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 ティコの下に、もうひとり妹がいた。その子が心臓の病にかかったので、両親はよい医者にかかるためにと村を出ていった。父親が働いてお金を稼ぎ、母親は妹の面倒をみるので、ふたりそろっていないといけないのだという。

 エニーとティコは健康だからといって、前聖職者のジムに任せて出ていった。

 ティコはまだ小さかったからあまり覚えていないのが幸いだ。


 引き取られた先にはカレルとチエムもいたが、女性は自分ひとりだ。ふたたび捨てられないように、エニーは懸命に家事をした。役立たずは不要だと切り捨てられるのが怖かった。


 役立たずといえば、ティコがそうだった。

 けれど、まだ両親と暮らしていたもっと幼いころ、「ねーたん、ねーたん」と言って自分について回った可愛い弟だ。(つたな)いながらに面倒をみてやっていた。服を着せてやったら、ボタンが互い違いになった。

「あらあら」と母親が直そうとしたら、ティコはいやいやと首を振った。

「ねーたんがしてくれたのがいい」

 エニーが着せてくれたのでいいというのだ。

 だから、エニーはティコを見捨てられない。ティコは自分を選んでくれたのだ。


 それに、ティコがいなくなったら、エニーはひとりぼっちになってしまう。どれだけ足手まといでも、ひとりぼっちになるよりはいい。誰かを守らなければならないというのは、誰かに必要とされているということだ。守る対象がいて、必要とされているのであれば、自然と強くあろうとする。ティコはエニーに「姉」という立場をくれたのだ。


 ある日、神殿の前に子供がしゃがみこんでいた。その時はまだジムは存命だった。

 ようやく歩けるくらいの小さな子だった。なにも覚えていなくて、ただ自分のことを「メイニ」と言った。

 親に置いて行かれたのだと、ジムだけでなくエニーたちですら分かった。

 こんな子供はこの村にはいない。わざわざこんな寒村にまでやってきて置いていったのだ。

 そのメイニが、妹と同じ心臓の病にかかっていた。


「助けて。ねえ、ジムさん、助けてよ。お医者さんに診せて。無理なら、薬を買ってきてよ」

 エニーにはどうしても見捨てられなかった。

 エニーの妹は、両親が助けようと必死になった。エニーやティコを捨ててまで助けたのに、なぜメイニは助けようとされないのか。

 メイニを助けないのなら、自分たち姉弟は切り捨てられ損のような気がしてならなかった。

 それに、メイニは男性ばかりのなか、ようやくできた同性の家族だ。

 可愛いエニーの唯一の妹だ。きっと守ってみせる。ティコもメイニも幸せにならなければならない。




 ティコはアルノと出会って、引っ込み思案にしては珍しく懐いた。あれこれ教わって、楽しそうだ。

 面倒くさがらず、乱暴ではなく、声を荒げることすらなく、いろんなことを教えてくれるのがいいのだろう。


 エニーはなんとなく気づいていたが、ティコは賢い。

「こんなに詳細な絵を描けるのは、対象のことをよくよく観察しているからだ。素晴らしい才能だ」

 アルノもそう言っていたから間違いないだろう。

 根気強くもあるから、学者に向いている気がした。なにより、アルノをとても尊敬している。

「だから、わたしが商人になって稼いで、ティコを学院と大学へやるわ」


 いつも諦めた風で、自分から望みを言わない弟が初めてアルノの弟子になりたいと言った。アルノはすごい学者らしいから、まず学院と大学を卒業するくらいの学者にならなければ弟子にはなれないだろう。

