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スライム・クラフトを目の当たりにした学者たちはそれぞれ高揚した。
「こ、こんなことが」
「なあ、これって世紀の発見というやつじゃないか?」
「レファートさんが言っていたじゃないか」
「いや、実感したというか、」
子供のようなわくわくとした様子を隠せないでいた。いや、隠す素振りすら見せないでああだこうだ話し合う。
自分たちが持ち得る知識から、世紀の発見を推し量ろうとした。各々が持つ知見からアプローチし、様々な捉え方をした。アルノが言う協力体制がここにも出来上がりつつあった。
だが、中には純粋が学問以外のことに強い関心を見せる者もいた。
「アルノさんが論文を書いているんだよな。それって、俺たちも共同研究者なのか?」
「いや、違うだろう。アルノ君個人のものだ。強いて言えば、リシェルさんが共同研究者かな」
抑えきれない感情が露わになるハンクの言葉を、ピートが何気なく否定する。
「なんでだよ! ……彼女は大学を出てすらいないじゃないか」
荒くなった語気に、自分でもばつが悪くなったハンクは、それでも反論せずにはいられず続ける。
「ハンク、君はなにを言っているんだ。リシェル君は学院を卒業している。彼女がスライムを使役してこそ、光魔法を有効に充填できているんだぞ」
呆れつつそう諭すピートは、なんなら、メイニも評価されてほしいものだと思う。けれど、長年学者を務める彼は、学界の暗部も見てきている。だから、報われてほしいという感情とは別に、メイニの名前は出さない方が良いということもわきまえていた。
ハンクは話題を変えるためにこう言った。
「スライムが乱獲されるかもしれません」
「スライム・クラフトはそう簡単にできるものではない。試してみようとしてもだめだったら、目いっぱい捕まえてくることをあきらめるだろう」
ハンクの懸念はレファートの言葉で一蹴される。
だが、アルノがこれを聞き及び、思案した。
「そうだな。念のため、乱獲禁止を附則として付け加えよう。生物学を志す者として、必要なことだ」
スライム・クラフトで増やしたオウカコウからセイコウソという成分を抽出する。そのセイコウソを主成分とするバダーの特効薬は目覚ましい効果を発揮し、多くの者たちの懸念を他所に、流行り病は小さな町で封じ込められ、終息したのだった。
アルノたちは達成感と喜びを分かち合い、連帯感を持つに至った。
リシェルはレファートとエルミラに、アルノの共同研究者として認めると言われた。嬉しくてアルノの方をむけば、破顔が返って来た。
「アルノ賢師はあれほどの頭脳の持ち主なのに、外見もいい必要があるか?」
目標をはるかに超える結果に、心地よい疲労感によって学者のひとりから軽口が出た。
「アルノ君たち四人が集まるとやけに綺羅綺羅しい一角を形成するなあ」
ピートが感心し、ほかの者たちも頷いた。
レファートの指示により、カトリエン商会から応援に来た商人たちは、アルノたちがつくったバダーの特効薬を通常価格で販売した。同時に、栄養と衛生を確保するための物資をも持ち込んだ。
ヨルグ町の薬屋たちからはいわゆる縄張りを荒らすなと反発が起きた。
「領主から許可を得ている」
レファートは抜かりなく手配していた。
バダーの新薬はカトリエン商会が第一次取扱販売者だから、領主から要請があったのだろうと歯ぎしりした。
ヨルグ町の薬屋たちは裏で手を組み、バダーの特効薬とオウカコウの価格を徐々に吊り上げていた。大勢の人間が手に入れたいと思うものが品薄になること、値段が高騰することは自然の成り行きだ。それを不自然にならないように操作して値を高くしていた。
彼らにとっては流行り病は千載一遇の好機であり、儲けようと意気込んでいた矢先、鼻先で扉を勢いよく閉じられたに等しかった。
さらには、かつてないほどの効き目で、値段も平素と同じ価格だというので、町民はそちらに群がった。慌てて在庫を出しても、見向きもされない。
後々に高額になることを見越して売り渋っていたため、在庫が売れなくなった。絶好の機会をつぶされただけでなく、在庫も売れなくなり、薬屋たちは恨みを募らせた。
「薬をあちこちからかき集めてきたにしては販売するに至るまで早すぎる」
歯ぎしりしつつ、薬屋たちはどうやって薬草を集めたのかという詮索をする。周辺の情報を集めたところ、近くの寒村がいつの間にか様変わりしているという。まず、巨大な建物がいくつも建っている。集落を囲う壁は、ヨルグ町のものよりも立派だ。畑もどんどん広がっている。
「一体、なにが起きたんだ?」
ところが、それ以上のことは分からない。
町長へ探りを入れると、どうも研究のためにどこかの大学出身の学者たちがやって来たのだという。
「そんな、勝手なことが許されるのですか?」
「領主の許可は出ている。それに、出資者はカトリエン商会だ」
それで情報が集まらないのかと得心がいった薬屋たちは、カトリエン商会の名前に顔をしかめる。
今や、彼らの憎悪の的になりつつある商会はだが、敵対するにはあまりに巨大すぎる。
「ならば、こういうときは、別の巨大組織をぶつけるのが定石だ」
自分たちが得るはずだった利益を横取りされ、憤慨した商人たちは画策する。
カトリエン商会は現会頭の祖父が起こした商会だ。二代目である前会頭はその座を息子に譲り、経営ではなく現場仕事がしたいと大陸中を飛び回っている。
