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ひろ子さんはあいつを論破したい!  作者: 瑠火


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第二話:Vtuber完熟トマ実は論破したい

 ■完熟トマ実

 

 夕方の六時。

 イメージに違わず実家ぐらしのひろ子さんは今、マンションの一室、親の金で購入した防音室の中にて作業を行っている。



「さあー始めようかしら。」



 ひろ子さんがデスクトップPCの電源を入れ。OBSを立ち上げる。そして配信の準備。


 今から、ブイチューバ―完熟トマ実の生放送の始まりだ。


「はーはっはは! 今日もくっさい肥料が畑に集まってるじゃない! 完熟トマ実のライブの始まりよ!」


 トマ実さんはこのストロングスタイルで同接三千人を突破したこともある人気のVなのだ。


 ここではトマ実の親衛隊『フリーラジカル隊』が周囲にいる愚か者どもを報告し合う。


『トマミン! 去年の冬に俺の友達が静電気除去リストバンドを付けてたんだけどこれって粛清対象だよね!?』


「おおお前の友達アアアアースの無いリストバンドで静電気除去できてると思ってんのww!? 植物であるトマ実ですら地面に根を張ってんのにwww!? そんな布切れに金払ってる暇あったら土下座でもして地面に直接『おでこ』こすりつけて静電気を逃がしなさいよwww ついでに『生まれてきてすみませんでした』って謝罪の意もこめてなwww」


『ありがとうございます! これ追加お布施です!』


 これで一人救われた。二人目の悩めるフリーラジカルはこちら。


『ねー上司がめっちゃうざい。飲み会とかマジで意味わからん。何がのみにゅケーションだよ』

「ののののみゅにケーションw ふっっっっぅぅぅぅるうううううwww どこの化石がそんなこと言ってんのよカスかww? あんなもん大体趣味もないドブか、奥さんと子供に嫌われてる暇な中年とかが『親睦会を開こうキラっ☆彡』なんて言ってやるやつでしょww お前に必要なのは部下との親睦会じゃなくて冷え切った家族とのふれあい会じゃウンコなすが!」


『だよね―トマミン。ありがとう。はい追加スパチャ。』


 このようにしてトマ実さんは迷える子羊どもを救い続ける。そんななか、一つの可愛い恋のお悩み。


『トマミン。好きな人が出来たんだけど。どうしたらいい?』


 コメントは罵詈雑言の嵐。フリーラジカル隊が一斉に牙を向く。しかし、トマ実さんは一笑に付すこともせず、いつもとちがい、彼女なりに真剣に答える。


「とりあえず気持ちに気づいたらアタックよ! あんたそんなことも分かんないの?! とにかくやれることやりなさい! 後悔してからじゃ遅いんだから! フラれた後のことなんか考えるな! 恋は勢いよ! あともうスパチャは私に投げるな! 自分磨きに使え! 分かった!?」


『わかったーありがとう。トマミン。これ追いスパチャ』


「あんた絶対分かってないでしょ!」


 わかってないのはどっちなんだか。


 順調に資金を貯めていくひろ子さん。外から見ていると、なんだかストレスもなく楽しそうにお金を稼いでいるなーなんて思われがちだが、そんなトマ実さんにも悪意という名のご馳走が訪れる。


『トマ実も昔は同時接続3000とか行ってたのに。もう終わりだよな』

『オワコントマ実』『人生終わり』


 どこに行ってもこのような輩は降って湧いてくる。しかし、駄目だろう。それは悪手だ。

 何故なら相手はあの論破女王ひろ子さんなのだから。

  

「いやいやいやいやそしたらあんたのリアルライフ同時接続数ほぼゼロやんけ路傍のウンコがwwwその理屈で行くとあんたの人生始まってすらないじゃない彼女ゼロのクソ童貞がwwwせめてそのカスみたいな粗チンでとっとと同時接続数1突破してこいやwwwあんたアホなのwww? 大体こんな見知らぬ二次元に一々ストレスぶつけに行くってお前を産んだ親が可哀想www もう一回産道くぐり直してお前のママンのおっぱいと接続してこいwww」


 トマ実さんにとって誹謗中傷は全て味の違う馳走でありトレーニングバックなのである。傷一つつかず、楽しく獲物を吸い寄せて狩る労働環境にて、日々身銭を稼いでいるのだ。


『滑舌良すぎ』『なんでそんな言葉がポンポン出てくるのwww』


「まあ訓練してるからね。取り敢えず街行く人の悪口を片っ端から考えてみなさい。自ずと私のようになれるわよ」


『別になりたくないんだがww』『なれる気がしない』


 基本的にはこんな感じで楽しく交流を行う。ひろ子さんだって、誰彼構わず噛みつくわけではないのだ。


「はーそれにしても気分がいいわ雑魚の相手って。何言っても許されるんだし。しかしなんでこういう奴らって毎日毎日飽きもせず湧いてくるのかしら埃みたいに。よーし! じゃあそろそろゲームやるわよ!」


