第十章 泥の中の召命
五日目の朝、カラヴァッジョは一人で居酒屋に行った。
絵具を擂りに行くのでも、モデルを呼びに行くのでもなかった。居酒屋に行って、五人の男を雇った。朝から杯を傾けている男たち。日雇いの労働者、テヴェレ川の船の荷揚げ人夫、仕事にあぶれた若者。カラヴァッジョは銀貨を数枚テーブルに置き、「俺の部屋で半日座っていれば、これだけ払う」と言った。
五人がマダマ宮のアトリエに来た。部屋は狭くなった。男たちの体臭が空間を埋めた。安い葡萄酒、汗、革、泥。一人一人の匂いが違った。
年嵩の男は酢のような古い汗と、関節に塗る獣脂の匂い。
若い男は皮脂と日焼けの匂い。
髭の濃い男からは大蒜の匂いがした。
コルナッキアは隅に追いやられ、五人の男の足の間から部屋を見上げた。
カラヴァッジョはテーブルを部屋の中央に置き、五人をテーブルの周りに座らせた。そして扉を開けた。
前日に見つけた光の角度を再現するために、扉の開き具合を調整した。数ミリ単位で開き方を変えた。光が斜めに差し込み、テーブルの上を横切った。光の帯がテーブルの表面を走り、座っている男たちの顔の片側を照らした。
カラヴァッジョは黒い布を窓に張り直した。隙間という隙間を布切れで塞ぎ、窓からの光を完全に遮った。光源を扉の一点に絞った。部屋は暗くなった。暗闘の中に、扉から差し込む一本の光だけがあった。その光がテーブルを照らし、テーブルを囲む男たちの顔を照らしていた。光の外側は闇だった。男たちは光の中にいた。彼らの背後は消えていた。
「お前、右にずれろ。もっと。そこで止まれ」
男たちを一人ずつ動かした。
椅子の位置を数センチ単位で調整し、体の角度を指定し、手の置き方を決めた。
「お前はテーブルに肘をつけ。お前は背筋を伸ばせ。お前は隣の男の方を向け」
一人の男に銀貨を持たせた。別の男にカードの束を持たせた。ポーズを何度も修正した。全員が正しい位置についたと判断するまでに、二時間が経った。男たちは退屈して愚痴をこぼした。しかしカラヴァッジョはまったく聞いていなかった。
コルナッキアはテーブルの下から見上げていた。五人の男の膝が見えた。テーブルの裏側が見えた。上から差し込む光がテーブルの縁で切り取られ、その下は完全な闇だった。光と闇の境界がテーブルの縁に沿って走り、テーブルの上の世界と下の世界を分断していた。
上の世界では男たちが光の中にいた。下の世界では犬が闇の中にいた。犬にしか見えないものがあった。光がテーブルの表面を通過するとき、その裏側に回り込む微かな反射光があった。テーブルの下面に当たるその光は弱く、散乱し、男たちの膝や手を下から薄く照らしていた。天上から来る光と、地上で跳ね返った光。二つの光がテーブルの上下で対称をなしていた。上の光は強く明快で、下の光は弱く曖昧だった。
瞳は思った。この人はテーブルの上だけを描いている。しかしテーブルの下にも光がある。私にだけ見える光が。この光を、いつか描けるだろうか。
カラヴァッジョが叫んだ。
「そこだ。誰も動くな。そのまま止まれ」
何があったのか、テーブルの下のコルナッキアにはわからなかった。テーブルの下からは男たちの手許しか見えなかった。しかしカラヴァッジョの声の中に、三日間のあいだ失われていたものが完全に戻っていた。光を見つけた確信の声だった。
カラヴァッジョは筆を取った。パレットの上の絵具に筆先を浸し、カンヴァスに向かった。最初の一筆。白い面に色が置かれた。カンヴァスの沈黙が破れた。
筆の音が部屋に響いた。叩きつける音。短く、速く、正確だった。休みなく筆が動いた。描き始めたら止まらなかった。三日間の沈黙が嘘のように、筆が走った。カラヴァッジョの体全体が筆の延長になっていた。肩が動き、腰が回り、足が床を蹴って体重を筆先に乗せた。
匂いが変わっていた。絵具の匂い。テレピン油の匂い。そして汗の匂い。しかしこの汗は恐怖の汗ではなかった。労働の汗だった。鍛冶屋が鉄を打つように、石工が石を割るように、この男は筆でカンヴァスを打っていた。画家の仕事は労働だった。頭脳の仕事ではなく、体の仕事だった。
