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 さて、マーティンたち学界から派遣された学者たちは、スライム・クラフトを目の当たりにして、論文の正しさを認めざるを得なかった。

「す、すごい。すごい発明だ! 世紀の発見だ!! スライムにこんな特性を持っていたとは!」

 マーティンは興奮しきりで、アルノのみならず、スライムをも称賛した。

 そのマーティンはスライムの特性をより詳細に調べたいとアルノに迫った。

 梃子(てこ)でも動かぬ姿勢に、マーティンを置いて戻ったほかの学者たちによって、論文は無事に合格した。


 アルノに勧められ、リシェルが自身のノートを見せると興奮する。

「学院を卒業後、単独でこれだけ実験をして詳細な記録をつけていたのかい? すごいなあ。いやあ、素晴らしい!」

 リシェルが認められ、子供たちも喜んだ。


「おじさん、ちょっと落ち着けよ」

「鼻血でも出ちゃいそうだ」

「はい、お茶でも飲んで」

 カレルが呆れ、チエムがにやにやし、おしゃまなエニーが世話を焼く。


 ティコは新たな学者におずおずと、しかし興味を隠し切れず、どんな研究をしているのかと尋ねた。

 子供であろうと、学者は自分の取り組む研究について語る機会があれば延々と話していられるものだ。

「僕はフィールドワーカーなんだ。室内でじっとしているのは苦手でさ」

「なんかわかる気がする」

「人里に魔物はいないもんなあ」

 マーティンは様々な魔物の研究を行っていたが、スライムにも興味をもち、解剖したことがあるという。


「チュライム、きっちゃったの?!」

 そのころにはメイニの役割を把握しつつあったマーティンが、これ以上嫌われては、と慌てふためく。

 今後は顕微鏡で体内をみることにして、死亡した検体のみを解剖することを約束したことで、和解した。


「メイニ君、このスライムはなんて言っているんだい?」

「このこはねえ、おなかがちゅいたんだって」

「ほほう。よくわかるなあ。いや、素晴らしいよ。こんなに明確に魔物の意思が通じるなんて。研究がはかどる!」

 ピートの質問にさらりと答えるメイニに、マーティンが嬉々とする。

 メイニがスライムとの意思疎通ができると聞いた学者たちは当初は懐疑的だった。だが、メイニが依頼すると、おとなしくされるがままに検査させてくれるので、信じるほかなかった。動物の扱いで頭を悩ませない生物学者はいない。


「そうだろう? 生物学はとかく、対象を落ち着かせないとふだんの生理がわからない。その点、メイニ君がいれば、ある程度スライムに指示をだすことができる」

「とんでもない特性だね! 魔物の中には魔力を使って抵抗するから眠らせるのもひと苦労なんだよ。あ、そうだ、スライムたちは、ほかの魔物についてどう思っているんだい?」

 大柄で四角い眼鏡の修師と小柄で丸い眼鏡の博師、対照的なふたりはスライムに夢中になる。

 マーティンは研究熱が高じてエキセントリックになり、ときおり他者を圧倒する。例えば、学界の担当者をノイローゼにさせたように。だが、観察対象である生物には大いに配慮する。


「複雑であるというのであれば、シンプルなものを幾重にも重ね、多層構造を構成する。問題はそれらをどう有機的に結合し、機能させることができるか、ということだ」

「ふむふむ。なるほど。さすがは、アルノ氏だ」

 魔物の生態に詳しいマーティンを仲間に加え、学者たちどうしで集まり、意見を交わし合う。


「場が整うというのかな。スライムの体内であればこんなにも培養しやすい」

「ああ。培養が難しいこの植物がこんなに簡単に、」

 過去、何度も失敗を重ねながら行った実験のことを思い出した学者が声を詰まらせる。

「一部分ごとの培養ではなく、植物すべてを行える」

「植物細胞は動物細胞に比べて単純な構造をしており、種類も少ないからだろうな」

 動物は様々な刺激にさらされている。外的要因のみならず、各臓器の働きによっても、圧力や摩擦などの力が生まれる。それらが様々な作用を生じさせる。


「魔物は血流と同じく、魔力の流れを体内に持つ。それが凝縮されたものが「核」だ。いわゆる「魔核」というものだね」

 魔物研究はこの魔核が魔力を保持し、魔鉱石と同じく、魔力貯蔵物として魔道具に用いられることが発見されてから、加速度的に研究されている。

「スライムはその魔核をごく小さいものしか持たない。だが、こういった特性を持っているのなら、それもそのはずだ」

「ああ。スライム・クラフトに魔力を注ぎ込んでいるのだろうからな」

「そうやって、動きが遅い分、食料確保ができるように進化していたんだ! すごい発見だよ、これは!」

 マーティンは興奮しきりだ。

 チエムがこの場にいたら、鼻血でも出すのではないかと再び心配したことだろう。




 細胞が組織や器官を構成する。

 動物の特定の器官、脳や心臓、肺といったものは、特別な細胞が必要なのではないか。だが、植物細胞は動物と異なり、全器官をつくることができる。植物細胞は分化全能性(全形成能)という能力を持つからだ。


「だから、植物はスライム・クラフトが可能なのではないか」

「今の段階では、ですな」

 アルノの言葉を、マーティンが受ける。

 そう、なにごとも進んでいくものだ。今はできなくても、遠い未来に動物すらもスライム・クラフトが可能かもしれない。

 けれど、それは禁忌の領域だった。


 なぜなら、親が子をなす以外に、生物を生み出すのは神の領域とみなされていたからだ。そして、植物はまだ単純な構造を持ち、欠片からも培養ができるからこそ、スライム・クラフトをひとつの培養手段としてしまえば、神殿もまだ目をつぶることができる。