 ゲームの時間は等しく誰にとっても楽しいもの。しかし、この世界ではそんな前提は覆るらしい。

 


『下手すぎてイライラする』『なんでそこでそれ使わないの?馬鹿なの?』『見てて苦痛』


「じゃあ帰れよ国にここにお前の居場所は無いんじゃ原始人がwww大体あんたが誇れるものってゲームのプレイ以外に何が有るんですかー!? 何が有るんですか―!? だって腕に自身があるから下手な人見下すためにここでわざわざ発散してるんですよね-www現実世界で誇れるものがないからwwwでも他に居場所がないからわざわざここに来てトマ実を見下しに来てるんですよねwwwああああ馬鹿すぎてイライラするwww なんでちんこがあるのにそれを使わないの?ww? 彼女いないのww? 見てて苦痛なんですけどwwwwwプギャー!」


 トマ実さんはアンチコメントをブロックしない。何故ならそうすると自身の論破欲を満たすことができなくなるからだ。

 

「はあ。いい感じに欲が満たされていくわ。次は……っと」


『ただの絵何だから黙って殴られとけよ』『Vなんて芸能人以下じゃん』『声優かぶれ』


「いやいやいやあんたなんで2次元のVなら誹謗中傷して良いって思うのよあほか?wwww 映像の向こうの俳優は?www 声優は?www どっちも駄目に決まってるでしょだって人間がやってんだしwww ならVも同じ理屈に決まってるでしょうがお前もしやトマ実が自律した2次元の世界の住民だと持ってんの?wwww眼帯でもつけて日々生活してるんか?www眼帯のせいで世界が2Dに見えるからって、推しまで2Dにしなくていいからwwwwあwww今逃げようとしましたねwww はい―! IDもう記録してます!ー! もうデータベースに登録されてますーーwww というわけで開示請求した後裁判所でお会いしましょう弁護士さんにねwwww 私は普通にお前抜きで配信続けるからwwwwプゲラwwww」


 視聴者のボルテージが上がっていく。ちなみにひろ子さんは炎上配信を狙ってやっているわけではない。彼女は生きているだけで周囲を燃やす火山なのだ。

  

「はーせいせいしたわ。これで地球が少しだけ綺麗になりましたとさ。さーてと。じゃあ最後にスパチャ読んでいきましょうかね……? ………………!?」


 トマ実さんの眼がカッ開く。そこには長文赤スパが投げられていたのだが……。


『先ほどトマ実様は眼帯を中傷するような発言をされましたが、眼帯には以下の通りにメリットがあります。

 

■隠すことによる神秘性と想像の誘発

 見えない部分があるからこそ、人間は「その下に何があるのか」を勝手に補完しようとします。凄惨な傷跡か、強大すぎる能力(全てを焼き尽くす魔眼等など)か、あるいは何もない空洞か。情報をあえて遮断することで、キャラクターに奥深さとミステリアスな色気を付与できます。

 

■弱視治療における健眼遮蔽

視界の保護だけでなく、あえて健康な方の目を眼帯で塞ぎ、視力の弱い方の目を強制的に使わせることで機能の発達を促すという治療法があります。これはまさに眠れる神の領域を個人の精神力によって呼び覚まさせる怒涛の電気信号の儀式であると言えます。

 

 結論:眼帯とは医学的にも視覚情報的にも多層的な価値を見出すことが可能であり、それは資本主義において『キャタクターのバックボーンを一つの装備だけで強制的に想像させる虚構世界を彩るジャン=ポール・サルトル』であるとともに、『 現実の光を遮ることで、脳内に無限の宇宙を拡張する境界線』であると言えます。


 ※補足

 海賊の眼帯の理由として有名な実用例ですが『暗順応させるために片目を常に眼帯で覆って暗闇に慣れさせておき、暗所に入った瞬間に眼帯を外すことで、即座にクリアな視界を確保するという、極めて合理的かつサバイバルに特化した使い道』もあります。 トマ実さんほど高名で教養がある方であれば知っているとは思いますが、補足として。

 では、陰ながら配信を見守っております。』


(なにこの眼帯過激派の本気の擁護……!?)

 しかも社会性がクソある。

(……これ結構な長文ね……。スパチャ額は……?)

 スパチャに書くことが出来る文字数は、支払った投げ銭の額で決まるわけだが……。

 このすぱちゃの主は約330文字書いている。なので……。



 

270字

10,000円~19,999円

290字

20,000円~29,999円

310字

30,000円~39,999円

 

※330字

※40,000円~49,999円



最 低 4 0 , 0 0 0 円 ☆!

 

 そして実際の金額はまさかの45000円。

(……えー。これ論破しなきゃいけないの……?)