男たちは座り続けた。時おりカラヴァッジョが「動くな」と怒鳴った。男たちは銀貨のために耐えた。一人が便所に行きたいと言った。カラヴァッジョは聞こえない振りをした。もう一人が足を組み替えた。カラヴァッジョの舌打ちが飛んだ。
コルナッキアはテーブルの下から動かなかった。主人の足音を聞いていた。カンヴァスの前で立ち位置を変えるとき、長靴が床を踏む音。前に踏み込む音。後ろに退く音。戦いの足捌きに似ていた。
数時間が経った。光の角度が変わり始めた。太陽が動き、扉から差し込む光の帯が右にずれていった。カラヴァッジョは筆を止めた。
「今日はここまでだ。明日、同じ時間に来い」
男たちが帰った。アトリエに静寂が戻った。テレピン油で筆を洗う匂いが部屋を満たした。一日の終わりの匂い。
カラヴァッジョはカンヴァスの前に立って、描いたものを眺めていた。コルナッキアはテーブルの下から這い出し、カラヴァッジョの足許に寄った。カンヴァスを見上げた。犬の目の高さからは、カンヴァスの下半分しか見えなかった。テーブルの脚と、男たちの足許と、床に落ちた影が描かれていた。
翌日も男たちが来た。その翌日も。カラヴァッジョは毎日、同じ時間に扉を開け、同じ角度で光を入れ、同じ配置で男たちを座らせた。光が使える時間は限られていた。太陽が正しい角度にある数時間だけ。その数時間に集中して描き、光が去れば手を止めた。
モデルの一人が来なくなった。理由はわからなかった。カラヴァッジョは別の男を雇った。居酒屋にいた若者で、前の男より背が高く、肩幅が広かった。カラヴァッジョは新しい男を見て、ポーズを修正した。体格に合わせて構図を微調整した。既に描いた部分の上から、修正を加えた。乾ききっていない絵具の上に新しい絵具を重ねる匂いがした。湿った層の上に乾いた層が乗る、独特の粘りのある匂い。
ある日の休憩時間、男たちがテーブルの周りで葡萄酒を飲んでいた。コルナッキアはテーブルの下から出て、水を飲みに中庭に降りた。階段の途中で、知らない匂いとすれ違った。
甘い匂いだった。しかし果物の甘さではなかった。腐敗の手前の、過熟した甘さ。その下に隠れた攻撃性の匂い。酸味のない、ぬめりのある攻撃性。カラヴァッジョのアドレナリンが金属的で鋭いのに対して、この匂いは甘く、粘っていた。
階段を上がってきた男の長靴が、コルナッキアの横を通り過ぎた。犬は体を低くした。唸り声が出た。止めようとしたが止まらなかった。喉が勝手に鳴った。
男は犬を見下ろした。足を上げて蹴ろうとした。その足が振り上げられた瞬間、上の階段からカラヴァッジョの声がした。
「何をしている」
男は足を下ろした。カラヴァッジョが階段の上に立っていた。手が剣の柄にかかっていた。
男は笑った。余裕のある笑い方だった。
「犬が吠えたんでな。しつけがなっていない」
「俺の犬だ。しつけは俺がする」
二人の間に短い沈黙があった。それだけだった。男は階段を降りていった。カラヴァッジョは剣の柄から手を離した。
瞳はその男の名前を知らなかった。しかし匂いは記憶した。甘ったるく腐敗した匂い。この匂いの男にもう一度会うことを、犬の本能が予知していた。
何日目かの夕方、カラヴァッジョが扉を閉め、蝋燭を灯した。モデルたちは帰った後だった。蝋燭の光の中で、カラヴァッジョはカンヴァスの右端に向かった。
コルナッキアは足許で見上げていた。犬の夜間視力が、蝋燭の光に浮かぶカンヴァスの隅に描かれつつあるものを捉えた。
手が描かれていた。画面の右端から伸びてくる手。暗闇の中から光の方に伸びる手。指が何かを指している。テーブルに座る男の一人を、その手は指していた。
瞳はカンヴァスを見上げながら、この手が何を意味するのかを考えた。画面の右端。光が来る方向。その光と同じ方向から伸びてくる手。光と手が同じ方角からテーブルに向かっている。手が指しているのは、光が照らしているのと同じ男だった。光と指差しが重なっていた。
