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「どういうことだよ? メイニのやつはもうすっかり元気になったんじゃないのかよ」
「いつもの発熱じゃないのか?」
チエムが不安から憤り、カレルはそうであってほしいという口ぶりだ。
発熱と同時に意識混濁に陥ったメイニを寝かせた後、カリスタは村長にかけあって町から医者を連れてくると行って出て行った。その彼女から話を聞いたカレルとチエムが戻ってきた。
「めそめそするんじゃねえよ。メイニがどうにかなるとでも思っているのか?」
ぐすぐすと鼻を鳴らすティコに、チエムが苛立つ。不安に苛まれると、些細なことに反発しがちになる。
「ティコに絡んでいる暇があるのなら、薬草でも詰んできてよ」
水を満たした洗面器を運びながらエニーが眦を吊り上げる。
「メイニの病とはどういうものなんだ?」
「心臓の病気なんだ」
アルノの問いかけに答えたのはティコだ。かぼそい声ではあったが、こういうとき泣くばかりだった彼の変容に、チエムは内心驚いていた。
カレルががりがりと頭をかきながらため息をつく。
「そうだ。うつる病じゃない。でも、」
「ああ、だから、村の人たちは村の中心にある神殿から君たちを追い出したかったんだな」
子供たちを村の片隅に追いやることで、病持ちのメイニからなるべく遠ざかろうとした。
「心臓の働きが弱いんですって」
理解を示したアルノに、エニーもまたカレルと同じように、詳細を話す気になった。
親という後ろ盾がなく、村人たちに都合よく扱われる子供たちは、だから、出会ったばかりのアルノと一定の距離を置こうとしていた。だが、メイニの病が再発した疑いがある今、とてつもない不安に駆られ、関係性の薄い人間にすらすがりたくなっていた。
「この村にはお医者さんはいないの」
「ちょっと離れたところにヨルグっていう町には医者がいるんだが、お金がない」
診察料も薬代もないとエニーとカレルが言う。
「可愛い孫のカリスタがおねだりしても、けちな村長は医者なんて呼んでくれないよ」
そうでなければ、神殿から村の隅のこの家まで追いやったりしないとチエムが肩をすくめる。
「薬草は近くの森に生えているんだ。だが、そこから薬をつくるのが大変なんだって」
「ああ、薬効を単離するのは難しいからな」
カレルの言葉にそう返すアルノの話しぶりに、チエムがわずかな希望を見出す。
「なあ、兄ちゃん、学者なんだろう? できないのか?」
「器材がないと難しいな」
「なんだ、使えねえな」
チエムが舌打ちせんばかりに悪態をつく。
「難しいだけで、できないわけではないぞ」
思わずアルノが言い返す。
「どうせ、大学を出たっていうのも、ろくな研究ができなくて追い出されたクチなんだろう。あーあ、なんで医者じゃなくて役に立たない学者なんだよ」
「止せよ。アルノに当たっても仕方がない。それより、スライム液に賭けてみよう」
鼻を鳴らすチエムにカレルが言ったのは、アルノを庇ったのではなく、第三者は頼れないということからくる言葉だ。
「スライム液?」
不思議そうにするアルノに、カレルやチエム、エニーは知らん顔をした。
「スライムに薬草を食べさせて出した液を飲ませたら、大分楽になるんだよ。前にメイニが、」
「ティコ!」
いろいろ教えてくれるアルノに今度は自分が教える番だと思って発言したティコを、カレルが激しい勢いでさえぎる。
「ティコ、こっちへいらっしゃい。手伝ってちょうだい」
エニーが弟を連れていく。
「町へ行って薬を買うしかない」
「どうやってお金を稼ぐ?」
カレルとチエムはもう話は終わったとばかりに、対策を立て始める。
「心臓の病に効く成分を持つ薬草なら、この周辺でも取れる」
色鮮やかな長い筒状の花をいくつも咲かせる薬草「妖精の帽子」だ。
「そんなの、俺たちも知っているさ」
アルノの言葉に、カレルが肩をすくめる。
リシェルの話を聞き、研究資料を読み、そしてスライムの体内を顕微鏡で見たアルノの頭には、ある仮説が生まれていた。
「さっきティコが言っていたのは、スライムが体内に薬草を取込み、薬効成分を単離できるということじゃないのか?」