 生物学はそういった神の御業を紐解く学問だと神殿ではみなされていた。そういった論理で「目こぼし」されていた。現実と折り合いをつけていると言い換えられる。


「植物の再生能力は驚異的ですから」

 レファートが話の軌道修正をした。触れてはならない領域はそっとしておくのが賢明だ。


 切り取った葉や茎を水の中に浸けておくと芽が出てくる。

 植物ホルモンと栄養素があれば、欠片からでも植物全体を再生することができる。

「スライム・クラフトでもそれは実証されている」

「むしろ、すさまじいスピードで再生しますから驚きました」

 エルミラの言葉に、マーティンが熱心に言う。学問のこととなれば、魂を刈り取られず語ることができる。


「それは、必要栄養素のほか、光魔法によると考えられる」

「リシェルさんの実験ノートに土のみ、水のみ、あるいは土と光魔法、といったさまざまな組み合わせが記述されていました。いやあ、あれはすごい。ここまで調べているとは、学師でもなかなかできないですよ」

 感心しきりのマーティンに、アルノはふとある考えが浮かんだ。


 ティコの前にリシェルが大学に入学するのはどうだろう。本人が望むのならば、それもいいかもしれない。スライム・クラフトがこのまま学界で受け入れられれば、入学も可能ではないだろうか。あれほど悔しい思いをしたと言っていたのだから、


「ひとつの細胞から由来した同質の細胞群や植物体を多量につくる。そして、有用物質を均質に大量につくる。そうすることで、薬効成分を大量に生産することが可能になるのではないか」

 レファートが商業化しやすい道筋を見出そうとする。


「スライムの体内でふだん不活性となっている植物の物質が活性化する「きっかけ」を与えるという可能性があるのでは?」

「そちらの方向でも研究してみたいな」


 スライムの体内に取り込んだ植物細胞に反応し、スラナーゼを放出する。植物細胞の受容体に結合し、細胞分裂を促す。

 これは非常に特異的なことだ。

 後世、魚の体内で種の異なる卵子を孵化させる実験が成功する。しかし、これは同じ魚類、さらには近縁種どうしの出来事だ。

 当然、動物細胞と植物細胞の違いは大きいので、スライムの体内に分裂する元となる細胞が必要となってくる。


「おそらく、最初は細胞分裂に必要なエネルギー補給のためだったのだろう」

 どんな植物でもスライム・クラフトが可能か、現在実験を繰り返している。

 そして、一度取り込んで欠片から完成体に成長させると、次に成長させる速度は上がった。

 光魔法の使い手であるリシェルがアルノの適切な説明を受け、精度の高い顕微鏡によって明確な想像をしながら魔力を充填することができた。また、実験は子供たちの耳目があったことから、初手からスライムを傷つけるようなことはしない。

 だから、スライムはスライム・クラフトを披露し続けた。




 称号の垣根を超え、学者たちがさまざまな議論をぶつけ合う。

 アルノは心地よい充実感を覚えた。


 アルノは大勢の名もなき学者たちと肩を並べて大いなる知識の流れの一環となることを望んでいる。

 だが、彼は異質だった。彼の唱える説が流れを変えてしまう。そして高い称号を与えられ、尊敬すべき学者とみなされた。その認識の差、解離に当人は苦悩した。そんなアルノのことを謙虚だと評す者がいれば、わざとらしい、鼻につくと妬みそねむ人間もいた。


 重荷を理解してくれる者がいたから救われた。

 称賛されたいのではなく、学識の流れをつくっていく一員になりたいというアルノの願望を理解し、その上で己の導きだした考えを述べたリシェルのお陰で、自分は自分の道を進んでいけばいいと改めて思うことができた。

 ふたりは互いを励まし合い、高め合うことができる者だった。それは稀有な存在だ。

 この手を放したくないと、アルノは本能的に感じた。


 すっかり居ついた博師マーティンは、レファートがひとりの時を捕まえてささやく。

「ゴッドフリート大学の学長が妙なことを考えている」

 ダークブラウンの髪の下から、鋭い眼光が発せられる。

「アルノ氏にはこんな話は聞かせたくないから、君に伝えておくよ」

 そう言って、マーティンはそそくさと去っていった。

 こういう人間だから、レファートはマーティンを嫌いになれないのだ。第一、賢師の称号に近しい博師と言われるマーティンになにかと張り合われるのだから悪い気はしない。


 大学の学長ばかりではない。

 ヨルグ町の薬屋が薬をせいぜい高く売りつけようとしていたのに、正規の値段で大量に薬を売り出したアルノたちを恨んで、村人に探りを入れ、製薬商会に情報を渡したという情報を掴んでいる。

 情報漏洩は免れないだろう。だから、論文を書くというのは時機を捉えた手段だったのだ。

「スライム・クラフトの理論をいくら理解しても、容易になしうるものではない。こちらにはリシェルとメイニがいる」

 フランクの言う通り、なにか大いなるものに導かれるようにして、あるべきところに、必要なときに、役割を担う者がいる。

 そして、そんな環境を崩そうとする者がいた。





「おなかがすいたー」

「めいにがじっとしていてって」

「まかせて! とくいだよ」

「でも、じっとしていたらねむくなっちゃう」

「すらなーぜをだすよー」

「わー、くさがふえたー」




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