カラヴァッジョはその手を描いていた。蝋燭の光の中で、筆先が慎重に指の輪郭をなぞった。昼間の叩きつける筆致ではなかった。夜の筆は静かだった。置く、という動き。指の一本一本を、光の中に置いていく。
指先の角度を何度も修正した。数ミリ単位の修正を繰り返した。指が指し示す方向の正確さに、この人は執着していた。何を指しているのか。テーブルに座る男を。しかしそれだけではなかった。指は男の目を指していた。光が男の目に届くのと同じ線の上を、この指は走っていた。
描き終えると、カラヴァッジョは筆を洗い、カンヴァスから数歩下がった。蝋燭を手に持ち、カンヴァス全体を照らした。蝋燭の光が揺れ、画面の上を影が走った。
「光が届く」
カラヴァッジョが呟いた。
声は低く、独り言だった。
「光だけが届く。言葉じゃない、剣でもない。光だ」
コルナッキアは犬の体で震えた。尻尾が振れたのではなかった。体の芯から震えた。この人が今言ったことの意味を、瞳は画家として理解していた。
画面の右端から伸びる手。それはキリストの手だった。テーブルに座る男を指す手。その手が指しているのは取税人マタイだった。「わたしに従え」と。その召命は言葉ではなかった。剣による強制でもなかった。光だった。画面の右上から差し込む光そのものが、恩寵だった。
あの扉から差し込む光は、比喩ではなかった。実際の光だった。部屋の空気を貫く、手で触れられそうなほど確かな光だった。
瞳はロンドン留学中にヘレン教授の授業で聞いた言葉を思い出していた。
「光を描いているのではなく、光の模型を作っているだけだ」
模型。
そうだった。
瞳が描いてきた光は模型だった。
美しい、正確な、安全な模型。
しかしこの人の光は模型ではなかった。
模型を作る暇がなかった。扉が開いた瞬間に差し込んだ光を、その場で捕まえるしかなかった。準備する暇も、制御する暇も、安全に距離を取る暇もなかった。だからこの光は火傷させる。見る者の目を、心臓を、火傷させる。
瞳は犬の体の中で震えていた。
このことを覚えておかなければならなかった。
この光のことを。
この人がこの光を見つけた夜のことを。
蝋燭と絵具と犬の匂いに満ちたこの暗い部屋で、光が生まれた瞬間のことを。
コルナッキアの鼻にはカラヴァッジョの匂いが届いていた。集中の匂いの奥に、もう一つの匂いがあった。名前をつけられない匂いだった。恐怖でも怒りでも安堵でもなかった。体温が下がったまま、しかし心拍だけがわずかに速くなっている。何かを見つけた人間の、発見の直後の匂い。自分が見つけたものの大きさに、自分自身が怯えている匂い。
カラヴァッジョは蝋燭を下ろし、テーブルの上に置いた。コルナッキアの頭に手を置いた。撫でなかった。ただ手を置いた。手のひらが温かかった。
犬の頭の上に手を置く。それがこの人の祈りだった。教会の前を通るとき、いつも入ろうとして足を止め、入らずに立ち去るこの人の、教会の外での祈り。犬の体温と、蝋燭の光と、乾きかけの絵具の匂いに囲まれた、この暗い部屋での祈り。
コルナッキアは動かなかった。頭の上の手の重さを受け止めていた。人間の手の温もりが犬の頭蓋骨を通じて脳に伝わり、体中の筋肉が弛緩した。これは犬の反応だった。しかし瞳もまた、この手の下にいたかった。画家として、この人が光を見つけた瞬間の傍にいられたことの重さが、胸の奥で静かに広がっていた。
区別はもうつかなかった。犬としての安堵と、画家としての敬意が、同じ体の中で同じ温度になっていた。
蝋燭の焔が揺れた。カラヴァッジョの影がカンヴァスの上に落ち、描いたばかりのキリストの手を覆い隠した。影が退くと、手が再び現れた。光の中から伸びてくる手。指が一人の男を指している。光と同じ方角から来て、光と同じ場所に届く指。それは召命だった。おいで、と言っている。言葉なしに。光だけで。