アルノは常とは変わらない物言いをした。
けれど、カレルとチエムには雷鳴のように激しく響いた。
アルノに核心に触れられたカレルとチエムはリシェルとエニーとを探して話し合った。エニーにはティコがくっついていた。
自分のノートを一読しただけで一足飛びに真実に近づいたと聞いたリシェルは驚き考え込んだ。そして、意を決してアルノに話そうと言った。
「大学の学者さんのアルノさんならより確実にメイニを救う薬にしてくれるかもしれないわ」
「スライム液は効き目があったりなかったりしたものね」
エニーは以前、長く苦しんだメイニのことを思い出す。ふだんは飛び跳ねるほど元気な小さな子供が辛そうにしているのになにもできないのは、居ても立っても居られない心地になった。
「簡単に信用しない方がいいだろうが、」
メイニの回復には代えられない、とカレルも消極的に賛成する。
「あんなにのほほんとしているんだから、大丈夫だろう」
「わからないわよ。悪人は悪そうに見えないから厄介なのよ」
にやにや笑うチエムに、しっかり者のエニーが腕組みをして首を左右に振る。
「アルノは大丈夫。だって、薬草の危険なことをしっかりと教えてくれるもん。子供で分からないからとか面倒くさいとか言わないよ」
懸命に言い募るティコに。カレルとチエムは採取した薬草の中に毒草が混じっていると指摘されたときのことを思い出す。軽々しく扱ったりせず、手袋をはめていた。薬草と毒草を並べ、どこがどう違うかを丁寧に教えた。
「確かにな」
「俺たちにそんな手間をかけるなんて、ほかの大人はしないもんな」
自分の意見が理解され同意されたことはティコには嬉しい成功体験となった。いつもはこうはいかない。取るに足りない意見とされる。きっと、アルノがすごいから、ティコの意見に重みを与えてくれたのだ。ティコはそう思った。
リシェルたちの意見はそろった。
カレルとチエムはさっそく薬草「妖精の帽子」を採取してくることにした。
「ぐずぐずしている暇はない。学者先生にはあとで口止めしておけばいいだろう」
メイニを救うために一刻を争うとふたりは慌ただしく出かけていく。
「「妖精の帽子」を採取に行くのか?」
相談の際には蚊帳の外となり、庭先でスライムを観察していたアルノが気づいて玄関に近寄る。
「ええ」
メイニの看病をエニーとティコに任せ、リシェルはカレルとチエムを見送った後、アルノに話をしようと庭に出てきていた。
「全草に毒性を持つから、直接触らないように」
アルノは籠を揺らして庭を横切るふたつの背中に向けて声を張った。その毒性から薬効成分が単離される。だからこそ、薬にするのには難しい薬草なのだ。
ふたりを見送った後、アルノの方が口火を切った。
「時間がないから端的に話すよ。スライムの体内を顕微鏡で見たとき、薬草の欠片があった。それとは別に、薬効成分が少量あった。体内で薬草の成分分離をしているんじゃないか」
リシェルは息をのんだ。
「そんなことまでわかるんですか?」
「あの顕微鏡は高性能なんだ。相当な分解能を持つ」
ただ、高機能を使用すると、込められた光魔法を相応に消費するので、必要に応じて用いている。
「メイニが言い聞かせてくれたおかげでじっくりと観察することができた」
そのお陰で、メイニを救う手がかりを得ることができた。
「実は、スライムがまれに取り込んだものとは違うものを出することがあるんです」
リシェルは取り込んだものを分解しているのではないかと考えたのだという。
「それが大量に食べ、魔力を与えたときだったからです」
リシェルは実験するために、食料のみ、あるいは魔力のみ、そして食糧と魔力の双方を与えたことがあるのだという。
「同じスライムで、時を置いて試してみました」
「なるほど。なかなかの考察だ」
話しながら、ふたりはスライムを数体捕まえ、アルノは食事を、リシェルは光魔法をそれぞれ与えた。そして、カレルとチエムが持ち帰った薬草を取り込ませる。
「よし。じゃあ、リシェル、スライムに触れながら、薬効を分離してくれるように伝えてくれるか。メイニを救うためだと強調してくれ」
「リシェルの手はふたつしかないんだぞ。上に寝っ転がってやるか?」
