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 村長から呼び出され、リシェルはエニーとティコを連れて出かけた。

 カリスタを通さないことに不審な気持ちを覚えたが、その理由はすぐに分かった。

 村長の傍らにはバートがいた。お人よしの聖職者は落ち着かない様子でそわそわしている。

「良い話だ」

 その割りには、一旦言葉を切った口元は、いつもの通り固く閉じられている。ティコが思わずエニーの手を握る。


「ヨルグ町の人間からエニーとティコをふたりとも引き取ろうという申し出があった」

 村長は姉弟をふたり揃って引き取ろうというのはこれ以上ない話で、逃すとこの先ないことだと熱心に話した。


 リシェルは事前にレファートから注意喚起を受けていた。今後、秘密を探ろうとあの手この手で懐柔してくるだろうと。リシェルはすぐに村長の話はその一環だと察した。

 後ろ暗いことがあるから、村長はカリスタを通すことなく自身で話しているのだ。本来、孤児を保護すべき聖職者のバートを同席させたのは、この場合悪手だ。所在なさげな様子が、いかにも仔細あると告げている。


「リシェルもそろそろ結婚のことを考えねばならん」

 エニーとティコがその邪魔になるとでも言わんばかりの台詞に、勝手に決めつけるな、とリシェルは瞬間に頭が沸騰する。

 自分がどんな思いで子供たちと暮らしているか。

 今でこそ大幅に改善されたものの、少し前までは暮らしは厳しいものだった。それでも、決してこちらからは手を放さない。そう決めている。


 リシェルは深呼吸をする。

 わかっている。村長がそんな風に言うのは、エニーとティコをなんとしてでもヨルグ町の人間とやらに引き渡したいからだろう。おそらく、町の有力者なのだろう。

 レファート、ひいてはアルノのお陰でこの村は様変わりした。それでも、アルノたちは余所者だ。いずれ研究を終了し、いなくなる者たちだ。村長からすれば、近くの町の有力者に恩を売っておきたいのだろう。


 どれだけ腹が立っても、感情のままに怒ることはできなかった。そうすれば、群れから弾かれる。群れから出されてしまっては、生きていけない。どれだけ悔しくても、リシェルの一時的な感情で、台無しにしたくはない。


 幼いカレルもチエムも、村人が嫌がる仕事を押し付けられても耐えてきた。遊びたい盛りのエニーもティコも、家事をしてきた。面倒を見る者がいないメイニは、スライムとともに過ごしていた。

 リシェルたちはそうやって、なんとか暮らしてきたのだ。


「持ち帰って、みんなと相談します」

 村長の顔色が悪くなる。「みんな」にレファートが含まれていることを、ちゃんと察してくれたようだ。


 レファートは素晴らしい様々な手腕を持つ。そんな彼が、縁もゆかりもない自分たちになにかと便宜を図ってくれるのは、ひとえにアルノがなんでもリシェルたちと共有するからだ。栄養が豊富で美味しい食事も、豊かな物品も、心地よい住居も、アルノがひとりで楽しむのではなく、当然のようにリシェルたちとも分かち合った。

