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カレルはよく十二、三歳くらいに見えると言われるが、十歳だ。もうすぐ十一歳になる。
母親が亡くなり、父親は出稼ぎに行くと言って前聖職者のジムにカレルを預けて村を出た。以来、姿を見ていない。
母親が亡くなる前は三人で仲良く暮らしていた。父は、喪失感が大きかったのか、ひとりで子供を育てる気持ちはなかったのか、母が亡くなってずっとなにもしなくてのんべんだらりと暮らしていた。
カレルはもう、父とは暮らせないのだという現実を受け入れていた。
神殿に引き取られた際、カレルよりも年上の子供たちがいた。その後、一歳年下のチエムも加わった。
カレルのすぐ上の子供とは少し年齢差があった。年上の子供たちが就職して出ていき、しばらくはジムとチエムとともに三人で暮らした。その後、エニーとティコという姉弟が預けられ、メイニも加わった。
ジムが亡くなった後、次の聖職者はなかなかやって来ず、子供たちはどうするのかという話はなかなかなされなかった。大人たちは自分たちの家族を養うのに精いっぱいだった。
そんな中、カレルたちを気にかけてくれたのはカリスタだった。村長の孫という立場にある彼女は、祖父に何度となく掛け合ってくれた。
「次の人が来ないのだから仕方がないじゃない。うちで面倒を見ましょうよ」
「しかしな、うちも楽ではないのだぞ」
大人がいなくなった神殿で暮らすのは、心細いものだった。自分が一番年上なのだからと、カレルは村のあちこちの仕事を手伝うことで、食料や日用品といったものを得た。
「俺もやる」
始終不安そうにしていたチエムは、カレルといっしょにやると言った。
「じゃあ、わたしは家事ね。ティコはメイニの面倒をみてちょうだい」
「う、うん」
「あい!」
エニーは三つも年下とは思えないくらいしっかりしていて、カレルは内心、チエムとは別の意味で彼女のことを頼りにしていた。
チエムは不安を紛らわせるためにか、よくティコをからかって泣かせた。その都度、飛んでくるエニーとけんかする。三人で暮らしていた時にはしんと静まり返っていた神殿は、賑やかになった。
その日その日をなんとかやり過ごすうち、リシェルが帰ってきた。カリスタの親友で、学院へ行く前は彼女もよく神殿へ来て、ふたりで子供たちの世話をしていた。だからか、ジムがいなくなった後、子供たちの面倒を一手に引き受けた。
リシェルの両親は亡くなっていたから、「わたしの新しい家族になってちょうだい」という言葉にすんなり頷いた。神殿に取り残された子供たちはみな、一度は家族を失った仲間だった。
リシェルとともに暮らすことになっても、カレルとチエムは雑用に村を駆け回った。リシェルは学院を卒業したばかりの女性で裕福ではなかったからだ。
それでも、日常の食事は質素なものの、祭りの日、つまりハレの日には少しばかり豪華な料理を、リシェルは出してくれた。
祝祭の日を祝う食材で季節の移ろいを感じる。祝祭は農事を日常で意識づける意味合いもあった。そういったことをリシェルがやってくれた。ジムはそういったことは「やってもらうもの」であるという認識だった。子供たちにそういう楽しみを与えるという発想はなかった。
祝祭日にはみんなが笑っていて、カレルにもとても楽しい記憶が残っている。
ところが、思いもかけない妬みを受けることになった。
リシェルが戻ってきてひとりならば、その家のパン窯はみんなで使うものとみなされた。若い女性ひとりで使うにはあまりにももったいないということかららしい。
それを、子供たちを育てるからといって、独占するのはずるいという考え方になるのだそうだ。
もとは彼女の両親のものだから当たり前のことだが、一度は村の共有物となりそうだったのに、そうはならなかった。手に入りそうな良いものが、惜しいところでかすめとられた、という考え方なのだそうだ。
「そんなこと言われたってさあ」
「うちもパン窯があって、たまに借りに来る人がいる側だからね。そういう考え方をするのか、としか言いようがないわ」
最年長のカレルには一応教えておくと言って伝えてくれたカリスタが肩をすくめる。
それで、うっぷんを子供たちに向けて晴らす傾向を見せ始めた。