 トマ実さんが嫌がるのも頷ける。

 先ず明らかに手強い。語彙力がカンストしている。加えて医学的な知識があるらしいこの赤スパの主は、眼帯の装飾品としての実用性も把握している、相当な眼帯狂いだ。しかも金を持っている。できれば不快な思いをさせたくないと思うのが客商売を行おう人間としてのジレンマ。上客として確保しておきたいのだが……。

 

『うおーやれやれ!』『トマ実ちゃんの論破に期待!』『まさかの強敵www』『勝ったらまたスパチャ投げる』


(この闘技場の観野次馬どもが……!)

 

 ここはただの配信部屋ではない。闘技場なのだ。観客は血が見たい、論破が見たい。


(いいじゃない……。思い知らせてあげるわ。スパチャを投げた時点でお前は処刑台への階段を登っているってことをね!)


 「プププwww あんたなんやかんや色々言ってるけどそれAIに生成してもらった文章でしょwww それに文章の節々で一生懸命マウント取りたい感がですぎよwww ジャン=ポール・サルトルって誰よそれあんたそんな凄そうな人の名前を日常で使うわけ無いでしょうが! 背伸びすんな―! 人生の敗北者ーwww」

(取り敢えずこれで様子見よ……! てゆーかこれどっかどう見てもAIでしょ! 勝ちは貰ったわ)

 

 しかし秒で帰ってくる返答。



 

 『生成AIの出力を疑うのは、現代のネットリテラシーとして正しい姿勢です。しかし、AIはあくまで一般化された統計の集合です。完熟トマトのバーチャル受肉体という、貴女の特異な存在に対して、眼帯という『実存』の価値を説くようなプロンプトを組む方が、自らの手でゼロから執筆するよりも遥かに手間がかかります。これは純粋に、私の貴女に対する個人的な熱量の産物です。


ちなみにサルトルの実存主義は、日本の高等学校の倫理の授業で扱う一般的な基本教養の範疇です。「日常で使うわけがない」という貴女の認識は自身の教養のひくさを露呈しているに過ぎません。


とはいえ、自身の理解が及ばない未知の教養に対して背伸びとラベリングし、精神的優位を保とうとするその必死な自己防衛のプロセス自体は、非常に人間らしくて愛おしいと感じます。引き続き、その知性の限界で足掻く姿を見せてください。応援しております。』


(いやこいつめちゃくちゃ返信早ない……!?)

 しかも今度は400文字以上。つまり50000円。

 さらに体感三秒ほどで返信が返ってきた。つまり……。


——一秒あたり133文字の爆速タイピング……!?——


(……こいつの人物像が全く分からないわ……!)


 累計95000円をポンと肥やす財力と、腕が四本はないと説明がつかない爆速タイピング。さらにクレカ決済時のタイムラグを超越した通信スピード。人間なのかどうかすら怪しい。そもそも400文字も配信サイトでは打てない。


(マズイ! 全く返信が思いつかない……! そうだ……! そうよ! こいつはPCでAIを使って、私の発言を文字起こしをして、貼付けしただけだわ! 私も同じ事をやればいいのよ!)

 それだとただの人間に寄生したAIとAIの闘いになってしまうが。


 ひろ子さんの推論は確かに理にかなっている。しかし、ここには大きな見落としがある。


(よし……! コピペして……。AIにぶち込んで……。………………!? とっととしなさいよクソAI! こっちは金払ってんのよ!)


 そう。AIの上位モデルは演算時間が下位モデルより長く、より正確でクリティカルな答えを待とうとするとそれはさらに長くなる。

 

 ——AIからの返答だけで三秒を越える……!?——


 (この赤スパの主はただの思考速度とタイピング速度が爆速だっただけなのね……!)


『トマミンどうしたのー?』『まだー?』『敗北宣言www?』


 (……クソ……! かくなるうえは……!)

 ひろ子さんは勝ち目のない勝負はやらない。


「が……あ……あ……! や……やばいわ……! 持病の心臓麻痺が……!?」

 さらに事前に動画サイトで見つけておいた救急車のサイレン音を流す。


『大丈夫!?』『死、あるのみ!?』『これガチ……!?』『心臓麻痺って持病になり得るん!?』


「が……あ……!」

 と、もがくふりをして、PCを普通にシャットダウン。これにて完全勝利。ひろ子さん。今日も全戦全勝だ。


 「……危なかったわ。あんな人ならざるものとなんて戦ったら駄目よ……。いやしかし……。あの眼帯愛と裏付けされた狂った知識量……。それに医学的な知識がありそう感……」


(……創だったりしないかな……)


 本当に創だったかどうかは分からない。しかし、もしそうならひろ子さんはまた彼を論破できなかった。


(……でも……。見てくれてんなら実質私の勝ちよね……。)


 そんな胸に正体不明の、心臓麻痺とは違う痛みを抱えながら、今日もひろ子さんはムサボーを抱きしめながらスヤスヤ眠りましたとさ。

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