 きっと、この件もリシェルが考えつくよりも有効な手法を考え付いてくれる。

 自分たちの意思を尊重し、それを実現するのに手を貸してくれる人たちがいるというのが、これほど心強いものなのだとリシェルは噛みしめる。


 そんなリシェルの気持ちをよそに、当事者のひとりが声を上げる。

「その必要はないわ。だって、わたし、将来はもう決めているもの」

「ほう、エニーはなにになりたいんだ? あの人ならば、伝手があるだろう」

 レファートの耳に入る前に話をまとめてしまいたい村長が、揉み手をせんばかりに尋ねる。だが、うっかり有力者であると喋ってしまっていることに気が付かない。


「わたしはレファートさんの弟子になって商人を目指したいの」

 レファートはカトリエン商会会頭の息子で商人としても学者としても実績がある。小さな町の有力者よりも大きな伝手を持つだろう。

 あんぐりと口を開ける村長を他所に、ティコも大きく手を挙げて主張する。

「僕、僕はアルノに弟子入りしたい!」

 姉弟は商人と学者になると主張した。それぞれ一流に触れて、彼らから学びたいという。


「じゃあ、ふたりはこの村に残って、アルノさんとレファートさん、それぞれに教わりましょう」

 言外にヨルグ町へもどこへもやらない、という意思を伝える。


「それに、わたしたちの家族はリシェルたちよ」

「アルノも!」

「ほかのおじさんたちはどうかわからないけれど、アルノはそうね」

 弟の言葉に、エニーが頷く。


 苦虫を嚙み潰したような村長に暇を告げて帰宅したリシェルがアルノやレファートに話したところ、情報を抜こうとしているに違いないと言われた。

「そうだとしても、新しい家族を持てるかもしれないじゃないか」

 折角の機会だったのではないかと消極的にアルノが異を唱えた。

「ですが、エニーもティコももう師を家族とみなしています」

「ううん、まあ、それならこのままいっしょに暮らしたらいいのかな」

 家族とみなされていると言われて嬉しいアルノは、姉弟に家族を、という意見を引っ込めた。




 弟と自分とを、引き取りたいという人間がいると聞いた時、ついにこの日がやって来たのかとエニーは身構えた。


 前聖職者のジムの庇護下にいた際、つまり今よりももっと幼かったころに、時折行商人がやってきて宿を求めることがあった。余所者を嫌う村において、物品をもたらす愛想のよい行商人は受け入れられていた。子供たちは珍しがって行商人に話をせがんだ。

 エニーも彼らから聞く話に胸を躍らせた。想像したこともない外の世界にわくわくとし、ティコは怖がるという、対照的な姉弟だった。

 ある日、やって来たその商人もそんな人間のひとりだった。


 ジムはもてなしはできないけれどと言いながら、いつもするように自分のパンを分け与え、ベッドを譲った。

 夜に物音で目を覚ましたエニーはなんとなく、寝床を抜け出した。廊下に出ると、人の話し声がより明確に聞こえてくる。エニーがそちらへ向かったのは、いつもは穏やかなジムがこのとき興奮して声を荒げている様子だったからだ。


「そんなに怒らないでくださいよ。あたしはあんたさんのことを考えて言っているんです。どこでもある話なんですから」

 ジムと行商人とがいるらしき部屋は、扉と踏板の隙間が大きく、エニーはそこへ耳を寄せた。漏れ聞こえてくる行商人の声は妙にねっとりしていた。


「女の子がひとりでもいるのなら、良かった」

 そのときはまだ、メイニは捨てられていなかった。

「女の子がいて良かったというのはどういう意味だ? もう少し大きくなったら役に立つとはどういうことだ!」

「神に仕える人は言い出せないからあたしが言ってあげているんですよ。貧しい村じゃあ、どこだって女児を売っているんですから」

 今思い返せば、チエムいわく、「神殿とは思えないおんぼろ小屋」で子供たちの面倒をみながら暮らす老齢の聖職者の姿に憐れみを覚えたのだろう。


 町から町、都会から都会へ移動する商人が寒村に立ち寄るとき、物品をやり取りするだけでなく、人間を買取することもままあった。

 そのときそんなことを知らないエニーは、体中をかきむしりたくなるような嫌悪感を覚えた。

 けれど、自分にはなにもない。行商人が言う通り、ジムには自分と弟を育ててくれている恩がある。なにより、ティコのためになるというのだ。

 けれど、結局、その方法を取る前にジムは亡くなってしまった。


 そして、リシェルが学院から帰ってきた。

 せっかく学院に行かせてもらったのに、スライムしか使役することができないと失意の底にあった。

 エニーはなにを甘いことを言っているのだと呆れた。

 スライムだろうがなんだろうが、学院を卒業したではないか。こんな寒村に生まれた身ではありえない快挙だ。学力がなければ入学すらできない。学院を卒業したというのは、とんでもないステータスだ。女性でも、働き口があるだろう。エニーと違って。


 さらに、リシェルは両親を亡くしているとはいえ、すでに成人していてうつくしく、家まである。

 エニーが持たないものをいくつも持っている。

 ところが、リシェルはなかなか次が派遣されない聖職者にかわって、孤児たちを引き受けるという。自分の八つ当たりと嫉妬を恥ずかしく思った。

 そうして、リシェルは弟のティコよりももっと幼いメイニを含めた子供たちを自分の家へ呼び寄せ、ともに暮らし始めた。






「すらいむはめいにといっしょ」

「めいに、どこかへいっちゃうの?」

「じゃあ、おひっこしだ」

「そばにいるからね」

「さみしくないよ」

「こわくないよ」

「わるいすらいむじゃないよ!」



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