匂い。苦味のある草の匂いに、油か脂かの匂いが重なっていた。
カラヴァッジョが皿を見た。フォークで一切れ刺して口に入れた。ゆっくり咀嚼した。飲み込んだ。もう一切れ口に入れた。そこで止まった。咀嚼の速度が落ちた。
フォークを皿の横に置いた。
「おい」
給仕を呼んだ。声はまだ低かった。
「これはバターで焼いたのか、油で焼いたのか」
給仕は肩をすくめた。
「自分で食べてみればわかるでしょう」
匂いが変わった。
カラヴァッジョの体から、あの匂いが立ち上った。金属的で、酸味のある匂い。アドレナリンの匂い。体温が変わらないのに汗の組成だけが変わる、あの匂い。コルナッキアの毛が一瞬で逆立った。体が低くなり、脚が広がった。来る。
皿が飛んだ。
テーブルの上で金属が鳴り、陶器が砕ける音がした。給仕の叫び声。椅子が倒れる音。人の足が床を蹴る音。すべてが一瞬だった。
コルナッキアはテーブルの下から吠えた。匂いの爆発の中で、体が勝手に反応していた。吠え声は警告だった。しかし何を警告しているのかわからなかった。カラヴァッジョに「やめろ」と言いたかったのか、周囲に「近づくな」と言いたかったのか。犬の吠え声には、そこまでの精度がなかった。
間に合わなかった。皿は既に飛んでいた。給仕が床に倒れていた。アーティチョークの欠片が床に散らばっていた。油の匂いが広がった。バターではなかった。オリーブ油だった。犬の鼻にはその区別が最初からついていた。
カラヴァッジョは立ち上がり、銀貨を何枚かテーブルに叩きつけ、食堂を出た。コルナッキアは彼の後を追った。
路地を歩いた。カラヴァッジョの足取りは速かった。しかし怒りの足取りではなかった。もう怒っていなかった。あの金属的な匂いはすでに消え、通常の体臭に戻っていた。皿を投げた瞬間に怒りは完了し、路地に出た時点でもう終わっていた。途中でパン屋の前を通りかかると、足を止めてパンの匂いを嗅ぎ、一切れ買った。半分を犬に差し出した。さっき食堂で皿を人の顔に投げた手と同じ手が、犬にパンを差し出している。
その切り替わりの速さが、瞳を恐怖させた。
暴力は一瞬で来て、一瞬で去る。
暴力の前と後で、この人は同じ人間だった。
皿を投げた手で、この夜、彼は筆を持つだろう。給仕の顔に血を流させた手で、カンヴァスに聖人の顔を描くだろう。暴力と創造の間に、この人の中では断絶がなかった。同じ手が、同じ力で、異なる対象に向かうだけだった。
アトリエに戻ったカラヴァッジョは長靴を脱ぎ、剣をテーブルに置き、そのまま制作を始めた。窓の黒い布を調整し、光を入れ、パレットを手に取り、筆を浸した。
アトリエの隅で、筆の音がまた始まった。
その夜、カラヴァッジョは平然と絵を描いていた。筆の音がいつも通りに聞こえた。叩きつけるリズム。集中の匂い。体温がわずかに下がり、呼吸が浅くなる匂い。食堂で皿を投げた男と同じ男が、今この暗い部屋で聖人の顔を描いている。
瞳は思った。
匂いで判断する限り、この人の中では暴力も制作も同じ回路を通っている。アドレナリンの種類が違うだけだ。暴力のアドレナリンは金属的で酸っぱい。制作のアドレナリンは冷たく静かだ。しかしどちらも「集中」の匂いの変種だった。この人の脳は、暴力と制作を区別していないのかもしれなかった。
それが恐ろしかった。
そしてそれが、この人の絵の力の源でもあった。暴力を知らない手は、暴力を描けない。暴力を恐れない体は、暴力の瞬間を正確に捉えられる。ユディトのナイフを「本当に殺すつもりで」握れと指示できるのは、自分が皿を人の顔に投げる男だからだ。
コルナッキアは隅で目を閉じた。カラヴァッジョの筆の音を聞きながら、眠りに落ちた。犬の体は眠りを必要としていた。瞳の意識はもう少し起きていたかったが、体が先に落ちた。
最近、体が先に落ちることが増えていた。意識が体に引きずられる感覚。人間としての思考が、犬の生理に従属していく感覚。それが少しずつ、当たり前になりつつあった。
かつて瞳は「これは犬の神経系の反応であって、私の感情ではない」と自分に言い聞かせていた。今はその言い聞かせが減っていた。減っていることにすら、すぐには気づかなかった。気づいたのは、ある朝、カラヴァッジョが犬の腹を撫でたときに、何の抵抗もなく腹を見せていた自分を発見したときだった。腹を見せる。犬が最も無防備な姿勢をとる行為。それを瞳は自然にやっていた。
以前なら、腹を見せた後に「これは犬の本能だ」と自分に言っただろう。しかしもうその独り言を言わなくなっていた。言う必要がなくなったのか、言う余裕がなくなったのか。その区別がつかないこと自体が、明らかな変化の証拠だった。




