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魔法の行使過程には発現と移送の二段階ある。
魔法を発生させることができても、影響を与える対象にまで届けることができなければ、用をなさないのだ。そして、魔法発現はできても、移送ができないものが大半だ。発現と移送は性質が異なるからだ。だから、この移送ができる者だけが魔法使いを名乗ることができる。
魔物の中でもこの移送をできる者は、厄介な相手となる。魔法は距離によって威力、精度が低下する。
「スライムは魔法をどう使うのかわからない」
「でも、スライムに魔法で攻撃されたなんて聞かないぜ?」
「そう、そこだ。魔力を持つが、それをどんな風に使っているんだろうな」
庭先でスライムを観察するアルノの傍らにメイニを除く子供たちが集まっている。ふだんなら、メイニこそが庭でスライムと戯れているが、今は室内で安静にしている。ほかの子供たちはそれぞれがそれぞれなりにスライムに感謝する気持ちになっていた。そのため、珍しく揃ってスライムを眺めていた。
「移動は地面と接触する部分が蠕動して動いている様子だな」
そのため、非常にゆっくりと、少ししか移動することができない。
アルノの言葉を、リシェルがせっせとノートに書き留めている。
「スライムには目も鼻も耳もない。これは驚くべきことだ」
「どうして?」
ティコが首をかしげる。カレルとチエムに至っては、またぞろ妙なことを言い出したという態だ。エニーは静観の構えである。
「動物と植物の違いは何か」
「あっ」
「そう。スライムは動物でありながら、植物のように目も鼻も耳もないんだ」
移動する植物もいるが、長い時間をかけてごくわずかな距離を動く。
植物はエネルギーや必要栄養素を体内で生み出すことができる。だから、わざわざ動き回る必要はない。そんな無駄なことをしてエネルギーを消費することはない。
「目や鼻がない動物はいるが、それは環境に適応した結果だ」
「ふーん」
チエムが気のない返事をする。
「たとえば、洞窟に生息する動物は見えなくても別に構わないだろう?」
「ああ、暗いからね」
リシェルは理解が早い。彼女はアルノから敬語で話さなくていいと言われてそうするようになった。
「そう。だから、目という器官をなくして、ほかの器官を発達させたんだ」
「へえ!」
気のない返事から一転、チエムが興味を持つ。
「視力がなくても生きていけるもんな」
カレルが得心がいったと頷く。
「洞窟で代々暮らすうちにそういった進化を遂げたんだ。そして、その分、他の機能が発達した。ほかに、目や鼻がない動物やほとんど聞こえない動物がいる」
「うっそだあ」
そんな風に言いつつも、興味は失せていない様子でチエムはアルノの続く言葉を待つ。
「ナメクジウオは目や鼻を持たないし、アルマジロという動物は聴覚の代わりに鋭い嗅覚を持っている」
「なにかの感覚が弱ければ、なにかの感覚が強くなるのね」
エニーが結論付ける。
「そう。そこなんだよ。スライムは目も鼻も耳もない」
では、なんの感覚が強くなっているのか。
「あっ!」
「口はあるのか?」
リシェルが声を上げ、カレルがふと頭に浮かんだ疑問を述べる。
「そういや、俺、スライムの口って見たことがないかも」
今まで食料を与えたこともあるチエムだったが、食べる姿をじっくり観察したことはなかった。
「口は、地面に近い場所にある」
スライムは膜のような体表で覆われている。すべてが包まれているように見えるが、口が開くと、膜が途切れる。
「あ、でも、スライムって鳴かないよな」
「声は声帯によって発せられるんだが」
カレルの言葉に、アルノが答える。
「やっぱり、アルノは物知りね」
エニーにリシェルとティコが頷く。カレルとチエムも互いに目配せしあうが、異論はない様子だ。
ふと、チエムがたらいに視線をやる。
「なあ、これって売れるんじゃないか?」
「スライム液のことか?」
「うん」
「妖精の帽子」は村近くの森に生えている。だが、その薬効成分を単離することは難しいため、有効活用できないでいた。
チエムの発案に、カレルが無言でアルノを観察した。
「ふむ。確かに、町に持っていったら心臓病の薬として売れそうだな」
「学者なら、学問を金儲けに使うなんてって反対するかと思った」
「なにを言う。学者こそ、研究費を得るためにあくせくしているものだぞ」
カレルに答えるアルノに年長組が大きくため息をついた。
「どこもお金で苦労するのね」
「エニー、君は本当に七歳なのか?」
シビアな表情を浮かべるエニーに、子供の発育具合にうといアルノでさえもそう思う。
「俺たち、とにかく、稼がなきゃならないからな」
カレルが肩をすくめる。暮らすには食べ物や日用品が必要になる。
「でもさ、またメイニが発病したときのために、とっておくべきじゃないか?」
「薬は長く置いておくと薬効成分が薄れる」