あからさまにはしない。けれど、言葉の端々にとげがある。苛々しているときに邪険にする。
もとは何も持たない子供たちだったのに、なんの苦労もせずに手に入れた。ならば、ちょっとくらいつらくあたってもいい。八つ当たりしてもいい。なぜなら、努力せずに手に入れているのだから。自分たちが得るはずだった特権を手にしたのだから、このくらいやったっていい。
それはなにも村人たちが特段狭量だったのではない。人間とはそういうものなのだ。
より良いものを与えられたら不満は霧散する。現に、たくさんの魔道具を貸与された村人たちはカレルたちにも寛容となった。それはレファートの手配だが、アルノの環境を整えるためである。そして、そのアルノが当初はリシェルの家に居候していたのだ。
アルノが村にやってきて、一変した。豊かになったのは物資だけでなく、精神面でもだ。
アルノのおかげで物量面、精神面ともに余裕ができた。自分ひとりが頑張らなくていい。
弟妹たちを食べさせ、守らなければならないとずっと気を張っていた。ふいに重荷が消えた。
そんな気の緩みをつくようにして、父親があらわれた。
そして、わかる。重荷ではなかった。カレルがここにいてもいいという証だった。自分に存在価値を与えてくれていた。必要とされていたのだ。そして、ひとりでは到底なし得ないことでも、みなといっしょなら踏ん張ることができる。
「なんだなんだ、うら寂れた村が、随分とまあ、変わったものだな」
寒村では特に四階建ての研究棟と三階建ての居住建物とが目立つ。鉄とガラスがふんだんに使われ、採光に秀でている。外観もすばらしく近代的だ。建て直されたリシェルの家ですら、二階建てだ。
以前はなかった建物が注意を引いたのだろう。カレルの父親が見上げながら呆然とつぶやいた。
「親父!」
「おう、カレルか。元気そうだな」
へらへらとした調子で言うのに、カレルは無性に腹が立った。
「今の今までなにをやっていたんだよ!」
「いやあ、そりゃあ、あちこちで出稼ぎというやつをやっていたのよ」
「だからって、便りのひとつもないって、どういうことだ!」
仕送りどころか連絡もなく、もう見捨てられたものとみなしていた。なのに、こうして唐突に現れ、平然とカレルに話しかけている。
「まあまあ、戻ってきてくれただけいいじゃないか。俺なんて、いらないと言われたんだぜ?」
チエムもカレルの父親の顔はなんとなく覚えていたようで、そんな風になだめる。
流行り病が起きた町から逃げてきた母親一家に会ったと言って落ち込んでいたチエムだ。
そんな彼に、機会を与えられたのだから向き合えと言われ、カレルもその気になる。
「お前、今までどうしていたんだ?」
子供を神殿に押し付けて姿をくらました当の本人が問うのに、カレルは少なからず苛立った。その感情を押し殺しながら答える。
「ジムさんのところでしばらく厄介になっていたんだけれど、亡くなってから、次の人が来なくて、」
別れた後のことを聞いたにもかかわらず、カレルが話すことなど、右の耳から左の耳に抜けていくかのようだ。
隣でチエムが身じろぎする。彼もまた、父の気もそぞろな様子が分かったようだ。
「なあ、本当に村は様変わりしたな。すごい建物が建っているし、ここへ来る前に見たけれど、畑が広がっていないか? それに、大きな道具を使っていた。あれって、もしかして、魔農具か? どうしたんだ、あれ?」
カレルはチエムと視線を交わし合う。
確かに一見して変化があるから、仕方がないことかもしれない。
寂れた村には常に、どんよりと灰色で重苦しい雰囲気がのしかかっていた。今は一変している。貸与された道具であれこれするのが嬉しい。とにかく、一度は使ってみたくて仕方がなく、そうなると、労働も苦にならず、嬉々としてやる。
「それにさ、スライムがたくさんいるが、なんなんだ? どうやってこんなに集めてきたんだ?」
カレルは違和感を覚えた。
「すらいむ、ふえたねー」
「いつからいたっけ?」
「はじめから?」
「わかんなーい」
「あとから?」
「わかんなーい」
「すらいむはすらいむなの?」
「わかんなーい」
「じゃあ、とりあえずぷるぷるしておく?」
「「「ぷるぷるぷる」」」




