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建物に目が行くのはわかる。だが、なぜ、スライムのことについて聞くのだ? 魔物だからか? ならば、初期の村人たちのように、嫌悪感や恐怖心を露わにするのではないのか。
なぜ、集めてきた手段を気にするのか。
「学院を卒業したリシェルがスライムの使役術を使うからだよ。小さな子供をあやすのにちょうどいいと思ったんだ」
カレルは慎重に、アルノが来る前の事実を話した。
「へえ、そうなんだ」
やはり、質問したのにもかかわらず、興味がなさそうな返事だ。
こういう小さな違和感を捨て置いてはいけないということを、カレルは嫌というほど思い知らされていた。無視してしまえば後で大事になる。大事になったとき、後ろ盾のないカレルたちは対処しがたいのだ。
「じゃあ、そのリシェルってのが、スライムを操っているんだな?」
「といっても、集めてきただけで、とくになにかをさせられるわけじゃないよ。スライムだし」
「そうだよなあ」
その辺りだけやけに感情がこもっていた。
父はもう少し村を見回ってくると言ってふらりと立ち去った。
「なあ、あれって、探りを入れに来たんじゃないのか?」
カレルは自分の考えをチエムに言い当てられた気がして動揺した。
「俺の親父のことを疑うのか?!」
動揺のあまり、激昂する。そうでないでいてほしいと思っていたことを、突きつけられた気がした。だから、過剰な防衛反応を示してしまった。
「父親が帰ってきたことが妬ましいのだろう!」
「ち、違う! 俺は村のためを思って」
「なにが村のためだよ。今までそんなこと、一回も言ったことないじゃないか!」
せめて、俺たちのこと、アルノたちの研究のことと言われれば受け入れられたかもしれない。
けれど、なんとか共同体の片隅にいることを許容して生きている、という態の村に、純粋な感謝を抱いてはいなかった。感謝と恨みとが共存していた。
チエムと喧嘩別れをして困るのは、狭い村の中だからどこへ行っても顔を合わせる確率が高いことだ。
なるべく会わないようにと、ふだんあまり行かない場所へ足を向けた。
研究棟にはカレルの父親がいた。
「ここはお前は入れないのか?」
入れるが、そう答えたら、では自分も入れてくれと言われることは容易に予想がついた。
これでは、チエムの母親といっしょだ。
自分たちを捨てておいて、都合よく使おうとする。
カレルは瞬間腹が煮えた。
「なあ、あんた、なにしにきたの?」
「なに、ってお前」
そこで言葉に詰まる父に、カレルは怒りを覚え、それは徐々に失望へと熱を下げて行った。冷たく無味な感情だ。
ずっと会いたいと思っていた。ばつが悪くて、罪悪感が強くて会いに来られなかった。
なぜ、そういった言葉がでない。
理由ははっきりしている。そんな気持ちはひと欠片もないからだ。
そして、聡いカレルは気づいてしまう。
レファートが薬が売れなくて恨みに思った薬屋が研究を取り上げようと画策している、と言っていたことを。
つい先だっても町の人間がエニーとティコを引き取ろうと言った。それもその企みの一環だ。
ならば、父もまた、同じ穴の狢ではないと言い切れるだろうか。
カレルはずっと「兄」の役割を担っていた。弟妹たちを守るために、危険は遠ざけなければならない。
「いくら出すって言われたんだ?」
「え? なにが?」
枝葉末節を取り除いたカレルの言に、父はみっともなくうろたえた。そこで、白を切り通せないのがいっそ、情けなく思えた。
「情報を盗んできたらいくら出すって言われたんだよ」
「盗んでくるって人聞きが悪いな!」
「やっぱりそうだったんだな」
「だって、お前、三万ナードだぞ!」
カレルは笑った。奇しくもその値段はフランクがつけた薬の値段と同じだった。アルノとみんなと、スライムから得た液で心臓の病に効く薬をつくったときのことだ。
あのときはスライム・クラフトなどまったくわからなかった。でも、みんなが、そしてスライムがメイニを助けようと頑張ったのだ。
そして、メイニは自分を助けてくれたように流行り病に苦しむ人を助けてほしいとスライムに願った。その願いをスライムが聞き届けたから、ヨルグ町の流行り病は大事にならずに済んだのだ。
なのに、カレルの父はそんなメイニや自分たちをずっとかばってくれてきたリシェルの秘密を金にしようとしているのだ。
「わかった。倍の六万ナード出す。それで俺たちの前から消えてくれ。二度と現れないでくれ」
カレルの言葉に、すぐには答えず、じっと見据えた。カレルはぐいと胸をそらし、真っ向からその視線を受け止めた。
「そんな金、誰がだすんだよ」
しみったれた声と内容だった。カレルは思わず笑いそうになるのを堪えた。
「レファートさんに借りてくる。俺が働いて返す」
六万ナードの大金をポンと渡してくれるかどうかはわからないが、アルノに危険を近づけたくないと言えば、多分出してくれるだろうと考えた。
喜んで応じると思ったのに、カレルの父親は即答しなかった。このあたりが、子供の経験不足と交渉術の何たるかを知らない点だ。