長期間の保存はきかず、腐敗するというアルノに、カレルとチエムは顔を見合わせて頷いた。
「やっぱり売ろう」
「どうせなら、もっと量が欲しいな」
「薬を入れる瓶も必要だわ」
カレルとチエム、エニーの会話を聞いていたリシェルが思いつく。
「そうだ。ティコは絵が得意でしょう? 瓶に絵を貼り付けたら、わかりやすくていいんじゃないかしら」
「え? 僕?」
リシェルの提案にみなの視線が一斉に自分に集まり、ティコは戸惑う。
「ええ。わたしのノートにもいろいろ絵を描いてくれたでしょう?」
「ああ、あれはティコが描いたのか。微細なところまで丁寧に記してあった」
アルノの称賛に、ティコが丸いほほを染める。
「文字や数字の記述も重要だが、生物学はそれだけでは伝わらないこともある。葉一枚とっても、いろんな形や大きさがあるだろう?」
「なるほどなあ。文字でどれだけ説明されても絵で描いてあったら、ひと目でわかるもんな」
カレルがアルノの言わんとすることに頷く。
「なんて言うんだっけ、ひゃく、ひゃく、いち、」
「百聞は一見に如かず、ね」
チエムにリシェルが答える。寒村でろくに読み書きもできないような子供がそんな言葉を聞き知っているというのは、おそらくリシェルが教えているのだろう。
「じゃあ、ティコ、「妖精の帽子」の絵を描いてよ」
「う、うん、わかった」
エニーの依頼にティコは嬉しげに頷いた。自分の能力を買われ、乞われるのが喜ばしかったのだ。
「俺たちは「妖精の帽子」の採取だな」
「おう、今まで放置されてきたから、あちこちに生えているぜ」
カレルとチエムは慣れた動作で籠を背負った。
「全草に毒性があるから、」
「分かってらあ。直接触らないようにするんだろう?」
アルノの言葉をチエムがさえぎる。
「それと、なるべく、ひと処ですべてを採取しつくさないでくれ」
「なんで?」
「あちこち探すのは手間じゃないか」
カレルが首を傾げ、チエムが不服そうにする。
「取りつくさなかったら、また生えてくるからよ」
「へえ、そうなんだ」
「そっちの方が長い目で見たらお得ね」
「じゃあ、そうすっか」
リシェルの説明にカレルが頷き、エニーが穿ったことを言い、チエムがあっさり手の平を返す。
カレルとチエムを見送った後、ティコはさっそく絵を描くことにした。
「寂しいだろうから、メイニの寝ている隣で描いてくるね」
熱は下がったものの、安静にしておくように言われ、メイニはベッドに横になっている。
「きょうはこっちのチュライム。あちたはあっちのチュライムとねるの」
と、毎日違うスライムを寝床に持ち込んでいる。
ティコから仮名・スライム液をつくって心臓病の薬として売るという計画を聞いたメイニは興奮してスライムをぎゅっと抱きかかえた。
「ちゅごいねえ、チュライム! がんばってね!」
ふるふると震えるのが、任せておけ、という意気込みのようであった。
さて、アルノは残ったリシェルとエニーとともに、難問を解決すべく話し合った。
「問題は瓶の用意ね」
医師がいないような寒村だ。瓶を販売する所もなければ、製作する工房もない。
「空き瓶を集めましょう」
「同じサイズ、同じ形態の瓶が好ましいが、ないのだから仕方がないな」
瓶の容量によって価格を変えることにした。
リシェルとアルノが導き出した結論に、エニーがふっと笑ってひと指を一本立てる。
「村の人たちにお願い事をする適任者がいるわ」
誰のことだと問うリシェルの傍らで、アルノはますますエニーが年齢不詳に思えてならなかった。
「ランディよ。爽やかな美男子でね、村中の信頼を集めているの」
後半の説明はアルノのためにした。
「そうね。ランディがお願いして回ってくれたら、空き瓶が集まりそう」
「じゃあ、わたし、カリスタに頼んでくるわ」
同意するリシェルにエニーは今にも出かけていきそうで、アルノが慌てて問う。
「ランディに直接頼まないのか?」
「ここだけの話なんだけれどね。ランディはカリスタのことが好きなの。好きな子の頼みなら、快く引き受けてくれるってものよ」
覚えていなさいと胸を張るエニーに、アルノは思わず二度三度頷いた。
「エニーったら、人の好意を都合よく使っちゃだめよ」
「いいのよ。この場合、好きな子にいい恰好をしてみせる場面を用意するんだもの。三者両得ってものよ」
「エニーは難しい言葉を知っているなあ」
眉をひそめるリシェルに、エニーはうふふと笑ってみせ、アルノは明後日の感想を持つ。
「行ってくるわね」
「あ、ちょっと、」
「エニーは実にしっかりしているな」
素早く出かけて行ったエニーにリシェルの呼び止めは届かず、アルノは終始妙な関心をしていた。
「すらりんはどうしてすらりんというの?」
「リン酸のリンからだよ」
「りんさん?」
「そう。細胞分裂の制御のほか、体内ではリン酸が重要な役割を担っているんだ」
「じゃあ、すらぴーだね!」
「すごいね、すらぴー!」