その頃にはささくれ立っていたチエムの気持ちも大分落ち着いており、いつもの調子で軽口も出た。
「順番にやっていけばいいだろう」
「そうだな、スライムをくっつけておけば、振動で伝わるんじゃないかな」
呆れて言うカレルに、アルノが提案する。
「そんな安直な」
言いつつも、チエムはスライムを並べる。
「なるべく、左右の手を広げてスライムにおいたらいいんじゃないか」
カレルがスライム振動説を受け入れて提案する。
「じゃあ、微弱な魔法を流しながら話しかけてみるわね」
リシェルも成功確率を上げるための方策を講じる。
「液を回収できるように皿に置こうぜ」
「全部収納できる皿なんてないだろう」
結局、大きなたらいの中に、縁に沿って円を描くように並べられた。リシェルは両手を広げてスライムを撫でる。
「スライム、お願い。メイニを助けて」
リシェルは祈るような気持ちで切々と訴えた。じわじわと指先から温かいものが抜けていく。
スライムは人とは違う。魔力を帯びる動物、魔物だ。魔物もまた、他者を糧にして生きる。その際、身体能力や技能と同じく、魔力を行使して狩りをする。だから、人は魔物を危険視する。
けれど、知能があり、意思疎通ができるのであれば、信頼関係を結べる可能性はある。
スライムはリシェルに魔力を与えられ、それを糧にすることによって、使役された。観察のために庭先に放されたスライムたちは、自分にやさしく触れ、語り掛けてくる子供たちになじんだ。そのうち、幼い子供たちの子守のようなふるまいまでするようになった。
いわば、犬が幼児を見守るようなものだ。
中でも最も小さい人間が熱を出した。目も鼻も耳もないスライムは体表から目に見えない微小な粒子を放出して離れた場所にいる仲間と意思疎通を図る。当然、距離があれば粒子は届かず、意思伝達は不可能となる。けれど、今はそれぞれがくっついている。
メイニの発熱を感じ取ったスライムが仲間たちにそれを伝える。
魔力という餌をくれる人間の伝えんとすることを読み取り、与えられた薬草の成分の分離を行う。
メイニを救うために必要だということを成し遂げようとした。
と、ふるふるふる、とわずかにスライムの体が震えた気がした。
「なんだか、揺れている?」
チエムが目ざとく気づいたことから、リシェルは自分の気のせいではなかったと知る。
振動は振動を呼び、揺れは大きくなった。
スライムの体からじわじわと液体がにじみ出てくる。
「おお、これがスライム液か」
「適当に言っているだけだからな」
初めて見る光景に、感動に打ち震えるアルノに、チエムが呆れた表情をする。
「ふむ。仮名・スライム液だな」
「もうちょっとましな名前を付ければよかった」
カレルががっくりと肩を落とす。隣でチエムが腹を抱えて笑う。
さて、たらいから採取した液体を顕微鏡で確認したところ、薬効成分だとアルノが判定する。
そして、薬を投与されたメイニはしばらくの後に回復を遂げた。
「チュライム、ありがとう!」
スライムたちはメイニに順番に抱きかかえられほおずりされた。よかったね、とばかりにスライムはふるふると震え、「くちゅぐったい」とメイニは笑い転げた。鈴を転がすような軽やかな声はスライムの体表に心地よく伝わる。
その光景にアルノもリシェルたちも、そして物資調達で子供たちを支えたカリスタも、心から安堵するのだった。
「悪いスライムじゃないよ!」
「あれー、これ、まえもやらなかったっけ?」
「スラリンっていうんだよ」
「わー、なまえついてるー」
「「妖精の帽子」というと、北欧の童話なんかによく出てくる妖精がかぶっている赤い帽子のことをイメージしちゃうかもしれないけれど、「妖精の手袋」とか「きつねの手袋」とか言われている方の薬草だよ。花はラッパとかベルのような形をしているんだ」
「すごーい、すらりん、ものしり!」
「てんさいすらいむ!」
「どうあげだ!」
「「「「おー!」」」」
「「「「わっしょいわっしょい(ぽよんぽよん)」」」」
「「「「わっしょいわっしょ―――あれー?(ぽよんぽよ―――ぷるるん)」」」」
「がったいしちゃったー」
「どうあげできなーい」
「わー、ぷるぷるするう」
「いつもよりもぷるぷるしておりますー」
「「「「たのしーい」」」」