カレルの父は唇をなめながら、目をせわしなく動かした。それ以上の金銭を得られるのではないかと算段した。そして、カレルにより多くの借金を背負わせて金銭を引き出せるのではないかと考えを巡らせた。
「六万だ。それ以上は一ナードも出せない」
カレルは自分の甘さを歯噛みしつつ、言い張った。
「六万で手を打っておけ。あんたに話を持ち掛けたのは大方大手製薬商会だろうが、右手で金銭を渡した直後に左手に握ったナイフで絶命させられるぞ」
過激な言葉に振り向けば、レファートがいた。後ろにチエムがいて気づかわし気にこちらをうかがっている。喧嘩別れしたのに、カレルと父との会話が不穏で、レファートを連れてきてくれたのだ。
チエムは心配そうにカレルを見やり、目が合うとばつが悪そうに逸らす。カレルは今度こそ笑った。でも、父から感じたのとはまったく違う感情からだった。
「ありがとうな。この場で一番心強い助っ人を連れてきてくれて」
言って、静かに父の側から離れた。自分の居場所はもうそこにはない。
「俺の居場所はここだ。チエムたちやアルノたちの傍だ」
レファートは六万ナードの為替手形をその場で切って渡した。
その手形を大事そうに懐にしまい、そそくさと去っていく父の後姿を見て、カレルは手を握りしめ、意地でも泣くものかと思った。
事情を聞いたアルノはなにも言わずにカレルを抱きしめた。
「なんだよ、一体」
戸惑い声を上げるも、しばらくそうされていると、なぜだか涙が込み上げてきた。嗚咽がもれる。温かく、中肉中背なのに意外と大きく思えた。
父が去っていくときは、ああ、もうこれで会うこともないということを感じ取っていた。だが、決して泣くまいと頑張った。なのに、今は堪えることができなかった。
しばらくそうし、カレルが落ち着いた後、アルノは言った。
「君がいないと困る」
本当に戸惑っている風な声音で、思わずカレルは笑いを漏らした。そうすると、最後のひと粒がぽろりと目から零れ落ちた。
それはなにより、カレルが欲しい言葉だった。いつも自分の居場所を探していた。自分で自分の居場所をつくるために懸命に働いた。だから、弟妹の面倒をみた。そうすれば、必要だと言ってくれるから。
みながアルノを助ける理由が分かった気がした。
すごい学者でも、生活に関することは頼りなく、ついつい手を貸してやる。
すごい人を助けてやれる、という喜びがある。なにより、偉ぶらない。助けてやったら感謝する。だから、みなが率先してアルノを助ける。
硬いパンをおどけて音楽的に噛み音をだして見せる、陽気で楽しい父は、もういないのだ。それを思うとき、いつだってカレルの心に鋭い痛みが差し込んだ。だが、時がたつにつれ、それは瞬間的なものになっていくのだった。
アルノには両親と兄と弟がいる。
学問の世界に飛び込み、生計を立てるようになってからは、遠ざかっている。
両親はアルノを自慢するツールとしてみなしていた。事あるごとに便利使いしようとした。兄は常に自分の優位を確かめようとして、馬鹿にする機会を逃さない。弟はなにかと値踏みする。
人は心地よさを欲する。自分に心地よい人間であれば近づこうとする。アルノは彼らと付き合っていると疲弊するので、遠ざかった。使い倒され、あるいは見下される。
だから、学問に没頭した。
家族に対しての情愛はあっても、あまり尊敬の念を抱くことはなかった。「発見を積み重ねてきた先人」を尊敬した。
ピルア村にやって来て、子供たちは自分の力で解決しようと励む姿を目の当たりにし、アルノは自然と手を貸そうと思うようになった。面倒を見てくれるのだから、自分もできることで恩を返さなければ、という風に考えた。
アルノは子供というのはうるさくて人の話を聞かなく、コントロールがとれない生き物だと思っていた。もう少し年かさになると、浅はかなのにずる賢い所も持っている。
だが、カレルたちは違った。力を合わせてなんとか生き抜こうとしていた。大人が構わないからか、アルノの長い話でも、興味がないときって捨てず、面白がって聞いてくれる。
アルノは彼らの健気さに胸を打たれ、一種の尊敬の念を抱くようになっていた。
だから、彼らの行く末を案じ、手を貸そうとした。彼らが自分を必要とすることに喜びを見出していた。
「なのるほどのものではありません!」
「すらいむですから!」
「なまえはまだない。(すらりんいがいは)」
「なんかねー、あでのしんってなまえをつけたんだって」
「大学の先生が研究テーマを愛するあまり、こどもに「あでのしん」って名付けたらしいよ(※注)」
「しんぱしー」
「わかるー。せいめいってりんさんだいじ!」
「すらりんはすらぴーだもんね」
「せいめいのしんぴ」
「「「「すごいねー」」」」
(※注:「こわいもの知らずの病理学講義」仲野徹 晶文社 p62参照)
こわいもの知らずの病理学講義 仲野徹 晶文社
p62より抜粋
「昔、某大学の生化学系の先生で、研究テーマを愛するあまり、息子に「あでのしん」という名前をつけられたという伝説がありますが、真偽も定かではないそんなアホな話をしていると、きりがないので、先に進みます。」