 そのためにはいっぱいお金が必要だ。

 でも、あのとき、行商人が言っていたことはやりたくない。


 ところが、アルノが自分がティコの学費を出すと言い出した。

「レファートから資産があると聞いたんだ」

 エニーはカレルやチエムたちとさっと視線を交わし合った。

「「「この人、自分の貯金額を把握していなかった!」」」

 そのとき、三人の心はぴったりと重なった。


 チエムなど、「お金を持っていることを忘れるなんて、あり得るのかよ!」としつこくぶつぶつ言っていた。

 エニーはアルノならあり得ると思う。そんなアルノだから、血のつながりのない子供の学費を払おうとするのだ。


「ありがとう。じゃあ、間に合わなかったら貸してちょうだい。いつかきっと返すわ」

 二歳違いの弟が学院に入学するまでに、入学費用を稼ぐことができないかもしれない。

 借りたとしても、必ず返すつもりだった。貸してくれるというだけ、とてもありがたい。

 そして、エニーの気概を、アルノは正しく受け止めた。


「俺が生きているうちでいい。条件は、君が無理をしないこと、無茶をしないことだ。嫌なこと、危険なことをしてまで借金返済をしようとしないことだな」

 世間知らずと言う人もいるけれど、やはりアルノは本当に賢い人だと思う。まるで、エニーの気持ちや過去の出来事を知っているかのような言葉だった。

 誰かに心配され、無茶をしないように諭されることはこんなにも温かい気持ちにさせるのだ。いつもなにかしらの無理をしなくては生きていけなかった。


「なら、長生きしてもらわなくちゃね」

「そうするさ。ティコが大学を卒業したら共同研究をしたいしな」

「そんなに待たせないよ!」

 ティコが抗議の声を上げる。


 エニーは嬉しかった。弟が初めて持った望みを、諦めずに済む。本人もやる気になり、望みを叶えるために頑張るというのだ。

 短い期間で卒業したとしても、研究にはとかく金銭が必要なのだというから、稼ぐに越したことはないだろう。でも、アルノのお陰で、無理な計画を立てる必要はなくなった。心的負担が大いに減った。


 ティコがある時、エニーに言った。

 自分にはずっと心に重くのしかかっていたことがあるのだと。誰にも言えず、欝々としていたが、アルノに相談したのだそうだ。

「僕、お姉ちゃんの邪魔になっているんじゃないかなあ」

 アルノはいつものように、馬鹿にしたり笑ってごまかしたりせず、すんなりと受け止めた。

「ティコはエニーの足かせではない。「ティコがいるせい」ではなく、「ティコがいるから」エニーは頑張れるんだ。人間は頑張らなければなにかを得られない。その原動力となれるのだから、ティコはエニーにとって重要で必要な存在なんだ」

 だから、間違うな、エニーの気概を汚すことになる、と言ったのだという。


「お姉ちゃん、ありがとう。ごめんなさいよりも、ありがとうの方が合っている気がする」

 エニーは思わず弟を抱きしめた。

 誇らしかった。そして、嬉しかった。

 そんな風に自分の行いを受け取って評価してくれる人がいる。それは、そうそうないことだと、なんとなくエニーは察した。


 アルノはほかに、お金があるのだったら、自分がリシェルたちの家の建て替え費用を出すと言い出した。

「家族だからな」

 それでいて、自分は隣の居住施設に住んでいる。

「若い女性といっしょだとなにかと勘繰られるから」

 家族と言いつつも、そういうところは気にしているらしい。

 結局は研究費用の一環としてレファートと折半したという。


 エニーはリシェルの気持ちに気づいていた。アルノの方も好意を持っていると思う。いつか、本当の家族になればいいな、と考える。その思考は砂糖菓子のようにふわふわと甘く、幸せな気分にさせた。




「すらいむはめいにといっしょ」

「だから、ひとりじゃないよ」

「ぷるぷるするとめいにがよろこぶ」

「じゃあ、いっぱいぷるぷるするね!」

「めいにがわらっているのが、ぷるぷるつたわるよ」

「めいにのぷるぷるはすらいむのぷるぷるとちがう」

「でも、いっしょにぷるぷるしているとたのしい」

「めいにもわらっているから、きっとたのしい」

「めいにがげんきになるくさのせいぶんをたくさんつくるよ」

「だからはやくげんきになっていっしょにぷるぷるしようね」

「すらいむはめいにといっしょ」

「だから、ひとりじゃないよ」




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