商会は姻族同士で固く結ばれ、遠方取引を実現させていた。思いもかけないタイミングで顔を出す前会頭の存在が、うまい具合に緩みがちな箍を引き締める役割を果たしていた。
現会頭サイモン・カトリエンは、利に敏い。
三人の息子がおり、後継者は未定だが、最も有力視していた息子が学者になった。
一族の者たちは呆れ、後継者争いから離脱するつもりなのかと勘繰った。
だが、案に反して、学問の世界でも才を発揮し、高位の称号を得た。そしてなにより、優秀な学者たちとの伝手ができた。
そして、二の足を踏み続けていた製薬市場に切り込み、一定の利益を挙げることができた。
さまざまな科学的事実が判明しつつある昨今でも、製薬はなかなか利益を出すことが難しい分野だった。新薬を開発しても、需要が見込めないケースも多々あるからだ。多くの人間を苦しめる病に効く成分を発掘するのは、生半なものではなかった。
薬の成分は多くは植物から得られることが多かった。分離が難しかったり、各種条件が必要となることもあった。また、植物以外から発見されることもあり、最近では動物や土中から見出されることもあるという。
長い年月を費やし、無数の実験を繰り返してようやく新薬ができる。ところが、製薬できたとしても、副作用が起きることがあった。これは薬についてまわる宿命のようなものだ。
なけなしの金を出して病は治っても、別の症状に悩まされるとあっては、薬は思うようには売れない。
しかし、三男レファートがカトリエン商会との仲立ちをしたアルノ・カルフォシスは、そんなバダーの薬クイニンの持つ、めまいや食欲不振、頭痛というような副作用が発生しない薬を開発した。
バダーは次々に伝染する(と当時考えられていた)。被害を抑えるためには、検疫が必要で、患者を隔離しなければならない。流行り病の恐ろしいのはこの魔女狩りの要素を含んでいる点だ。
闘病の必要があるのに、捨て置かれるという不安をはらんでいる。必要な措置とはいえ、弱っているときに自分がそんな扱いをされたら、という懸念は多くの人間が抱いている。
そのため、バダーに罹病した者は副作用があっても、とにかく病から逃れようとクイニンを買う。しかし、クイニンは副作用のみならず、その効果は安定しなかった。
アルノは副作用に悩まされない、さらには安定した薬効を持つ薬を開発した。
レファートの手引きによって、カトリエン商会はこの目覚ましい薬を一手に取り扱った。
サイモンは凡庸な商人ではない。新薬を引っ提げて製薬市場に乗り込み、一定の地位を確立した。
そのバダーが一地方で発生したという報告を受け取った。三男レファートからであり、報告とともに、カトリエン商会の人間を送るよう要請があった。
「お父さん、ヨルグ町のバダーは終息に向かっているそうですよ」
忙しい長男のローラントが自ら告げに来たのは、バダーがそれだけ恐ろしい病であり、その新薬がカトリエン商会の地位をさらに強固なものとする重要な商品であるからだ。
「どうも、ヨルグ町の近くの村に新しい研究所を建設していたらしく、そこで特効薬をつくってうちの人間に販売させたようです」
さらには、その新研究所に新薬開発者であるアルノほか、共同研究者であるレファートとエルミラまでもそろっていたというのだから、オウカコウがあれば薬をつくるのは造作もないことだっただろう。
「レファートは実に機運に恵まれている」
「いるんですよねえ、こういう人間が」
ローラントがわざとらしくため息をついてみせた。サイモンが視線で意図を問うと、両手を広げて肩をすくめて見せる。
「だって、うちの兄弟で一番商売上手なレファートが学者になるなんて言い出したときは、どんな気まぐれかとみんな思ったはずです。でも、レファートは学問の世界でも才能を発揮し、のみならず、有用な人間の素晴らしい発明を我がカトリエン商会にもたらした」
ローラントはどこか、下の弟の行動を面白がる節があった。彼の言う通り、それまで製薬市場に二の足を踏んでいたカトリエン商会が今や重要な地位に上り詰めたのも、ひとえにバダーの新薬の存在のお陰だ。
「そのレファートとお師匠さまがバダーの発生した町のすぐ傍で研究している上、機材もそろっている。本当に持っている人ってつくづく「その時」を逃さないんですよね」
「お陰で被害は最小限に食い止められ、我がカトリエン商会の新薬の名は知らしめられた」
小さな町とはいえ、人の噂はすぐに流布されるだろう。
「そうですね。ところで、その町の薬屋たちが結託して薬と素材を出し渋り、値を吊り上げようとしていたそうです」
よくあることだった。値が吊り上がりそうなものをいち早く確保し、価格高騰を待ってから小出しにする。それが人命にかかわることでも、売る側には関わり合いのないことだ。
「在庫を抱えさせ、儲けをかすめ取ったと、さぞかし悔しがっていることだろうな」
「欲をかきすぎればこうなるこという、童話に出てきそうな結末ですね」
サイモンもローラントも、レファートの手腕を知っているので、放っておいてもカトリエン商会の名に傷がつくことはあるまいとした。
「ところで、名のある大学から離れた寒村でしている研究というのが気になりますね。なんでも、論文を提出する予定なのだとか」
「ほう。かの賢師が出す論文か」
そして、アルノの論文に興味を示したのは、レファートの父と長兄だけではなかった。
「せいきのだいはっけん!」
「すらいま・からふと!」
「なんかちがう?」
「おしーい」
「もういっかい」
「せいきのだいはっけん!」
「すらむむ・くらふと!」
「ばっちり」
「やったー」
「「「いえーい、ぷるぷるぷるぷる」」」




